SCREAM ANGEL

すずね

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STAGE1ー1

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 重厚で金属的な音楽に満たされた薄暗い水槽の中で、響生ひびきの体は音の波間に沈んでいく。
 禍々しい重低音のベースに、繊細でクラシカルなガットギターの音色。
(ああ、なんて心地よい空間。そして……)
 一転、激しいドラムと共に、曲調が攻撃的なものに変わった。
 静かに息を吸い込み、喉を絞り最初のフレーズを叫ぶ。
「Destroy!」
 その瞬間、体液全てが音楽と交わり沸騰する。
 フロアから響生を見上げる観客の熱が一気に高まった。
 赤、青、黄色、ライトの熱に目が眩む。
 光を浴びて拳を振り上げれば、観客からの歓声は悲鳴に変わる。
 歓喜と陶酔。
 狭い箱の中、響生と観客の熱が一体と化して、独特の空気に変わった。
 ゴシック系の荘厳な楽曲と、悪魔のような低い叫び声――スクリームボイス――美と醜の対照的な世界。
 長く陰鬱なスクリームの後に、濁りのないクリーンボイスで抒情的なサビのメロディを歌い上げる。
 徹底してカタルシスを追求した構成は、響生の譲れない拘りだった。
 メロデス――メロディックデスメタルと呼ばれるジャンルの音楽に傾倒して6年になる。
 家でも大学でもアルバイト中でも、寝ている時でさえ音楽の事ばかり考えている響生は、この瞬間の為に生きているのだと心から思う。
「いつも来てくれている皆、ありがとう! はじめましての方も、最後まで楽しんでいってください!」
 フロアからは拍手と歓声が返ってくる。
 無造作に伸ばした黒髪と、貧相ではあるが一年かけてやっと生え揃ってきた顎ヒゲ、シンプルなTシャツとブラックデニム、そして男らしさを意識した振る舞いで演奏中は粗野に見せているが、MCでは生来の生真面目さや小柄で子供っぽい容姿に加えて高めの地声に会場がふっと和む。
 巻き舌で「お前らー!」などど叫んでいたこともあった。
 だが、会場から返されるリアクションのあまりの寒さに、キャラ変更を余儀なくされた。
 格好つけて空回りをするくらいなら、演奏以外は素の自分でいようと今は決めている。
 和み系のMCの後は、哀愁漂うギターのアルペジオ。
 ライトを落とした会場は期待に静まり返る。
 スポットライトの中でギター弾くのは、同じ大学のサークルの先輩、かおるである。
 品の良い整った顔が切なげに歪められた瞬間、溜息と悲鳴が入り混じったような声が女性客達から聞こえてきた。 
 そこに、どこまでもダークでヘビーな五弦ベースが入る。
 ベーシストの佳行は、響生と似たような長髪にラフな黒ずくめの衣装だが、彼のほうはひょろりと背が高い。
 物静かなプライベートでは想像できないようなアグレッシブなプレイヤーで、作る曲も過激なものが多い。
 彼にはコアな男性ファンが多く、演奏の合間に指さされた先からは、低い声の声援とともに拳が振り上げられるのが見えた。
 ドラマーのシンはバンドで唯一の社会人。
 派手だが安定感のあるプレイで、変調が多く難易度の高い楽曲を手堅くまとめている。
 馨に誘われて加入した「トライドレットフューチャー」は、この春で結成一年になる。
 最初は友人だけだったフロアは、今では大勢のファンで埋まるようになった。
 今はまだワンマンではなく、対バンという4バンドによる合同のライブではあるが、ノルマのチケット代で赤字になることは無くなった。
 このバンドならプロを目指すのも夢じゃない。
 そんな野望を持てる程度の人気はあると自負している。
 メジャーデビューしたら――冗談の延長で話すことはあったが、本気で話したことはまだない。
 就職活動を控えた馨と佳行や、社会人のシンには言い出せずにいた。

「また来月のライブで会いましょう!」
 曲の最後は楽器組の派手なアドリブが続く。
 名残惜しい気持ちでフロアを煽り、手を振ってくれる観客に応え、最前列にはハイタッチで応えた。
 最期の一音を皆で合わせ、ジャンプして終えるのはいつものお約束。
「ありがとうございましたっ!」
 夢の時間は終わり、ライトは通常の照明に切り替わる。
 アマチュアの響生達に専属スタッフなどは居ないので、持ち時間が終われば、楽器や持ち込みの機材は各自撤収しなくてはいけない。
 鳴りやまない拍手を背に、響生も自前のマイクとワイヤレスレシーバーを回収してステージを後にした。
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