ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

拠点への道

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「――ああ、だから、川辺に来てたのか」
「まだ、じゅうぶん、あるみたいだけど、ね」
「うへぇ……そういえば俺、その辺の初期備蓄もごそっと失くしてんだな――」


*────


カノンが俺のいた川べりを訪れることになった理由を聞きながら、二人で木漏れ日のかかる林の中を歩いてゆく。
二人で歩いて向かう先は、カノンの拠点、すなわちカノンの脱出ポッドがある地点だ。

俺とカノンは今、惑星カレドはセドナと仮称された――面倒くさいからしばらくはこのあたり一帯をセドナと呼ぼう――地形座標の、中央南部からさらに南西に向かって歩いている。
そちらには、先ほどマップで確認したところ、かなりまばらな間隔を開けて、3つほどの青い光点――すなわち、ほかのプレイヤーの拠点がある。
そのうちのもっとも南に位置するのが、カノンの拠点、すなわち「カノンの初期開始地点としてセドナに配置された脱出ポット」を示す光点だ。
そのまま更に南に目をずらせば、そこには衛星写真でも確認できた、白灰色の稜線。
恐らくは山岳地帯と思われる。

花崗岩系統の石とか取れたらいいな。
緻密で硬い石質であれば、各種素材としての使い道も広い。
マップ上では見えないが、先ほどの川は南の山岳地帯の方から流れている可能性が高い……
あれ、そういやあの川って、どっち向きに流れてたっけ?


*────


ちなみに。
のんきそうなことを考えながら歩いている今の俺は死に戻り直後でアイテム・装備ともに全ロスト済みの素寒貧すかんぴん
ゆえに身に着けているものも、くるぶしあたりまでを覆うインナースーツのみ。
つまり裸足だ。

……いや、普通に怖いぞこれ。
別に走ろうと思えば走れるだろうが、こんな樹林帯のやわらかな土の上でさえも、小石が刺さりそうだし、落ち葉で切りそうだしで、足裏が気になって仕方がない。
俺はこれからテレポバグで飛ぶたびに靴を気にすることになるのか……?


*────


カノンとともにやわらかな光射すまばらな樹々の間を歩きながら、眼前の仮想ウィンドウに表示されるセドナのマップ内にまばらに散らばった光点を見て、ふと零す。

「それにしても……意外とプレイヤーが少ないな。
 一か所あたり少なくとも50人くらいきてると思ってたんだが」

云万人くらいは発売日当日の今日からプレイを開始していそうなもんだが、セドナのマップ内に表示される青色の光点は、全部合わせてもせいぜいが20ほどだ。
着陸地点の候補数である672で倍しても、約1.3万人。
うーん、初日のアクティブユーザー数としては少なくはない――?

そんな呟くような疑問に、カノンが疑問の言葉を返す。

「まだ初日、だし?
 それに、チュートリアルが、本格的、だった……から。
 まだ……降りて来てない、だけかも?」
「うん? チュートリアル?」

なんだそれは。
『犬』ではチュートリアルって、たしか着陸後にやったもんだと記憶しているが。

「キャラメイクが、終わって、白い光に、包まれたあと、始まった、よ?
 機械音声が、いろいろ、教えてくれる、の。
 仮想端末の、立ち上げ方、とか。
 危ない状況の、見分け方、とか。
 どうしようもないときに、やること、とか」
「うぐッ……こんなところでバグリストゆえの弊害が……」
「そっか。フーガくんは、チュートリアル、やってないんだ、ね?」
「おお。おかげさまで、今この時まで存在すら知らなかったぞ」

カノンの言葉に頷きを返しながら、少しだけ歩調を緩める。
カノンのアバターは、小柄だ。
俺の肩の高さより少し上に、彼女の黒髪のてっぺんが並ぶくらい。
俺は成人男性の平均値みたいなもんだしな。
歩幅には気をつけねば。

「……ほかに『まえ』からの変更点って、なにかあった?」
「えっと……これは、最初のアイテムを選ぶときに、言ってたこと、だから。
 フーガくんも、聞いてたと思うけど」

うん、その辺りは飛ばしていないはずだ。
しかしキャラメイク中の時点で、前作からの変更点なんてあったかな。
俺が気づけたのは、100MBの白紙の本が新たに選べるようになっていたくらいだ。

「仮想インベントリのアイテム、ロストしなくなった、ね?」
「まァじでェ!?」

仰天した。
聞き逃してた?
そういえばキャラメイク当時、100MBの白紙の本を選んだあたりで、頭の中ぐちゃぐちゃになって機械音声さんのナレーション聞いてなかったわ。
そこか。そこなのか。

思わず人差し指と親指を打ち合わせ、即座に仮想端末を立ち上げる。
仮想インベントリを展開すると、そこには……『100MBの白紙の本』と『異世界への招待状』が確かに残っている。
マジかよ、これなら衛星打ち上げなくてもテレポ先でスクショも動画も保存し放題じゃないか!


*────


前作『犬』ではアイテムロストの際に、仮想インベントリ内のデータも根こそぎいかれていた。
死ぬことを前提としてデータ採取を行うなんて甘えは許されなかった。
プレイヤーたちも「死ぬんだからなにも残らないのは当然」という暗黙の了解をしており、なぜ消えるのかとか、厳しい仕様だとか、そんなことは思いもしなかった。
要は死ななきゃいいんだから。
死人に口なし。

だから通常、テレポ先でスクショとか動画とっても「死に戻り」したときに全部消えてしまう。
拠点外において、それらはプレイヤーの仮想インベントリ内に保存されるからだ。
だけど、通信設備を強化したり、いっそ衛星打ち上げたりして惑星上のどこでも通信できるようにしておけば、テレポ先で撮った映像を拠点に転送してバックアップを残せたわけだ。
それで本体が死んでもテレポ先のスクショや動画が撮れたんだ。


*────


いや、待てよそもそも。
仮想インベントリ内のアイテムがロストしないなら。

【装備換装】
『100MBの白紙の本』
『異世界への招待状』

技能である【装備換装】はもちろん。
それに加えて、いまこの仮想インベントリ内に収納されている2つのアイテム。
この3つは俺が死んでも残り続けるということだ。

……で、俺はこの3つさえあればテレポバグが起こせるわけだ。

「……カノン、よく聞いてくれ。
 俺はこのゲームをクリアしてしまったかもしれん」

無敵じゃん。
もう『犬2』のサービス終了までいっさいなにも得なくても俺は戦えるぞ。
俺の仮想インベントリを、俺の右手側から、身体が触れ合わないように遠慮気味に覗き込んでくるカノンに合わせて、少しウィンドウを右下にずらしながら。
そう言うと、カノンは、

「……え? このゲームに、クリアなんてある……の?」

にべもなくそうおっしゃられた。
なかったわ。少なくとも俺のゲームスタイルでは終わりはない。
カノンは今日も正しいな。

「……『異世界への招待状』、残ったままなんだ、ね?」
「おん、カノンのは残ってないのか?」
「こっちで見たときは、もうなくなってた、よ?」

チュートリアルを終え、ゲームの初期開始地点となる自身の脱出ポットであらためて仮想インベントリを確認したときには、という意味だろう。

そうか。
俺は一つのアイテムの正しい終わり方を永久に奪い去ってしまったのかもしれない。

「異世界への招待状」は、その名の通り、俺をこのセドナにした時点で、
あるいはそのあとのチュートリアルを終了した時点で、
その役目を終えて消え去る運命のイベントアイテムだったのだ。
俺はそのテロメアの終端をバグでスキップしてしまった。
すまない『異世界への招待状』。
お前の運命を歪めてしまって。
俺はお前を不老不死の存在にしてしまった。
まあ、旅は道連れ世は情け。
俺もお前の旅路に付き合うとしよう。
合縁奇縁腐れ縁っていうじゃないか。
お前とは長い付き合いになりそうだ。
仲良くやっていこうぜ。

――えっ、インベントリからデータ消去すればいつでも消せるだろうって?
しないよそんなもったいない。
こいつがいれば幾らでもテレポできるし。
1%以下の容量しか食ってないエコ体型だし。
都合のいいデータだ。

いやしかし、あらためて考えてみると『100MBの白紙の本』と『異世界への招待状』の組み合わせはお手軽かつ最強だ。
どちらもほとんど容量食わない――『100MBの白紙の本』というのは100MBぶん保存できるという意味で、こいつ自体は今のところ1MB以下のサイズしかない――し、初期コストもゼロ。
どちらも電子データとして仮想インベントリに保存されるアイテムであるがゆえ、ロストの可能性もない。
しばらくはこいつら一本で食っていけるだろう。

「使い減りもしねぇしなぁ―― ぐへへ」

などと下種に呟きつつ邪悪な笑みを浮かべていると、カノンにきょとんとした顔で言われる。

「でも……しばらくは、テレポバグ、できない、よね?」
「えっ」

なんで?

「だって……まだポータル、ない、よね?」
「あっ」

あっ。


*────


そうだ。
俺は、極めて重要なことを見落としていた。

テレポバグは、ポータルのバグだ。
転送装置を使用した際の「ゲーム的な処理」を利用するバグだ。
だからバグの動力となる転送装置がないと、そもそもバグの起こしようがない。

こればかりは――どうしようもない。


*────


人生の絶頂から、とつぜん急転直下のパイルドライバーを食らった鳩のような顔をしながら、俺は膝から崩れ落ちた。
見える人には、エクトプラズムのような精気が俺の口から漏れ出るのを見るだろう。

「テッ…… テレポォォォ……」
「んっ、ふふっ。……まずは、ポータルまで、辿り着かないと、ね?」

呆れたように笑いながら、カノンはそんな慰めの言葉を掛けてくれる。
お前は本当にいいやつだなぁ。

そうだ、そもそも、俺のテレポはフライングみたいなものなのだ。
本来できないはずの体験を、デューオの粋な計らいによって、一足先に味わわせてもらっただけだ。
カノンを含めた俺以外のワンダラーたちは、まだその体験を味わうことすらできていないはずじゃないか。
俺の嘆きは贅沢が過ぎる。
むしろ、他のワンダラーたち、直近ではカノンのために、

「さっさとポータルまで、技術開通したいな」

『犬』ではそれに半年かかった。
だが、この世界の俺――俺たちには、前作のノウハウが蓄積されている。
知識とは力だ。
それがあることが、それができることがわかるならば。
技術の進歩は何倍にも、何十倍にも早くなる。
資源集めやらなんやらで足踏みがあるから、単純にそう速くはならないだろうが、
下手すりゃ二か月くらいで行けるんじゃないか?

だが、ふと思う。

ポータルを開通させる。
テレポバグのため。
他のワンダラーたちのため。
テレポバグ愛好家たちのため。
「またテレポによる経験が味わいたい」と思っている同志たちは、きっとこの世界に降りてきているだろうから。
そうしてまた自由にテレポバグが愉しめるようになって欲しいと思うだろうから。
だが――

俺は横目で、隣を歩く小柄な女性を見る。
見た目だけで言えば少女と言った方がいいかもしれない、カノンを。

(……カノンは、だ?)

カノンは、今も、なのか?

俺は、ワンダラーであることを、やめられなかったけれど。
彼女の今は、どうなんだ?
その確認を先送りにすることはできない。
それ次第では、今後の俺の行動方針にも大きな影響が出る。

俺はつとめて平静を装って、まるで冗談交じりであるかのような声音を必死でつくって、カノンに笑いかける。
彼女の中に埋まっているであろう、無数幾重の地雷のどれかを踏まないよう、祈りながら。

「フルダイブ世界でのテレポって、まったく新しい体験になるだろうし、
 元ワンダラーはみんな、はやくだろうなぁ」

そして。
最大限さりげなく。
絶対に、心の内を悟られないように。
右側下方にある彼女の顔、その瞳を、ちら、と見る。

そこにこれから浮かぶものを、見逃さないために。
その背後にあるものを、視通さんがために。
そうしてその真っ黒な闇のなかを覗き込む。

果たして、カノンの。

その瞳を、一瞬だけ、ぎった色。


「そう……だ、ね」


それは、かつて見慣れた色。

だから俺は、応じる言葉も見つからず。
必死で、平静を取り繕って。
ただゆっくりと、彼女の狭い歩幅に歩みを合わせた。
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