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STAGE1―2
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「ヒビキ、めっちゃ良かったよー! 俺の好みドンピシャ!」
楽屋に戻ると、テンション高めの男が馴れ馴れしい口調でハイタッチをしてきた。
最後に出演するバンドのメンバーで、リハーサル前の打ち合わせから愛想が良く、人懐っこい青年だった。
童顔で身長も響生と変わらないくらい小柄だったが、咥え煙草でウロウロしていたので成人はしているはずだ。
「お兄さんも頑張ってきてください!」
響生が笑顔で返すと、「おう!」と力こぶを作って見せてステージに上がる。
彼に続き、年上の男女が顔を寄せて笑顔で話しながら、こちらに向かって来た。
女性はベースを、男性は楽譜であろう紙束を持っている。
会釈を交わして二人を見送り、視線を正面に戻した時、大きな男にぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
見上げた男は不愛想だが顔が良い。
二度見するほど顔が良い。
返事はなく、ただ響生を見下ろしている。
(言葉が通じない?)
彫りが深く髪の色も目の色も淡いから、日本人ではないのかもしれない。
「enjoy! いってらっしゃい」
楽しんで来て、と笑顔を向けたら、手に持ったギター軽く傾けて、無表情のまま頷き返す。
たったそれだけの仕草なのに、やたらと格好良い。
(え、なに? 芸能人? 元モデルとか?)
出演者の打ち合わせで姿を見なかったので、遅れて来たのだろう。
そのためにリハーサルの順番が変更になったことを思い出す。
リハーサルの様子は分からないが、あの容姿であればステージ映えすることは間違えない。
トリを任されているのだから、音楽の完成度も期待できるはずだ。
(見掛け倒しで終わらないライブを頼むよ)
響生は急いでマイクと持ち込み機材を片付けて、汗だくの衣装を着替える。
とは言っても、黒のTシャツとデニムパンツから、似たようなTシャツとデニムパンツ変えるだけなので変わり映えしないのだが。
鞄から小銭だけをポケットに突っ込み、水を求めて紫煙に曇る狭い通路を抜ける。
楽屋から出ると、ドリンクを購入する客と新たに入って来た客で、フロアはいつもよりもごった返していた。
(実は人気のバンドなのかな? 早く水買って戻ろう)
ライブハウスの重いドアを開け、階段を駆け上がってビルの外に出る。
二月の夜風が火照った肌に心地良い。
ビル脇の自動販売機で水を買って飲み干せば、熱を持った喉が冷えて、やっと人心地がついた。
今日は喉の調子も悪くない。
サークルの先輩から、低い声を作りたいなら煙草と酒で潰すと良いと言われ、真面目に試してみたら速攻で喉を壊した。
慌てて煙草をやめたら痛みは治まったが、実はそれ以来ずっと調子が悪い。
だが、掠れ気味の今の声は気に入っているので、諸刃の剣と分かっていても、叫んで潰して調整するような練習を続けている。
「あ、響生じゃん?」
「ほんとだ!」
ライブハウスから出てきた少女達が、そう囁き合って響生をチラチラと見ている。
響生が手を振ったら、悲鳴を上げながら思い切り両手を振り返す。
「ああ~! 響生すきぃ~」
「可愛いー!」
最近になって、バラードらしきメランコリックな楽曲を取り入れるようになったら若い女性客が増えた。
ライブ中に「可愛い」と言われることも増えた。
ファンが増えるのは嬉しい。
多くの人に聞いてもらいたいし、ライブに来て盛り上がってほしい。
だが、顔が可愛いから好きだと言われると、響生の実力を認めてもらえないような気がしてモヤっとしてしまう。
馨などは、顔で客が集まるのならいくらでも良い顔してやると開き直っており、ステージを下りてもモテオーラ全開で全方位に光を放っている。
「持ってる男に分かるもんか」
小さく悪態をつき、もう一本水を買ってライブハウスに戻ると、フロアは更に客が増えて、すし詰め状態になっていた。
楽屋に戻ろうか、このままフロアに留まろうか迷う響生に、顔見知りの男性客が声をかける。
「響生君、今日も格好良かったよ」
落ち着いた優しい雰囲気の彼は初ライブから毎回来ている。
どこか不器用そうな人柄も好感が持てる。
この人に「格好良い」とは言われるが「可愛い」と言われたことはない。
そんなところも、響生の中ではかなりポイントが高い。
「いつも応援ありがとうございます」
「次の予定は決まっているの?」
「はい、来月もここでやるのでぜひ見に来てください。ここのホームページでも出演予定が更新されてます」
好意を込めた笑顔で見上げると、彼の目が一瞬大きく開き、すぐに嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「必ず来るよ。次も頑張ってね」
「はい、俺も楽しみにしてます……」
その時、会場が暗くなり、鋭く張りのあるギターが耳に入って来た。
楽屋に戻ると、テンション高めの男が馴れ馴れしい口調でハイタッチをしてきた。
最後に出演するバンドのメンバーで、リハーサル前の打ち合わせから愛想が良く、人懐っこい青年だった。
童顔で身長も響生と変わらないくらい小柄だったが、咥え煙草でウロウロしていたので成人はしているはずだ。
「お兄さんも頑張ってきてください!」
響生が笑顔で返すと、「おう!」と力こぶを作って見せてステージに上がる。
彼に続き、年上の男女が顔を寄せて笑顔で話しながら、こちらに向かって来た。
女性はベースを、男性は楽譜であろう紙束を持っている。
会釈を交わして二人を見送り、視線を正面に戻した時、大きな男にぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
見上げた男は不愛想だが顔が良い。
二度見するほど顔が良い。
返事はなく、ただ響生を見下ろしている。
(言葉が通じない?)
彫りが深く髪の色も目の色も淡いから、日本人ではないのかもしれない。
「enjoy! いってらっしゃい」
楽しんで来て、と笑顔を向けたら、手に持ったギター軽く傾けて、無表情のまま頷き返す。
たったそれだけの仕草なのに、やたらと格好良い。
(え、なに? 芸能人? 元モデルとか?)
出演者の打ち合わせで姿を見なかったので、遅れて来たのだろう。
そのためにリハーサルの順番が変更になったことを思い出す。
リハーサルの様子は分からないが、あの容姿であればステージ映えすることは間違えない。
トリを任されているのだから、音楽の完成度も期待できるはずだ。
(見掛け倒しで終わらないライブを頼むよ)
響生は急いでマイクと持ち込み機材を片付けて、汗だくの衣装を着替える。
とは言っても、黒のTシャツとデニムパンツから、似たようなTシャツとデニムパンツ変えるだけなので変わり映えしないのだが。
鞄から小銭だけをポケットに突っ込み、水を求めて紫煙に曇る狭い通路を抜ける。
楽屋から出ると、ドリンクを購入する客と新たに入って来た客で、フロアはいつもよりもごった返していた。
(実は人気のバンドなのかな? 早く水買って戻ろう)
ライブハウスの重いドアを開け、階段を駆け上がってビルの外に出る。
二月の夜風が火照った肌に心地良い。
ビル脇の自動販売機で水を買って飲み干せば、熱を持った喉が冷えて、やっと人心地がついた。
今日は喉の調子も悪くない。
サークルの先輩から、低い声を作りたいなら煙草と酒で潰すと良いと言われ、真面目に試してみたら速攻で喉を壊した。
慌てて煙草をやめたら痛みは治まったが、実はそれ以来ずっと調子が悪い。
だが、掠れ気味の今の声は気に入っているので、諸刃の剣と分かっていても、叫んで潰して調整するような練習を続けている。
「あ、響生じゃん?」
「ほんとだ!」
ライブハウスから出てきた少女達が、そう囁き合って響生をチラチラと見ている。
響生が手を振ったら、悲鳴を上げながら思い切り両手を振り返す。
「ああ~! 響生すきぃ~」
「可愛いー!」
最近になって、バラードらしきメランコリックな楽曲を取り入れるようになったら若い女性客が増えた。
ライブ中に「可愛い」と言われることも増えた。
ファンが増えるのは嬉しい。
多くの人に聞いてもらいたいし、ライブに来て盛り上がってほしい。
だが、顔が可愛いから好きだと言われると、響生の実力を認めてもらえないような気がしてモヤっとしてしまう。
馨などは、顔で客が集まるのならいくらでも良い顔してやると開き直っており、ステージを下りてもモテオーラ全開で全方位に光を放っている。
「持ってる男に分かるもんか」
小さく悪態をつき、もう一本水を買ってライブハウスに戻ると、フロアは更に客が増えて、すし詰め状態になっていた。
楽屋に戻ろうか、このままフロアに留まろうか迷う響生に、顔見知りの男性客が声をかける。
「響生君、今日も格好良かったよ」
落ち着いた優しい雰囲気の彼は初ライブから毎回来ている。
どこか不器用そうな人柄も好感が持てる。
この人に「格好良い」とは言われるが「可愛い」と言われたことはない。
そんなところも、響生の中ではかなりポイントが高い。
「いつも応援ありがとうございます」
「次の予定は決まっているの?」
「はい、来月もここでやるのでぜひ見に来てください。ここのホームページでも出演予定が更新されてます」
好意を込めた笑顔で見上げると、彼の目が一瞬大きく開き、すぐに嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「必ず来るよ。次も頑張ってね」
「はい、俺も楽しみにしてます……」
その時、会場が暗くなり、鋭く張りのあるギターが耳に入って来た。
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