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一章
冒険の準備をしよう
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ここは惑星カレド、とある脱出ポッドの内部。
それは瞬きの間に行われた。
一角に設えられた二脚のアンティーク調の椅子の上に、
どこからともなくふっと現れた無数微小の青白い粒子が、
くるくると渦巻きながら、二つの人の形を形成する。
そんな青白いヒトガタに、
ぱりぱりと、どこかホログラフィックなエフェクトが覆いかぶさり、
そこに現れたのは――
*────
「……お、ぴったりだな」
「……ん、ぴったりだねっ」
意識の覚醒。
真っ白な視界のなかで、ぱりぱりと世界が急速に構成されていく。
俺からはそう見える。
俺以外のすべてからは、俺が虚空からそのように構成されていくように見えるだろう。
椅子に座った状態でこの世界に構成された俺の、右前。
そこには、俺と同じように構成されつつある、カノンが見える。
ダイブインのタイミングは、ぴったりだったようだ。
午後7時のゼロ分ゼロ秒に狙ってダイブインしたから……これはたぶん、偶然ではない。
「こんばんは、カノン」
「こんばんは、フーガくんっ」
今日の挨拶は、基本に立ち返ってシンプルに。
昼間にもらったカノンからのメッセージで、メッセージの基本を思い出させてもらった。
大切なことは、飾らずスパッと伝えよう。
誤魔化しも衒いも恥じらいも、そこには必要ない。
たまに彩りを添えるくらいでちょうどいい。
カノンの様子は……大丈夫そうだな。
顔色よし、表情よし、異常なし。
血色もいいし、体調は万全なようだ。
「よく眠れたか?」
「……ん、と。うとうとしてた」
「あー、こっちで眠ると向こうで眠れなくなるか」
カノンは6時間くらいは熟睡してたからな。
俺とちがって脳が眠る必要を訴えなかったのかもしれない。
「フーガくんは?」
「おかげさまですやすやよ。復活したぞぉ」
平日の昼間っから仕事サボって惰眠を貪って、その後ゲーム。
いい生活してんなァ、おい。
もちろんカノンには言わない。皮肉になっちゃう。
「さて、モンターナからの返事はどうかな?」
「……あ、来てるね」
仮想端末を展開、この拠点に届いているメッセージを確認する。
すると、モンターナからの新規メッセージがある。
そして、それ以外はない。
りんねる……。
「……うん、午後8時に例の丸太橋で待ち合わせ、ってことでいいみたいだな」
「あと1時間はある、よね」
「あの丸太橋までは……歩いて20分弱かな。
余裕を持つにしても、30分あれば十分だろ。
つまり残り30分が準備時間だな」
準備。
モンターナ曰く、ワンダラーとしての俺たちをご所望とのことだ。
つまり、俺たちがなにかを持っていくことは、特に期待されていないと見ていいだろう。
なにせ、ワンダラーとはテレポバグ常習者の異名。
テレポバグして死に戻るのが基本である以上、なにも持っていないのが普通だ。
……とはいえ、持たざる者をそこまで徹底しなくてもいいだろう。
モンターナの真意は、まだよくわからないところがある。
「なにか、持っていく?」
「うん、俺の方では3つ……いや、4つほど新しく用意したいものがある。
どれもイメージは固まってるから時間は取らせない。カノンはなにかある?」
「わたしは、特に、ないかな……?」
「じゃあ、製造装置を使わせてもらうぞ。
カノンは技能の選定とかしててもいいけど……せっかくだし、一緒に作る?」
「うんっ」
*────
今回作りたいものの1つ目は、前にも作った花崗岩の楔だ。
前回作った奴、かなり具合がよかったからな。
あれをちょっとだけ改良して、また作る。
用途は……いろいろ対応できるようにしておこう。
「また、くさび、作るの?」
「おう。カノンもいる?」
「……うんっ! わたしも、くさび、欲しい」
カノンも楔を気に入ってくれたようだ。楔はいいよな。
というわけで、以前の製造履歴を使ってパパっと作る。
棒手裏剣型、あるいはボールペン型のあれを、ぜんぶで7本。
「……あ、前より、滑りにくくなってる?」
「持ち手の側だけ樹脂でコーティングしてある」
1本だけ残っていたのと合わせて、これで花崗岩の楔は計8本。
カノンに2本。俺に6本を配分する。
「……形も、ちょっとだけ、前のとちがう?」
「いろいろ使えるようにな」
俺の方は、大きさもちょっとずつ変えてある。
花崗岩の塊は10kgほど取ってきてあるからな、湯水のように使える。
……あとで作りたい奴も花崗岩使うんだけど、足りるよな……?
*────
2つ目は、楔を収めておくためのホルダー、つまりスロットだ。
必要なときだけ太股に巻きつけるタイプが理想ではある。
だが……雑な仕事をすると、ホルダーが外れたり楔がすっぽ抜けたりするかもしれない。
いっそ、楔を収納できるスロットを縫い付けた革ズボンを一から作ってしまおう。
どうせ製造装置が1分で作ってくれる。
「……というわけでズボンを新調しました」
「……ふとももの外側に、細長いポケットが、増えてる?」
「この細いポケットに楔を刺しといて、必要なときにそこから抜く感じでどうだろう」
緊急時、咄嗟になんやかんやできるようにしておきたい。
どちらの手でも抜けるよう、右と左で3本ずつ、計6本挿せるようにしてある。
それ以上挿すと、重さで移動に差し支えそうだ。
「わたしも、つくったほうが良い?」
「ん、まぁ今回はいいんじゃないか。今回の俺の使用感を見てから決めても」
フルダイブでうまいことやれるかは未知数だな……。
たぶんうまく機能してくれるとは思うんだが……。
*────
作りたいものの3つめは、ロープ。
ここまで作らなかったのが不思議なくらいだが、露骨なサバイバルアクションをやる機会が、ここまでにあんまりなかったからな。
セドナは無人島というよりは避暑地。住みよい場所なのだ。
だが、こと冒険家のお誘いとあっては今回は作らざるを得ない。
冒険家とロープは切っても切り離せないだろう。
「革の、ロープ?」
「選べる素材の中では一番強度高そうだったからな。
これにもカオリマツの樹脂を練り込んであるぞ」
カオリマツの樹脂、八面六臂の大活躍だ。
滑り止めの用途は無限大だな。
「けっこう、長いね?」
「今回は12mにした」
実を言えば12mタイプは、経験上持て余すことが多い。
長ければいいというものでもないのだ。
だが……今回は用途が未定だからな。一応長めに作っておこう。
そうして製造装置の参考図そのままにできあがったロープは、赤褐色の革製。
パームやら棕櫚やらは流石に素材になかったが、綿製よりはマシだろう。
……なんというか、見た目がウォレットロープみたいだな。
革ズボンの装飾として似合いそう……。
「……そういやカノン、もやい結びの結び方教えるの、延びててすまんな」
「んっ、ふふっ。いまは、だいじょうぶ。
……帰ってきたら、教えてね?」
……あれ?
これフラグじゃないよな?
*────
作りたいものの4つ目。
ここまではさくさく作ってきたが、これはちょっとだけこだわりたい。
あと10分くらいは費やしてもいいはずだ。
時短のためにも、まずは製造装置の道具類タグから参考図を出してもらおう。
「……これ、ナイフ?」
「石のナイフだな」
ついに登場、サバイバル道具の代表格、ナイフだ。
ロープに並んで、こちらも冒険家の必需品だろう。
無人島に一つだけ持っていくなら、の常連でもある。
部分的には石斧を作ったときにも登場していたが、刃物として作るのは今回が初めてとなる。
「なにに、使う?」
「自然のなかのいろいろを切るのに使う。
楔は刺し穿つことはできるけど、切るのには向いてないからな」
蔦とか、根っことか、ロープとか皮とか。
自然の中には、素手では強度的にどうしようもないものがある。
それらに対応するためのものだ。
切断という選択肢が増えるだけでも、対応力がかなりちがう。
「カノンも持っといたほうが良いと思うけど、どうする?」
「……わかった、持っておく」
「護身用にも使えるからな。いざというときは……ごすっといけ、ごすっと」
「ごすっと」
緊急時におけるナイフは切るものではない。力任せに刺すものだ。
そのような使い方ができる形状にしておく必要がある。
となると、今回のタイプは……
「お、テンプレート・タイプの中にあるな。ラッキー」
「えっと……『ボウイナイフ』?」
「うん。実用性はばっちりだ。ちょっとおもしろい逸話もあるぞ」
バッファロー狩りに使ってたナイフが貧弱過ぎたから実用性重視で作り上げたらしい。
ボウイというのは最初にこのナイフを作った人の名前だ。やはり必要は発明の母だな。
サバイバルアイテムの中では、そこそこ有名なものだと思う。
……サバイバルナイフ?
あれはもともとボウイナイフが原型じゃなかったかな。どうだったかな……。
今回の用途は対自然であって、対動物ではない。
だから、そこまで大きくする必要はない。
……クリップポイントは10cmくらいにしとくか。
グリップハンドルも最低10cmは欲しいから、全長は……いや、長すぎるか……?
「フーガくん?」
「――はっ!? ……ありがと、カノン。あやうくまた没頭するところだった」
「ん、ふふっ。楽しそう、だね」
「この世界のものづくりって楽しいよなぁ。加工精度抜群だし」
つまり仕上がりも極上になるということだ。
なんか職人になった気分になれる。実際は素人だが。
「で、素材は……安定の花崗岩にしておこうかな。
硬さは石斧と楔で実証済みだし」
岩塩入り玄武岩の硬さをいまいち検証しきれてないというのもある。
元の玄武岩より硬くなってるのか? 脆くなってるのか?
岩石にしては珍しく未発見カテゴリだったし、面白い性質とかもあるかもしれない。
「ハンドル部分は合成革を巻きつけて、滑り止めもつけて……」
「……ふふっ」
そうして、できあがりました。
花崗岩製の、小型のボウイナイフ。
シャレて言うならグラナイト・ナイフだ。つよそう。
刃渡りが6cmを超えてるので銃刀法違反だが、惑星カレドは適用外だろう。
全長は20cmほど。
クリップポイント……つまり刃部分とハンドルがそれぞれ約10cmで全長のほぼすべてだ。
石刃の背の幅は、花崗岩の強度を信じて8mmとした。
10mmは取っておいたほうが良いのかもしれないが、軽量化のためだ。
カノンのものは、彼女の小さな手に合わせてハンドルを細くしてある。
重さは……600gくらいかな? もうちょっとあるかもしれない。
今回持っていく道具の中では一番重い。
一番頑丈さも求められるからやむを得ないだろう。
「……きれいな刀身……刀身?だね」
「花崗岩だからな。芸術点がお高い」
今回の花崗岩はちょっと黒目だ。
研磨された白黒斑の石刃は、照明にかざせば光を照り返す。
クリップポイントは、反り返った先端部分まで続いている。
つまり、振り下ろす角度さえ正しければ、この鋭利な刃で刺すことができる。
今回は刃をそこまで潰していない。
正しく切断するためのナイフだ。
石斧、楔に続いて、人を殺せる道具シリーズ第3弾。
取り扱いには気を付けよう。
「……鞘は、どうする?」
「今回は時間がないから、適当な革布を巻き付けて革袋に入れておこう」
「てきとうな、革布?」
「無限供給される革ベストとか」
ちょっと横着な使い方になるが、使えるもんは使わせてもらおう。
……あ、前回治療用の布がなくて困ったから、製造装置から布生地も拝借しておこうか。
風呂敷とか言ってただの綿布を出してもらおう。
少しくらいならバレへんバレへん。
*────
「……ごめん、カノン。さくさく作るつもりだったけど、ちょっと時間掛かっちゃった」
「んっ、まだだいじょうぶ。7時半まで、あと5分くらいある、から」
これはあんまり余裕が持てないかもな。
20分で着くと仮定して、20分前に出ることになりそうだ。
では、いよいよ最後の準備、技能スロットの選定に入ろう。
ある意味で、今回一番重要な準備作業だ。
ワンダラーとしての俺たちは、たぶんある程度の生存性を期待されているだろうから。
────────────────────────
【視覚強化】【握力強化】【疾走】【運搬】
【聴覚強化】【膂力強化】【投擲】【測量】
【嗅覚強化】【脚力強化】【登攀】【潜水】
【触覚強化】【危機感知】【跳躍】【受け身】
【装備換装】【旅歩き】【夜目】
【摘草】【伐採】【石工術】
【極限】【耐寒】【耐毒】【有毒】
────────────────────────
今のところ、俺が取得した技能はこれだけだ。
選べるのはこの中から5つまで。
さて――どれを選んでいくべきかな?
「じゃ、あとは技能スロットを整えて――
……っと、その前にカノンは着替えるだけ着替えとくといい。
その間に、こっちで道具の点検とか準備とかしておくから」
「んっ、わかった」
技能スロットの選定は、カノンと一緒に行った方がいいだろう。
今回は役割分担もしていきたいし。
「……ここで、着替えても、いい?」
「い、いいですよ?」
なんでそんなことを聞くんですか。
……洗浄室内で一人になるのが不安だから、とかではないよな。
今朝も一人で洗浄室使ってたし。
……いかん、過敏になっている。
心配し過ぎは思考の毒だ。切り替えていこう。
カノンの衣擦れの音を意識の端に聞きながら、道具の点検と準備を――
ぱさっ――
しゅっ―― すとんっ
……駄目だ、集中できない。
めっちゃ気になる。
人の着替える音ってなんでこんなに気になるんだろ。
でも、別に銭湯や温泉とかでは気にならないか。
異性だからか。女性だからか。
……いや。
カノンだから、だよな。
嗚呼――まったく、もう!
それは瞬きの間に行われた。
一角に設えられた二脚のアンティーク調の椅子の上に、
どこからともなくふっと現れた無数微小の青白い粒子が、
くるくると渦巻きながら、二つの人の形を形成する。
そんな青白いヒトガタに、
ぱりぱりと、どこかホログラフィックなエフェクトが覆いかぶさり、
そこに現れたのは――
*────
「……お、ぴったりだな」
「……ん、ぴったりだねっ」
意識の覚醒。
真っ白な視界のなかで、ぱりぱりと世界が急速に構成されていく。
俺からはそう見える。
俺以外のすべてからは、俺が虚空からそのように構成されていくように見えるだろう。
椅子に座った状態でこの世界に構成された俺の、右前。
そこには、俺と同じように構成されつつある、カノンが見える。
ダイブインのタイミングは、ぴったりだったようだ。
午後7時のゼロ分ゼロ秒に狙ってダイブインしたから……これはたぶん、偶然ではない。
「こんばんは、カノン」
「こんばんは、フーガくんっ」
今日の挨拶は、基本に立ち返ってシンプルに。
昼間にもらったカノンからのメッセージで、メッセージの基本を思い出させてもらった。
大切なことは、飾らずスパッと伝えよう。
誤魔化しも衒いも恥じらいも、そこには必要ない。
たまに彩りを添えるくらいでちょうどいい。
カノンの様子は……大丈夫そうだな。
顔色よし、表情よし、異常なし。
血色もいいし、体調は万全なようだ。
「よく眠れたか?」
「……ん、と。うとうとしてた」
「あー、こっちで眠ると向こうで眠れなくなるか」
カノンは6時間くらいは熟睡してたからな。
俺とちがって脳が眠る必要を訴えなかったのかもしれない。
「フーガくんは?」
「おかげさまですやすやよ。復活したぞぉ」
平日の昼間っから仕事サボって惰眠を貪って、その後ゲーム。
いい生活してんなァ、おい。
もちろんカノンには言わない。皮肉になっちゃう。
「さて、モンターナからの返事はどうかな?」
「……あ、来てるね」
仮想端末を展開、この拠点に届いているメッセージを確認する。
すると、モンターナからの新規メッセージがある。
そして、それ以外はない。
りんねる……。
「……うん、午後8時に例の丸太橋で待ち合わせ、ってことでいいみたいだな」
「あと1時間はある、よね」
「あの丸太橋までは……歩いて20分弱かな。
余裕を持つにしても、30分あれば十分だろ。
つまり残り30分が準備時間だな」
準備。
モンターナ曰く、ワンダラーとしての俺たちをご所望とのことだ。
つまり、俺たちがなにかを持っていくことは、特に期待されていないと見ていいだろう。
なにせ、ワンダラーとはテレポバグ常習者の異名。
テレポバグして死に戻るのが基本である以上、なにも持っていないのが普通だ。
……とはいえ、持たざる者をそこまで徹底しなくてもいいだろう。
モンターナの真意は、まだよくわからないところがある。
「なにか、持っていく?」
「うん、俺の方では3つ……いや、4つほど新しく用意したいものがある。
どれもイメージは固まってるから時間は取らせない。カノンはなにかある?」
「わたしは、特に、ないかな……?」
「じゃあ、製造装置を使わせてもらうぞ。
カノンは技能の選定とかしててもいいけど……せっかくだし、一緒に作る?」
「うんっ」
*────
今回作りたいものの1つ目は、前にも作った花崗岩の楔だ。
前回作った奴、かなり具合がよかったからな。
あれをちょっとだけ改良して、また作る。
用途は……いろいろ対応できるようにしておこう。
「また、くさび、作るの?」
「おう。カノンもいる?」
「……うんっ! わたしも、くさび、欲しい」
カノンも楔を気に入ってくれたようだ。楔はいいよな。
というわけで、以前の製造履歴を使ってパパっと作る。
棒手裏剣型、あるいはボールペン型のあれを、ぜんぶで7本。
「……あ、前より、滑りにくくなってる?」
「持ち手の側だけ樹脂でコーティングしてある」
1本だけ残っていたのと合わせて、これで花崗岩の楔は計8本。
カノンに2本。俺に6本を配分する。
「……形も、ちょっとだけ、前のとちがう?」
「いろいろ使えるようにな」
俺の方は、大きさもちょっとずつ変えてある。
花崗岩の塊は10kgほど取ってきてあるからな、湯水のように使える。
……あとで作りたい奴も花崗岩使うんだけど、足りるよな……?
*────
2つ目は、楔を収めておくためのホルダー、つまりスロットだ。
必要なときだけ太股に巻きつけるタイプが理想ではある。
だが……雑な仕事をすると、ホルダーが外れたり楔がすっぽ抜けたりするかもしれない。
いっそ、楔を収納できるスロットを縫い付けた革ズボンを一から作ってしまおう。
どうせ製造装置が1分で作ってくれる。
「……というわけでズボンを新調しました」
「……ふとももの外側に、細長いポケットが、増えてる?」
「この細いポケットに楔を刺しといて、必要なときにそこから抜く感じでどうだろう」
緊急時、咄嗟になんやかんやできるようにしておきたい。
どちらの手でも抜けるよう、右と左で3本ずつ、計6本挿せるようにしてある。
それ以上挿すと、重さで移動に差し支えそうだ。
「わたしも、つくったほうが良い?」
「ん、まぁ今回はいいんじゃないか。今回の俺の使用感を見てから決めても」
フルダイブでうまいことやれるかは未知数だな……。
たぶんうまく機能してくれるとは思うんだが……。
*────
作りたいものの3つめは、ロープ。
ここまで作らなかったのが不思議なくらいだが、露骨なサバイバルアクションをやる機会が、ここまでにあんまりなかったからな。
セドナは無人島というよりは避暑地。住みよい場所なのだ。
だが、こと冒険家のお誘いとあっては今回は作らざるを得ない。
冒険家とロープは切っても切り離せないだろう。
「革の、ロープ?」
「選べる素材の中では一番強度高そうだったからな。
これにもカオリマツの樹脂を練り込んであるぞ」
カオリマツの樹脂、八面六臂の大活躍だ。
滑り止めの用途は無限大だな。
「けっこう、長いね?」
「今回は12mにした」
実を言えば12mタイプは、経験上持て余すことが多い。
長ければいいというものでもないのだ。
だが……今回は用途が未定だからな。一応長めに作っておこう。
そうして製造装置の参考図そのままにできあがったロープは、赤褐色の革製。
パームやら棕櫚やらは流石に素材になかったが、綿製よりはマシだろう。
……なんというか、見た目がウォレットロープみたいだな。
革ズボンの装飾として似合いそう……。
「……そういやカノン、もやい結びの結び方教えるの、延びててすまんな」
「んっ、ふふっ。いまは、だいじょうぶ。
……帰ってきたら、教えてね?」
……あれ?
これフラグじゃないよな?
*────
作りたいものの4つ目。
ここまではさくさく作ってきたが、これはちょっとだけこだわりたい。
あと10分くらいは費やしてもいいはずだ。
時短のためにも、まずは製造装置の道具類タグから参考図を出してもらおう。
「……これ、ナイフ?」
「石のナイフだな」
ついに登場、サバイバル道具の代表格、ナイフだ。
ロープに並んで、こちらも冒険家の必需品だろう。
無人島に一つだけ持っていくなら、の常連でもある。
部分的には石斧を作ったときにも登場していたが、刃物として作るのは今回が初めてとなる。
「なにに、使う?」
「自然のなかのいろいろを切るのに使う。
楔は刺し穿つことはできるけど、切るのには向いてないからな」
蔦とか、根っことか、ロープとか皮とか。
自然の中には、素手では強度的にどうしようもないものがある。
それらに対応するためのものだ。
切断という選択肢が増えるだけでも、対応力がかなりちがう。
「カノンも持っといたほうが良いと思うけど、どうする?」
「……わかった、持っておく」
「護身用にも使えるからな。いざというときは……ごすっといけ、ごすっと」
「ごすっと」
緊急時におけるナイフは切るものではない。力任せに刺すものだ。
そのような使い方ができる形状にしておく必要がある。
となると、今回のタイプは……
「お、テンプレート・タイプの中にあるな。ラッキー」
「えっと……『ボウイナイフ』?」
「うん。実用性はばっちりだ。ちょっとおもしろい逸話もあるぞ」
バッファロー狩りに使ってたナイフが貧弱過ぎたから実用性重視で作り上げたらしい。
ボウイというのは最初にこのナイフを作った人の名前だ。やはり必要は発明の母だな。
サバイバルアイテムの中では、そこそこ有名なものだと思う。
……サバイバルナイフ?
あれはもともとボウイナイフが原型じゃなかったかな。どうだったかな……。
今回の用途は対自然であって、対動物ではない。
だから、そこまで大きくする必要はない。
……クリップポイントは10cmくらいにしとくか。
グリップハンドルも最低10cmは欲しいから、全長は……いや、長すぎるか……?
「フーガくん?」
「――はっ!? ……ありがと、カノン。あやうくまた没頭するところだった」
「ん、ふふっ。楽しそう、だね」
「この世界のものづくりって楽しいよなぁ。加工精度抜群だし」
つまり仕上がりも極上になるということだ。
なんか職人になった気分になれる。実際は素人だが。
「で、素材は……安定の花崗岩にしておこうかな。
硬さは石斧と楔で実証済みだし」
岩塩入り玄武岩の硬さをいまいち検証しきれてないというのもある。
元の玄武岩より硬くなってるのか? 脆くなってるのか?
岩石にしては珍しく未発見カテゴリだったし、面白い性質とかもあるかもしれない。
「ハンドル部分は合成革を巻きつけて、滑り止めもつけて……」
「……ふふっ」
そうして、できあがりました。
花崗岩製の、小型のボウイナイフ。
シャレて言うならグラナイト・ナイフだ。つよそう。
刃渡りが6cmを超えてるので銃刀法違反だが、惑星カレドは適用外だろう。
全長は20cmほど。
クリップポイント……つまり刃部分とハンドルがそれぞれ約10cmで全長のほぼすべてだ。
石刃の背の幅は、花崗岩の強度を信じて8mmとした。
10mmは取っておいたほうが良いのかもしれないが、軽量化のためだ。
カノンのものは、彼女の小さな手に合わせてハンドルを細くしてある。
重さは……600gくらいかな? もうちょっとあるかもしれない。
今回持っていく道具の中では一番重い。
一番頑丈さも求められるからやむを得ないだろう。
「……きれいな刀身……刀身?だね」
「花崗岩だからな。芸術点がお高い」
今回の花崗岩はちょっと黒目だ。
研磨された白黒斑の石刃は、照明にかざせば光を照り返す。
クリップポイントは、反り返った先端部分まで続いている。
つまり、振り下ろす角度さえ正しければ、この鋭利な刃で刺すことができる。
今回は刃をそこまで潰していない。
正しく切断するためのナイフだ。
石斧、楔に続いて、人を殺せる道具シリーズ第3弾。
取り扱いには気を付けよう。
「……鞘は、どうする?」
「今回は時間がないから、適当な革布を巻き付けて革袋に入れておこう」
「てきとうな、革布?」
「無限供給される革ベストとか」
ちょっと横着な使い方になるが、使えるもんは使わせてもらおう。
……あ、前回治療用の布がなくて困ったから、製造装置から布生地も拝借しておこうか。
風呂敷とか言ってただの綿布を出してもらおう。
少しくらいならバレへんバレへん。
*────
「……ごめん、カノン。さくさく作るつもりだったけど、ちょっと時間掛かっちゃった」
「んっ、まだだいじょうぶ。7時半まで、あと5分くらいある、から」
これはあんまり余裕が持てないかもな。
20分で着くと仮定して、20分前に出ることになりそうだ。
では、いよいよ最後の準備、技能スロットの選定に入ろう。
ある意味で、今回一番重要な準備作業だ。
ワンダラーとしての俺たちは、たぶんある程度の生存性を期待されているだろうから。
────────────────────────
【視覚強化】【握力強化】【疾走】【運搬】
【聴覚強化】【膂力強化】【投擲】【測量】
【嗅覚強化】【脚力強化】【登攀】【潜水】
【触覚強化】【危機感知】【跳躍】【受け身】
【装備換装】【旅歩き】【夜目】
【摘草】【伐採】【石工術】
【極限】【耐寒】【耐毒】【有毒】
────────────────────────
今のところ、俺が取得した技能はこれだけだ。
選べるのはこの中から5つまで。
さて――どれを選んでいくべきかな?
「じゃ、あとは技能スロットを整えて――
……っと、その前にカノンは着替えるだけ着替えとくといい。
その間に、こっちで道具の点検とか準備とかしておくから」
「んっ、わかった」
技能スロットの選定は、カノンと一緒に行った方がいいだろう。
今回は役割分担もしていきたいし。
「……ここで、着替えても、いい?」
「い、いいですよ?」
なんでそんなことを聞くんですか。
……洗浄室内で一人になるのが不安だから、とかではないよな。
今朝も一人で洗浄室使ってたし。
……いかん、過敏になっている。
心配し過ぎは思考の毒だ。切り替えていこう。
カノンの衣擦れの音を意識の端に聞きながら、道具の点検と準備を――
ぱさっ――
しゅっ―― すとんっ
……駄目だ、集中できない。
めっちゃ気になる。
人の着替える音ってなんでこんなに気になるんだろ。
でも、別に銭湯や温泉とかでは気にならないか。
異性だからか。女性だからか。
……いや。
カノンだから、だよな。
嗚呼――まったく、もう!
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罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
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