ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

再会

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こちらを見て、驚いたように硬直するその人影を見て、俺は。

  ――ザッパァァァン!

両手を合わせて勢いよく、目の前の水面へと飛び込んだ。


*────


ええい、余計なことをごちゃごちゃ考えるな!
俺がいるこの着陸地点セドナは、1/672の可能性の先。
彼女がここにいるのは、決して偶然なんかじゃない。

「彼」ではない。
「彼女」でもない。
対岸にいる「彼女」が、此処に俺をいざなったんだ。

お前は、誘ってくれたやつに、最初に何を言おうと決めていた?
なにを伝えたいと想ったんだ?

まずはそれからだろう。
他のことは全部あとだ。
この再会は、俺から、彼女のところに向かうべきだ。
それが礼儀って奴だろう。


*────


「よっ……と」

「……ぁ」

川べりの、やわらかな草葉を湛えた土手に這い上がる。
いまの俺は初期装備が全損してずぶ濡れのインナースーツのみになった不審者ルック。
これで人違いだったら出会いがしらのハラスメントブロックを叩きつけられかねないが……
身体から滴る水を、周囲に飛ばないように注意して振り払う。

そうして――

土手の上で、呆然と立つ、一人の少女を見る。

少女が身に着けているのは、俺が前まで身に着けていた装備と同じ、黒い革のベストに革のズボン。
その肌を隠す、薄暮の闇のような薄黒色のインナースーツ。
さらさらと風に揺れる黒い長髪。
腰にまで届きそうなその髪は、彼女の顔の目元あたりまで掛かり、華奢な肩も合わさって、どこか気弱そうな印象を与えている。

俺はつとめて何気ない風に、目の前の少女に声を掛ける。
その前髪の向こう側にあるまっくろな目を、じっと見つめながら。

「よっ。 ――さっきから、こっち、見てたみたいだけど」
「――っ」

それはまるで、初対面のような。
お前の事なんて覚えていないと、そう告げるような。
でも……これは、いつかもしたやり取りだ。
細部がちがうかもしれんが、たしかこんな感じだったはず――

「あ。……あ、のっ! わっ、わた、わたし――」
「ああ、知ってるよ。 ――よく、知ってる」

思わず食い気味に、彼女の言葉を遮る。
お前は、なにを言わせようとしているんだ。
そんな迂遠なをしている余裕は、お前にはないだろう。
お前が最初に伝えるべき言葉は、もう決めてきたんだろう。

俺と彼女との間を、川べりを渡る一陣の風が通り過ぎるのを待ってから、告げる。

「――4年ぶり。
 俺を、誘ってくれてありがとう。
 その……。……また、カノンと逢えて。
 また一緒に、『犬』で遊べるのが、嬉しい」

「――っ! ……ぉっ!! ――こ、こちらっ こそっ!
 ま、また逢えてっ! あの、……嬉しい、ですっ!
 ……っ、くん!」

目をぎゅっとつむり、両手もぎゅっと握り。
絞り出すようにそう言った、目の前にいる小柄な女性――カノンを見る。


*────


……ちょっとだけ、変わったかな。
気配が。立ち居振る舞いの様子が。
俺がカノンが知らない4年の歳月を経たように、
カノンも俺が知らない4年の歳月を経た。
その変化の裏側にあるものはわからない。
だが――

……。

…………。

………………まずは、確認からだ。

「……っと、いちおう確認なんだけど。
 俺ん家に手紙置いてってくれたのは、カノンってことでいいのか?
 8日ほど前に、『新生セドナで君を――」
「んっ! 置いたの、わたしっ、ですっ」

まずはその確認から――と、思ったのだが。
ぱたぱたと腕を振るカノンに、言葉を遮られる。
どうしたんだ、なぜ遮られたんだ、とその仕草の意味を思い、はたと気づく。

「……ちょっとだけ、おしゃれな演出だったな?」
「……え、と。……んぅ……」

あの文面を読み上げられるのが恥ずかしかったのだろうか。
あれくらいなら全然恥ずかしがる必要などない。
俺の脳内ポエム畑の方がよっぽど人様にお見せできない。
あれくらいなら、粋な演出で済む程度だろう。

「いや実際、きれいなメッセージだったと思うよ。
 実際こうして俺はここに辿り着いてるわけだし、
 あんな短い文章で意図を伝えきるのはすげぇわ。
 なかなかあそこまでは削れん」
「あ、の。その……。うぅ……」

テーブルトークゲームのGMゲームマスターとかやってみると、きれいなメッセージを作ることのむずかしさが身に染みるからなぁ。
メッセージを短くすればするほど、読み手の解釈の余地が生まれて
その結果、自分が思ってたのとまったくちがう受け取り方をされて、わけのわからない展開になるなんてことはざらにある。

『湯けむりダイイングメッセージ、解読失敗で温泉旅番組、みたいなっ!』

へたくそかよ。
二度とこの芸風はやるまい。

「……再会の挨拶とか、いろいろとしたいんだが――
 手紙貰ってから、ずっと気になってたこと1つ聞いていいか?
 カノンはなんで、『セドナ』が『犬2こっち』にもあるってわかったんだ?」

最初に聞くことかとも思うが、ずっと気になっていたのだ。
俺は先ほどから顔を伏せていたカノンに問いかける。

「え……と。デューオくん、が――」
「えっ、カノン、あいつと交流続いてんの!?」
「あ、の……。……うん、小夜さよちゃん、とも――」
「マジでッ!!?」

俺だけじゃん。
俺だけ音信不通じゃん。
ハブられてんじゃん。
悲しいじゃん。
元気出すじゃん。

「それ……に……。小夜ちゃんは、デューオくんと一緒、みたい……だし」
「まままっままあままままあまあまままっ」

ままま星人かよ。
じゃなくて。

「マジでッ!? くっついたの、あいつらッ!?」
「わか、らないけど……。……いっしょに生活、してる、って」

それくっついてるじゃん。
接着剤じゃん。
ボンドじゃん。
絆じゃん。

いかん、驚きすぎてさきほどからカノンの話を途中で遮ってばかりだ。
カノンと再会してから、妙にテンションがおかしくなっている。
落ち着かねば。

「ごめん、さっきから話、遮っちゃって。
 ……で、カノンはデューオからこっちにも『セドナ』があると聞いた。
 ……ってことで、いいかな?
 じゃ、なんであいつはそのことを……」
「デューオくん、いぬつー、に、かかわってるって」
「まままままままままままま」

俺はままま星人だった……?
いや、驚きすぎて思わず天丼に走ってしまっただけだが。
というかそうだとすると、デューオそれ情報漏洩じゃないか。
別に俺が気にするようなことでもないけど。

「あっ……。でも。……開発、じゃ、なくて。
 テザーサイト、の。 スペシャルサンクスに、名前、載ってる?」
「デューオの? マジか、見とけばよかった」

まあ俺、デューオのリアルの名前知らないけどね。
だから見ても無駄だった説が濃厚だ。
……しかし、スペシャルサンクスの方か。
となると、出資とかデバッグ協力の類か――

(……あー、そうか。……なるほど、そういうことか?)

わかった。
たぶんテストプレイ協力の方だ。

あいつにテストプレイしてもらえれば、
感覚補正が特定の人間に対しても上手く機能するかのサンプリングができるから。
あいつが自分を売り込んだのか、『犬』の開発の方から声が掛かったのかはわからないが。
で、テストプレイの時に、キャラメイク時の着陸地点選びで、
たぶんあいつは「sedna」の文字を見た。
だからカノンに「セドナあったぜ!!!」みたいなことを口走った……?
いや、この辺は完全に俺の妄想が入ってるな。
デューオが勝手に喋り出すせいでカオスなことになる。
ぜんぶデューオがわるい。

しかし、なんだろう。
デューオは『犬』が終わってからも『犬』にかかわり続け、小夜とはいえ無事に人生の相棒パートナーを見つけているというのに。
俺は――

「……あの、フーガ、くん? だいじょうぶ……?」
「フフフ、慰めてくれるなカノン。
 俺は今、ひとりの男に対するうす暗い友情を持て余しているところでな……」

『犬』が終わって以来、無気力に社会人やってた俺は、いったい……?
ままま星人かな……?

「んふ、ふふっ…… フーガくん、変わってない、ね?」
「……そっちこそ、な」

すっくと身体を伸ばし立ち上がる。
徐々にカノンの緊張も解けてきたみたいだし、そろそろテンションも戻すとしよう。
彼女の口調からも、徐々に淀みがなくなりつつある。
『犬』の、あの頃のカノンとフーガに戻りつつある。

お互い、少しだけ目を逸らしたままだけれど。
お互いに少しずつ逸らし合って、俺たちの目線は噛み合っている。
今しばらくの間は、このままでいい。
俺はこのまま逸らし続けるつもりはないけれど。
いまの彼女の心のうちを推し量るには、もう少しだけ時間が欲しい。

「それで、フーガくん。……なんで、ここに、いた、の?」

容赦ないっすねカノンさん。
脳内ポエムを挟んでいる余裕もない。
で、カノンに俺の現状を聞かれているわけだが……
……彼女はだから、まあ話していいだろう。
隠すようなことでもない。

「いや、ほら。キャラメイクでいろいろ選んだらこっちでもちゃってさ。
 ちょうどいま死に戻ってきたとこ」

そして恐らくはセドナの中央付近にある川の上にリスポーンしました。
家はありません。家なき子です。

「あっ、すごい……。デューオくん、よろこぶ、かも」
「ふはは、まあそう褒めるなカノン。俺にかかれば――」

――待て。

「――なんでそこで、デューオの名が?」
「えと、たしか……。
 『あいつならうまくつかうだろうから、ようぼういれといたぜ!』、って?」

『あいつなら上手く使うだろうから、要望入れといたぜ』?

俺なら上手く使う?
なにに。
テレポバグに。

要望を入れた?
なにを。
もともとなかったものを。

はい、ここでクイズです。
『犬』にはなくて、『犬2』にはあったものはなんでしょう。

  ――ポク

  ――ポク

  ――ポク

  ――チーンッ


(――ァアイツの入れ知恵かァァァ!!)


『100MBの白紙の本』。

なんであんなものが初期所有品のなかに紛れ込んでんのかと思ったが、あいつの差し金かい!
白い歯を見せながら笑顔でこちらにサムズアップしてくるデューオを幻視する。

俺の初期リスポーン地点が川の上になったのも俺の脱出ポットがないのも昨日買った卵パックの卵が1個割れてたのも明日天気予報が雨なのもぜんぶデューオのせいじゃねーか!
テレポバグできたのはデューオのおかげじゃねーか!!
ありがとうございます!
今度会ったらお礼を言わないとな。

「……あー、うん。ソウダネー。
 デューオに会えたらお礼言っとくよ」
「ぅん? ……たぶん、よろこぶと、思う。
 いっぱい、フーガくんのはなし、してたから」
「ははは……」

怖いよ。やめてくれよ。
あいつの中の俺は誇張されてなんか愉快なことになってるっぽいんだよ。
かつて又聞きしたことがあるが「誰そのキ印」としか思えなかった。
「五桁死んだ男」って誰だよ……俺はたぶんそこまでは死んでないよ……。

「じゃあ……。……服、ないみたい、だし。
 フーガくん、これから、拠点戻る、ところ?」
「――っ」

咄嗟、言葉に詰まる。
虚を突かれたからじゃない。
俺の境遇を言いたくなかったからでもない。

とある可能性に、思い至ったからだ。


カノンに頼めばいいんじゃないか?

「お前の拠点を間借りさせてくれ」と。


カノンになら、すべてバレてもいい。
なぜなら彼女はの住人だから。
運営に泣きつけない理由も、簡単に理解してくれるだろう。
でも今は、彼女が頼る相手としてかを、問題にしているんじゃない。

それは、その頼みは。
きっと、俺とカノンの距離を、
『犬』の頃のように、近づけるもので。
『犬』の頃より、もう少しだけ進めるもので。

(……。)

心臓がバクバクと暴れ始める。
緊張と、恐怖で。

恐怖? 笑わせる。
お前は、それを恐れる必要はないじゃないか。
お前は、それをもう見たんだから。
お前は、それを知っているんだから。

「あ、あのさ―― カノン。
 さっきっていったけど、
 実は、俺、ちょっとやらかしたっぽくてな――」

4年間、お前はなにを考えてきた?
4年間、お前はなにを考えて生きてきた?
2度と来るはずがないと思っていたこの時のために、覚悟を決めてきたんだろ?

だから、

「――カノンの拠点、間借りさせてもらっちゃダメ?」

俺は少しだけ、前へと踏み出す。

4年ぶりに。
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