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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ
3-07 シェルター
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目の前にそびえる鉄の扉は、まるで時代錯誤の要塞だった。くすんだ鉄板が幾重にも重なり、リベットの痕があちこちに浮き出ている。防空壕の入り口を思い出させる外観だ。
「まるで避難所みたいな設計だな。……こんな扉、君一人で開けられるのか?」
俺がそう口にすると、シーリスはひとつだけ肩をすくめて笑った。
「その点は心配いらないよ。両親が誰に頼んで設計したのか、いまだに謎だけど……意外と簡単に開くんだ。ちょっと待ってね。」
彼女は腰のポーチを開けて、鍵の束を取り出した。鈍く銀に光る金属の束には、大小さまざまな形状の鍵が古風なキーホルダーにぶら下がっており、タグが丁寧に取り付けられていた。鍵同士がぶつかり合い、階段の静けさの中でチリンチリンと小さな音を立てる。
タグには「正面扉」「地下通路」「食糧庫」「兄の部屋(絶対に開けない)」など、細かく記されている。鍵穴もまた、どこか懐かしい造りだった。昭和の公団住宅を思わせる、手作業で削った金属の複雑な溝。こっちの世界じゃ、かなり高度な技術に分類されるだろう。
「君たち兄妹以外に、店を手伝う人はいないのか?」俺は問いかけた。
シーリスは無造作にひとつの鍵を選び、錠前に差し込みながら答える。
「いるよ。私みたいな、か弱い女がどうやって重い荷物運べるのよ? お兄ちゃんだって見ての通り、ああ見えて非力だし。」
鍵がカチリと音を立てる。
「だから、昼間の営業中だけ、若い子をひとり雇ってるの。冒険者に憧れてる、田舎の夢見がちな男の子。ヒョロミールって名前でね。和歌子ちゃんがここにいたら、絶対に思い出してたはず。」
もうひとつの鍵を差し込み、彼女の手が止まった。わずかに目を伏せ、そして口角だけで笑う。
「……あの子も、この村の男たちと変わらないのよ。目が合うたびに、熱っぽく話しかけてきて、 “今日こそどこか誘おう”って顔してるの。……正直、うんざり。」
鍵を回す指先に力がこもる。
「そういう子たちって、ほんと、見た目も中身も薄いっていうか……でも、あなたみたいな落ち着いた大人の男は、ちょっと違うよね。」
そう言うと、彼女は視線をこちらに滑らせ、ゆっくりと唇を舐めた。横顔のシルエットが柔らかな光に浮かび、艶やかに濡れた唇がわずかに開く。わざとらしいほど計算されたその動きに、赤みを帯びた唇の曲線が誘うようにきらめく。彼女の視線は熱を帯び、挑発的なニュアンスを漂わせながら、セクシーさを限界まで押し上げ、こちらの心を揺さぶるギリギリの線で遊ぶように誘惑する。
……案の定、背後でぴしゃりとした声が落ちた。
「早く扉を開けていただけますか? 私たちも、時間が貴重なんです。」
「私たち」という言葉に、瑚依は明らかに力を込めていた。
シーリスはくすっと笑って、何も答えず、最後の鍵を回した。
重厚な鉄の扉に施されたロックが、ひとつひとつ外れていく。ギィ……と不気味な音を立てながら、その扉は――彼女の華奢な片手によって、まるで紙のように静かに開いた。
「どうぞ。」
開いた先には、まだ誰も足を踏み入れていない、静かな闇が広がっていた。
シーリスが手探りで壁際をなぞり、小さな金属のスイッチにそっと指を掛けた。
「……ついた。」
パチッという乾いた音と同時に、天井からぶら下がる電球が一斉に点灯した。オレンジ色の光がゆっくりと空間を満たしていく。
その瞬間、地下倉庫の全貌があらわになった。
コンクリート――いや、それ以上に頑丈そうな、鉛でも混ぜたような灰色の壁が、無骨に立ち塞がっていた。装飾は一切なく、ただ“守る”という目的だけで造られたような無機質な空間。天井の角には、昔、軍にいた頃に見たような巨大な換気ファンが音もなく回っている。避難所というより、弾薬庫だな――そんな言葉が自然と脳裏に浮かんだ。
部屋の広さは、おおよそ20畳。だが天井が高く、圧迫感はない。むしろ、整然と整えられた武具の陳列のせいで、美術館の一角に迷い込んだような錯覚すらあった。
「まるで、戦争でも始まるみたいだな……」
俺の独り言に、背後でごく小さな息の音がした。
瑚依が足を止め、視線を泳がせながらゆっくりと一歩だけ前へ出る。緊張を隠そうとしているのか、肩がわずかに強張っていた。目だけが、天井のファンや壁の厚み、陳列された武器へと忙しなく動いている。だが声は出さない。ただ、冷たい空気を肌で感じ取るように、静かに息を吸った。
松尾はというと、何も言わず、ゆっくりと倉庫の中央へ歩を進めた。丸っこいカピバラの体が、意外と静かに動く。目元だけは鋭い。棚に並ぶ武具をじっと見つめた後、くるりと頭を回し、天井を見上げ、壁を確かめ、まるで刑事が犯行現場を検証するような動きをしていた。
木製の棚がいくつか並び、その上には様々な武器が、用途別に丁寧に並べられている。埃ひとつない。シーリスの几帳面さが滲み出ていた。
棚の中央には、クロスの意匠が刻まれた両手剣と片手剣。銀に鈍く光る斧と、戦鎚。端の壁には、黒い木枠に収められたロングボウと、無骨な鉄製のクロスボウが並ぶ。
だが、目を引いたのはそれだけじゃない。
棚の奥。ふと見慣れた形が目に飛び込んできた。
――刀だ。
反りのある美しい日本刀が、丁寧に刀掛けに収まっている。その下には、脇差と短刀。まるで江戸の武家屋敷からそのまま運んできたような保存状態だった。
さらに隣には、中国風の太極剣や鉄扇。見たことのない形の彎刀や、護身用と思われる細身の武器も揃っている。
まるで、世界中の武器が時代も国境も超えて、この地下に集合していた。
「……本気で、雑貨屋の地下とは思えねえな。」
思わず漏れた声に、シーリスが小さく笑う。
「でしょ? 兄もあたしも、あの地味な店構えで油断させておいて、ここで本気の品を扱ってるの。」
天井の電球がわずかに揺れ、光が金属の刃に反射して、倉庫全体が静かに息をしているように見えた。
「まるで避難所みたいな設計だな。……こんな扉、君一人で開けられるのか?」
俺がそう口にすると、シーリスはひとつだけ肩をすくめて笑った。
「その点は心配いらないよ。両親が誰に頼んで設計したのか、いまだに謎だけど……意外と簡単に開くんだ。ちょっと待ってね。」
彼女は腰のポーチを開けて、鍵の束を取り出した。鈍く銀に光る金属の束には、大小さまざまな形状の鍵が古風なキーホルダーにぶら下がっており、タグが丁寧に取り付けられていた。鍵同士がぶつかり合い、階段の静けさの中でチリンチリンと小さな音を立てる。
タグには「正面扉」「地下通路」「食糧庫」「兄の部屋(絶対に開けない)」など、細かく記されている。鍵穴もまた、どこか懐かしい造りだった。昭和の公団住宅を思わせる、手作業で削った金属の複雑な溝。こっちの世界じゃ、かなり高度な技術に分類されるだろう。
「君たち兄妹以外に、店を手伝う人はいないのか?」俺は問いかけた。
シーリスは無造作にひとつの鍵を選び、錠前に差し込みながら答える。
「いるよ。私みたいな、か弱い女がどうやって重い荷物運べるのよ? お兄ちゃんだって見ての通り、ああ見えて非力だし。」
鍵がカチリと音を立てる。
「だから、昼間の営業中だけ、若い子をひとり雇ってるの。冒険者に憧れてる、田舎の夢見がちな男の子。ヒョロミールって名前でね。和歌子ちゃんがここにいたら、絶対に思い出してたはず。」
もうひとつの鍵を差し込み、彼女の手が止まった。わずかに目を伏せ、そして口角だけで笑う。
「……あの子も、この村の男たちと変わらないのよ。目が合うたびに、熱っぽく話しかけてきて、 “今日こそどこか誘おう”って顔してるの。……正直、うんざり。」
鍵を回す指先に力がこもる。
「そういう子たちって、ほんと、見た目も中身も薄いっていうか……でも、あなたみたいな落ち着いた大人の男は、ちょっと違うよね。」
そう言うと、彼女は視線をこちらに滑らせ、ゆっくりと唇を舐めた。横顔のシルエットが柔らかな光に浮かび、艶やかに濡れた唇がわずかに開く。わざとらしいほど計算されたその動きに、赤みを帯びた唇の曲線が誘うようにきらめく。彼女の視線は熱を帯び、挑発的なニュアンスを漂わせながら、セクシーさを限界まで押し上げ、こちらの心を揺さぶるギリギリの線で遊ぶように誘惑する。
……案の定、背後でぴしゃりとした声が落ちた。
「早く扉を開けていただけますか? 私たちも、時間が貴重なんです。」
「私たち」という言葉に、瑚依は明らかに力を込めていた。
シーリスはくすっと笑って、何も答えず、最後の鍵を回した。
重厚な鉄の扉に施されたロックが、ひとつひとつ外れていく。ギィ……と不気味な音を立てながら、その扉は――彼女の華奢な片手によって、まるで紙のように静かに開いた。
「どうぞ。」
開いた先には、まだ誰も足を踏み入れていない、静かな闇が広がっていた。
シーリスが手探りで壁際をなぞり、小さな金属のスイッチにそっと指を掛けた。
「……ついた。」
パチッという乾いた音と同時に、天井からぶら下がる電球が一斉に点灯した。オレンジ色の光がゆっくりと空間を満たしていく。
その瞬間、地下倉庫の全貌があらわになった。
コンクリート――いや、それ以上に頑丈そうな、鉛でも混ぜたような灰色の壁が、無骨に立ち塞がっていた。装飾は一切なく、ただ“守る”という目的だけで造られたような無機質な空間。天井の角には、昔、軍にいた頃に見たような巨大な換気ファンが音もなく回っている。避難所というより、弾薬庫だな――そんな言葉が自然と脳裏に浮かんだ。
部屋の広さは、おおよそ20畳。だが天井が高く、圧迫感はない。むしろ、整然と整えられた武具の陳列のせいで、美術館の一角に迷い込んだような錯覚すらあった。
「まるで、戦争でも始まるみたいだな……」
俺の独り言に、背後でごく小さな息の音がした。
瑚依が足を止め、視線を泳がせながらゆっくりと一歩だけ前へ出る。緊張を隠そうとしているのか、肩がわずかに強張っていた。目だけが、天井のファンや壁の厚み、陳列された武器へと忙しなく動いている。だが声は出さない。ただ、冷たい空気を肌で感じ取るように、静かに息を吸った。
松尾はというと、何も言わず、ゆっくりと倉庫の中央へ歩を進めた。丸っこいカピバラの体が、意外と静かに動く。目元だけは鋭い。棚に並ぶ武具をじっと見つめた後、くるりと頭を回し、天井を見上げ、壁を確かめ、まるで刑事が犯行現場を検証するような動きをしていた。
木製の棚がいくつか並び、その上には様々な武器が、用途別に丁寧に並べられている。埃ひとつない。シーリスの几帳面さが滲み出ていた。
棚の中央には、クロスの意匠が刻まれた両手剣と片手剣。銀に鈍く光る斧と、戦鎚。端の壁には、黒い木枠に収められたロングボウと、無骨な鉄製のクロスボウが並ぶ。
だが、目を引いたのはそれだけじゃない。
棚の奥。ふと見慣れた形が目に飛び込んできた。
――刀だ。
反りのある美しい日本刀が、丁寧に刀掛けに収まっている。その下には、脇差と短刀。まるで江戸の武家屋敷からそのまま運んできたような保存状態だった。
さらに隣には、中国風の太極剣や鉄扇。見たことのない形の彎刀や、護身用と思われる細身の武器も揃っている。
まるで、世界中の武器が時代も国境も超えて、この地下に集合していた。
「……本気で、雑貨屋の地下とは思えねえな。」
思わず漏れた声に、シーリスが小さく笑う。
「でしょ? 兄もあたしも、あの地味な店構えで油断させておいて、ここで本気の品を扱ってるの。」
天井の電球がわずかに揺れ、光が金属の刃に反射して、倉庫全体が静かに息をしているように見えた。
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