「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ

3-23 判決

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 拍手は止まなかった。
 
 いや、止まるどころか、まるで嵐のように広がり、酒場全体を揺らしていた。天井の梁まで共鳴するほどの歓声、指笛、叫び声――そのすべてが、ただ一人の少女へと注がれていた。

 「アンコール!」「もう一曲だ!」
 「姫さん、惚れたぜ!」「魂が震えたぜッ!」

 野太い声が飛び交う中、さっきまでフレデリックの演奏に冷めた目を向けていた四人組の男たちも、すっかり様子が変わっていた。

 「……子猫ちゃんだと思ったらよ」
 片目に眼帯をつけた屈強な男が、呆れたように、それでも目を輝かせながら呟いた。

 「まるで剣歯虎に化けやがった!」
 「ちっ、一本取られたぜ……こりゃ本物の詩人のご登場ってわけか!」
 「歌もピアノも……あんなもん、戦いだろ。オレは認めるぞ!」



 もう一人の、腕にギター型の装飾を巻いた若者は、もはや手を止めることすらできずに、拍手を続けていた。

 「いいぞォ!! 姫様ァァ――――!!!」
 場の空気が、熱狂の頂点へと達していた。

 すると、いつの間にかステージの近くに来ていたのは、あの女将と、その隣で仁王立ちする大男だった。

 女将は、軽くステージに跳び上がり、まだピアノの前でぽかんとしていた瑚依の手を取り、高らかに掲げた。

 「七聖者の名をかけて、公平な判決を下す!」

 朗々と響く声。それは、静かな中にも揺るぎない威厳を持つ女将の声だった。

 「今晩の勝者――この勇敢な女戦士とする!」

 「おおおおおおおおお!!!」
 場が再び割れるような拍手に包まれた。

 「戦士様――――!!」「こいつぁ伝説の始まりだぜ!」
 「惚れ直したァ――!!」「名前教えてくれェ!!」

 けれど、その栄光の真ん中で、ただ一人――唇を噛みしめて震える男がいた。

 「……ちょっと待てぇえええええ!!」

 怒号と共にステージに飛び上がったのは、青ざめた顔のフレデリックだった。

 「インチキだ!これは……インチキだぞ!!」

 彼の目は真っ赤に血走っていた。まっすぐ瑚依を睨みつけ、片手に握ったリュートは怒りで震えていた。

 「俺の歌が! こんな、わけのわからん空人の小娘に……どこが、どこが負けたって言うんだよ!!」

 その声は、もはや自分を納得させるための絶叫だった。

 「説明しろ!! 納得できる理由を!!」

 ステージは一瞬、空気が凍りついたように静まり返った。
 ただ、瑚依だけが、その静寂の中でもピアノの前に座り続けていた。

 フレデリックの絶叫は、まるで酒場の天井を突き破るかのように響き渡った。
 その目には、もはや理性の影すらなかった。怒り、嫉妬、敗北感――あらゆる感情が渦巻き、握られたリュートの弦がギリ、と軋んだ音を立てる。

 まずい。俺は直感的にステージに足を向けていた。瑚依が危ない。あの目のままなら、奴は理屈も見境もない。ただの暴力に走る。

 ステージ前に立つ男に、冷え切った声で告げる。

 「退け。」

 だが、その巨体は一歩も動かなかった。女将の隣にいつも無言で控えていた大男。今、その瞳が、まっすぐ俺を見据えていた。

 「……悪い」
 低く、しかし明確に彼は言った。
 「が、ここはボスに任せてくれないか」

 その言葉の奥に、言外の意志がある。
 
 絶対的な忠義。
 
 女将に対する揺るぎない信頼。
 
 そして――「敵対はしたくないが、これ以上進めば容赦なく排除する」という、警告。

 その構えに、一瞬で分かった。俺が進めば、こいつは何の躊躇もなく動く。

 「……っ」

 背後から、静かな手が俺の肩に触れた。

 新久だった。
 
 彼女は微笑んではいない。ただ静かに、静かに首を振る。

 「大丈夫」
 小さな声。でも確信に満ちていた。
 「彼らに任せよう」

 俺は小さく舌打ちし、大男の前から一歩退く。

 そして、女将が静かに動いた。

 フレデリックと瑚依のあいだ――その中心に、まるで戦場の仲裁者のように立つ。静かな、だが威風ある足取りで。

 「よしな、坊や。」

 女将の声は低く、怒鳴ってもいないのに、空気が張り詰める。

 「心配しなくても、ちゃんと“判決の理由”を説明してやるよ。」

 彼女の声は落ち着いていた。怒りも苛立ちもない。けれど、その瞳には、静かな火が宿っていた。傷ついた獣のように荒れ狂うフレデリックを前にしても、女将の表情は揺るがない。

 「お前の“歌ってた相手”は、誰だったんだい?」

 唐突な問いかけに、フレデリックは目を剥いた。

 「はぁ? 質問に質問で返すなよ!意味わかんねえだろ、何の関係があるんだ、それ!」

 「――答えろ」

 短く、低く。それでいて抗えない圧。

 フレデリックは一瞬、怯んだように口を閉じた。だがすぐに肩をそびやかし、ふてぶてしく返す。

 「そりゃあ……この場にいる全員に決まってんだろ? 観客様だぜ? 当たり前の話じゃねえか」

 「ほぉ……そうかい」

 女将は、ゆっくりと笑った。だが、その笑みはひやりとするほど冷たかった。

 「どう聞いても、お客様に歌ってたようには聞こえなかったけどねぇ。あたしには、ただこの女の子と……あそこの騎士様に向かって、下品な挑発をぶつけてただけに思えたよ」

 その瞬間、場の空気が一変した。

 「そうだ!」「俺もそう思った!」
 「客のことなんて、最初から眼中になかっただろ!」
 「いつも自己満足で歌いやがって!」
 「調子こいてんじゃねえよ!」

 怒号、罵声、野次が次々と飛び交い、酒場が揺れるような騒然とした空気になる。

 「やっぱアイツ、ただのナルシストだよな」
 「歌が上手いってだけで、調子に乗ってたんだ」
 「今日の子は違った。心に響いたよ、マジで」

 観客たちの口から、次々と本音がこぼれ出す。それは、積もり積もった鬱憤でもあり、そして――心からの喝采でもあった。

 フレデリックは、まるで背後から殴られたかのように、その場に立ち尽くしていた。
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