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一章
探索の準備をしよう
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ゲーム開始から3日目となる本日。
初日、2日目とこの世界を楽しんできたが、それらはこの世界にある楽しみのほんの一欠片。
まだまだ無限無数にやりたいこと、やるべきことが山積みだ。
「本日の探索先は川方面。
当面の目標は、カオリマツの幹を採取するための道具作り、そのための石材の確保。
そして努力目標としては食材の確保だな」
「んっ、魚?」
「あの川に魚がいれば、だが。
そうでなくとも、水場はいろいろ資源に期待できる」
水場には生命が集まる。
植物、動物、なんにせよだ。
なにかしらの新規資源を期待したいところだ。
「ただあの川、見たところ河原がなかったからな。
丁度いい石材を確保しようと思ったら、少し遡上する必要があるかもしれん。」
川の両側は、俺が墜落した付近では植物に覆われた土手状になっていた。
川の水量もそれほどではなかったが……
「ただ、あの川、ちょっと妙なんだよな」
「なにか、へん?」
「ああ」
俺が墜ちたあの川は、記憶に間違いがなければ、南に向かって流れていた。
そう、南――すなわち、推定山岳地帯の方面だ。
これはどういうことだろう?
「俺、あの川は南の山岳地帯で湧出して、セドナ中央の平野部に流れてきていると思ってたんだ。
だから、南に遡上すれば山岳地帯の水源に行き当たるものだと思っていたけど……それにしては、流れが逆なんだよな」
「山の方が、ふつう、高い、よね?」
「うむ。だから地形的に、南に向かって流れてるってのがよくわからない。
それに――川の近くに、ごつごつした岩が少なかっただろ?
水源に近いなら、もっと割れ砕けたような大きな石が転がっててもおかしくないのに」
「じゃあ、だいぶ下流の、方?」
「それも……どうなんだろう。なんか、そういう感じもしないんだよな」
水量とか。石の削れ方とか。土手の形成のされ方とか。
そういうこまごまとした部分で、どうにもあの川がどういう川なのか、よくわからないのだ。
いろいろ推測できる可能性があり、絞り切れない。
地質学者とは言わずとも、地質関係の仕事に携わっている人ならば、あの川の水質や川底を見るだけで、水源からどの程度の距離を流れてきたのかわかりそうなものだが、俺には無理だ。
マキノさんのように、一を見て十を予測できるほどのスペックがない。
「じゃあ、どうする?」
「川に行ってから、北に遡上するか、それとも南に向かって川沿いを降るか考えよう。
……できれば、北には向かいたくないけどな」
「セドナの北、広いし、ね?」
マップ上で見える範囲だけでも、あの川をセドナ北部に向かって遡上するとなると丸一日かかりそうだ。
資源を持って帰ろうとしている手前、ちゃんと帰路も考える必要がある。
それが石材ともなればなおさらのこと。
それをする前に、もう少しこの拠点の周囲を散策しておきたい。
近場で資源を確保できるのに越したことはないのだ。
「まあ、そういうわけで。
もしかすると、ちょっと遠出になるかもしれないからしっかり準備していこう。
んで、他のプレイヤーと出逢えたら、そのときはついでにご挨拶ってことで」
「りょう、かいっ」
つまりそういうことだ。
今回はいままでで一番の遠出になるだろう。
はじめての拠点外ダイブアウトを行うことにもなるかもしれない。
*────
当然ではあるが、このゲームでは拠点外でゲームを一時中断することができる。
一時中断している間は、プレイヤーの身体はこの世界から一時的に消失する。
扱いとしては拠点でダイブアウトするときとまったく同様だ。
なにせ未開地サバイバル。一回の探索に一か月かかることがあるようなゲームだ。
それができないと、とてもじゃないがこの広い惑星を探索しきることなどできはしない。
プレイヤーがダイブアウトしている間、自身のアバターがその場に残る、といったこともない。
プレイヤーがダイブアウトすると、アバターはどこでもないどこか、ゲームの虚構空間に転移・停止する。
ダイブアウトしている間は、プレイヤーの各種生体数値は変化しない。
喉の渇きや空腹が進むことはないが、満たされることもない。
汚れが綺麗になったり、傷が癒えたりすることもない。
なにもかもそのままだ。
ただし一つだけ注意しなければならない点がある。
拠点外でのダイブアウトには、およそ1分の準備時間がかかるのだ。
この1分の間に死亡すると、次は拠点でダイブインする羽目になる。
なぜ1分のラグがあるのかと言えば、ゲーム的なセーブ処理のため……ではなく、恐らくは、ダイブアウトを緊急離脱機能として使わせないためだ。
肉食動物に襲われた時、咄嗟にダイブアウトして、その肉食動物がその場を去るまで逃げるのはなしってことだな。
その辺は「余命タイマー」の仕様と同じ理念に基づいているのだろう。
拠点外でのダイブアウトまわりのやや非現実的な挙動について、サバイバルゲームとして緩いとみるか、さすがにそれくらいは看過して欲しいとみるかはプレイヤーによるだろう。
*────
「マキノさんの、ためにも、きょーじゅ、逢えたらいい、ね」
「あの人どこでなにしてんだろうなぁ」
きょーじゅ、教授、すなわちりんねる。
りんねるに関しては、マップ上に見える一つ一つの光点を訪れるよりは、適当に野外散策をしていた方が出逢う可能性は高いと思う。
なんなら樹の上とか見たほうが良いまである。
あの人が一か所に留まっているイメージがまるで湧かない。
でも、セドナには来ているはずなんだよな。
いつかは出逢うことになるはずだ。
「んと、じゃあ、探索用に、服、換えるね」
「おう。流石にチュニックはやめといたほうがいいだろうしな。
でも、まだ朝方で冷えるかもだし、ケープはつけてってもいいんじゃないか?」
「ん、そうする。 ……せっかく、フーガくんと一緒に作った、から」
「どんどん使っていこう。 ……着替えるなら外出てようか?」
「ん、いい。洗浄室で、着替えるから」
素肌を晒さないとはいえ、流石に人前で着替えるのは気になるようだ。
気分的な問題だろう。俺もそうする。
「……っとその間、ちょっと製造装置見ててもいい?」
「んっ、なにか、つくりたい?」
「ああ。今回の探索で、ちょっと使いたい道具があって。
いまある素材で作れるかどうか見ておきたい」
ちょっとね。
*────
これから作ろうとしている道具については、当初から考えがあった。
それは当然、ゲームを開始したばかりの状態でも作れるもの。
大した技術は必要なく、素材もまた多様。
およそどんな地形に着陸しても、これを作れないことはないだろう。
カテゴリは――工具類、になるのかな?
「お待たせ、フーガくん。 ……なに、見てる?」
「これ。余ってるカオリマツの枝で作れないかなと思ってたんだけど、いけそう」
「それ……くさび、で、いい?」
「おう、よく読めたな」
かねてより俺がつくろうと思っていたもの。
それは、「楔/wedge」だ。
*────
楔とは、要はV字型をしている物体である。
素材はある程度硬質であればなんでもいい。
できれば鋼鉄製がいいが、石製でもいい。
木製だと少々強度に不安があるが、鉄や石にはできない使い道がある。
……さて、今から一つ、大言壮語を吐いてみよう。
『犬』において、楔こそは、もっとも高いコストパフォーマンスを有した道具であった、と。
おいおい、製造装置で作成可能な道具がいったい何百種類あると思っているんだ。
そのなかで、その小さな「楔」が?
冗談も大概にしろ、大袈裟に言い過ぎだろう、何を根拠にそんなことが言えるんだ。
そう思うかもしれない。
だがこの楔という道具は、その圧倒的な制作コストの軽さ――その辺の石ころ1つ、木の枝1本から作れる――の割に、きわめて活用の幅が広い。
言い換えれば、この『犬』という世界におけるさまざまな「技能」、すなわちアクションアシスト機能と、非常に親和性が高いのだ。
そのあたりは、これからの実践の中で徐々に示していくとしよう。
え、先に教えておけって?
いやいや、その時になってから使った方が驚きもあるだろ?
人間は「楔」をどう使うことができるか。それが肝だ。
人類が最初に道具を使いだしたのはおよそ200万年前と言われている。
200万年ぶんの先人たちが積み上げた、人類の進化の歴史の一部を見せてやるぜ。
……あ、あんまり期待しないでね?
*────
「カオリマツの枝でこれ作ってもいい? カノン」
「いい、けど、……なにかに、使う?」
「石系統の資源を採取する機会がありそうだし、ちょっと狙いたい技能もあってな」
【伐採】もそうだが、たぶん一部の技術系技能は「道具を使って経験を得ること」が取得の条件になっている。
どのようにそれを判定しているのかはよくわからないが、恐らくそうだ。
つまりこれから狙う技能も、単に石を拾ったり、かち割ったり、測ったりするだけでは取得できない類の技能に属するのではないかという読みだ。
そうして製造装置に、カオリマツの枝を素材とした楔の製造を指示する。
素材となるカオリマツは圧縮ストレージに入れっぱなしだから、特に準備は必要ない。
大まかな長さと大きさを指定して――
「……っと、できたか」
「ただの、木片?」
「そうともいう」
製造装置から取り出されたのは、四角錐型にカットされたカオリマツの木片。
もとより直径4cmほどの枝から切り出したものであるため、当然大きさも小さい。
長さは親指の先から付け根くらい、つまり6cmほど。
底面となる長方形は縦が2cm、横は3cmほど。
ちょっと小さすぎる気もするが、素材の大きさが大きさだ。仕方ない。
そもそも半径2cmの円から切り出せるのはこの程度だろう。
最大だと……縦横3.4cmくらいまでは行けるのか。無理やりだけど。
「木の香り、する」
「カットしたての木材って、けっこう珍しいよな」
「ホームセンターの、におい」
「まあ、ぶっちゃけ作業現場に転がってる木片と大差ないしなこれ」
だが……うん、想像通りの仕上がりだ。
これなら使えるだろう。
追加で4つほど作っておく。
木製の楔は基本的に使い捨てになるが、作り過ぎても重しになるだけだ。
今回の用途では、数が必要になるわけでもないしな。
今はこのくらいでいいだろう。
……将来的には、身体のどこかにホルダー的なものをつけて、そこに差しておきたいな。
材質と角度をいろいろ変えたものを、それぞれ2つずつくらいは携帯しておきたい。
楔には、いろいろ使い道があるのだ。
*────
「装備は……初期装備から滑り止めつけた革グローブとブーツに換えるだけだな。
素材採取用の革袋と、カノンは魔法瓶と――あとは、水と食料もちょっと持ってくか」
「ちょっとだけ、減ってきたかも?」
「あと5日分か。――まあ、どうにでもなるだろたぶん」
サバイバルを舐めている貧弱現代人がここにいる。
いや、飲み水はもう手に入ってるし……。
今回の探索で食料源が見つからなかったらまた考えよう。
「最後に技能チェックだな。カノンの今は?」
「んと、危機感知、聴力強化、夜目、運搬、旅歩き、でいい?」
「了解。じゃあ俺は、旅歩き、運搬、測量、登攀。あとは一応潜水挿してくか」
「ん、夜目、いい?」
「できれば日帰りしたいってのと……まあ最悪、素のスペックで頑張るさ」
つまり、一般人のスペック。人、それを平目と呼ぶ。
でも、一般人のスペックってのもなかなか侮れないぜ?
「装備よし、道具よし、技能よし、火元よし。
――よっし、じゃあ行くか!」
「んっ、行こっ! ……火元?」
現実の時刻は午後二時過ぎ。こちらの時刻はまだ午前7時過ぎ。
つまり朝だ。時間は十分にある。
いざゆかん、川方面。
まず向かうはこの脱出ポッドから東、俺の元リスポーン地点方面だ。
さぁ、朝からの本格探索と参ろう!
初日、2日目とこの世界を楽しんできたが、それらはこの世界にある楽しみのほんの一欠片。
まだまだ無限無数にやりたいこと、やるべきことが山積みだ。
「本日の探索先は川方面。
当面の目標は、カオリマツの幹を採取するための道具作り、そのための石材の確保。
そして努力目標としては食材の確保だな」
「んっ、魚?」
「あの川に魚がいれば、だが。
そうでなくとも、水場はいろいろ資源に期待できる」
水場には生命が集まる。
植物、動物、なんにせよだ。
なにかしらの新規資源を期待したいところだ。
「ただあの川、見たところ河原がなかったからな。
丁度いい石材を確保しようと思ったら、少し遡上する必要があるかもしれん。」
川の両側は、俺が墜落した付近では植物に覆われた土手状になっていた。
川の水量もそれほどではなかったが……
「ただ、あの川、ちょっと妙なんだよな」
「なにか、へん?」
「ああ」
俺が墜ちたあの川は、記憶に間違いがなければ、南に向かって流れていた。
そう、南――すなわち、推定山岳地帯の方面だ。
これはどういうことだろう?
「俺、あの川は南の山岳地帯で湧出して、セドナ中央の平野部に流れてきていると思ってたんだ。
だから、南に遡上すれば山岳地帯の水源に行き当たるものだと思っていたけど……それにしては、流れが逆なんだよな」
「山の方が、ふつう、高い、よね?」
「うむ。だから地形的に、南に向かって流れてるってのがよくわからない。
それに――川の近くに、ごつごつした岩が少なかっただろ?
水源に近いなら、もっと割れ砕けたような大きな石が転がっててもおかしくないのに」
「じゃあ、だいぶ下流の、方?」
「それも……どうなんだろう。なんか、そういう感じもしないんだよな」
水量とか。石の削れ方とか。土手の形成のされ方とか。
そういうこまごまとした部分で、どうにもあの川がどういう川なのか、よくわからないのだ。
いろいろ推測できる可能性があり、絞り切れない。
地質学者とは言わずとも、地質関係の仕事に携わっている人ならば、あの川の水質や川底を見るだけで、水源からどの程度の距離を流れてきたのかわかりそうなものだが、俺には無理だ。
マキノさんのように、一を見て十を予測できるほどのスペックがない。
「じゃあ、どうする?」
「川に行ってから、北に遡上するか、それとも南に向かって川沿いを降るか考えよう。
……できれば、北には向かいたくないけどな」
「セドナの北、広いし、ね?」
マップ上で見える範囲だけでも、あの川をセドナ北部に向かって遡上するとなると丸一日かかりそうだ。
資源を持って帰ろうとしている手前、ちゃんと帰路も考える必要がある。
それが石材ともなればなおさらのこと。
それをする前に、もう少しこの拠点の周囲を散策しておきたい。
近場で資源を確保できるのに越したことはないのだ。
「まあ、そういうわけで。
もしかすると、ちょっと遠出になるかもしれないからしっかり準備していこう。
んで、他のプレイヤーと出逢えたら、そのときはついでにご挨拶ってことで」
「りょう、かいっ」
つまりそういうことだ。
今回はいままでで一番の遠出になるだろう。
はじめての拠点外ダイブアウトを行うことにもなるかもしれない。
*────
当然ではあるが、このゲームでは拠点外でゲームを一時中断することができる。
一時中断している間は、プレイヤーの身体はこの世界から一時的に消失する。
扱いとしては拠点でダイブアウトするときとまったく同様だ。
なにせ未開地サバイバル。一回の探索に一か月かかることがあるようなゲームだ。
それができないと、とてもじゃないがこの広い惑星を探索しきることなどできはしない。
プレイヤーがダイブアウトしている間、自身のアバターがその場に残る、といったこともない。
プレイヤーがダイブアウトすると、アバターはどこでもないどこか、ゲームの虚構空間に転移・停止する。
ダイブアウトしている間は、プレイヤーの各種生体数値は変化しない。
喉の渇きや空腹が進むことはないが、満たされることもない。
汚れが綺麗になったり、傷が癒えたりすることもない。
なにもかもそのままだ。
ただし一つだけ注意しなければならない点がある。
拠点外でのダイブアウトには、およそ1分の準備時間がかかるのだ。
この1分の間に死亡すると、次は拠点でダイブインする羽目になる。
なぜ1分のラグがあるのかと言えば、ゲーム的なセーブ処理のため……ではなく、恐らくは、ダイブアウトを緊急離脱機能として使わせないためだ。
肉食動物に襲われた時、咄嗟にダイブアウトして、その肉食動物がその場を去るまで逃げるのはなしってことだな。
その辺は「余命タイマー」の仕様と同じ理念に基づいているのだろう。
拠点外でのダイブアウトまわりのやや非現実的な挙動について、サバイバルゲームとして緩いとみるか、さすがにそれくらいは看過して欲しいとみるかはプレイヤーによるだろう。
*────
「マキノさんの、ためにも、きょーじゅ、逢えたらいい、ね」
「あの人どこでなにしてんだろうなぁ」
きょーじゅ、教授、すなわちりんねる。
りんねるに関しては、マップ上に見える一つ一つの光点を訪れるよりは、適当に野外散策をしていた方が出逢う可能性は高いと思う。
なんなら樹の上とか見たほうが良いまである。
あの人が一か所に留まっているイメージがまるで湧かない。
でも、セドナには来ているはずなんだよな。
いつかは出逢うことになるはずだ。
「んと、じゃあ、探索用に、服、換えるね」
「おう。流石にチュニックはやめといたほうがいいだろうしな。
でも、まだ朝方で冷えるかもだし、ケープはつけてってもいいんじゃないか?」
「ん、そうする。 ……せっかく、フーガくんと一緒に作った、から」
「どんどん使っていこう。 ……着替えるなら外出てようか?」
「ん、いい。洗浄室で、着替えるから」
素肌を晒さないとはいえ、流石に人前で着替えるのは気になるようだ。
気分的な問題だろう。俺もそうする。
「……っとその間、ちょっと製造装置見ててもいい?」
「んっ、なにか、つくりたい?」
「ああ。今回の探索で、ちょっと使いたい道具があって。
いまある素材で作れるかどうか見ておきたい」
ちょっとね。
*────
これから作ろうとしている道具については、当初から考えがあった。
それは当然、ゲームを開始したばかりの状態でも作れるもの。
大した技術は必要なく、素材もまた多様。
およそどんな地形に着陸しても、これを作れないことはないだろう。
カテゴリは――工具類、になるのかな?
「お待たせ、フーガくん。 ……なに、見てる?」
「これ。余ってるカオリマツの枝で作れないかなと思ってたんだけど、いけそう」
「それ……くさび、で、いい?」
「おう、よく読めたな」
かねてより俺がつくろうと思っていたもの。
それは、「楔/wedge」だ。
*────
楔とは、要はV字型をしている物体である。
素材はある程度硬質であればなんでもいい。
できれば鋼鉄製がいいが、石製でもいい。
木製だと少々強度に不安があるが、鉄や石にはできない使い道がある。
……さて、今から一つ、大言壮語を吐いてみよう。
『犬』において、楔こそは、もっとも高いコストパフォーマンスを有した道具であった、と。
おいおい、製造装置で作成可能な道具がいったい何百種類あると思っているんだ。
そのなかで、その小さな「楔」が?
冗談も大概にしろ、大袈裟に言い過ぎだろう、何を根拠にそんなことが言えるんだ。
そう思うかもしれない。
だがこの楔という道具は、その圧倒的な制作コストの軽さ――その辺の石ころ1つ、木の枝1本から作れる――の割に、きわめて活用の幅が広い。
言い換えれば、この『犬』という世界におけるさまざまな「技能」、すなわちアクションアシスト機能と、非常に親和性が高いのだ。
そのあたりは、これからの実践の中で徐々に示していくとしよう。
え、先に教えておけって?
いやいや、その時になってから使った方が驚きもあるだろ?
人間は「楔」をどう使うことができるか。それが肝だ。
人類が最初に道具を使いだしたのはおよそ200万年前と言われている。
200万年ぶんの先人たちが積み上げた、人類の進化の歴史の一部を見せてやるぜ。
……あ、あんまり期待しないでね?
*────
「カオリマツの枝でこれ作ってもいい? カノン」
「いい、けど、……なにかに、使う?」
「石系統の資源を採取する機会がありそうだし、ちょっと狙いたい技能もあってな」
【伐採】もそうだが、たぶん一部の技術系技能は「道具を使って経験を得ること」が取得の条件になっている。
どのようにそれを判定しているのかはよくわからないが、恐らくそうだ。
つまりこれから狙う技能も、単に石を拾ったり、かち割ったり、測ったりするだけでは取得できない類の技能に属するのではないかという読みだ。
そうして製造装置に、カオリマツの枝を素材とした楔の製造を指示する。
素材となるカオリマツは圧縮ストレージに入れっぱなしだから、特に準備は必要ない。
大まかな長さと大きさを指定して――
「……っと、できたか」
「ただの、木片?」
「そうともいう」
製造装置から取り出されたのは、四角錐型にカットされたカオリマツの木片。
もとより直径4cmほどの枝から切り出したものであるため、当然大きさも小さい。
長さは親指の先から付け根くらい、つまり6cmほど。
底面となる長方形は縦が2cm、横は3cmほど。
ちょっと小さすぎる気もするが、素材の大きさが大きさだ。仕方ない。
そもそも半径2cmの円から切り出せるのはこの程度だろう。
最大だと……縦横3.4cmくらいまでは行けるのか。無理やりだけど。
「木の香り、する」
「カットしたての木材って、けっこう珍しいよな」
「ホームセンターの、におい」
「まあ、ぶっちゃけ作業現場に転がってる木片と大差ないしなこれ」
だが……うん、想像通りの仕上がりだ。
これなら使えるだろう。
追加で4つほど作っておく。
木製の楔は基本的に使い捨てになるが、作り過ぎても重しになるだけだ。
今回の用途では、数が必要になるわけでもないしな。
今はこのくらいでいいだろう。
……将来的には、身体のどこかにホルダー的なものをつけて、そこに差しておきたいな。
材質と角度をいろいろ変えたものを、それぞれ2つずつくらいは携帯しておきたい。
楔には、いろいろ使い道があるのだ。
*────
「装備は……初期装備から滑り止めつけた革グローブとブーツに換えるだけだな。
素材採取用の革袋と、カノンは魔法瓶と――あとは、水と食料もちょっと持ってくか」
「ちょっとだけ、減ってきたかも?」
「あと5日分か。――まあ、どうにでもなるだろたぶん」
サバイバルを舐めている貧弱現代人がここにいる。
いや、飲み水はもう手に入ってるし……。
今回の探索で食料源が見つからなかったらまた考えよう。
「最後に技能チェックだな。カノンの今は?」
「んと、危機感知、聴力強化、夜目、運搬、旅歩き、でいい?」
「了解。じゃあ俺は、旅歩き、運搬、測量、登攀。あとは一応潜水挿してくか」
「ん、夜目、いい?」
「できれば日帰りしたいってのと……まあ最悪、素のスペックで頑張るさ」
つまり、一般人のスペック。人、それを平目と呼ぶ。
でも、一般人のスペックってのもなかなか侮れないぜ?
「装備よし、道具よし、技能よし、火元よし。
――よっし、じゃあ行くか!」
「んっ、行こっ! ……火元?」
現実の時刻は午後二時過ぎ。こちらの時刻はまだ午前7時過ぎ。
つまり朝だ。時間は十分にある。
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