「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

文字の大きさ
133 / 152
第三章 花の卷 嵐の前の静けさ

3-24 合気道

しおりを挟む
 女将が手を挙げると、さっきまでの怒号がすっと引いて、場内が静まった。

 「さて、君に問おうか。」

 女将は静かに瑚依の方へ向き直った。口調は穏やかだが、その眼差しは鋭く、真剣だった。

 「君は、なぜ……さっきの曲を歌おうと思った? 相手が挑発を込めて歌ってきたなら、それなりに仕返しする方法もあったはずだ。君の腕前なら、罵倒に罵倒で返すこともできたろう?」

 瑚依はしばし黙って、ほんの少しだけ視線を泳がせた。そして、ためらいがちに、けれど自分の言葉で丁寧に語り出した。

 「……えーとね。私、まず……この場にいるお客様たちが、どんな人たちなのか、ちゃんと観察してたの。」

 まるで内緒話を明かすように、瑚依は言葉を選びながら続ける。

 「あの野郎……たしかに下品だったし、嫌な気持ちにもなったけど……でも、うまかったのは事実なの。だけどね、私……お客様たちの反応とか、ちょっとした呟きとかを聞いてて、すぐに分かったの。」

 彼女の声は決して大きくなかった。けれど、そのまっすぐな言葉は、なぜかすっと胸に入ってきた。

 「この場にいる人たちって……たぶん、戦士だったり、旅人だったり、いろんな思いを抱えてここに来てて。だから……ラブソングとか、誰かを罵るような歌より、きっと……元気が出るような歌の方が、嬉しいんじゃないかな、って……思ったの。」

 言葉の最後は、まるで自分の予想が的外れだったらどうしようとでも言うかのように、声が小さくなった。

 けれど、その説明は、あまりにも純粋で、あまりにも誠実で……誰の耳にも、彼女が嘘偽りのない本心を語っているのが、はっきりと伝わった。

 沈黙。

 そして――

 「……いい子じゃねえか!」
 「そうだよ、あんたの歌、沁みたよ!」
 「ありがとな、空人の姉ちゃん!」

 再び場内が拍手に包まれる。
 
 今度は怒りや勝ち負けの感情ではなく、ただただ、彼女の歌と心に対する――感謝と称賛の音だった。

 「……だそうだ。『本物の詩人』との格差、思い知ったか?」

 女将が、呆けたように立ち尽くすフレデリックに向けて淡々と告げる。その声音に、嘲りはなく、ただ冷然たる事実だけが込められていた。

 「私だってね、商売人だから。あんたの腕前を否定はしないよ。技術も、声も、確かに一流だ。でも、それだけ。お客様の顔も見ず、心に寄り添う気もない吟遊詩人なんて、この酒場には必要ないさ。約束通り、今夜中に荷物をまとめな。明日の朝には、ここを出てもらう。」

 その言葉に、フレデリックが唇を噛み、次いで低く、震えるような声で呟いた。

 「……インチキだ、そうだ、これはインチキだ……」

 その声は、怒りに満ちているというより、もはや必死に自分を保とうとする、薄氷のような静けさだった。

 「そうだ……お前が仕組んだに決まってる。最初から俺が彼女の挑発に乗るって分かってたんだろ? 全部、お前の仕込みだ……! 俺を陥れるための、見え透いた茶番だ!!」

 彼の声が、次第に上ずり、叫びに変わっていく。

 「このクソ酒場にいる連中、全員グルだろ!? お前ら、俺に嫉妬してるんだよ! 大学の連中と同じだ、俺が天才すぎるから、足を引っ張ろうって腹なんだ!」

 フレデリックは観客席を指さしながら喚き散らす。

 「芸術のかけらも知らねえ野蛮な猿どもに歌ってやったんだぞ! この恩知らずが! 猿は猿のままだ、どうせ分からねえよ、詩の深さも、人の魂も! お前らなんか――!」

 「うわ……」松尾が呆れたように呟いた。「地上波アナログ放送が終了したせいで、誰にも使われなくなって捨てられたテレビみたいなやつだな。まるで自分だけはHDだと思ってる。」

 「……どう見ても、猿はお前だろ。」

 俺も思わず毒づく。女将が一歩踏み出して、凛とした声で告げる。

 「いい加減にしろ。今なら、まだ場は収まる。これ以上、先祖の名を汚すような真似をするな。なんなら、旅費を出してやってもいい。」

 「ふざけんなよ! たかが銅貨と銀貨で、俺の詩人としての誇りを買収しようってのか!?」

 フレデリックの顔が、怒りで歪む。次の瞬間、叫んだ。

 「そもそも、オーラヴとかいうヘタレを降ろして、俺を雇ったのはお前だろ! 今さら他人事みたいに突き放すなよ! 都合がよすぎるだろ!」

 そして彼は、憎悪を剥き出しにして瑚依を指差す。

 「なんだその歌! “昇る太陽”? ふざけんなよ! 二百年前から太陽が消えたのは、お前ら空人がこの地に現れてからだ! 太陽を語る資格なんか、お前らにはねえ! 太陽を返せ! 俺たちから奪ったすべてを返せぇぇぇっ!!」

 その絶叫と同時に、フレデリックはリュートを高く掲げた。

 ――そして、女将の背後にいる瑚依に向かって突進する。

 「俺の失ったものを、全部返せッ!!」

 その刹那だった。

 女将が動いた。

 それは、俺の動体視力でもようやく捉えられるほどの速さだった。

 彼女は熟練したステップでフレデリックの目前に滑り込み、リュートを握った腕を捻り、腰をひねるように回転。そのまま彼の手から楽器を奪い――

 「離せッ! このアマアアアァッ!!」

 フレデリックが叫んだ瞬間、彼の体が宙を舞った。

 一回転しながら、頭から地面に叩きつけられた。

 ドッ――という乾いた音とともに、酒場全体が凍りつく。

 誰もが目を見開き、声も出ない。

 俺がぽつりとつぶやく。

 「……おい、見たか」

 隣の松尾がゆっくりと目を細め、頷いた。

 「……ああ。若干、荒削りだが――まぎれもなく、合気道だな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

処理中です...