ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

文字の大きさ
65 / 148
一章

二人歩く時間(2)

しおりを挟む
「このあたり、なんか地面の感触がちがうかな?
 少しやわらかくなってる気がする」
「……。」

  ザッ ザッ

「モンターナの拠点から南に行ったときは露骨に硬かったし、南と北で土壌がちがうのかな」
「……んっ」

  とこ とこ

「川底の砂地は白一色で、花崗岩や玄武岩が砕けた感じでもなかったし……。
 もしかすると、この川の源流には、白色系統の岩石があるのかもな。
 そのあたりの岩石からできた砂が、この川の増水時に陸に乗り上げて、このあたりに……?」
「……っ♪」

  ザッ ザッ

「でも、真っ白な岩石ってなんだろうな?
 石英とか長石系統でほとんどできてそうな……。
 カノンは白い岩ってなんかイメージある?」
「……。」

  とこ とこ

「……カノン?」
「……っんっ!? なに、ですかっ!?」

 あまりにも反応が返って来ないので、思わず声を掛ける。
 カノンから返ってきた反応は、明らかに上擦っているうえに、

「口調壊れてるぞ」
「ううんっ、壊れてない、からっ!! 
 あの、……なんの話、だった……?」
「――いや、あんまり大した話はしてなかったから気にしなくていいぞ。
 なんなら、なにも考えずに歩いてていい」
「んっ。ありがと」
「……。」
「……んっ、ふふっ」

 俺とカノンは、引き続き、セドナ川沿いの道を北上している。
 既に30分ほどは歩いただろうか。
 だが、いまだにカオリマツの樹林帯の果ては見えない。
 マップを確認するに、さらに30分ほど北上するまでは、この景色に変わり映えはなさそうだ。
 ……いやぁ、広いな、セドナ。
 替わり映えのない景色の中を30分間、特に目的もなく歩き続けることを苦痛に感じるかどうかは人によるだろうが……少なくとも今の俺たちはその問題は生じていない。

 俺が先ほどカノンに話しかけたのは、二人歩きの気まずい沈黙に耐えかねたからではない。
 熱を持つ右手に反して、どこか冷静になった頭が、妙に回転していただけだ。
 なんなら言葉を発することさえ不粋だったかもしれない。
 このままぐだぐだ歩いていても、俺たちは4時間でも5時間でも歩き続けられるだろう。
 それでもまったく問題はないのだが。
 いや、目的がすり替わってるすり替わってる。
 今回の探索の目的は食料探しウィズりんねる探しであって、カノンとむつび合うことでは……

 ……ホントか?
 現状の優先度で言えば、こっちの方が高くないか。
 今からでもこっちを主目的にした方がいいんじゃないか。
 あちこち見て回りながら、ふらふらしてればそれでよくないか。
 食料探しとかいつでもできるだろ。
 それはこの時間に勝るか?

 ……だが、少なくともりんねる探しの方は疎かにしては駄目だな。
 ほかならぬマキノさんからの頼まれごとだ。
 4時間も5時間も歩き続けていたらりんねる目撃地点を通り過ぎてしまう。
 うん、冷静になろう。おれはしょうきにもどった。

「……カノン、そろそろ3つ目の筌を仕掛けたい。
 どこかによさそうな地形があったら教えてくれ」
「……んっ。よさそうな、って?」
「そうだな、川が曲がってそうなところとか、川幅が狭そうなところとか、川が堰き止められているようなところとか、水深が浅くなってそうなところとか」

 筌、すなわち仕掛け罠を仕掛けるのに適した場所というのは存在する。
 それは魚道、すなわち魚の通り道だ。
 河原の浅瀬や渓流などではそれがわかりやすいのだが、国内に類する例の少なさそうなこの手の川だと、どのあたりに仕掛ければ魚が通るのかがよくわからない。
 だから、それっぽい場所に勘で仕掛けるしかない。
 なかなか分の悪い賭けだが、それでも鳥獣を仕留めるよりは遥かに成功する可能性があると思う。
 ちなみに自分で堰を作る気はない。つまりせき筌漁法をする予定はない。
 堰を作るのはかなりの大仕事になるし、川の環境保全の意味でもできるだけ避けたい。
 それに堰がなくても筌漁業はできるはずだしな。浅瀬の海とかでもやるらしいし。
 そもそも以前、川底に沈めるやり方で実際に魚が捕れたこともある。
 この際理屈はさておいて、とにかく魚が捕れればそれでいいのだ。

「……あんな感じ?」
「そうそう、あんな感――なんだあれ」

 カノンが指さした先にあったのは、川の水面から生える1本の樹。
 周囲の地形を見るに、川の土手の一部が崩れ、その土壌ごと川の中に雪崩れ落ちたらしい。
 その樹のあたりに流れてきた土砂が堆積したのか、川の水流はそこで歪められ、その水面は小さく盛り上がっている。
 樹は川の中に完全に水没しており、川の水流を左右に引き裂いている。
 水没した樹の枯れ具合を見るに、どうやらかなり昔に川に落ちたらしい。

「あー、あれはいいな。こっちから見てあの木の向こう側、水流が細められているあたりの底の方とか、めっちゃ魚が通りそう」
「うけ、仕掛けて、くる?」
「おう、行ってくる。悪いがまた服を持っててくれ。
 今回はあの木に繋留できるから、石は探さなくていい」
「んっ、いってらっしゃい」
「行ってくる」

 名残惜し気に俺の手を離すカノンに、一つ手を振り、川の中に入る。
 右手に感じる水が、ひときわ冷たい。
 別に水温が下がったわけでもあるまいに。
 火照った顔を冷まさんとばかりに、勢いよく川の中へと潜る。

(……あー、いい感じの川底)

 川の中に落ち込んだ一本の樹。
 その根は水底までは達しておらず、宙ぶらりんに浮いている。
 それでもこの木は、死んではいないようだ。
 根から水分と養分を吸収できるなら、水中でも植物は生きていける。
 そういえばロシアのどこかの湖に、水没した樹林帯があるらしいな。
 コバルトブルーの湖水の美しさもあって、今では観光地にもなっているとか。
 この世界も神秘的だが、現実も決して負けてはいない。

 川に落ちた木の根の下、暗がりの砂地に筌を沈める。
 ポイントは良さそうだが……これ、このまま木が沈んできたら潰れるな。
 まぁ、かなり以前からこの状態であるようだし、そう簡単には沈んでこないだろう。
 俺もあまり刺激しないようにしよう。これが死因になるのは間抜けすぎて嫌だ。


 *────


「っぷはぁ、っふぃー。お待たせ、カノン。よさげだったよ」
「お疲れさま、フーガくん。はい、フーガくんの服」
「ありがと、カノン。これで3つ仕掛け終わったな。
 どれかで採れれば御の字だけど、どうかな?」
「魚はいる、んだよね?」
「おう。たぶん、魚、にカテゴライズするべきだと思う水棲生物は、目視した、と思う」
「慎重、だね」
「異星の生命体だしなぁ……」

 岩壁で出逢ったトンボモドキも、あれ絶対トンボカテゴリじゃないだろうしな……。
 マキノさんとした話ではないが、トンボじゃない癖に名前にトンボを含めるとわけがわからんことになる。
 かものはしみたいな例外的存在に早々に出くわさないことを祈るばかりだ。

「さっ、ここからはしばらく北上だ。
 なにか面白いものが見つからない限りは、このまま樹林を抜けちゃおう」
「んっ! あと、30分くらい、かな?」

 このままのペースで行けば、そのくらいだろう。
 特にどこかで寄り道をする予定もない。
 とはいえ徒歩30分と言えば、そこそこの距離はある。

「そのくらいだな。ここまでで疲れてない、カノン?」
「……。……疲れてても、いまは、わかんない、かも」

 グローブを外した左の手のひらを、胸元に抱いたまま。
 少しはにかんで、しあわせそうに、そう言われ。

「……俺もだよ。まだまだいける。
 でも、疲れたら早めに言えよ?急ぐ道中でもないしな」
「んっ。わかった。――いい?」
「ん」

 おずおずと差し出される彼女の左手を取る。
 水で濡れた右手が、彼女の手のひらを濡らす。
 互いの体温を奪った水が、生温い熱を伝える。
 その感触は、不快だろうに。

「……んっ、……ぅ」


 まあ、すぐに乾くだろう。


 *────


 セドナという仮称が与えられたこの地形座標は、最大縮小したマップで見ると、丘陵と河川を含む平野部を囲む幾つかの樹林帯という構成をしている。
 この範囲は、地形座標選択時の衛星写真で確認できた範囲と一致している。
 平野部が位置するのは、北よりの中央。
 その北には樹林帯があり、その向こう側はマップに映っていない。
 平野部の南部は、ここまで見てきた通りカオリマツの広大な樹林帯。
 その果てには岩壁があり、その先は断崖絶壁だ。
 これらすべての地形の概ね中央を縦断しているのが、俺たちがいま川沿いを歩いているセドナ川だ。

 ここまで歩いてみてみた感じ、このマップに映る範囲は横25km、縦15km程度だろうか。
 やはりとんでもなく広い。
 なにせ俺たちがこれだけ活動しても、マップ南部から南西部という、セドナ全域の八分の一程度しか歩き回れていないのだから。
 俺たちが向かっている「セドナ川下流域湾曲部」も、大別すればセドナ南部に含まれてしまう。
 マップ北の上辺まで行こうと思ったら、直線距離を歩くことができても4時間程掛かるだろう。
 その上、明確な果てが存在したセドナの南に対して、北側がどこまで広がっているのかは未知数だ。
 下手したら、そこから更に倍以上歩いても、高地の果てに辿り着かないかもしれない。

(……ゆっくりで、いいよな)

 別に、そのすべてを自分の足で踏破する必要はないのだ。
 北の方に拠点を構えているプレイヤーならば、北部の情報にも詳しいだろう。
 それは東西南北すべての方角について言える。
 いろんな場所へ向かい、いろんなプレイヤーと交流し、いろんな情報を集めながら、少しずつ資源を集めて、暮らしを豊かにしていけばいい。
 すべてのプレイヤーは、この世界にひとりきりではないのだから。

「……あ、フーガくん」
「おっ。……カオリマツの樹林は、あそこで途切れるな」

 視界の遥か先のあたりで、樹林帯が途切れている。
 あそこから、セドナの平野部に入るということだ。
 マップを見れば、セドナ川に突き当たった地点から、およそ縦幅1/4分ほど移動している。
 ここまで歩いた距離も、概ね4km程度だろう。
 いろいろやっていたため、時間は2時間程掛かったが。
 筌を仕掛けるために川に入ったことで濡れた身体も、今ではすっかり乾いている。
 ゆえに一度は脱いでいた服も既に着なおしている。
 川に入らないなら、装備を身につけないでいる理由もないからな。

「どんな景色なんだろうね?」
「見晴らしよさそうだよな」
「わたしたちの拠点まわりは、視界利かなかった、よね」
「だからこそ落ち着けた、というのもあるけどな」

 視界が開けたなら、セドナの北になにがあるのかもわかるだろう。
 このセドナ川が湧出する山岳地帯があるのかもしれない。
 なにも見えなければ――あるいは、南の岩壁の先のように、そう遠くない先で断崖絶壁になっているのかもしれない。
 その答えは、この樹林帯を抜けた先にある。

「楽しみだな」
「わくわくする、ね」

 カノンと手を取り合ったまま。
 二つの足音が、樹林帯を抜ける。



 そして、景色が切り替わる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

処理中です...