「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

文字の大きさ
140 / 152
第四章 刀の卷 氷面下の駆け引き

4-00 銀の鍵

しおりを挟む
 耳を澄ませば、かすかな足音が、雪と木の板を踏む音に混じって届いてきた。

 四人。……いや、五人だ。一つだけ、重さの違う足取りがある。動かずに立ち止まり続けているあの足音は、見張り役。体格も大きいと見た。

 他の四つは、歩幅も呼吸も雑だ。どこか、聞き覚えがあるような足音。

 音を立てず、カウンターの裏から匍匐で大扉の影へと移動する。松尾もすぐに続いた。

 鍵穴に、異様な金属音が走った。

 ……通常のピッキングじゃない。耳を押さえたくなるような、軋むような奇妙な振動。熱でも風でもない、「通り抜ける」ような感覚。ぞわりと皮膚が粟立つ。

 直感が警鐘を鳴らす。これは、普通じゃない。

 まもなく扉が静かに軋み、開く。先頭に入ってきたのは、麦色の髪をした体格のひょろ長い男だった。警戒心も緊張感もない。開けた扉を足で閉じ、口笛を吹きながら入ってくるその姿は、まるでここが自宅か何かだと錯覚しているようだった。

 手には、鈍く銀に似た光を放つ古びた奇妙な鍵を握っていた。五インチほどの長さで、軸には文字とも模様ともつかぬ微細な凹凸が浮かんでいる。じっと見ていると、なぜか焦点が定まらず、視界が歪んで感じられる。刃の部分には通常の鍵のような刻みがなく、代わりに雫のような滑らかな曲線が幾重にも重なり合っていた。



 そんな不可解な鍵を、男はまるでコンビニで買った使い捨ての工具のように、何の躊躇もなくズボンのポケットへと突っ込んだ。

 ……なるほど。

 あのどこかのアーティファクトめいた鍵、どうやって手に入れたかは知らないが、特別な価値があることすら知らずに、ただの道具として使っている。素人だ。部屋に入ってきた態度からも、それは明白だった。

 続いて三人の男が扉をくぐる。闇の中に顔は沈んでいて判別はつかないが、体格、立ち位置のバランス、歩き方の癖――どれもどこかで見覚えがある気がした。

 (……まさか)

 俺は呼吸を浅くしたまま、身を引いた。

 見張りはさておき、この四匹の雑魚相手なら、ぶっ倒すのは簡単だ。だが今は、目的を知るほうが先だ。単に金が目当てか? それとも、何度もこの店を狙う理由が、店の裏にある“別の何か”なのか――何より、トルヴァルドが泣くほど大切にしていた「変形式の冠」、あの遺物を盗み出したのがこいつらなら、行方を聞き出す必要がある。まだ来ているということは、目的がそれだけじゃない可能性もある。

 妙な「鍵」のことも、正直気になる。

 刀は抜かず、腰の鞘をわずかに調整する。邪魔にならぬよう位置を整え、重心を分散させる。

 無音、無臭、無影。

 いかにして“外”へ引きずり出すか。暴れられれば、店が無事では済まない。

 俺は顎をわずかに動かし、先頭の間抜けな侵入者を指し示す。

 松尾が目を合わせ、静かに頷いた。

 あいつは逃げ足が速そうだ。戦闘になれば、真っ先に外へ逃げようとする。タイミングを狙って、松尾が噛みついて引きずり出す。俺はその動きを合図に、あえて奇襲は仕掛けず、姿を現して「騒ぐ」。

 相手の注意力と攻撃の方向を、俺に向けさせる。

 そのうえで、全員を外に誘導する。

 ……段取りは整った。

 俺は深く息を吸い、わずかに姿勢を低くした。

(行け――)

 俺のわずかな手の合図で、松尾が飛び出した。

 床を蹴って駆けたその姿は、まるで砲弾。獲物を目がけて一直線に突っ込む。先頭で棚の商品を物色していた麦色の髪の若い男――鼻歌でも歌い出しそうなその顔には、気配すら察した様子がなかった。

 ドン――ッ!

 松尾の顎が跳ね上がり、巨大な門歯が男の脛に食い込んだ。ゴリッと鈍い音がして、男の叫びが店内に響き渡る。

 「ぎゃあああああああッ!!?」

 男は体をひねる暇もなく、片足を噛まれたまま床に崩れ落ちた。そのまま、松尾が全力で引っ張る。歯の根元から微かに血が滲んでいた。カピバラと侮るなかれ――あの歯は、草を食うだけじゃない。

 まるで人形のように引きずられ、男の体はあっという間に店の外へ。雪の地面を抉りながら、ずるずると連れ去られていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

処理中です...