冷遇王子を匿ったらまさかのアレがついてきた

すずね

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第2話 1

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 半年ほど前から準備をしてきた誕生祭が終わり、エリアスは気が抜けてぐーたら過ごしていた。
 気を張っていたため自覚はなかったが、少々夏バテ気味だったようだ。
 糖分と塩分を含んだ果実水を飲んだり、食欲がない日は麦がゆを食べたり、体を冷やしてくれる夏野菜を料理に取り入れたり、覚えている限りの前世知識を料理長に伝えて協力してもらった。
 健康な子供の回復力は素晴らしく、一週間もせずに元気を取り戻した。

 とはいえ今は夏真っ盛りである。
 なるべく涼しい所で大人しく過ごしている。
「エリアス坊ちゃま、果実水のお代りはいかがですか」
「んー冷やした紅茶はあるかな?」
 氷は貴重品なので、暑い日に冷たいものを飲食できるのは贅沢なことである。
 果実水は冷蔵庫で保管できるが、紅茶の場合は一気に氷を入れて冷やさないと濁ってしまうため、多くの氷が必要になる。
 その氷は、一般的には冬の間に切り出した天然氷を地下倉庫で保管し、必要に応じて使用するので、真夏には在庫が尽きる場合が多い。
 大抵の大人であれば、グラスの水を冷やす程度の氷を作ることはできるが、相当の魔力を消費するため、緊急時でもなければやることはない。
 なので、冷凍庫を作ったからといって、いつでも氷使い放題というわけにはいかないのだ。

 氷だけでなく、身体能力の強化、少量の飲み水を作る、薪に火をつける、埃を払う程度の風をおこすなど、生活に使うような魔術は誰もが大人になるまでに家庭で学んでいる。
 そんな中でも特に魔力量が多い者は、高位魔術習得の為に特別な教育を受ける必要があり、立場に関係なく無償で国営の魔術学校に入学することができる。
 各地にある大小さまざまな魔術学校は、国だけでなく多くの貴族の支援で成り立っており、技術取得後は支援者の使用人になる者も多い。
 グラナート家の子供達には講師を雇っているので学校に行くことはないが、使用人の中にも魔術学校から引き抜いた優秀な高位魔術師が何人もいる。
 
「厨房で確認してまいります」 
 侍女を見送り、湖面で冷やされた風を汗ばんだ肌に受けながら、誕生祝いにもらった本を読んでのんびりと東屋で過ごす。
 本を閉じて、砂糖をまぶしたラスクに手を伸ばし、サクリと一口かじる。
 祝宴で出したパンの中で、全粒粉パンが殆ど手に取られることなく大量に残ってしまった。
 ブルスケッタや無糖ラスクは庶民の使い回しレシピとして昔から知られている。
 使用人の賄いだけでは消費しきれないので、夫妻の酒のつまみや子供たちのおやつに工夫して調理するよう頼んである。
(にしても飽きたな。毎日ラスクって、いったいどれだけ全粒粉パン残ったんだよ……。皆、このパンの美味さが分からないの?)
 昔からある、ふすま入りの硬いパンと見た目は似ているが、このパンは全くの別物だ。
 外はカリっと香ばしく、中はモチモチ触感で、噛めば噛むほど麦の風味が口の中に溢れる。
 食べきれないほどの料理を準備したのでスルーされてしまったのだろう。
「お待たせいたしました。紅茶を冷やしてまいりました」
「ありがと! ねえ、ミア。まだ全粒粉パンって残ってるの?」
 最近担当することが増えた侍女のミアは、苦笑いでうなずく。
 ミルクと卵と砂糖でフレンチトーストでも作ってもらおうか。
「前に作ってもらったプリン覚えてる? あの卵液をパンに浸してからバターで蒸し焼きにしたら美味しいんだよ」
 分量や焼き加減はいつも料理人に任せている。
 ある程度仕上がった頃に試食会を行い、意見交換をしながら完成形を模索していく。
 そうして今まで、いくつもの新しいレシピが作られてきた。
「甘さ控えめに作って、上にチーズや半熟卵を乗せるのもいいね」

 よく冷えた紅茶で喉を潤し、栞を挟んだページから本の続きを読む。
 切り株に捨てられていた赤子が勇者へと成長し、王家の姫である聖女と共にドラゴンを倒すという架空の国が舞台の冒険ファンタジーだ。
 紆余曲折あり勇者と聖女がドラゴンを倒したのだが、その死骸から瘴気が溢れて疫病が蔓延するという場面まで読み進めた。
 聖女が祈って疫病を癒す展開になりそうだ。

 この世界には、強い魔素(魔力のエネルギー源となるもの)の中で育ったために凶暴化した魔獣や魔物と呼ばれている動植物がる。
 魔素は、著しい低温や高熱の地域に高濃度で停滞するため、夏でも氷点下の北の高山や、一年中熱帯の赤道近辺の島々やその近海で発生し、その場を住処としていた。
 ドラゴンは架空の生物で、勇者や聖女の概念もないが、魔獣の異常発生で人間の生活圏を脅かすことや、衛生意識の低さから疫病が発生する可能性は十分にある。
 北の辺境を守る武の一門、グラナート家が魔獣に押し負けることはないだろうが、中世並みの文化の中で生活している領民の衛生環境はあやしいところだ。
 領主一族はもちろんのこと、使用人やその家族はエリアスの提言で入浴や手洗いうがいを徹底している。
 特に使用人については、食事や休養、睡眠時間なども十分取れるよう、賄い料理やシフトに留意している。
 王国広しといえど、ここまで勤務体制と福利厚生がしっかりとした屋敷は他にないだろう。
「ミア、庶民の衛生管理ってどうなってるのかな。手洗いうがいとか、病気の時に薬を飲んだり医者に診てもらったりできるもん?」
「衛生管理という概念はないと思います。こちらのお屋敷に上がってから色々と教えていただき、帰省の際は家族にも伝えていますが、あまり浸透しておりません。医者は高額なので、具合が悪いときは街に薬草を買いに行くか、精がつく物を食べて寝るかですが、街から遠い地域や貧困層ではちょっとした風邪や腹痛で命を落とす者もいるようです」
「そうかぁ」
 使用人とその家族から広まることを期待して手厚い補助をしているが、そう簡単ではないようだ。
 エリアスが暮らす北の領地は、比較的安定した気候と肥沃な土地であり、法外な税を課すことがないよう監視体制が整っているから、領民の暮らし向きも比較的豊かな方だと聞いている。
 そんな中でも悪い奴はいるもので、監視の目をかいくぐり私腹を肥やしていた、とある領主の不正を、姉のユリアが類まれな頭脳で暴き、鉱山の無償労働送りにしたのは一昨年の事。
 同じことをしでかすような領主はもういないだろう。
「日々の生活に追われている中で、切羽詰まってなけりゃ今までの習慣を変えるはずないよね」
 考えれば考えるほど、それは難しいことのように思えてきた。
 それでも、思いついたことは一人で完結させないようにしている。
(うん、父上に相談しよう!)

 夏場は熱中症や食中毒、冬場は冷えや感染症、年間通して疫病の対策が必要だろう。
 先ずは手洗い習慣からだ。
 南の公家から取り寄せているオリーブ石鹸やシードオイル石鹸は高価なので、動物脂や薪灰で安価に作るアイデアを絞り出す。
 薬草は栽培に時間がかかるから、すぐに種や苗を取り寄せて、遊ばせている土地や人材を集める必要があるだろう。
 塩と砂糖を入れた経口補水液は、吐き下しや高熱の水分補給、熱中症対策に有効ではあるが、まだまだ高価な砂糖の確保が課題である。
 せめて、大量に汗をかくならば、水と一緒に塩を舐めることは浸透させたい。
 夏バテには梅干し、というのが前世での母の教えであったが、この地で梅干しにはまだ出会っていない。
 また、少し前のエリアスのように食欲不振や体力減退の時、体を冷やしたい時の食材や料理の知識も、もっと広めなくてはいけない。
 以前、病み上がりに「体力回復には肉だ」と、肉料理ばかり食卓に並べられたことがあった。
 嫌がらせかと思ったエリアスだったが、皆本気で心配していると知り、胃腸の働きと消化吸収について一から説明したのである。
 
 まだ7歳のエリアスに出来ることは少ない。
 一通り父に進言した後は、進捗状況を見ながら両親と相談することになるだろう。
 侍女に父親への面会予約を頼み、エリアスは再びあれやこれやと考え始めた。
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