ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

テレポバグ(1)

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お疲れさま。
……暑かっただろ、外。
この季節、ちょっとコンビニまで行くだけでも汗が噴き出るよな。
お目当ての炭酸飲料は買えた?

――おっと、わざわざ俺の分も買ってきてくれたのか。
頼んでもないのに悪いな。サンキュー!
ありがたく戴きます。

……ってこれ「ディープブルー」じゃねぇか!
あんた、よくこれに目をつけたな。
大抵端っこの方にあるのに。

まあ飲め、まず飲め。

……どうよ。
なかなかキくだろ、それ。


*────


……で、『犬』については、どこまで話したんだっけ。

『ワンダリング・ワンダラーズ!』は、国内外のゲーマーに受けたって話はしたよな。
ヘッドマウントディスプレイを採用した、視覚聴覚同調限定のVRゲームでありながら、異世界への圧倒的没入感を実現した神ゲー。
だが、その圧倒的現実感ゆえにこのゲームのデスは非常に恐れられた。
そのあたりまで話したか。

じゃあ。だ。

光あるところには影がある。
このゲームは年齢制限という一応のくびきがあったからこそ、ショッキングな体験だとか、トラウマ製造機だとか、グロテスクだとか、教育上よくないだとか、そういう批判にはあまり晒されなかったんだが。
それでも、たった一週間足らずとはいえ、盛大に炎上したことがある。
その原因となった「とあるバグ」について語らないと、このゲームの紹介としては画竜点睛を欠くもいいところだ。

だから、ここからはそのバグ。

その名も「ランダムテレポートバグ」。

通称「テレポバグ」について語ろう。


*────


『犬』はその現実感を演出するために、さまざまなものが「概ね現実準拠」な技術水準となっている。
だが、あまりにも広大なフィールドを移動するため、「ポータル」と呼ばれる――現実では理論こそあれいましばらくは実現しそうもない――転移装置が用意されていた。
用意されていたと言っても、ゲーム内で採掘できたかなり希少な資源を使ってプレイヤーが作成するんだが……。
名前から容易に想像できる通り、この装置の機能は、ポータルが設置されている場所から、別のポータルが設置されている場所へと、プレイヤーを瞬間移動テレポートさせる、というものだ。


さて。
まあ、名前が名前だけに、もうわかっただろう。

「ランダムテレポートバグ」。

それは、プレイヤーがポータルを使用したとき、本来別のポータルへと転移するはずが、なぜかまったく関係のない別の場所に飛ばされてしまうというバグのことだ。


*────


ざっくり言えば、ポータル通過時に「特定の条件下」で「特定の処理」を挟むと行き先がバグる。
そして、気が付くと「どこかわからない場所」にいる。
慌てて振り返ってみても、そこにポータルはない。

『犬』の世界、一つの未開の惑星の、広大無辺などこかに飛ばされるというのは、それだけでほぼだ。
なにせ、このゲームには携帯可能な帰還アイテムが存在しない。
転移が可能なのは、設置されているポータル間だけだ。
そしてテレポバグで飛んだ先が未開拓の地域であれば、近くにポータルはない。
つまりわけの分からない場所に飛ばされた後に、梯子を下ろされるんだ。

不幸中の幸いというか、行き先の自身の状態が「接地状態」で指定されているため、辛うじてとか空中に放り出されるということにはならない。
だが、それだけだ。
そんな「即死」じゃなくても、ポータルのない場所に飛ばされると言うだけで、十分「即詰み」なんだ。

一応、この状況から自力で生還する方法は2つある。
一つは、その地点から最寄りの――どこにあるかわからない――ポータルまで踏破すること。
なるほど。テレポバグ発生時の装備が十分良ければ成功する可能性もありそうだ。
だがここでこのゲーム特有の問題が浮上する。
このゲームの舞台が「未開の惑星」であるということだ。

このゲームの仕様として、まったくの未開域には、独自の生態系からなる生物・自然現象による初見殺しが潜んでいることが往々にあるのだ。
自分を殺すものが生物の形をしていればまだマシで。
たとえばそれが、青く輝く発光体であったり。
たとえばそれが、深い森に満ちるまっしろな霧であったり。
たとえばそれが、見渡す限りの荒野にしとしとと降り注ぐ赤い雨であったり。
そういう、一見よくわからないのだが、そこにいるだけで即死させてくる類の地形環境が存在する。
こうした初見殺しに満ちた地形環境に転移させられてしまうと、おぞましいトラウマを植え付けられた挙句に何もわからずに死ぬことになる。
なんで自分が死ぬのかわからないまま死ぬのはなかなか堪えるものがある。
心が徐々にへし折られるというか、目の前が暗くなるというか。
ありふれた言葉だが、絶望ってのを端的に味わうことができる。うん……。

そういうわけで、テレポバグ時の装備がどんなによかったところで、死ぬときは死ぬ。
本来十分な調査を重ねて踏破しなくちゃいけない未開域を、場当たり的に駆け抜けるなんて、まず成功しない。
……まぁ、そもそもテレポバグ先の近くにポータルがある確率なんて小数点以下だ。
即死しなくてもいずれは死ぬ。
なにせ、元の場所に戻れないのだから。
……というわけで、こっちの方法は現実的じゃないと言っていいだろう。

テレポバグから生還するもう一つの方法。
それはその地域一帯を開拓・制圧し、馬鹿みたいなコストがかかるポータル設置アイテムを使用・設置してポータルを開通させることだ。
どれだけ離れているか分からない最寄りのポータルまで踏破しろっていう一つ目の案に比べれば、だいぶ現実的に思えるかもしれない。

ところで『犬』では死ぬとアイテムをその場に全ロストするという話を覚えているだろうか。
うん。じゃあ、あんたはそんなゲームで、貴重品を持ち歩くかな。
……持ち歩くわけないよな。
拠点に置いておくのがもっとも安心だ。

そうなんだ、だから。
いったい誰が極めて高コストで貴重なポータル設置アイテムを、たまたまテレポバグに遭遇したときに持っているというんだ。

だいたいは拠点で厳重に管理され、開拓を終えた後に設置しに行くときだけ、ほかのプレイヤーに護衛を頼んでまで大事にその場まで運送するんだ。
たまたまテレポバグに遭遇したときに、そんな貴重なものを持っているはずがない。
というわけで、こちらの方法も非現実的だ。

そういうわけで、テレポバグに遭遇したプレイヤーを待っていたのは、往々にして。
「戻ることもできない未開地での、すぐそこに迫る死へのカウントダウンサバイバル」と。
「自分を殺しうるなにものかによる、想像できないほど多種多様な死」。
おまけに「回収できる目途がまったく立たないアイテムロスト」。
そのあとにようやく「死に戻り」ができる。
だが、それは決してとは言わないだろう。

そういうわけで。

「テレポバグ」は、なかば都市伝説めいた恐怖を伴いながら、主に悪名として、プレイヤーたちの間で長らく語り継がれてきた。


*────


ポータルの不具合による「ランダムテレポートバグ」は、サービス開始当初はまったく報告されなかった。
ポータル機能の不具合によって発生するのだから、ポータルが開発・運用されていなかった最初期に発生しなかったのは当然のことだ。
ポータルによる利用が活発に行われ始めた、サービス開始から半年以上経ったあたりから、このバグの被害報告が徐々に上がり始めた。

だが、なぜ起こるのかがよくわからない。
発生件数が少なくて、発生条件が絞り込めなかったんだ。
最初の報告から月に1件か2件程度、ぽつぽつと報告自体は上がっていたから、それが「プレイヤーによる過失・誤認」である可能性は低いとされていた。
だが再現ができない以上運営開発も動きづらかったようだ。
そうしたバグの被害にあったプレイヤーは、報告フォームから事態を報告することで完全なロールバックなどの対応を受けることができた。
だが、突如としてそのようなアイテムロストとトラウマチック体験に襲われたプレイヤーは溜まったものではない。
それは「なんの用意もなく未開地に放り込まれて、戻ることもできず、やがて様々な要因から世界に殺され、その場にアイテムを全ロストする」という恐怖体験のフルコース。
テレポバグは明確に「悪い意味で」『犬』のプレイヤーに知れ渡っていた。

……さて、そんなバグを前にして、黙っていられないプレイヤーたちがいた。
それが「手に持った石を離したならば、その石は下に落ちなければならない」を標語に掲げる、俗に「検証勢」と呼ばれる有志のプレイヤーたちだ。

彼らはそのバグが起こるということに憤慨するのではなく、「なぜ起こるのかわからない」ことに憤慨した。
彼らは決起した。
必ず邪智暴虐のバグを解き明かさなければならないと。

……え? 取り除かないのかって?
それは運営開発がやるべきことだろう。
彼らはただひたすら検証して、その検証結果を不具合報告フォームから投函するだけだ。
だが、なにぶんサンプルケースが少なすぎたため、それがなぜ起こるのかは、遅々として解明されなかった。

だが、サービス開始から1年と約半年。
テレポバグの初報告からほぼ1年経った時、事態は解決を見る。
遂に検証勢たちの手により「ランダムテレポートバグ」の原理が解明されんだ。
再現性が確立されると、なかば伝説めいたバグとして認知されていた薪に火が付いた。

検証勢により再現性が確保され、その再現手法がどこかから広大なネットの海に流出し、全ロストの危険性とトラウマ体験の可能性から燃え上がり、SNSなどにテレポ先のなかでもとりわけ地獄めいた光景がアップされ、その存在がゲーム外の一般人にも周知されたおよそ1週間。
それが『犬』の通算4年の歴史において、もっとも大きな騒乱であったことは間違いないだろう。

しかし、運営開発の対応は迅速だった。
元よりバグ自体は認識していた運営開発である。
これまで被害にあったプレイヤーは、運営開発に希望を送ることで完全なロールバック等の対応を受けることができた。
またバグ自体についても、対症的には特定の状況再現を避けることでバグ自体を未然に防ぎ、根治的にはテレポバグに関するバグフィックスを行ったことで、燃え上がった火は瞬く間に鎮火した。
検証勢が、再現方法をSNSや配信などでいたずらに広める前に、運営開発に報告していたのが事態の収束に大きな貢献を果たした。
再現方法を知った愉快犯が騒ぎ立てる前に、バグフィックスを完了させることができたのだ。

この1週間足らずの「テレポバグ」炎上騒動――その種火はおよそ1年前から存在したのだが――は、意外な形でこのゲームのその後の方向性を左右することになる。


*────


……なんか楽しそうだな、って?
ああ。俺はテレポバグが好きだったからね。

いや、そんな変なものを見るような眼差しはやめてくれ。
もう少しだけ話を聞いてくれれば、
あんたの「テレポバグ」に対する印象も変わるかもしれない。
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