132 / 152
第三章 花の卷 嵐の前の静けさ
3-23 判決
しおりを挟む
拍手は止まなかった。
いや、止まるどころか、まるで嵐のように広がり、酒場全体を揺らしていた。天井の梁まで共鳴するほどの歓声、指笛、叫び声――そのすべてが、ただ一人の少女へと注がれていた。
「アンコール!」「もう一曲だ!」
「姫さん、惚れたぜ!」「魂が震えたぜッ!」
野太い声が飛び交う中、さっきまでフレデリックの演奏に冷めた目を向けていた四人組の男たちも、すっかり様子が変わっていた。
「……子猫ちゃんだと思ったらよ」
片目に眼帯をつけた屈強な男が、呆れたように、それでも目を輝かせながら呟いた。
「まるで剣歯虎に化けやがった!」
「ちっ、一本取られたぜ……こりゃ本物の詩人のご登場ってわけか!」
「歌もピアノも……あんなもん、戦いだろ。オレは認めるぞ!」
もう一人の、腕にギター型の装飾を巻いた若者は、もはや手を止めることすらできずに、拍手を続けていた。
「いいぞォ!! 姫様ァァ――――!!!」
場の空気が、熱狂の頂点へと達していた。
すると、いつの間にかステージの近くに来ていたのは、あの女将と、その隣で仁王立ちする大男だった。
女将は、軽くステージに跳び上がり、まだピアノの前でぽかんとしていた瑚依の手を取り、高らかに掲げた。
「七聖者の名をかけて、公平な判決を下す!」
朗々と響く声。それは、静かな中にも揺るぎない威厳を持つ女将の声だった。
「今晩の勝者――この勇敢な女戦士とする!」
「おおおおおおおおお!!!」
場が再び割れるような拍手に包まれた。
「戦士様――――!!」「こいつぁ伝説の始まりだぜ!」
「惚れ直したァ――!!」「名前教えてくれェ!!」
けれど、その栄光の真ん中で、ただ一人――唇を噛みしめて震える男がいた。
「……ちょっと待てぇえええええ!!」
怒号と共にステージに飛び上がったのは、青ざめた顔のフレデリックだった。
「インチキだ!これは……インチキだぞ!!」
彼の目は真っ赤に血走っていた。まっすぐ瑚依を睨みつけ、片手に握ったリュートは怒りで震えていた。
「俺の歌が! こんな、わけのわからん空人の小娘に……どこが、どこが負けたって言うんだよ!!」
その声は、もはや自分を納得させるための絶叫だった。
「説明しろ!! 納得できる理由を!!」
ステージは一瞬、空気が凍りついたように静まり返った。
ただ、瑚依だけが、その静寂の中でもピアノの前に座り続けていた。
フレデリックの絶叫は、まるで酒場の天井を突き破るかのように響き渡った。
その目には、もはや理性の影すらなかった。怒り、嫉妬、敗北感――あらゆる感情が渦巻き、握られたリュートの弦がギリ、と軋んだ音を立てる。
まずい。俺は直感的にステージに足を向けていた。瑚依が危ない。あの目のままなら、奴は理屈も見境もない。ただの暴力に走る。
ステージ前に立つ男に、冷え切った声で告げる。
「退け。」
だが、その巨体は一歩も動かなかった。女将の隣にいつも無言で控えていた大男。今、その瞳が、まっすぐ俺を見据えていた。
「……悪い」
低く、しかし明確に彼は言った。
「が、ここはボスに任せてくれないか」
その言葉の奥に、言外の意志がある。
絶対的な忠義。
女将に対する揺るぎない信頼。
そして――「敵対はしたくないが、これ以上進めば容赦なく排除する」という、警告。
その構えに、一瞬で分かった。俺が進めば、こいつは何の躊躇もなく動く。
「……っ」
背後から、静かな手が俺の肩に触れた。
新久だった。
彼女は微笑んではいない。ただ静かに、静かに首を振る。
「大丈夫」
小さな声。でも確信に満ちていた。
「彼らに任せよう」
俺は小さく舌打ちし、大男の前から一歩退く。
そして、女将が静かに動いた。
フレデリックと瑚依のあいだ――その中心に、まるで戦場の仲裁者のように立つ。静かな、だが威風ある足取りで。
「よしな、坊や。」
女将の声は低く、怒鳴ってもいないのに、空気が張り詰める。
「心配しなくても、ちゃんと“判決の理由”を説明してやるよ。」
彼女の声は落ち着いていた。怒りも苛立ちもない。けれど、その瞳には、静かな火が宿っていた。傷ついた獣のように荒れ狂うフレデリックを前にしても、女将の表情は揺るがない。
「お前の“歌ってた相手”は、誰だったんだい?」
唐突な問いかけに、フレデリックは目を剥いた。
「はぁ? 質問に質問で返すなよ!意味わかんねえだろ、何の関係があるんだ、それ!」
「――答えろ」
短く、低く。それでいて抗えない圧。
フレデリックは一瞬、怯んだように口を閉じた。だがすぐに肩をそびやかし、ふてぶてしく返す。
「そりゃあ……この場にいる全員に決まってんだろ? 観客様だぜ? 当たり前の話じゃねえか」
「ほぉ……そうかい」
女将は、ゆっくりと笑った。だが、その笑みはひやりとするほど冷たかった。
「どう聞いても、お客様に歌ってたようには聞こえなかったけどねぇ。あたしには、ただこの女の子と……あそこの騎士様に向かって、下品な挑発をぶつけてただけに思えたよ」
その瞬間、場の空気が一変した。
「そうだ!」「俺もそう思った!」
「客のことなんて、最初から眼中になかっただろ!」
「いつも自己満足で歌いやがって!」
「調子こいてんじゃねえよ!」
怒号、罵声、野次が次々と飛び交い、酒場が揺れるような騒然とした空気になる。
「やっぱアイツ、ただのナルシストだよな」
「歌が上手いってだけで、調子に乗ってたんだ」
「今日の子は違った。心に響いたよ、マジで」
観客たちの口から、次々と本音がこぼれ出す。それは、積もり積もった鬱憤でもあり、そして――心からの喝采でもあった。
フレデリックは、まるで背後から殴られたかのように、その場に立ち尽くしていた。
いや、止まるどころか、まるで嵐のように広がり、酒場全体を揺らしていた。天井の梁まで共鳴するほどの歓声、指笛、叫び声――そのすべてが、ただ一人の少女へと注がれていた。
「アンコール!」「もう一曲だ!」
「姫さん、惚れたぜ!」「魂が震えたぜッ!」
野太い声が飛び交う中、さっきまでフレデリックの演奏に冷めた目を向けていた四人組の男たちも、すっかり様子が変わっていた。
「……子猫ちゃんだと思ったらよ」
片目に眼帯をつけた屈強な男が、呆れたように、それでも目を輝かせながら呟いた。
「まるで剣歯虎に化けやがった!」
「ちっ、一本取られたぜ……こりゃ本物の詩人のご登場ってわけか!」
「歌もピアノも……あんなもん、戦いだろ。オレは認めるぞ!」
もう一人の、腕にギター型の装飾を巻いた若者は、もはや手を止めることすらできずに、拍手を続けていた。
「いいぞォ!! 姫様ァァ――――!!!」
場の空気が、熱狂の頂点へと達していた。
すると、いつの間にかステージの近くに来ていたのは、あの女将と、その隣で仁王立ちする大男だった。
女将は、軽くステージに跳び上がり、まだピアノの前でぽかんとしていた瑚依の手を取り、高らかに掲げた。
「七聖者の名をかけて、公平な判決を下す!」
朗々と響く声。それは、静かな中にも揺るぎない威厳を持つ女将の声だった。
「今晩の勝者――この勇敢な女戦士とする!」
「おおおおおおおおお!!!」
場が再び割れるような拍手に包まれた。
「戦士様――――!!」「こいつぁ伝説の始まりだぜ!」
「惚れ直したァ――!!」「名前教えてくれェ!!」
けれど、その栄光の真ん中で、ただ一人――唇を噛みしめて震える男がいた。
「……ちょっと待てぇえええええ!!」
怒号と共にステージに飛び上がったのは、青ざめた顔のフレデリックだった。
「インチキだ!これは……インチキだぞ!!」
彼の目は真っ赤に血走っていた。まっすぐ瑚依を睨みつけ、片手に握ったリュートは怒りで震えていた。
「俺の歌が! こんな、わけのわからん空人の小娘に……どこが、どこが負けたって言うんだよ!!」
その声は、もはや自分を納得させるための絶叫だった。
「説明しろ!! 納得できる理由を!!」
ステージは一瞬、空気が凍りついたように静まり返った。
ただ、瑚依だけが、その静寂の中でもピアノの前に座り続けていた。
フレデリックの絶叫は、まるで酒場の天井を突き破るかのように響き渡った。
その目には、もはや理性の影すらなかった。怒り、嫉妬、敗北感――あらゆる感情が渦巻き、握られたリュートの弦がギリ、と軋んだ音を立てる。
まずい。俺は直感的にステージに足を向けていた。瑚依が危ない。あの目のままなら、奴は理屈も見境もない。ただの暴力に走る。
ステージ前に立つ男に、冷え切った声で告げる。
「退け。」
だが、その巨体は一歩も動かなかった。女将の隣にいつも無言で控えていた大男。今、その瞳が、まっすぐ俺を見据えていた。
「……悪い」
低く、しかし明確に彼は言った。
「が、ここはボスに任せてくれないか」
その言葉の奥に、言外の意志がある。
絶対的な忠義。
女将に対する揺るぎない信頼。
そして――「敵対はしたくないが、これ以上進めば容赦なく排除する」という、警告。
その構えに、一瞬で分かった。俺が進めば、こいつは何の躊躇もなく動く。
「……っ」
背後から、静かな手が俺の肩に触れた。
新久だった。
彼女は微笑んではいない。ただ静かに、静かに首を振る。
「大丈夫」
小さな声。でも確信に満ちていた。
「彼らに任せよう」
俺は小さく舌打ちし、大男の前から一歩退く。
そして、女将が静かに動いた。
フレデリックと瑚依のあいだ――その中心に、まるで戦場の仲裁者のように立つ。静かな、だが威風ある足取りで。
「よしな、坊や。」
女将の声は低く、怒鳴ってもいないのに、空気が張り詰める。
「心配しなくても、ちゃんと“判決の理由”を説明してやるよ。」
彼女の声は落ち着いていた。怒りも苛立ちもない。けれど、その瞳には、静かな火が宿っていた。傷ついた獣のように荒れ狂うフレデリックを前にしても、女将の表情は揺るがない。
「お前の“歌ってた相手”は、誰だったんだい?」
唐突な問いかけに、フレデリックは目を剥いた。
「はぁ? 質問に質問で返すなよ!意味わかんねえだろ、何の関係があるんだ、それ!」
「――答えろ」
短く、低く。それでいて抗えない圧。
フレデリックは一瞬、怯んだように口を閉じた。だがすぐに肩をそびやかし、ふてぶてしく返す。
「そりゃあ……この場にいる全員に決まってんだろ? 観客様だぜ? 当たり前の話じゃねえか」
「ほぉ……そうかい」
女将は、ゆっくりと笑った。だが、その笑みはひやりとするほど冷たかった。
「どう聞いても、お客様に歌ってたようには聞こえなかったけどねぇ。あたしには、ただこの女の子と……あそこの騎士様に向かって、下品な挑発をぶつけてただけに思えたよ」
その瞬間、場の空気が一変した。
「そうだ!」「俺もそう思った!」
「客のことなんて、最初から眼中になかっただろ!」
「いつも自己満足で歌いやがって!」
「調子こいてんじゃねえよ!」
怒号、罵声、野次が次々と飛び交い、酒場が揺れるような騒然とした空気になる。
「やっぱアイツ、ただのナルシストだよな」
「歌が上手いってだけで、調子に乗ってたんだ」
「今日の子は違った。心に響いたよ、マジで」
観客たちの口から、次々と本音がこぼれ出す。それは、積もり積もった鬱憤でもあり、そして――心からの喝采でもあった。
フレデリックは、まるで背後から殴られたかのように、その場に立ち尽くしていた。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~
厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」
ダンジョン出現から10年。
攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。
かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。
ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。
すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。
アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。
少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。
その結果――
「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」
意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。
静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
