SCREAM ANGEL

すずね

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STAGE4ー3

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 断るきっかけを逃して、コウの部屋に付いて来てしまった。
「その辺に適当に座ってろ」
 カウンターキッチンの奥に入って行くのを見ながら、リビングの二人掛けソファに恐る恐る座る。
 部屋を見回すと、壁一面には木製のラックや本箱があり、本とCDで埋め尽くされていた。
 その前には何本ものギターがホルダーに立てかけてある。
 目の前のコーヒーテーブルにはノートパソコンが乗っており、書きかけの楽譜が無造作に置いてあった。
 湯の沸く音がしてしばらくしたら、コウがカップの乗ったトレイを持って戻って来た。
「スロートティー、喉に良い」 
 マグカップを持たせ、椅子に掛けてあったブランケットで響生の冷えた肩を覆う。
「……いただきます」
 砂糖とは違った甘さが口に広がり、続けてハーブやスパイスの味がした。
 飲み込むと喉にまとわりつく。
 味は微妙だが、確かに喉には良さそうだ。
 コウは缶ビールをのプルタブを開けながら、響生の隣に座った。
 ライブの後で彼だって疲れているだろうに、響生を拾って世話を焼いている。
 響生には何のつもりなのかわからない。
 コウが飲み干した空き缶をぐしゃりと潰して、ゴミ箱に投げ捨てる。
「お前さ、歌やめるの?」
「え、そういうわけでは……」
 またダメ出しをされるのだろうと身構える。
「じゃあ、どうして喉痛めてる奴があんなところで体冷やしたまま酒飲んでたの」
「今日は色々あったから……」
「俺に本当のこと言われて不貞腐れた?」
 サクからは悪気はないから許してやってほしいと言われた。
 だが、悪気がなければ強い言葉で傷つけてもいいと言うのか。
 気を遣うのはもうやめた。
「不貞腐れてなんていません! あなたに何が分かるっていうんですか」
「だったら、受付の前で大騒ぎしてたっていう解散騒動か」
 奥歯を噛み締め口を噤むが、コウは気にしない。
「よくあることだろ。お前が商売道具である自分の体を苛めて解決できることか? 悲劇のヒロイン気取って満足なのか? 頭の悪いことをする意味が理解できない」
 慰めてくれとは言わないが、傷口に塩を塗り込むことはないだろう。
 コウは、呆れたように大きな溜息を吐く。
 そんな態度も響生の怒りを煽る。
「あんたには分かんないよ! 何もかも持ってる人には、俺みたいな凡人がジタバタ足掻いてるのは、さぞかし惨めでバカみたいに見えるんでしょうね」
 言い返しながら、こんな八つ当たりみたいな言葉は、本当にバカだと思う。
 だが、慣れない酒のせいで感情的になってしまい、いつもの理性を取り戻せない。
「そんなことは言ってないだろ。俺は事実を言っているだけだ」
 コウの平坦な声に、堤防が決壊したように感情と涙が溢れ出した。
「言わなくたって同じだよ! 見苦しい演奏も俺のバカみたいな行動も、くだらないって思ってるんでしょ! だったら構わないでよ! ワザと傷つけるようなこと言って楽しいのかよ!」
 怒りのままに睨み上げたら、コウが頬を引き攣らせて噴き出した。
「っぶ……不細工な泣き顔」
「な、ひどっ……」
 失礼な言葉に困惑する。
 コウはブランケットの端を掴み、怒り治まらず赤い顔をしている響生の涙と鼻水を拭った。
 見るからに良い生地でできたブランケットは肌触りも柔らかくて、涙と鼻水を良く吸い取ってくれる。
「行儀良いお利口さんの顔ばかりじゃなくて、ムカついたら鼻垂らして泣きわめいて、言いたいこと言った方がいいんじゃねぇの?」
 怒り狂う相手を前に、よくそんなことが言えたものだ。
 だが、脈絡のないコウの言葉で、響生の怒りがスッと冷めた。
 コウが手放した布の端を目で追っていたら、その大きくて硬い手に頬を捕らえられ、反対の手で顎ヒゲを摘ままれた。
「思春期の陰毛みたいでヤラシイんだよ、これ」
 人の顔のパーツを陰毛だなんて酷い言い様だ。
「い、今、そういう話じゃないでしょ!」
 手を払おうとしたら、もう片方の手で手首を掴まれた。
「こんなうぶ毛、恥ずかしいから剃っちゃえよ。今から剃ってやろうか」
 ヒゲを引っ張る。
「痛い痛いっ」
 痛がる響生を見て、コウは笑っている。
「ホントに痛いから、引っぱらないで」
 ヒゲを放して揶揄うような笑みを引っ込め、真顔に戻る。
 コウの温かい手が、涙で頬に張り付いた響生の髪をかき上げた。
「くだらないなんて思っていない。お前の声が好きだから言ってる」
 好きと言われただけで、何もかも許しそうになってしまう。
「そう……なの? だったら、キレてゴメンだけど……もうちょっと分かりやすく言ってもらえると助かるんですけど」
「それは無理」
 コウはじっと響生の顔を見下ろしている。
「お前の泣き顔、不細工なのに可愛いね」
 頬を撫でながら、コウが不思議そうに問う。
「は? 何言ってんの? 意味わからない」
 色素の薄い瞳が近づき、唇に温かいものが触れて、チュッと音がして離れていった。
 響生は目を丸くして固まる。
「何するんですか!」
「あの男にもさせてただろ」
 また蒸し返すが、そんなに拘ることなのか。
「あれは耳だし、って、万作さんの事は関係ないでしょ」
 不意打ちを食らっただけで、容認したわけではない。
 それはコウも分かってるはずだ。
「ケチケチするなよ。俺のこと好きなんだろ」
「好きですけどそれは……」
 なんて傲慢な口説き文句なのだろう。
 響生が好きなのはギタリストのコウであって、キスしたい種類の好きではない。
 だが、皆まで言わせず、コウは掌で頬を撫でてそのまま頭を引き寄せる。
 小さなキスを幾度も繰り返して上唇を食む。
「あいつにはベタベタ触らせるのに何で俺には水しかくれないんだよ」
 不貞腐れるような声が可愛く聞こえてしまう。
 そして、どういうわけか、コウのキスが嬉しいと感じてしまった。
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