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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ
3-08 水心子正秀
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棚に並ぶ武器たちを眺めながら、俺はふと疑問に思った。
「……で、これらの武器はどうやって手に入れてんだ?」
隣にいたシーリスが軽く肩をすくめた。
「正直、よくわからない。仕入れは全部、兄貴がやってるから。あたしには一切話してくれないの。」
彼女はどこか飄々とした口ぶりのまま、視線だけを武器棚に向ける。
「『特別な人脈がある』って、それだけ。細かい経路とか、仕入先の名前とか、こっちが聞いたところで教えてくれない。あの黄金の頭飾だって、どこから入手したのかすら謎のまま。」
「……盗まれたってやつか?」
「そう。一番高いやつ。けっこう最近ね。」
言葉は軽いが、どこか他人事のように冷めている。
「兄貴には秘密が多いよ。でも別に、知りたいとも思わない。生活が成り立てば、それでいいの。あたしは商売女だから。」
そう言いながらも、彼女の目は一瞬だけ遠くを見ていた。
俺はさらに問いかけた。
「ここの武器庫の商品が盗まれたことは?」
「今のところは、ないよ。」
シーリスは扉のほうをちらりと見やってから続ける。
「盗まれてるのは、一階の陳列棚に置いてた物ばかり。薬草、宝石、装飾品……小さくて持ち運びしやすいやつ。高価だけど、軽いっていうかね。」
その時、瑚依の声が響いた。
「この地下倉庫がこんなに頑丈で、しかもまだ何も盗まれていないなら……どうして黄金の頭飾をここで保管しなかったんですか? あれって、高価なものなんでしょ?」
シーリスは鼻で笑った。
「くだらない見栄だよ。兄貴が“一階に置いたほうが豪華に見える”だとか、“店の看板商品になる”だとか、“金持ちの観光客が目をつけるかもしれない”だとか……馬鹿みたいなこと言ってただけ。」
瑚依は黙り、じっと彼女を睨んでいた。
俺は口を閉じたまま、考え込むふりをして棚の一角へと歩いた。目に留まったのは、日本刀が並ぶ陳列棚だ。その中のひと振りが、どこか引っかかっていた。
「……この武士刀の値段は?」
「あのね……」
シーリスは近づいてきて、少し得意げな調子で答える。
「今、兄貴にメンテナンスを頼まれてるのと同じ長さの打刀なら、高いやつで百金貨くらい。太刀みたいにもう少し長いやつも、そのくらいの価格帯になる。安いやつでも、10金貨以上かな。」
「……脇差は?」
「1金貨から5金貨くらい。護身用の短刀なら、20銀貨から50銀貨で買えるよ。」
そう言いながら、彼女はまた俺に視線を流す。
「もし店の盗難問題を解決してくれたら、値引きでも……それ以外の“特別なサービス”でも、なんでも相談に乗るよ?」
彼女が囁くように言った瞬間、すっと視界に人影が割り込んだ。
「値引きならいいけど、特別なサービスは結構です。ありがとう。」
瑚依だった。まるで威嚇中のレッサーパンダみたいに、小さな体を精一杯張って俺の前に立ち、まっすぐにシーリスを睨み返す。互いに何も言わないまま、目と目が交差する。静かな倉庫の中に、空気のきしむような沈黙が走った。
――火花が散る、というのはこういう状況を言うのだろう。
その張りつめた空気を割ったのは、松尾だった。
「お前、ほんと罪な男だな。」
「……俺もわけがわからないんだ。勝手に巻き込むな。」
そう返すと、松尾は「ふん」と鼻を鳴らして、話題を変えた。
「こんな高い上に実用性もないもんより、拳銃のほうがよっぽど使いやすいぜ。」
シーリスはまだ瑚依を睨んだまま、冷ややかに言い返す。
「うちじゃ拳銃は売ってないよ。あんな火を噴く変な空人の武器、兄貴も私も好きじゃない。……どうしても欲しいなら、エクリプスハーバーに行けば、売ってる店が見つかるんじゃない?」
俺は棚に目を戻した。
「……商品、手に取って見てもいいか?」
「どうぞ。壊さなければ。」
俺は前にある脇差の一本に手を伸ばした。柄の感触を確かめながら、ゆっくりと引き抜く。刃が静かに鞘から抜け、天井の光を受けて白く輝いた。
――これは……。
一瞬、言葉が出なかった。
身幅はやや広く、直刃調の焼き刃が真っすぐに走っている。地肌は小板目がよく詰み、全体に静謐な均整をたたえていた。帽子(切っ先)も綺麗に小丸に返り、刃文の端正さと構造の緻密さが、一目で只者ではないと伝えてくる。
この刀――まさか、水心子正秀か。
江戸後期、新々刀の祖とまで言われた、あの名工の手による一振り。俺はあの世界で、歴史資料の中でしか見たことがないはずの刀を、いま異世界の地下倉庫で――手にしていた。
「……嘘だろ」
呟いたその声は、誰にも聞かれないほど、小さく沈んでいた。
「……で、これらの武器はどうやって手に入れてんだ?」
隣にいたシーリスが軽く肩をすくめた。
「正直、よくわからない。仕入れは全部、兄貴がやってるから。あたしには一切話してくれないの。」
彼女はどこか飄々とした口ぶりのまま、視線だけを武器棚に向ける。
「『特別な人脈がある』って、それだけ。細かい経路とか、仕入先の名前とか、こっちが聞いたところで教えてくれない。あの黄金の頭飾だって、どこから入手したのかすら謎のまま。」
「……盗まれたってやつか?」
「そう。一番高いやつ。けっこう最近ね。」
言葉は軽いが、どこか他人事のように冷めている。
「兄貴には秘密が多いよ。でも別に、知りたいとも思わない。生活が成り立てば、それでいいの。あたしは商売女だから。」
そう言いながらも、彼女の目は一瞬だけ遠くを見ていた。
俺はさらに問いかけた。
「ここの武器庫の商品が盗まれたことは?」
「今のところは、ないよ。」
シーリスは扉のほうをちらりと見やってから続ける。
「盗まれてるのは、一階の陳列棚に置いてた物ばかり。薬草、宝石、装飾品……小さくて持ち運びしやすいやつ。高価だけど、軽いっていうかね。」
その時、瑚依の声が響いた。
「この地下倉庫がこんなに頑丈で、しかもまだ何も盗まれていないなら……どうして黄金の頭飾をここで保管しなかったんですか? あれって、高価なものなんでしょ?」
シーリスは鼻で笑った。
「くだらない見栄だよ。兄貴が“一階に置いたほうが豪華に見える”だとか、“店の看板商品になる”だとか、“金持ちの観光客が目をつけるかもしれない”だとか……馬鹿みたいなこと言ってただけ。」
瑚依は黙り、じっと彼女を睨んでいた。
俺は口を閉じたまま、考え込むふりをして棚の一角へと歩いた。目に留まったのは、日本刀が並ぶ陳列棚だ。その中のひと振りが、どこか引っかかっていた。
「……この武士刀の値段は?」
「あのね……」
シーリスは近づいてきて、少し得意げな調子で答える。
「今、兄貴にメンテナンスを頼まれてるのと同じ長さの打刀なら、高いやつで百金貨くらい。太刀みたいにもう少し長いやつも、そのくらいの価格帯になる。安いやつでも、10金貨以上かな。」
「……脇差は?」
「1金貨から5金貨くらい。護身用の短刀なら、20銀貨から50銀貨で買えるよ。」
そう言いながら、彼女はまた俺に視線を流す。
「もし店の盗難問題を解決してくれたら、値引きでも……それ以外の“特別なサービス”でも、なんでも相談に乗るよ?」
彼女が囁くように言った瞬間、すっと視界に人影が割り込んだ。
「値引きならいいけど、特別なサービスは結構です。ありがとう。」
瑚依だった。まるで威嚇中のレッサーパンダみたいに、小さな体を精一杯張って俺の前に立ち、まっすぐにシーリスを睨み返す。互いに何も言わないまま、目と目が交差する。静かな倉庫の中に、空気のきしむような沈黙が走った。
――火花が散る、というのはこういう状況を言うのだろう。
その張りつめた空気を割ったのは、松尾だった。
「お前、ほんと罪な男だな。」
「……俺もわけがわからないんだ。勝手に巻き込むな。」
そう返すと、松尾は「ふん」と鼻を鳴らして、話題を変えた。
「こんな高い上に実用性もないもんより、拳銃のほうがよっぽど使いやすいぜ。」
シーリスはまだ瑚依を睨んだまま、冷ややかに言い返す。
「うちじゃ拳銃は売ってないよ。あんな火を噴く変な空人の武器、兄貴も私も好きじゃない。……どうしても欲しいなら、エクリプスハーバーに行けば、売ってる店が見つかるんじゃない?」
俺は棚に目を戻した。
「……商品、手に取って見てもいいか?」
「どうぞ。壊さなければ。」
俺は前にある脇差の一本に手を伸ばした。柄の感触を確かめながら、ゆっくりと引き抜く。刃が静かに鞘から抜け、天井の光を受けて白く輝いた。
――これは……。
一瞬、言葉が出なかった。
身幅はやや広く、直刃調の焼き刃が真っすぐに走っている。地肌は小板目がよく詰み、全体に静謐な均整をたたえていた。帽子(切っ先)も綺麗に小丸に返り、刃文の端正さと構造の緻密さが、一目で只者ではないと伝えてくる。
この刀――まさか、水心子正秀か。
江戸後期、新々刀の祖とまで言われた、あの名工の手による一振り。俺はあの世界で、歴史資料の中でしか見たことがないはずの刀を、いま異世界の地下倉庫で――手にしていた。
「……嘘だろ」
呟いたその声は、誰にも聞かれないほど、小さく沈んでいた。
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