ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

夜明け

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 そして――夜が明けた!

   11 : 26

 いや、もう昼だが。
 明けたというか明けきっている。
 時刻を確認するために、明度を落として展開した仮想ウィンドウを見遣る。

 今日は9月5日木曜日。平日。
 深夜の至急連絡を同僚の面々にぶち込んで来た手前、せめて遅刻してでも出勤したいという気持ちもあったのだが……ここまで来ては全休も已むをえない。
 もともと、こうなることも、後に立つであろう問題も織り込み済みだったのだ。
 そのように連絡を入れてある。本当に申し訳ないけど、優先順位の問題だ。
 ここでこの選択が出来なかったら、いまこのときの俺は未来永劫の俺に呪われ続けるだろう。
 4年前の俺を、いまの俺が呪っているように。
 既に一度コケているんだ。後先あとさきなんて構っていられない。


 *────


 腕の中では、いまもカノンがうつらうつらとしている。
 半日前に壊れかけていたなど信じられないほど、安らかな寝顔。
 そこに、不安を押し殺したような影は落ちていない。
 どうやらカノンのなかにある衝動は、ひとまずは落ち着いたようだ。
 その様子に、ひとまずの安堵を得る。
 この場所にカノンを呼んで話をすることは、その場で思いついた一種の博打というか、苦し紛れの奇手ではあったのだが、結果だけ見れば妙手であったと言えなくもない。
 ほかにもいろいろ選択肢はあったんだが……この場所を選んでよかったと思う。

 省みて評価するに、今回の応急処置の流れは、一夜漬け……もとい2時間漬けにしては及第点を与えてよいだろう。
 もともと言葉による根治は無理だと考えていたのだ。
 根治ができない以上、とにかく彼女の傷口を塞ぐのを優先した対症療法の形を取った。
 それは一時しのぎ的な、しばらくの間しか持たない応急処置にすぎないけれど。
 彼女を逼迫ひっぱくしていた不安の幾つかが、一時的にでも晴れてくれたのなら、いまはそれでいい。

 それに、思いがけない収穫もあった。
 カノンは、変わろうとしている。変わりたいと思っている。
 彼女が抱いている変わりたいという願望は、さいわいにも、俺の目指している決着点ともうまいこと重なってくれそうに見える。
 変わらない、このままでいいという選択を彼女が望んでいた場合でも、無理やりこじ開けてやるくらいの覚悟はしていたが……この様子なら、その必要もないだろう。
 彼女と再会して以降、ながらく抱えていた懸念が晴れた。

 だから、あとは当初から予定していた機会が来るのを座して待つだけだ。
 1年後か、半年後か、1か月後か、はたまた明日かもわからないけれど。
 とにかくそれまでの間、彼女の心の安寧が維持されてくれればいい。


「ん、ぅ……」

 俺の胸に、瞑目したまま頬を寄せるカノンを見る。
 まどろんでいるだけで、起きてはいるようだ。
 ゆえに彼女は、無意識的にではなく、意識的にそうしている。
 ……この一日で、かなりたがが外れた印象がある。

 彼女の破綻を生んだ原因は、決して一つの単純なものではなかっただろう。
 変わってしまったように見える俺と、変われない自分への焦燥。
 そちらの線は、今回で多少は解消されたとは思う。
 彼女のうちにある衝動を無理やり押し込めることで、心にかかっていた負荷。
 そちらの線は、まだちょっと危うい。
 昨夜、あの亀裂の先に辿り着いてしまった彼女は、今もなお、その衝動を抱えているのだろうから。
「毒茸食べたかった」とか俺に打ち明けられるようになったことで、ちょっとはガス抜きできるようになっているといいのだが……どうだろうな。

 いっそ、しばらくはダイブインの時間を俺と完全に合わせてもらうか。
 それは俺への依存みたいなものなのだが……だからと言って、一度破綻したのを目の前で見ている手前、がんばれがんばれできるできると励まして放り出すのも疑念が残る。
 応援するのは簡単だが、頑張るのは俺ではないのだ。
 そして、頑張ってどうにかなる問題と、そうでない問題が存在する。
 彼女の問題に関しては、どう考えても後者だ。
 励されれば励されるほど、変われない自分を責めることになるだけだろう。
 そのようにして、彼女は破綻へと追い込まれたのだろうから。

 まぁ、それはカノンに聞いてみないと始まらない。
 カノンが時間を合わせたいというのならそうすればいいし、頑張るというのならそうさせればいい。
 俺は彼女の保護者でも医者でもカウンセラーでもないのだ。
 俺は彼女の、ただの、友だち―― ……って表現するのは、もはや難しいか。
 少なくとも、小夜の前で言ったら殺されるだろう。
 カノンの前でも、言わないほうが良いな。
 この距離感が友だちのそれだと思ってるやつがいるなら、そいつはたぶん……パーソナルスペースが驚くほど狭い、極めて社交的な人だと思う。デューオとか。

 俺は、ちがう。

 たぶん、カノンも。


 *────


 ところで。
 俺はずっと、それこそ最初の方から、思っていたのだが。

「くぅ、ぅ……んっ♪」

 俺の首の上と下を通して背後に回された、彼女の両腕。
 巻き付くように俺のももに絡みついてくる、彼女の両脚。
 首筋に埋められた彼女の顔の下、軽く食まれるような感触。
 腹部に合わせるようにしてこすられる、彼女のおなか。
 それらすべてが、薄っぺらなインナースーツ越しに伝えられる。
 喘ぐような、漏らすような、彼女の吐息。
 あつくて、やわらかくて、いい匂いがして――

(……う……ぎ、ぅ……)

 俺はいったいいつまでカノンの攻勢に耐えればいいんだ。
 どのあたりで、フルダイブシステムに叩き起こされるのか。
 ニューロノーツ先生、だいじょぶなのこれ?
 俺の理性はすでに崩壊寸前だが、まだ舞えるとでも言いたいのか。
 スパルタすぎる。さすがツンドラメイド・ニューロノーツ先生だ。
 それとも、あれか、昨日の夜、強制ダイブアウトがはたらかないように極限まで設定を弄繰り回したことへの当てつけか。
 完全に俺のせいおかげじゃねぇか。

 ハード側とは別に、ソフト側の対応も気になる。
 俺はいったいなにをすると見えない壁に弾き飛ばされるのか。
 なにをするとハラスメントブロックがはたらくのか。
 仮想端末のオプションにはそこに関連した設定項目が見当たらなかった。
 だが、それ自体が存在することは、確実だろう。
 それがないとプレイヤー間でいろいろ問題が起きるだろうから。

 前に抱えたり、うしろに背負ったりするのはいいだろう。
 人命救助とかで必要になるだろうしな。
 添い寝も、まぁぎりぎり許されていいだろう。
 狭いテントの中で身を寄せ合わないといけないこともあるだろうしな。
 だがカノンのこれは、明らかにオーバースキンシップではないか。
 俺が嫌がらなければ、なんでも許されるのか。
 これが許されるのなら、いったいどこまで許されるというんです?
 人命救助のための人工呼吸とかおっけーっぽい気がしませんか?
 行為者側の脳波で判定するなら、ある程度対応可能ではあるか。でも善意の悪人とかいるしな。
 あるいは被行為側の脳波で判定するにしても、睡眠中とか意識不明中とか、どうやって行為の許可不許可を判定しているのか、純粋に気になる。

 不安中のカノンの手前、俺が突然消えるなんてことは万が一にも許されなかったから、過度な接触は――それが必要だと思われたタイミング以外は――避けてきたのだが。
 そろそろ、あれだぞ。俺も壊れるぞ。
 単純に睡眠時間もやばいし、ディープ・ブルーによるブーストもとっくに切れている。
 いつなにを口走るか、気が気じゃないんだ。

 『ふく、ぬいで』

 あのときのカノンの声音はマジだった。
 本気すぎてあやうく呑まれかけた。
 あそこが理性面の戦いのクライマックスだったのはまちがいない。
 その後に肉体面の戦いが15回裏まで続いたわけだが。
 というか、防御力をゼロに落としてから攻撃をしてこないでくれカノンさん。
 それに、攻撃力を最大まで高めてから攻撃してこないでくれカノンさん。
 恐ろしい女だ。

 『フーガくんも……わたし、に。
  ――なに、しても、いい、よ?』

 ヤバい、思い出したらまた動悸が……ッ!


 *────


 胡乱げな思考を断ち切り、仄かに光る暗い天井を見る。
 そこには、セドナ・ブルーが咲いている。
 海色の結晶花。不死の花。
 それは、俺の頭のなかでずっと渦巻いていた、この世界に対する一つの仮説を裏付けるもの。
 カノンも、同じような考えに思い至っているだろうか。
 それとも、俺の考え過ぎだろうか。

 いつか、誰かと考察を交わしてみたいところだ。
 できれば、前作プレイヤーがいいのだけど。


 *────


「……カノン、そろそろ?」
「ぅ…… ――んっ」

 とりとめのない思索に耽ること、四半刻さんじゅっぷんほど。
 現実の時刻も、そろそろ正午に差し掛かった。
 そろそろセドナの夜も明けているだろう。
 こちらでも、朝6時くらいになるはずだ。

 うでの中でまどろむカノンに声を掛ける。
 もぞもぞと動くカノンは、既に覚醒してはいるようだ。
 彼女の気が済むまで自由にさせてあげたいところだが、そろそろ連続ダイブイン時間が9時間近くになる。
 なにか腹に入れないと、体調に支障を来たすだろう。
 フルダイブゲームは、現実の身体の健康がダイブインの前提条件だ。
 どんなにのめり込んでいるからと言って、現実の身体を疎かになどできはしない。

「……カノン?」
「……んっ、わかった」

 カノンからも、応答の言葉が返ってくる。
 返っては来るのだが。

「……。」

 背に回された手を、放してくれない。
 それどころか、きゅっと締めてくる。
 昨夜から繰り返していたように、身体をこすりつけてくる。
 インナースーツのみを纏った、やわらかな肢体を。

(……ぅ、ぐ……。)

 いかん、ここで心が折れれば三度寝コースだ。
 ここで落ちてしまうと、いよいよニューロノーツ先生の堪忍袋の緒が切れかねない。
 心頭滅却して、説得を試みる。……ダイスロール!

「カノン、いったん戻ろう。また、いつでも来られるから」
「……ほんと?」
「……おう。いいぞ」

 説得に使う言葉には細心の注意を払おう。
 言質を取られるぞ。GMゲームマスターとの約束だ。

「じゃあ、起きる……」
「よかった。……からだは大丈夫か?」
「ふわふわしてる……し……。おなかもすいた、かも……」
「たしかに、空きっ腹がひどいな」

 あと喉も乾いている。
 この空間に漂う胆礬の毒素も、多少なりとも身体に入り込んでいるだろう。
 ありていに言って、ひどい健康状態だ。

「よっし、とりあえず拠点に戻ろうか。帰って水飲もうぜ、水」
「んっ」

 片隅に放置しておいた、革装備を手早く身に着ける。
 凝り固まった腕や足も、簡単に伸ばしておく。
 カノンは……そういや、なにも持ってきてないんだったな。

「じゃ、帰りもまた背負ってくぞ。傷が開いたらよくないしな」
「ありが、と……。……んっ」

 背を向けると、カノンがしなだれるように巻き付いてくる。
 ……よし、行こうか。
 うしろに人を背負ってるんだ。
 ふらついたりするなよ、俺の足腰。

「ふく、じゃま」
「……勘弁してくれ」

 はやく正気に戻ってください。


 *────


「うぉっ、まぶし……」
「んっ……ちょっと、明るすぎ、る、かも……」
「目、つむっててもいいぞ」
「んっ。……ありがと」

 横穴から亀裂の道へと這い上り、そのまま北へ。
 そうして岩壁の裂け目から、ようやく外の世界へと出た。
 目を灼くのは、外の光、朝の光。
 目の前に広がる樹林帯からは、冷えて湿った空気が漂ってくる。
 ……雨は、完全に上がったようだな。
 これならセドナ川の心配もしなくていいだろう。
 増水はしているだろうが、氾濫まではするまい。

 岩場から降りて、樹林の中へ。
 このまま北に20分ほど歩けば、拠点に帰ることができる。


ザクっ ザクっ

 カノンを背負ったまま、朝もやのかかるカオリマツの樹林帯を歩く。
 何度も通った道だ。もはやマップを見るまでもない。
 ひんやりした冷気と、湿った腐葉土の匂いを感じる。
 雨上がりの朝方のキャンプ場を思い出す。落ち着く空気だ。

「……なぁ、カノン」
「んぅ?」

 背負ったカノンに声を掛ける。

「……しばらく、遊ぶ時間合わせるか?」
「……。」
「合わせてもいいし、合わせなくてもいい。
 この世界でやりたいことがあるなら、俺がいない間にやっていてもいい。
 あちこち歩きまわったり、ものを集めたり、ものを作ったり。
 技能を育てるのもいいし、使い方を試すのもいい。
 拠点でぼぅっとしててもいいし、寝ててもいい。
 毒茸食ってもいいし、飛んだっていい。
 なにをしたっていいんだ。ゲームなんだし」
「……。」
「でも、別に無理しなくてもいいんだぞ。
 俺がいないときに、無理しなくてもいい。
 俺がいるときだけ遊んでもいい。
 それが、カノンの望む、もっとも遊びやすいかたちなら」
「……うん。」
「マルチプレイしかやらんプレイヤーなんて幾らでもいるし、好きにしていいんだぞ。
 俺がカノンにいろいろ教えてたのは、カノンに一人で遊んでて欲しかったわけじゃなくて、一人で遊ぶこともできるっていう選択肢を呈示したかっただけだから」
「……うん。」
「どうする?」
「フーガくんと、一緒にやる」

 俺の問いに、迷いなく返される答え。
 どうやら、不安は晴れたようだ。

「おっけー。じゃあ、リアルで連絡取れるようにしとこうか。
 ダイブインする前から予定合わせとけばやりやすいだろ」
「……うんっ」

 そうして、拠点までの帰路を踏みしめていく。
 遠くに、見慣れた白い構造物が見える。

 永い夜は明け、冷たい雨はやみ。
 このセドナに、ようやく朝が来る。


『新しい技能を取得しました。(7)』
『新しい実績を取得しました。(3)』


 ただいま、マイホーム。

 ……今回のおかえりボイス、なんか多くない?
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