SCREAM ANGEL

すずね

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STAGE4ー2

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 フロアのドアを開けると、移動していたはずのメンバー3人が受付前で揉めていた。
「ふざけんなよ!」
 不機嫌なシンの前に立つ馨が、怒りで顔を赤くながら吐き捨てた。
「シンが、チケ代パクってたみたいで。会計してて、今知って、馨キレちゃって」
 普段は表情の乏しい佳行が、泣きそうな顔で響生の腕に縋り小声で訴える。
「だからぁ、箱押さえたりココで便宜を図ってもらえるように根回ししてるお蔭で、君らの出費も少なくて済んでるわけでしょ。こっちは親のすねをかじってる暇な学生さんと違って生活かかってんの。仕事の合間にスケジュール管理やら情報更新やら何やらやってるんだから、手間賃くらい貰ってもバチ当たらないよねって話」
 開き直った態度のシンに、馨の額に血管が浮く。
「はあ? 手間賃? コソコソ抜いてたんだから窃盗だろ!」
 馨の容赦ない言葉に、シンの顔にも血が上り、握った拳が震えている。
 見た目は陽気なお兄さんという感じのシンだが、よく毒を吐く男だ。
 暴力沙汰に発展するのではないかと、響生は慌てて二人の間に入った。
「馨さん言い過ぎ。シンさんも言い方!」
 二人は非難の視線を響生に向けたが、怯んでいる場合ではない。
「シンさんの言いたいこと分かりますよ。いつもありがとうございます。俺ら、感謝してるんです。当たり前だなんて思ってないですよ。ね、佳行さん、馨さん」
 佳行はコクコク頷くが、馨は顔を背ける。
「面倒なこと全部任せてたのに謝礼のことを考えなかったのはすみません。でも、勝手に抜かないで言ってほしかったです。俺ら、音楽の事では言いたいこと言い合ってたじゃないですか。騙されてたみたいで、俺だっていい気分しないです。今までどれくらい抜いたのか計算してもらって、それが妥当だと思ったらチャラにするとかダメですか? それで、これからも謝礼として一部はシンさんに渡すとか。約束した上でのことなら、正当な報酬として受け取ってもらいたいです。馨さん、ダメかな?」
「響生、『これから』はないよ。解散する」
「え、でも……」
「前に言っただろ、俺と佳行は就活あるからいずれ活動を休止するって。どうせ、エンフラに夢中で聞いてなかったんだろ?」
「え、あ……ごめん、聞いてなかった」
「分かってたから別にいいけど」
 馨の冷たい表情と声色に、返す言葉がなくなった。
「予定より早いけど今日で解散。メンバーの金パクっといて開き直ってるような犯罪者とは、金輪際、頼まれても一緒にやりたくない」
 シンに対して再び怒りの眼差しを向ける。
「俺だって、学生さんのお守りにはいい加減嫌気がさしてたんだよ。金は計算して返す」
「そんなもんいらない! 金はめぐんでやるから、もう二度と俺らの前に顔を見せるな!」
「ほんっと、いけ好かねえガキ。お前こそ、俺のホームに入って来るなよ」
 シンは背を向けて出て行った。
 しばらく呆けたように立ち尽くしていた3人だが、馨が床に置いていたギターケースを手に取ったタイミングで、佳行もベースを担ぐ。
「あの……就活が落ち着いたら、遊びでいいからまたやろう? 俺、馨さんと佳行さんと演るの好きだから」
 馨は表情を変えることなく目を背ける。
「ありがとう。でも、どうかな。余裕あったらな」
 いかにも社交辞令だと分かる返答である。
 佳行に背中を静かに叩かれ、馨は店を出て行った。
 受付カウンターの奥から顔を出したスタッフに、騒がしくしたことを謝罪してライブハウスを出た。
 重い足を動かして階段を上がると、外は夜中なのにビルの看板と街灯で昼間のように明るい。
 街の明るさも、エンフラの出待ちファンの賑やかさも、今の響生には眩しすぎて妬ましい。
 コウのバンドには未来がある。
 近い将来、もっと大きなステージで多くのファンを前にプレイするのだろう。
 末席ながらも同じステージに立っていたことで同じ世界で生きていると錯覚していたが、自分とコウでは立っている場所が違っていたのだ。
 バンドは最悪の状態で解散し、掴めそうに見えた夢も、今まで積み上げてきたものも、全てが消えて一人になった。

 沈んだ気持ちで交差点を渡り、すぐには駅に向かわず、角のコンビニエンスストアに入る。
 特に用はなかったが、少し落ち着きたかった。
 水でも買おうかと冷蔵コーナーに行ったが、酒類の棚の前で気が変わった。
(何もかも、もうどうでもいい。腫れて痛む喉も、いっそのこと壊れてしまえばいい。意識を失うほど酔って、今日はどこまでも堕落してやる)
 目についたアルコール飲料の缶を手に、レジに向かった。
 外に出たら、いつの間にか降り出した霧雨が吹き込んで頬にかかる。
 軒下に座り込み、プルタブを開けて一口飲むとそれは苦くて辛い。
 痛い、苦しい。つらい。
 それでも半分ほど一気に飲んだ。
 その後は飲む気にならず、座ったままぼんやりしていると、目の前に人の影が差した。
「ガキが酒なんて飲んでるんじゃねえよ」
 聞き覚えのある声に顔を上げたら、缶を取り上げられて中身を地面に捨てられた。
「ガキじゃないです」
 この春に二十歳になったのだから、飲酒を禁じられる筋合いはない。
 掠れる声で、拗ねたように吐き出した。
「喉を傷めてるのにこんなことをして、自傷行為が趣味なのか?」 
 コウは空き缶をゴミ箱に捨てて、響生の腕を強引に引き上げた。
「来い。送ってやる」
 霧雨が本ぶりの雨に変わる中、200メートルほど先の駐車場に連れていかれた。
 ドアを開けて押し込められたワンボックスカーの後部座席には、ギターと機材が詰んである。
 買い物をしていた様子もないし、わざわざコンビニまで声を掛けに来てくれたのだろう。
 送るという言葉を信じるのなら親切心なのかもしれないが、ひどい言葉を投げつけられた後だから、コウの真意が分からない。
 車を出し、駐車場のバーを潜ったところでコウが声を掛けた。
「家、どっち?」
「あ、いいえ。今日は帰りたくないんでその辺で落としていってください」
 コウは舌打ちをしてウインカーを右にあげる。
 ああ、また怒らせた。
 だが、もうそれもどうだっていい。
 (今度罵倒されたらキレてもいいよね。言いたいこと言わせてもらうから)
 響生は開き直って背もたれに体を預けた。
 夜中でも明るい街中の国道を都内に向かって進み、30分ほどで住宅地にあるマンションの地下駐車場に入って行った。
 車を降りたら、ソフトケースに入ったギターを2本渡された。
 それを肩にかけると、コウはハードケースに入ったギターと機材を出してカートに縛り付ける。
「こっちだ」
 エレベーターに乗ったら足元がふらついて、壁に寄りかかった。
 慣れない飲酒のせいか目が回る。
「酔ってるのか? 一本寄越せ」
 コウがギターを渡すよう手を出す。
 思いがけない気遣いに、慌てて首を横に振ったらその反動で再びふらつき、結局2本とも取り上げられた。
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