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一章
レアキャラ・エンカウント
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セドナ中央部の断崖丘陵地帯、その南口付近の高台の上。
東に流れるセドナ川を見遣りながら、カノンと二人で携帯食料にもしゃつく。
「……うーん、相変わらず微妙な味」
「すごい脂っこい、よね」
「初期備蓄として貰っている以上、贅沢は言えんけどな」
すべてのプレイヤーに初期備蓄食料として与えられている、二週間分の食料。
その正体は、いわゆるカロリーバー。
底面は2cm四方、長さは10cmほどの直方体。
これ1本で、およそ4時間分の人間の活動が保証されるらしい。
カロリー以外にも各種栄養素が練り込まれているらしく、ゲーム開始からしばらくの間はこれだけ食ってれば大丈夫だ。
大丈夫、というのは、生命活動に支障がでないという意味である。
なにせ味がよくない。
塩と脂の味の粘土を食べている気分だ。
幼稚園だか小学校の頃に、やけに脂っこい粘土を弄った記憶がある。
質感はまさにあんな感じだ。
咀嚼するとか、齧りつくとか、そう言った動詞の目的語にする気も起きない。
摂取するとか、あるいはもしゃつくといった程度が妥当だろう。
製造装置とかいうハイパーテクノロジーを個人用の脱出ポッドに搭載できるような技術力をしておいて、なぜ食料に関してはこれほどひどいのかという点についての世界観的な説明はとくに与えられてない。
母星アースの人々の味覚が絶望的に退化しているのかもしれない。
長期保存性を考慮した結果こうなったのかもしれない。
あるいはこの携帯食料を作った国が……おっと、これは戦争が起こるな。
とはいえ、それらは世界観的な説明の話だ。
このひどい味に関するゲーム的な説明については、ある程度推測がつく。
まず1つに、早めにプレイヤー自身の手で食料を採らせたいのだろう。
もしもこの携帯食料が、現実のカロリー補給の友並みに美味しかったら、この食料が残っている間は食糧問題の解決に乗り出そうとは思わないだろう。
そして備蓄食料が無くなってから、原始的サバイバルにおける食糧確保の困難さに気づくことになる。
そこからは、下手したら餓死のループだ。
プレイヤーの母数が多い以上、その手のプレイヤーがクレーマーのクラスタを形成する可能性もある。
そうした困ったちゃんを増やさないためにも、このひどい食環境から脱したいという動機をプレイヤーに与えておき、ゲーム開始初期から食料の確保という行動に駆り立てておきたいのだろう。
考えられるもう1つの理由は、プレイヤーの感動を引き立てるため。
もしも携帯食料が美味しかったら、この世界ではじめて手に入れた食料について「一応食えるけど初期食料の方が美味しいな」なんて思ってしまうかもしれない。
せっかくのフルダイブ、せっかくの味覚同調。
この世界で採った食材の味が、初期備蓄として用意された携帯食料に劣るなんて興醒めだろう。
この携帯食料を不味くしておけば、素焼きの魚でさえ「なんて美味いんだ」と思わせることができる。
そうして、この世界での体験を魅力的なものにし、ひいてはこの世界に長く浸かってもらう。
この世界を好きになって貰えば、ゲームを長く続けて貰える。
感動の演出のため。そんなところだろう。
いろいろ言ったが、ようするにこの携帯食料は不味い。
空腹という名の調味料を以てしても美味しくならない。
カノンから分けて貰っているという付加情報があってなお美味しくない。
甘味や酸味、辛味に苦味、ついでにうまみといった、人の味覚を楽しませる味が徹底的に排除されている。
残っているのは脂っぽい塩味と、舌ざわり最悪の粘土状の質感だけだ。
これだけ不味ければ、初期備蓄として二週間分、ゲームプレイ時間にして168時間分にも及ぶ食料が最初から与えられていてもなお、まず食糧問題を解決しようと思う人も少なくないだろう。
これまでもこの身体が空腹を訴えるたびに定期的に摂取はしてきたが、それはもはや食事というより作業に近かった。
……それでも俺たちは、ここまで食料問題の解決を先送りしてきた。
もちろん手ごろな食料源が見つからなかったから、というのもあるが。
それ以上に、衣服の製作やこの世界の冒険など、他のことが楽しかったからだ。
カノンと、この世界で遊ぶのが楽しかったからだ。
携帯食料の味は、相変わらず不味いが。
この丘陵地帯の高台で、眼下に流れるセドナ川を眺めながら、カノンと並んで腰掛け、まずい携帯食料にもしゃつくという経験自体は、悪くない。
人は味覚のみで食事をするのではない、ということだ。
「今んところ、苦味と塩味はあるんだよな、塩化カリウムと食塩で。
あとは酸味と甘味が欲しいな」
「前に言ってた、ベリー系、とか?」
「ああ、そうそう。そう言うのが欲しい。
……もちろん、カロリーの供給源があることは前提条件だけど」
魚が取れればそれでよし。
獣肉や鶏肉はいまのところ厳しい。穀物も同様だ。
あとは、植物由来のデンプン質でもいいのだが……。
その辺はりんねるに期待している。
……さて。
携行水と携帯食料の摂取を終え、ある程度の休息も取ることができた。
だから、そろそろ散策に戻ってもいいのだが。
「……っ♪」
……もう少し、ゆっくりしていてもいいか。
*────
(……ん?)
カノンとともに、セドナ中央部の丘陵地帯の高台の上でだらだらとしていたところ。
ふと視界の左手側、眼前を流れるセドナ川の上流の方に異物を捉える。
それは川面に浮かび、上流から流れてくる、なにか白い塊。
発泡スチロール? ……いや、この世界でそれはないだろう。
氷雪の塊? ……いくら北の山岳が高いとはいえそれもないだろう。
白い獣か鳥の死骸? ……なるほど、今のところもっともそれらしい。
その白い塊は、川の流れとまったく同じ速度で、上下に浮き沈みすることもなく、ただ水面を滑るに、下流に向かって流れてくる。
こちらの方に近づくにつれ、その輪郭がより一層はっきりとしてくる。
その白い塊からは、よく見るとなにか手足のようなものが突き出しており――
「――ぶっッッッッ!!」
「にゅぃっ!? フーガくん、なにっ、どしたのっ」
「カノンっ! あれっ、あれ見ろあれっ!」
「え? ……っ!」
びくっと、カノンが身体を震わせる。
カノンも、川を流れてくるあの物体を見て、その正体に思い至ったのだろう。
「――悪い、カノンっ! ちょっと先行くぞっ!」
返事を聞く前に、思わず目の前の崖から飛び降りる。
5m程度なら、技能の補助がなくとも問題ない。
受け身を取る必要もないだろう。
――ッズシン!!
やわらかな草地に着地し、そのまま勢いよく前方――セドナ川の方に向かって駆ける。
しかし……思ったよりも足に響くなこれ。
着地した地面が、アスファルトやコンクリートだったのならちょっと危なかったかも。
前作ではもうちょい高いところからぴょんぴょんできていた以上、身体の使い方さえ正しければ、このアバターの身体能力でも問題ないとは思うのだが。
つまりこのアバターを操作する俺の身体の使い方がまだ甘いのだ。
はやくフルダイブに慣れないとな。
とにかく今は走れ、走れ!
流れてくる白い物体は、先ほど見た感じなら、まだ川の上流側にあるはず。
放っておけばそのまま目の前を流れていき、やがてセドナ川の果てから放り出されるだろう。
意識があるのか、ないのか。
生きているのか、死んでいるのか。
どちらかもわからないが、どうやら仰向けではあるようだ。
それに死んでいるのなら、とっくにもう死に戻りしているはず。
それならまだ、可能性はある。
ああ、もう――
「こっちでも相変わらずだな、アンタはよォ!」
なぁ、りんねるゥ!
*────
――ドボンッ!
「っいよいしょぉ、っと!!」
コートだけは脱ぎ捨て、走る勢いそのまま川に飛び込み、まさに目の前を流れ去ろうとしていた白い物体――白衣をまとった人間の身体を引き寄せる。
意識はないようで、身体に力も入っていない。
そのおかげで仰向けのまま水に浮かんでいられたようだ。
人間の身体はなにもしなければ水に浮くからな。
これなら土手まで引っ張ることも問題なくできそうだ、が。
(……生きてる、よなっ?)
死に戻りしていない以上、生きているのは確かだ。
だがなんらかの要因により死にかけている可能性はある。
その場合はさっさと陸に引き上げて救命措置だ。
どのみち一度回収するのは必須の工程だろう。
「……っぷはっ、はぁッ!! ……ふぅ」
つけててよかった【潜水】技能。
ライフセーバー的な技術を持っていない俺でも、なんとかその人間を陸地まで引き寄せることができた。
カノンは……俺のように崖から飛び降りては来なかったようだな。
遠回りしてくるなら、ここまで来るのにあと数分は掛かるだろう。
そうして、川から引き上げた、仰向けに転がっている白衣の人物を見る。
身長140cmくらいの小柄な体格。
萌葱色とでもいうのか、淡い黄緑色のショートヘア。
目をつむったままの、中性的な目鼻立ち。
明らかにぶかぶかの白衣はずぶぬれ。
革のポシェットとベルトポーチを腰に巻いている。
革のグローブと革のブーツはつけたまま。
そして――それ以外はなにも身に着けていない。
インナースーツに白衣だけを纏った不審者がそこにいた。
「……なにをしてはるんです、りんねるさん?」
いやほんとになにしてるんだこの人。
なにがどうあったら意識不明で川を流れて来られるんだ。
そのあたりの確認も含め、まずは仰向けに転がるその口元に頬をかざす。
……呼吸は、しているな。
白衣のはだけた薄い胸元に耳を押し当てれば、鼓動も正常に行われている。
……心臓も、問題ない。
呼吸の音を聞くに、肺に水が入っている様子もない。
つまり心肺蘇生などは必要ないということだ。
……ますますわからない。
なんでこんなことになってんの、この人。
「……すぅー……、……すーっ……」
というか、意識不明と言えば確かにそうだが。
これ、もしかして……寝ているだけなのでは?
「……っすぅー、むふーっー……くふふっ」
うん、間違いない。
寝てるだけだこの人。
しかも、なにやら愉しい夢をご覧になっているらしい。
なんなのこの人。とても常人の手に負えないよ。
行動が突飛すぎる。たすけてカノン。
「――っはぁっ、っはぁ……。ふ、フーガ、くんっ」
「おう、カノン。おつかれ」
「はぁ、はぁ……。どう、だった? まにあった……みたいだけど」
「とりあえず、これを見てくれ」
気持ちよさそうに寝転がっている白衣の人物を見せる。
白衣もそうだし、その髪色と小柄な体格もそうだし、顔つきもそうだし。
誰がどう見ても、この人物は。
「あっ、……やっぱり、きょーじゅだ。……生きてる、よね?」
「……っすぅー、くぅーっ……っ♪」
「もしかして、寝てる、の?」
「もしかしなくても、寝てるっぽいぞ」
「……なんで?」
「……なんでだろうなぁ」
カノンの「なんで?」にはかなりたくさんの疑問が詰まっているのだろうが、残念ながら俺にはその一つもわからない。
なんで寝てるの、とか。
なんで川を流れてきたの、とか。
なんで起きないの、とか。
なんでこの世界でも白衣だけなの、とか。
初期装備の革装備一式はどこやったの、とか。
そうした疑問に応えることができるのは、目の前ですやすやしているこのりんねるさんだけだ。
「……カノン。叩き起こしても、いいですか」
「……気持ちよさそうに、寝てる、けど」
よくよくその寝顔を観察すると、目の下にはなにか深い隈のようなものが見える。
目を酷使した結果だろう。それも1日、2日の徹夜ではこうはなるまい。
かなり深い眠りについているようだ。
それこそ、俺が川岸に乱暴に引き上げても起きないほどの。
……。
「……どうしよ、なんか叩き起こすのも悪いかなって気分になってきた」
「じゃあ、起きるまで、待つ?」
「……そうだな。30分くらいは待ってみるか」
なぜ30分なのかと言われれば、あまり深い意味はない。
もしこのあと30分ほど起きなかったのなら、りんねるはセドナ川の果ての断崖絶壁から放り出されていたかもしれないな、とか。
もしそうだったら、俺たちはりんねるの命を助けたことになるよな、とか。
それなら叩き起こす権利くらいあるよな、とか。
そういう意図があるわけじゃないよ。ほんとだよ。
逆に30分以内に起きたのなら、りんねるのこの意味不明の行為は「川に流されたまま寝てみたかった。別に起こしてくれなくても自分で起きられたのに」という動機で片付く可能性もある。
いや、ほんとに深い意味はない。
りんねるがあまりにも気持ちよさそうに寝ていたので、この場ですぐに起こしたくなかっただけだ。
くっそ、安らかな寝顔しやがって……。
「……じゃ、カノン。こっちに場所を移して、引き続き休憩と行くか」
「それも、……嬉しい、けど。
このあたりを散策してても、いいかも?」
「だめだ。このレアキャラクターから目を離してはならない」
ちょっと目を離すと、なにをしでかすかわからない。
次に見失ったら、もう二度と意図的にエンカウントすることはできないだろう。
今回の川流れで、それを深く実感した。
この人の行動を予測するのは、無理だ。
「じゃあ、あの……また、いい?」
「……ん。川の流れでも見ながら、まったりしていようか」
おずおずと差し出された手を取り、すやすやと眠るりんねるの傍らに腰を下ろす。
このあたりの草花でも愛でながら、待っていればいいだろう。
とんだ事故とはいえ、もっとも困難だと思われていた目的の一つは果たされたのだ。
あとはもう急ぐこともない。
「……川、流れてるね」
「流れてるなぁ」
「……っすぅー、すぴっ♪ くぅーっ……」
りんねるの安らかな寝息を環境音に、再びカノンと隣合う。
目をつむれば、川のせせらぎと、二人分の吐息と、一人分の寝息。
曇天のおかげで照り付ける日差しはなく。
涼やかな風を遮るレザーコートは暖かく。
右手に感じる、温かな熱。
あっ、やばい。
これ、ちょっと眠くなりそう。
強制ダイブアウトさせられ――
……あれ。
りんねる、今、寝てるんだよな。
じゃあ、この世界って、普通に寝られるってことか。
寝ても、強制ダイブアウトとか、行われないってことだよな。
――マジで?
東に流れるセドナ川を見遣りながら、カノンと二人で携帯食料にもしゃつく。
「……うーん、相変わらず微妙な味」
「すごい脂っこい、よね」
「初期備蓄として貰っている以上、贅沢は言えんけどな」
すべてのプレイヤーに初期備蓄食料として与えられている、二週間分の食料。
その正体は、いわゆるカロリーバー。
底面は2cm四方、長さは10cmほどの直方体。
これ1本で、およそ4時間分の人間の活動が保証されるらしい。
カロリー以外にも各種栄養素が練り込まれているらしく、ゲーム開始からしばらくの間はこれだけ食ってれば大丈夫だ。
大丈夫、というのは、生命活動に支障がでないという意味である。
なにせ味がよくない。
塩と脂の味の粘土を食べている気分だ。
幼稚園だか小学校の頃に、やけに脂っこい粘土を弄った記憶がある。
質感はまさにあんな感じだ。
咀嚼するとか、齧りつくとか、そう言った動詞の目的語にする気も起きない。
摂取するとか、あるいはもしゃつくといった程度が妥当だろう。
製造装置とかいうハイパーテクノロジーを個人用の脱出ポッドに搭載できるような技術力をしておいて、なぜ食料に関してはこれほどひどいのかという点についての世界観的な説明はとくに与えられてない。
母星アースの人々の味覚が絶望的に退化しているのかもしれない。
長期保存性を考慮した結果こうなったのかもしれない。
あるいはこの携帯食料を作った国が……おっと、これは戦争が起こるな。
とはいえ、それらは世界観的な説明の話だ。
このひどい味に関するゲーム的な説明については、ある程度推測がつく。
まず1つに、早めにプレイヤー自身の手で食料を採らせたいのだろう。
もしもこの携帯食料が、現実のカロリー補給の友並みに美味しかったら、この食料が残っている間は食糧問題の解決に乗り出そうとは思わないだろう。
そして備蓄食料が無くなってから、原始的サバイバルにおける食糧確保の困難さに気づくことになる。
そこからは、下手したら餓死のループだ。
プレイヤーの母数が多い以上、その手のプレイヤーがクレーマーのクラスタを形成する可能性もある。
そうした困ったちゃんを増やさないためにも、このひどい食環境から脱したいという動機をプレイヤーに与えておき、ゲーム開始初期から食料の確保という行動に駆り立てておきたいのだろう。
考えられるもう1つの理由は、プレイヤーの感動を引き立てるため。
もしも携帯食料が美味しかったら、この世界ではじめて手に入れた食料について「一応食えるけど初期食料の方が美味しいな」なんて思ってしまうかもしれない。
せっかくのフルダイブ、せっかくの味覚同調。
この世界で採った食材の味が、初期備蓄として用意された携帯食料に劣るなんて興醒めだろう。
この携帯食料を不味くしておけば、素焼きの魚でさえ「なんて美味いんだ」と思わせることができる。
そうして、この世界での体験を魅力的なものにし、ひいてはこの世界に長く浸かってもらう。
この世界を好きになって貰えば、ゲームを長く続けて貰える。
感動の演出のため。そんなところだろう。
いろいろ言ったが、ようするにこの携帯食料は不味い。
空腹という名の調味料を以てしても美味しくならない。
カノンから分けて貰っているという付加情報があってなお美味しくない。
甘味や酸味、辛味に苦味、ついでにうまみといった、人の味覚を楽しませる味が徹底的に排除されている。
残っているのは脂っぽい塩味と、舌ざわり最悪の粘土状の質感だけだ。
これだけ不味ければ、初期備蓄として二週間分、ゲームプレイ時間にして168時間分にも及ぶ食料が最初から与えられていてもなお、まず食糧問題を解決しようと思う人も少なくないだろう。
これまでもこの身体が空腹を訴えるたびに定期的に摂取はしてきたが、それはもはや食事というより作業に近かった。
……それでも俺たちは、ここまで食料問題の解決を先送りしてきた。
もちろん手ごろな食料源が見つからなかったから、というのもあるが。
それ以上に、衣服の製作やこの世界の冒険など、他のことが楽しかったからだ。
カノンと、この世界で遊ぶのが楽しかったからだ。
携帯食料の味は、相変わらず不味いが。
この丘陵地帯の高台で、眼下に流れるセドナ川を眺めながら、カノンと並んで腰掛け、まずい携帯食料にもしゃつくという経験自体は、悪くない。
人は味覚のみで食事をするのではない、ということだ。
「今んところ、苦味と塩味はあるんだよな、塩化カリウムと食塩で。
あとは酸味と甘味が欲しいな」
「前に言ってた、ベリー系、とか?」
「ああ、そうそう。そう言うのが欲しい。
……もちろん、カロリーの供給源があることは前提条件だけど」
魚が取れればそれでよし。
獣肉や鶏肉はいまのところ厳しい。穀物も同様だ。
あとは、植物由来のデンプン質でもいいのだが……。
その辺はりんねるに期待している。
……さて。
携行水と携帯食料の摂取を終え、ある程度の休息も取ることができた。
だから、そろそろ散策に戻ってもいいのだが。
「……っ♪」
……もう少し、ゆっくりしていてもいいか。
*────
(……ん?)
カノンとともに、セドナ中央部の丘陵地帯の高台の上でだらだらとしていたところ。
ふと視界の左手側、眼前を流れるセドナ川の上流の方に異物を捉える。
それは川面に浮かび、上流から流れてくる、なにか白い塊。
発泡スチロール? ……いや、この世界でそれはないだろう。
氷雪の塊? ……いくら北の山岳が高いとはいえそれもないだろう。
白い獣か鳥の死骸? ……なるほど、今のところもっともそれらしい。
その白い塊は、川の流れとまったく同じ速度で、上下に浮き沈みすることもなく、ただ水面を滑るに、下流に向かって流れてくる。
こちらの方に近づくにつれ、その輪郭がより一層はっきりとしてくる。
その白い塊からは、よく見るとなにか手足のようなものが突き出しており――
「――ぶっッッッッ!!」
「にゅぃっ!? フーガくん、なにっ、どしたのっ」
「カノンっ! あれっ、あれ見ろあれっ!」
「え? ……っ!」
びくっと、カノンが身体を震わせる。
カノンも、川を流れてくるあの物体を見て、その正体に思い至ったのだろう。
「――悪い、カノンっ! ちょっと先行くぞっ!」
返事を聞く前に、思わず目の前の崖から飛び降りる。
5m程度なら、技能の補助がなくとも問題ない。
受け身を取る必要もないだろう。
――ッズシン!!
やわらかな草地に着地し、そのまま勢いよく前方――セドナ川の方に向かって駆ける。
しかし……思ったよりも足に響くなこれ。
着地した地面が、アスファルトやコンクリートだったのならちょっと危なかったかも。
前作ではもうちょい高いところからぴょんぴょんできていた以上、身体の使い方さえ正しければ、このアバターの身体能力でも問題ないとは思うのだが。
つまりこのアバターを操作する俺の身体の使い方がまだ甘いのだ。
はやくフルダイブに慣れないとな。
とにかく今は走れ、走れ!
流れてくる白い物体は、先ほど見た感じなら、まだ川の上流側にあるはず。
放っておけばそのまま目の前を流れていき、やがてセドナ川の果てから放り出されるだろう。
意識があるのか、ないのか。
生きているのか、死んでいるのか。
どちらかもわからないが、どうやら仰向けではあるようだ。
それに死んでいるのなら、とっくにもう死に戻りしているはず。
それならまだ、可能性はある。
ああ、もう――
「こっちでも相変わらずだな、アンタはよォ!」
なぁ、りんねるゥ!
*────
――ドボンッ!
「っいよいしょぉ、っと!!」
コートだけは脱ぎ捨て、走る勢いそのまま川に飛び込み、まさに目の前を流れ去ろうとしていた白い物体――白衣をまとった人間の身体を引き寄せる。
意識はないようで、身体に力も入っていない。
そのおかげで仰向けのまま水に浮かんでいられたようだ。
人間の身体はなにもしなければ水に浮くからな。
これなら土手まで引っ張ることも問題なくできそうだ、が。
(……生きてる、よなっ?)
死に戻りしていない以上、生きているのは確かだ。
だがなんらかの要因により死にかけている可能性はある。
その場合はさっさと陸に引き上げて救命措置だ。
どのみち一度回収するのは必須の工程だろう。
「……っぷはっ、はぁッ!! ……ふぅ」
つけててよかった【潜水】技能。
ライフセーバー的な技術を持っていない俺でも、なんとかその人間を陸地まで引き寄せることができた。
カノンは……俺のように崖から飛び降りては来なかったようだな。
遠回りしてくるなら、ここまで来るのにあと数分は掛かるだろう。
そうして、川から引き上げた、仰向けに転がっている白衣の人物を見る。
身長140cmくらいの小柄な体格。
萌葱色とでもいうのか、淡い黄緑色のショートヘア。
目をつむったままの、中性的な目鼻立ち。
明らかにぶかぶかの白衣はずぶぬれ。
革のポシェットとベルトポーチを腰に巻いている。
革のグローブと革のブーツはつけたまま。
そして――それ以外はなにも身に着けていない。
インナースーツに白衣だけを纏った不審者がそこにいた。
「……なにをしてはるんです、りんねるさん?」
いやほんとになにしてるんだこの人。
なにがどうあったら意識不明で川を流れて来られるんだ。
そのあたりの確認も含め、まずは仰向けに転がるその口元に頬をかざす。
……呼吸は、しているな。
白衣のはだけた薄い胸元に耳を押し当てれば、鼓動も正常に行われている。
……心臓も、問題ない。
呼吸の音を聞くに、肺に水が入っている様子もない。
つまり心肺蘇生などは必要ないということだ。
……ますますわからない。
なんでこんなことになってんの、この人。
「……すぅー……、……すーっ……」
というか、意識不明と言えば確かにそうだが。
これ、もしかして……寝ているだけなのでは?
「……っすぅー、むふーっー……くふふっ」
うん、間違いない。
寝てるだけだこの人。
しかも、なにやら愉しい夢をご覧になっているらしい。
なんなのこの人。とても常人の手に負えないよ。
行動が突飛すぎる。たすけてカノン。
「――っはぁっ、っはぁ……。ふ、フーガ、くんっ」
「おう、カノン。おつかれ」
「はぁ、はぁ……。どう、だった? まにあった……みたいだけど」
「とりあえず、これを見てくれ」
気持ちよさそうに寝転がっている白衣の人物を見せる。
白衣もそうだし、その髪色と小柄な体格もそうだし、顔つきもそうだし。
誰がどう見ても、この人物は。
「あっ、……やっぱり、きょーじゅだ。……生きてる、よね?」
「……っすぅー、くぅーっ……っ♪」
「もしかして、寝てる、の?」
「もしかしなくても、寝てるっぽいぞ」
「……なんで?」
「……なんでだろうなぁ」
カノンの「なんで?」にはかなりたくさんの疑問が詰まっているのだろうが、残念ながら俺にはその一つもわからない。
なんで寝てるの、とか。
なんで川を流れてきたの、とか。
なんで起きないの、とか。
なんでこの世界でも白衣だけなの、とか。
初期装備の革装備一式はどこやったの、とか。
そうした疑問に応えることができるのは、目の前ですやすやしているこのりんねるさんだけだ。
「……カノン。叩き起こしても、いいですか」
「……気持ちよさそうに、寝てる、けど」
よくよくその寝顔を観察すると、目の下にはなにか深い隈のようなものが見える。
目を酷使した結果だろう。それも1日、2日の徹夜ではこうはなるまい。
かなり深い眠りについているようだ。
それこそ、俺が川岸に乱暴に引き上げても起きないほどの。
……。
「……どうしよ、なんか叩き起こすのも悪いかなって気分になってきた」
「じゃあ、起きるまで、待つ?」
「……そうだな。30分くらいは待ってみるか」
なぜ30分なのかと言われれば、あまり深い意味はない。
もしこのあと30分ほど起きなかったのなら、りんねるはセドナ川の果ての断崖絶壁から放り出されていたかもしれないな、とか。
もしそうだったら、俺たちはりんねるの命を助けたことになるよな、とか。
それなら叩き起こす権利くらいあるよな、とか。
そういう意図があるわけじゃないよ。ほんとだよ。
逆に30分以内に起きたのなら、りんねるのこの意味不明の行為は「川に流されたまま寝てみたかった。別に起こしてくれなくても自分で起きられたのに」という動機で片付く可能性もある。
いや、ほんとに深い意味はない。
りんねるがあまりにも気持ちよさそうに寝ていたので、この場ですぐに起こしたくなかっただけだ。
くっそ、安らかな寝顔しやがって……。
「……じゃ、カノン。こっちに場所を移して、引き続き休憩と行くか」
「それも、……嬉しい、けど。
このあたりを散策してても、いいかも?」
「だめだ。このレアキャラクターから目を離してはならない」
ちょっと目を離すと、なにをしでかすかわからない。
次に見失ったら、もう二度と意図的にエンカウントすることはできないだろう。
今回の川流れで、それを深く実感した。
この人の行動を予測するのは、無理だ。
「じゃあ、あの……また、いい?」
「……ん。川の流れでも見ながら、まったりしていようか」
おずおずと差し出された手を取り、すやすやと眠るりんねるの傍らに腰を下ろす。
このあたりの草花でも愛でながら、待っていればいいだろう。
とんだ事故とはいえ、もっとも困難だと思われていた目的の一つは果たされたのだ。
あとはもう急ぐこともない。
「……川、流れてるね」
「流れてるなぁ」
「……っすぅー、すぴっ♪ くぅーっ……」
りんねるの安らかな寝息を環境音に、再びカノンと隣合う。
目をつむれば、川のせせらぎと、二人分の吐息と、一人分の寝息。
曇天のおかげで照り付ける日差しはなく。
涼やかな風を遮るレザーコートは暖かく。
右手に感じる、温かな熱。
あっ、やばい。
これ、ちょっと眠くなりそう。
強制ダイブアウトさせられ――
……あれ。
りんねる、今、寝てるんだよな。
じゃあ、この世界って、普通に寝られるってことか。
寝ても、強制ダイブアウトとか、行われないってことだよな。
――マジで?
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「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
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しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
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