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一章
これからなにする?(2)
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ゲーム開始直後の俺たちが、最初に手を付けるべきこと。
それを考えていると、カノンがこんな提案をしてくれる。
「んと、じゃあ、まず、服、作るの、どう?」
チュートリアル先生の言うところの「衣」の改善か。
「うん? 食料とか、道具とかじゃなくて?
もしかして日差しが強いとか?」
そういえばカノンは、飲料水をつくったあとにも、服を作ってはどうかと提案していたな。
いや、あれは俺がインナースーツのみの不審者スタイルだったのを案じてのことか。
今のカノンが身に着けているのは、俺も着ていたプレイヤーの初期装備――身体の輪郭線をなぞるようなインナースーツ、やや色あせた革製のベスト、黒革のズボンという上下に、革のグローブ、革のブーツといった感じだ。
それらは特段優れた性能を持っているとは到底思えないが、かといって過ごしにくいと感じるほどでもない。
外の気候は比較的温暖。涼しさを感じるくらい。
リアルの盛夏と比較すればたしかに気温は低いが、この気温を寒いと感じることはないだろう。
もしもそうならフルダイブシステムの感覚同調のバグを疑わざるを得ない。
「日差しは、大丈夫、あったかくて、きもちいい、よ?
で、も。いぬつーは、身体の感覚、あるから。
夜とか、雨とか、寒い、かも?」
「おおぅ、確かに。そりゃそうだ。」
俺よりよっぽど考えていらっしゃる。
視野も展望も開けている。
この世界に順応するべく、うまく頭を使っているカノン。
彼女に比べて、俺はどうにもワンダラー時代の考えが抜けない。
装備を整える、という発想が出てこない。
前作では、揃える意味があんまりなかったんだ。
どうせテレポバグ先には着ていかないし。
俺はサービス終了の最後の方は『犬』のログイン時間の9割……
いや8割方テレポバグしかしてなかったからなぁ。
そうだ。おまえもそろそろ切り替えろ。
そもそも、今後しばらくテレポできないんだ。
アイテムロストの機会も早々ないだろう。
となると、初期装備の無限補充が確約されているからと言って、よりよい装備づくりをサボる理由がない。
「うん。そうだな、カノン。
初期装備のままだと見てくれもあれだし、
製造装置先生のお試しも兼ねて、なにかしら一着サクッと作っちまうか」
「ぅ、うんっ! つく、るっ!
えと、コート、とか、フーガくん、似合う、かも?」
「おっ、サンキュー。確かにトレンチコートとか便利で好き。
カノンは……肩から掛けるケープとか似合いそうだけど、その辺どう?
夜にどんくらい冷え込むかによっては、カノンもコート作ったほうがいいかもしれんが」
「んっ! ケープが、いい。
あ、でも…… どうやって作るのかは、わからない、かも」
カノンがそんな風に、再び小首をかしげる。
カノンもプレイ時間の大半はワンダラーとして飛んでたからな。
当時は他のプレイヤーが生産した衣服を気軽に手に入れられたこともあって、自力で生産したことがないのだろう。
それに、この辺は少々ゲーム的な配慮がなされた部分ではあった。
サバイバルゲームらしくない配慮、と言ってもいいかもしれない。
「さいしょは、綿とか、麻とか、羊毛とか、探す、というか、
この世界にある、感じ?」
「うーん、そういうのももちろんあると思うし、実際採取もできると思うんだけど」
要はこの惑星上に採取可能資源としての天然繊維は存在するだろうということだ。
それらがあれば、品質の良い、優れた防具や道具が作り出せるだろう。
だが、
「製造装置って、初期装備に使われてるような基本的な布地は、ある程度補ってくれると思うんだよな」
「あっ、……初期装備の予備、補充してくれる、みたいに?」
「そそ。ただ……本物の皮革や綿じゃなくて、それっぽいだけの合成品だろうけど」
*────
このゲームでは、製造装置は「足りないものを補ってくれる」と言った。
実はその補ってくれるものの中には、最低限の強度を持つ生地が含まれる。
どうも「なにか」から合成してくれるらしい。
初期装備の無限補充が約束されている当たり、そのあたりは突っ込まないほうが良いのかもしれない。
ただしその生地は、名前こそ合成革だの合成綿だのと大層だが、その正体はよくわからないし、生地自体の品質――強度はもちろん、耐熱・耐寒性、質感や手触りなど――もよくない。
初期装備の革グローブや革靴も、いかにも革という匂いがするけど――どことなく嘘くさい感じがする。
だからたぶん、本物の革じゃないんだ。
それっぽくするために、革の匂いを後付けしているだけなのだろう。
それでも、衣類を作るに足る生地であることには変わりない。
だからプレイヤーは、「着るものがない」という状態に陥ることはない。
この最低限度の生地を使うことで、なんの資源も用意せずとも、普通の衣類ならば最初から製作することができる。
初期装備が気に入らないなら、さまざまな形状の衣類をつくることもできる。
タンクトップとか、Tシャツとか、ワンピースとかね。
ただそれらは、とてもじゃないが、サバイバル生活に適したものではない。
それをサバイバル用に改良したいのなら、性能を「よりよく」するための資源を用意して、できる衣服の性能をカスタマイズしけばいい。
ある程度の耐久性、耐暑性、耐寒性、耐水性、耐衝撃性、とか。
そういう性能を布地に持たせるためには、この星で採取できる資源が必要になる。
樹脂とか、繊維とか、金属とか、甲殻とかな。
また本物の革や綿が使いたいなら、この星の上でそれらの資源を採取する必要がある。
動物を仕留めたり、その毛を採集したり、適した植物を見つけたりする必要がある。
いっそこの星で、あらたな生地を見つけたりするのもいいかもしれない。
ただ前述の通り、それは喫緊の課題ではない。
なにせ、着るものはあるのだ。
あとはそこに、どれだけこだわるかというだけで。
ふーん、サバイバルにしてはだいぶぬるいね、って?
うむ。俺もそう思う。そこそこ快適で緊張感のあるサバイバル生活のうち、
快適さを保つために、ある程度妥協されている部分だろうな。
だが、ぬるく感じるのはここまでで満足できるものだけだ。
そんな製造装置先生の恩情に満足できない場合。
布地を供給してくれるのはありがたいが、それでは足りないと。
もっとよい布地を、もっと優れた生地を、もっと軽量な防具を使いたいと考える。
その先には、このゲームで最も深い深淵の一つが存在する。
ここからの話は、正直俺の理解からやや逸脱する話になる。
いつか話した「生産ガチ勢はヤバい」という話につながってくることだ。
え、聞きたい? 本当に? ここから先は沼だぞ?
じゃあ、少しだけ。
*────
さて、製造装置はある程度の強度の布地を用意してくれる、と言った。
その布地の上に、たとえば撥水性のある樹脂成分を塗布したり、熱耐性コーティングを施すことで燃えにくくしたりすることができる。
合成絹や合繊綿といった生地に成分を織り込む形で、ある程度の性質・品質のカスタマイズができる。
つまり布地の素材自体はそのままに、そこに資源を足し加えることによって、性能を変化させることはできる。
だが、人間の創意工夫はそれだけではない。
そんなことをしなくても、たとえば布自体を強靭にすると言ったこともできるな?
なんとこのゲームではそうしたこともできるぞ、やったね!
で、どうやって作るかと言えば、そこからがおぞましい。
こうした「ゲーム的に供給される基本的な布地」を逸脱した性能を持つ、
たとえば防弾チョッキのようなものを作りたいとする。
防弾チョッキは、軽量・高強度・高耐久で高弾性率を実現するために、特別な製法で何重にも重ね合わせたとある合成繊維を利用している。
合成繊維、すなわち化学的に作り出された人工繊維の一つ。
では、この合成繊維を用いる生成物――ここでは防弾チョッキ――をこの世界で作り出すにはどうすればよいか?
それは、この星で採取可能な資源のうち、その合成繊維の構成分子であるところの芳香族ポリアミド――高分子化合物――を取り出せるようなものを用意し、化学処理により抽出し、製造装置に素材として認識させることができればいい、ということらしい。
なんていったかな。
ポリ……フェニ……てれふたる……なんちゃら?
それを取り出すために、なんちゃらとかいう植物が適していて?
そのまま製造装置に入れるんじゃ駄目で、先に化学処理をしてやる必要があって?
その化学処理のための溶媒として、また別の素材から――
すまん、そろそろきつくなってきた。俺は文系専攻だったんだ。
どこか理解が間違ってたら許してくれ。そもそもが畑違いなんだ。
たぶん理系でもわからなかったが。
ようは、なんらかの手段で、その素材となる分子化合物をこの星の資源から取り出し、それを製造装置に供給できるなら、それらを組み合わせることで製造装置を使って現実の防弾チョッキの素材に相当する生成物を作りだすこともできる、ということらしい。
その合成繊維をどう紡ぐか、すなわち紡糸方法も、プレイヤーがある程度関与できるとか。
また防弾チョッキのような最先端の科学技術に限らず、たとえば伝統工芸品の布地であっても、その製法や染め方が化学的に解明されているならば、この星の資源から取り出した成分を組み合わせてそれを再現できるとか。
あの植物に特定の処理を加えると、あの成分が取り出せるとか。
取り出された成分をさらに加工して、中間素材を生成するとか。
その中間素材にさらに特定の処理を加えたものなら、
製造装置はあの繊維を作るための資源として認識してくれるとか。
それらはもう「この世界の化学」の領域だ。
そうしてそれらの化学を研究・実践し、
実際に「現実の科学技術の結晶」を再現し、
ときにはこの世界でしか見つからない鉱物などを利用し、
現実のそれを超える性能のものをも生み出してきた奴ら。
「分析装置」と「製造装置」という二大兵器をフル活用して、
この世界の技術の最先端を切り拓くもの。
それがこのゲームの「生産ガチ勢」だ。
ふぁっきんくれいじー。
俺はこのゲームの生産ガチ勢にはなれない。
……な?
「パラダイムシフト」イベントって大事だろ?
俺たちのような凡人でも、彼らの狂気じみた技術力の恩恵にあずかることができるのだから。
*────
「――くん、フーガくん?」
「えっ、えっと。アレ?
ごめん意識がどっか行ってた。
――そうそう、布地はたぶんこっちで用意しなくてもいいよなって話だったよな」
「えと、それなら、わたしたちが用意するの、なに?」
「ものによるけど――撥水性や耐熱性を持たせたいならそれに見合った樹脂とか、
色を変えたいなら染色剤とか、プロテクターをつけたいなら金属類とかじゃないか?」
それっぽいことを言ってみたが、いまいち確証がない。
特に樹脂。自然由来の樹脂でそんな都合のいい性質を持つものがあるだろうか?
……『犬』では生産系は他のプレイヤーにほんと任せっきりだったんだよ!
「なんか、難し、そう」
「当面の目標はコートとケープだから、暖かさと撥水性あたり目標にいろいろ探してみようぜ。
その辺の樹脂……つまり木材だな。それを回収してみたり、植物採取してみたり。
俺たちはわからんくても、製造装置がなにか機を利かせてくれるかもしれん」
手あたり次第採取。
俺たちの場合は、結局そこに行き着く。
拾った素材を片っ端から分析装置に突っ込んで、面白そうな性能のものがあったら取り入れるくらいが関の山だ。
俺が生産ガチ勢だったら、特定の性能を発揮してくれそうな資源を最初から狙い撃ちできたりするのかもしれんが、こちとら初期装備がフォーマルスタンダードのワンダラーぞ。
ついでに、カノンもワンダラーだ。
つまり俺たちは、資源の採取と生産に関して言えばほぼ新規同然。
あー、セドナに生産ガチ勢墜ちてねぇかなぁ。
「ってなわけで当面の目標は、耐寒着を作るための、資源採取。
ついでに食料になりそうなものでも見つかったらなおよしって感じでいいか」
「ん、ふふっ。一週間分しか、ないもん、ね?」
カノンが冗談めかして小さく笑う。
脱出ポッドに用意されているのは、二週間の備蓄。
なんの躊躇いもなく、俺と二人で分けて考えてくれていることが少し嬉しい。
気恥ずかしさをごまかす様に、敢えて自信ありげな言葉を返す。
「おう。その辺は任せとけ。『犬』最古参の本領見せてやるぜ。」
食料の確保という目標においてその本領が発揮されることは恐らくないだろう。
俺のリアルサバイバル技術なんて、あれやぞ。
一人用テントを持ってるくらいのレベルやぞ。
最近使ってないぞ。
「それじゃあ、行ってみようか、カノン」
腰掛けていたハードルから立ち上がり、脱出ポッドの出口に向かって歩みだし、
そう言いながら俺は、カノンを方に首を傾ける。
そうして彼女に向けて、その手を――まだ伸ばさない。
その距離感は、きっとまだ性急だ。
なにせ4年ぶりの時間。
ゆっくりと、今の互いが心地の良い距離を測っていけばいい。
「っうん!行こうっ、フーガくん」
応じる彼女は、弾むような声で、
俺がその手を取らなくても、自分から、俺のもとまで来てくれるだろうと、
いまは、そう思う。
それを考えていると、カノンがこんな提案をしてくれる。
「んと、じゃあ、まず、服、作るの、どう?」
チュートリアル先生の言うところの「衣」の改善か。
「うん? 食料とか、道具とかじゃなくて?
もしかして日差しが強いとか?」
そういえばカノンは、飲料水をつくったあとにも、服を作ってはどうかと提案していたな。
いや、あれは俺がインナースーツのみの不審者スタイルだったのを案じてのことか。
今のカノンが身に着けているのは、俺も着ていたプレイヤーの初期装備――身体の輪郭線をなぞるようなインナースーツ、やや色あせた革製のベスト、黒革のズボンという上下に、革のグローブ、革のブーツといった感じだ。
それらは特段優れた性能を持っているとは到底思えないが、かといって過ごしにくいと感じるほどでもない。
外の気候は比較的温暖。涼しさを感じるくらい。
リアルの盛夏と比較すればたしかに気温は低いが、この気温を寒いと感じることはないだろう。
もしもそうならフルダイブシステムの感覚同調のバグを疑わざるを得ない。
「日差しは、大丈夫、あったかくて、きもちいい、よ?
で、も。いぬつーは、身体の感覚、あるから。
夜とか、雨とか、寒い、かも?」
「おおぅ、確かに。そりゃそうだ。」
俺よりよっぽど考えていらっしゃる。
視野も展望も開けている。
この世界に順応するべく、うまく頭を使っているカノン。
彼女に比べて、俺はどうにもワンダラー時代の考えが抜けない。
装備を整える、という発想が出てこない。
前作では、揃える意味があんまりなかったんだ。
どうせテレポバグ先には着ていかないし。
俺はサービス終了の最後の方は『犬』のログイン時間の9割……
いや8割方テレポバグしかしてなかったからなぁ。
そうだ。おまえもそろそろ切り替えろ。
そもそも、今後しばらくテレポできないんだ。
アイテムロストの機会も早々ないだろう。
となると、初期装備の無限補充が確約されているからと言って、よりよい装備づくりをサボる理由がない。
「うん。そうだな、カノン。
初期装備のままだと見てくれもあれだし、
製造装置先生のお試しも兼ねて、なにかしら一着サクッと作っちまうか」
「ぅ、うんっ! つく、るっ!
えと、コート、とか、フーガくん、似合う、かも?」
「おっ、サンキュー。確かにトレンチコートとか便利で好き。
カノンは……肩から掛けるケープとか似合いそうだけど、その辺どう?
夜にどんくらい冷え込むかによっては、カノンもコート作ったほうがいいかもしれんが」
「んっ! ケープが、いい。
あ、でも…… どうやって作るのかは、わからない、かも」
カノンがそんな風に、再び小首をかしげる。
カノンもプレイ時間の大半はワンダラーとして飛んでたからな。
当時は他のプレイヤーが生産した衣服を気軽に手に入れられたこともあって、自力で生産したことがないのだろう。
それに、この辺は少々ゲーム的な配慮がなされた部分ではあった。
サバイバルゲームらしくない配慮、と言ってもいいかもしれない。
「さいしょは、綿とか、麻とか、羊毛とか、探す、というか、
この世界にある、感じ?」
「うーん、そういうのももちろんあると思うし、実際採取もできると思うんだけど」
要はこの惑星上に採取可能資源としての天然繊維は存在するだろうということだ。
それらがあれば、品質の良い、優れた防具や道具が作り出せるだろう。
だが、
「製造装置って、初期装備に使われてるような基本的な布地は、ある程度補ってくれると思うんだよな」
「あっ、……初期装備の予備、補充してくれる、みたいに?」
「そそ。ただ……本物の皮革や綿じゃなくて、それっぽいだけの合成品だろうけど」
*────
このゲームでは、製造装置は「足りないものを補ってくれる」と言った。
実はその補ってくれるものの中には、最低限の強度を持つ生地が含まれる。
どうも「なにか」から合成してくれるらしい。
初期装備の無限補充が約束されている当たり、そのあたりは突っ込まないほうが良いのかもしれない。
ただしその生地は、名前こそ合成革だの合成綿だのと大層だが、その正体はよくわからないし、生地自体の品質――強度はもちろん、耐熱・耐寒性、質感や手触りなど――もよくない。
初期装備の革グローブや革靴も、いかにも革という匂いがするけど――どことなく嘘くさい感じがする。
だからたぶん、本物の革じゃないんだ。
それっぽくするために、革の匂いを後付けしているだけなのだろう。
それでも、衣類を作るに足る生地であることには変わりない。
だからプレイヤーは、「着るものがない」という状態に陥ることはない。
この最低限度の生地を使うことで、なんの資源も用意せずとも、普通の衣類ならば最初から製作することができる。
初期装備が気に入らないなら、さまざまな形状の衣類をつくることもできる。
タンクトップとか、Tシャツとか、ワンピースとかね。
ただそれらは、とてもじゃないが、サバイバル生活に適したものではない。
それをサバイバル用に改良したいのなら、性能を「よりよく」するための資源を用意して、できる衣服の性能をカスタマイズしけばいい。
ある程度の耐久性、耐暑性、耐寒性、耐水性、耐衝撃性、とか。
そういう性能を布地に持たせるためには、この星で採取できる資源が必要になる。
樹脂とか、繊維とか、金属とか、甲殻とかな。
また本物の革や綿が使いたいなら、この星の上でそれらの資源を採取する必要がある。
動物を仕留めたり、その毛を採集したり、適した植物を見つけたりする必要がある。
いっそこの星で、あらたな生地を見つけたりするのもいいかもしれない。
ただ前述の通り、それは喫緊の課題ではない。
なにせ、着るものはあるのだ。
あとはそこに、どれだけこだわるかというだけで。
ふーん、サバイバルにしてはだいぶぬるいね、って?
うむ。俺もそう思う。そこそこ快適で緊張感のあるサバイバル生活のうち、
快適さを保つために、ある程度妥協されている部分だろうな。
だが、ぬるく感じるのはここまでで満足できるものだけだ。
そんな製造装置先生の恩情に満足できない場合。
布地を供給してくれるのはありがたいが、それでは足りないと。
もっとよい布地を、もっと優れた生地を、もっと軽量な防具を使いたいと考える。
その先には、このゲームで最も深い深淵の一つが存在する。
ここからの話は、正直俺の理解からやや逸脱する話になる。
いつか話した「生産ガチ勢はヤバい」という話につながってくることだ。
え、聞きたい? 本当に? ここから先は沼だぞ?
じゃあ、少しだけ。
*────
さて、製造装置はある程度の強度の布地を用意してくれる、と言った。
その布地の上に、たとえば撥水性のある樹脂成分を塗布したり、熱耐性コーティングを施すことで燃えにくくしたりすることができる。
合成絹や合繊綿といった生地に成分を織り込む形で、ある程度の性質・品質のカスタマイズができる。
つまり布地の素材自体はそのままに、そこに資源を足し加えることによって、性能を変化させることはできる。
だが、人間の創意工夫はそれだけではない。
そんなことをしなくても、たとえば布自体を強靭にすると言ったこともできるな?
なんとこのゲームではそうしたこともできるぞ、やったね!
で、どうやって作るかと言えば、そこからがおぞましい。
こうした「ゲーム的に供給される基本的な布地」を逸脱した性能を持つ、
たとえば防弾チョッキのようなものを作りたいとする。
防弾チョッキは、軽量・高強度・高耐久で高弾性率を実現するために、特別な製法で何重にも重ね合わせたとある合成繊維を利用している。
合成繊維、すなわち化学的に作り出された人工繊維の一つ。
では、この合成繊維を用いる生成物――ここでは防弾チョッキ――をこの世界で作り出すにはどうすればよいか?
それは、この星で採取可能な資源のうち、その合成繊維の構成分子であるところの芳香族ポリアミド――高分子化合物――を取り出せるようなものを用意し、化学処理により抽出し、製造装置に素材として認識させることができればいい、ということらしい。
なんていったかな。
ポリ……フェニ……てれふたる……なんちゃら?
それを取り出すために、なんちゃらとかいう植物が適していて?
そのまま製造装置に入れるんじゃ駄目で、先に化学処理をしてやる必要があって?
その化学処理のための溶媒として、また別の素材から――
すまん、そろそろきつくなってきた。俺は文系専攻だったんだ。
どこか理解が間違ってたら許してくれ。そもそもが畑違いなんだ。
たぶん理系でもわからなかったが。
ようは、なんらかの手段で、その素材となる分子化合物をこの星の資源から取り出し、それを製造装置に供給できるなら、それらを組み合わせることで製造装置を使って現実の防弾チョッキの素材に相当する生成物を作りだすこともできる、ということらしい。
その合成繊維をどう紡ぐか、すなわち紡糸方法も、プレイヤーがある程度関与できるとか。
また防弾チョッキのような最先端の科学技術に限らず、たとえば伝統工芸品の布地であっても、その製法や染め方が化学的に解明されているならば、この星の資源から取り出した成分を組み合わせてそれを再現できるとか。
あの植物に特定の処理を加えると、あの成分が取り出せるとか。
取り出された成分をさらに加工して、中間素材を生成するとか。
その中間素材にさらに特定の処理を加えたものなら、
製造装置はあの繊維を作るための資源として認識してくれるとか。
それらはもう「この世界の化学」の領域だ。
そうしてそれらの化学を研究・実践し、
実際に「現実の科学技術の結晶」を再現し、
ときにはこの世界でしか見つからない鉱物などを利用し、
現実のそれを超える性能のものをも生み出してきた奴ら。
「分析装置」と「製造装置」という二大兵器をフル活用して、
この世界の技術の最先端を切り拓くもの。
それがこのゲームの「生産ガチ勢」だ。
ふぁっきんくれいじー。
俺はこのゲームの生産ガチ勢にはなれない。
……な?
「パラダイムシフト」イベントって大事だろ?
俺たちのような凡人でも、彼らの狂気じみた技術力の恩恵にあずかることができるのだから。
*────
「――くん、フーガくん?」
「えっ、えっと。アレ?
ごめん意識がどっか行ってた。
――そうそう、布地はたぶんこっちで用意しなくてもいいよなって話だったよな」
「えと、それなら、わたしたちが用意するの、なに?」
「ものによるけど――撥水性や耐熱性を持たせたいならそれに見合った樹脂とか、
色を変えたいなら染色剤とか、プロテクターをつけたいなら金属類とかじゃないか?」
それっぽいことを言ってみたが、いまいち確証がない。
特に樹脂。自然由来の樹脂でそんな都合のいい性質を持つものがあるだろうか?
……『犬』では生産系は他のプレイヤーにほんと任せっきりだったんだよ!
「なんか、難し、そう」
「当面の目標はコートとケープだから、暖かさと撥水性あたり目標にいろいろ探してみようぜ。
その辺の樹脂……つまり木材だな。それを回収してみたり、植物採取してみたり。
俺たちはわからんくても、製造装置がなにか機を利かせてくれるかもしれん」
手あたり次第採取。
俺たちの場合は、結局そこに行き着く。
拾った素材を片っ端から分析装置に突っ込んで、面白そうな性能のものがあったら取り入れるくらいが関の山だ。
俺が生産ガチ勢だったら、特定の性能を発揮してくれそうな資源を最初から狙い撃ちできたりするのかもしれんが、こちとら初期装備がフォーマルスタンダードのワンダラーぞ。
ついでに、カノンもワンダラーだ。
つまり俺たちは、資源の採取と生産に関して言えばほぼ新規同然。
あー、セドナに生産ガチ勢墜ちてねぇかなぁ。
「ってなわけで当面の目標は、耐寒着を作るための、資源採取。
ついでに食料になりそうなものでも見つかったらなおよしって感じでいいか」
「ん、ふふっ。一週間分しか、ないもん、ね?」
カノンが冗談めかして小さく笑う。
脱出ポッドに用意されているのは、二週間の備蓄。
なんの躊躇いもなく、俺と二人で分けて考えてくれていることが少し嬉しい。
気恥ずかしさをごまかす様に、敢えて自信ありげな言葉を返す。
「おう。その辺は任せとけ。『犬』最古参の本領見せてやるぜ。」
食料の確保という目標においてその本領が発揮されることは恐らくないだろう。
俺のリアルサバイバル技術なんて、あれやぞ。
一人用テントを持ってるくらいのレベルやぞ。
最近使ってないぞ。
「それじゃあ、行ってみようか、カノン」
腰掛けていたハードルから立ち上がり、脱出ポッドの出口に向かって歩みだし、
そう言いながら俺は、カノンを方に首を傾ける。
そうして彼女に向けて、その手を――まだ伸ばさない。
その距離感は、きっとまだ性急だ。
なにせ4年ぶりの時間。
ゆっくりと、今の互いが心地の良い距離を測っていけばいい。
「っうん!行こうっ、フーガくん」
応じる彼女は、弾むような声で、
俺がその手を取らなくても、自分から、俺のもとまで来てくれるだろうと、
いまは、そう思う。
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18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
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