102 / 148
一章
冒険家の願い
しおりを挟む
ゲーム開始から7日目。
ここは惑星カレドはセドナ、この地の時刻は午前10時前。
天気は、薄い雲が微かに棚引く快晴の青。
昨夜の雨の気配は、もうどこにもない。
絶好の探索日和だ。
南の樹林を抜けて、ほんのりと湿気を纏った涼し気な風が吹く。
いつか、これは南の山からの颪かと思ったけれど。
この風は、セドナの外側から吹く、この惑星の空を遥か渡ってきた風かもしれない。
その風を胸いっぱいに吸い込めば、ひんやりと気道を冷やす、森の匂い――腐葉土と、カオリマツの香り。
「準備完了、かな?」
「うんっ」
脱出ポッドの外で、カノンと最後の確認をする。
道具よし、装備よし、食料と水よし。
技能スロットよし、オプション設定よし。
忘れ物はないかな?
あっても別にどうにでもなるだろうけど、せっかく作ったものを忘れていくのはつまらない。
「よし、では出発っ!」
「おーっ!」
*────
仮想端末を展開、現在時刻を確認。
ただいまの時刻、19:41。
「ちょっと急いだほうが、いい?」
「あと20分はあるし、悠長に歩いても大丈夫……だと思う」
川まで東に15分、そこから南に1、2分だったからな。
特にトラブルがなければ急がなくても間に合うだろう。
「でも、フーガくん。いま、【旅歩き】ないけど、だいじょうぶかな」
「たしかにな。ちょっとだけ、早め意識で行こうか」
でも、旅歩きがなかった初日時点でも川からここまで10分くらいだったよな。
いまくらいの習熟度なら、【旅歩き】の有無で露骨に差が出ることはないのだろう。
めいびー。
拠点から川までの、すっかり歩きなれた樹林の小道を歩いていく。
特に目印などはつけていないが、そろそろ樹の個体識別ができそうだ。
あの微妙に腰をくねらせてるやつ、妙な愛嬌があるんだよな……。
「……食料、どうすっかなぁ」
「きょーじゅから、連絡ないもんね」
「あの人、今朝までの大雨のときもダイブインしてたのかな。
いったん調査に区切りをつけたのなら、そのタイミングで思い出してくれそうだけど」
「いまは疲れて寝てる、とか」
「ありえる……」
とりとめのない雑談に興じながら、東へ進む。
ときおり仮想端末で時刻を確認するが、徒歩のままで特に問題はなさそうだ。
「そういえば、うけ、だいじょうぶかな?」
「あー、残念だが流されてると思うぞ。
昨日の時点で川、かなり増水してたから」
「えっ……いい、の?」
「総天然素材だし、自然を汚すことはないだろう。
それに、すぐにまた作れるしな。おーけーおーけー」
「じゃあ、また、作る?」
「また作ろうか。あのウナギモドキ、美味かったよなぁ」
「んっ、また食べたい」
そろそろ、まともな料理にも手を出してもいいかもしれん。
竈とか作って、火を――起こすのってどうするんだろ。
サバイバル的な火おこしもできなくはないが、流石に毎回やるのは疲れる。
ライター、マッチ、火打石……たぶん、そのあたりからかな。
手動でカチカチやるんじゃなくて、なんか着火ツール的なものを作れないだろうか。
着火道具さえあれば、あとは樹脂と木材で焚き付けを作るなりなんなり、どうとでもなりそうだ。
「バーベキューとかやりたいな」
「ばーべきゅー」
「魚の塩焼きをメインディッシュにして、あとは適当に……。
野菜も欲しいなぁ、サラダ的な……」
「誰か、誘う?」
「うまいことバーベキューセットが揃ったら、いいかもしれんな。
でも、俺たちのフレンドに限定しなくてもいいんじゃないか。
『バーベキューやるから食材持ってきてくれ』とか広く言えば、けっこう人集まりそう」
「ちょっと、楽しそう」
そこで、食材を含めた情報の交換会でもやれば、一気に情報も集まるだろう。
プレイヤー同士の交友も密になるし、いいことづくめだ。
「カノンって、公式の情報掲示板とか、見てる?
各着陸地点ごとのコミュニティとかあるらしいけど」
「あるのは知ってる、けど。見てない」
「俺も見てないんだよなぁ。BBQやるときはそこに書き込むか」
現状、俺たちはかなりソロプレイ気味のスタイルだ。
膨大なプレイ時間で誤魔化してはきたが、情報の集まりは遅い。
なにせ、数万人というプレイヤーが総当たりで情報を集めているのだ。
俺たちが人の数倍プレイしたところで、追いつけるはずもない。
……まぁ、追いつこうとしていないだけなんだが。
別に誰かと競うゲームでもなし。ゆっくりやればいい。
とはいえ、美味しい情報をつまみ食いするのに悪いこともない。
ネットによる情報収集もそのうち解禁するつもりではある。
「……まだまだ、序盤も序盤だなぁ」
だが、序盤の楽しみは序盤にしか味わえない。
どうのつるぎを手にした時の喜びは、序盤にしか味わえないのだ。
いまこの時間の楽しみを、大切にしていこう。
「ふふっ、さきは長い、ね」
「ああ。……さきは、長い」
この時間の、楽しみを。
*────
サァァァァ――
少しのにごりを湛えて、それでも日の光を受けて輝きを返すセドナ川の水面。
川を渡る冷ややかな風。川の向こう側に見える、広葉樹の樹林。
……このあたりの景色も、すっかり見慣れたものだ。
テレポバグから死に戻りした俺が、最初に叩き落された場所。
カノンと再会した場所。
このあたりに特に何があるというわけでもないが、思い入れのある場所になりつつある。
川面を見れば、水位の上昇は……うん、前に見た時よりも進んでいるな。
「すごい、水、増えてるね」
「昨日の夜も見に来たんだが……そこから、50cmくらい上がったかな?」
増水前の水位から、1.5mほど増えているということだ。
それでも、まだ土手の高さには余裕がある。
ちょっと激しい雨くらいでは、この川は氾濫しないらしい。
ありがたいことだ。あの程度の雨量で毎回冠水されてはたまらない。
「モンターナさんの橋、だいじょうぶかな」
「たぶん大丈夫だぞ、土手の上に掛かってるわけだし」
ちらりと時刻を確認すれば、19:56の文字。
……うん、なんとか約束の時間までに着けそうだ。
「じゃ、モンターナに会いに行くとしますか」
「んっ」
前に会ったのは日曜日だったから……三日ぶりか。
元気してるかな?
平時よりも荒い音を立てる川に沿って、南へ。
すぐに、川を横断するようにして渡された、一本の丸太が見えてくる。
その対岸に立つ、一人の男の姿。
その男はこちらを見ていたようで、俺たちに向けて大きく手を振ってくれる。
どうやら元気そうだ。こちらも手を振り返して、叫ぶ。
「よっ、モンターナ!」
まだ遠くに見えるかれの表情は、よく見えない。
だが、なんとなく。
その顔には、あの意味深な笑みが浮かんでいるのだろう、と。
さぁ、冒険家に逢いに行こう。
*────
「よぅ、モンターナ! 3日ぶりだな」
「こんにちは、こんばんは? モンターナ、さん」
いつかのように丸太橋を渡り、対岸へ渡った俺たちを、モンターナが出迎えてくれる。
その出で立ちは……いろいろ変わってるな?
「こんにちは、フーガ。こんばんは、カノン。元気そうでなによりだ」
目深に被られた、革製のテンガロンハットは変わらず。
首元に巻かれた、深緑色のスカーフ。
薄灰色のカッターシャツの上に、若草色のジャケット。
草臥れた灰色のズボンに、渋い意匠の革のベルト。
ベルトに取り付けられたナイフのホルスターに、色褪せたロープ。
それに加えて、肩に斜めに掛けられた革のバッグ。
その出で立ちは、まさに――
「ちょっと見ない間に……ずいぶん冒険家してんなぁ」
「『いぬ』のときと、いっしょの服?」
「おっと、ありがとう、カノン。覚えていてくれたのは嬉しい。
わたしなりにこだわった、かなり思い入れのあるファッションだからね。
いまある素材で、頑張って再現してみたんだ。……張りぼてだけどね」
あの有名な冒険家が、映画からそのまま抜け出してきたかのような。
その装いは、人々が夢想する冒険家という存在を具象化したかのようだ。
いっしょに冒険するだけで、大冒険ができそうな。
……かたちから入るって、大事だよな。
前作でもお馴染みだったモンターナのこの格好は、冒険家と言えばあの人の服装と、モンターナの名前のあやかり元の服装を、彼なりに組み合わせて纏ったオリジナルファッションであるらしい。
名前のあやかり元の方は思い至らなかったのでかつて調べたことがあるのだが、どうもかなり昔のテレビアニメのキャラクターであるようだ。
まちがいなく名作なのに円盤が出ないんだ、とモンターナは嘆いていた。
……なんで出ないんだろう。
「3日ほど見なかったが……二人とも、壮健だったか?」
「いろいろあった、な……。なぁ、カノン」
「んっ。いっぱい、あったねっ」
「……おや、これは聞くのは野暮というやつかな」
「ちげーし。製造しまくったりしてただけだし」
りんねるの時のように突っ込まれてカノンに飛び火する前に、軽く否定しておこう。
いまのカノンは、なんかこう、ぬるっと口が滑りそうだし。
口が滑らずとも喜色満面で、なにかいいことがあったのだろうということがモロバレる。
「……そういや、モンターナ。りんねるのこと、ありがとな。無事に逢えたよ」
「自分が言うのもなんだが、あれだけの情報で、よくぞ逢えたな」
「はは、は……なかなか衝撃的な出逢いだった、かな……。
あのあたりでふらついてたら上流からりんねるが流れてきてなぁ」
「……待て。なにか状況がおかしくないか」
「おかしいんだよなぁ」
おかしいけど、りんねるだしなぁ。
あの人のやることにいちいちツッコミを入れていると身が持たない。
「ま、その辺は話のタネとして、おいおい話していけばいいだろ。
ゆっくり語らいたいところだけど、今回はそれが本題じゃないんだろ?」
じっくりと語らう機会も、いずれは設けたいところだが。
今回は、明確な目的があるようだからな。
既に時刻は夜8時、場合によってはあまり悠長にしていないほうが良いだろう。
……関係ないんだけどさ。
テーブルトークゲームって、大抵想定した時間通りに終わらないよな。
ボードゲーム全般にも言えることだけど、大抵の場合、想定時間の2倍は見ておいたほうが良い。
つまりモンターナが3時間くらいで終わるだろうと考えている場合は、6時間くらい掛かるものと思っておいたほうが良いのだ。
そっちの方が、想定時間を過ぎてしまった後でも、心に余裕が出る。
「おっと、そうだったな。
せっかく二人が、平日の夜に時間をつくって来てくれたんだ。
友誼の語らいはおいおいしていくとして、本題に入ろうか」
今日は仕事を休んでぐだぐだしていました、などと言えようはずもない。
無言の首肯を以て、モンターナに言葉を促す。
「……ここから南東方面に30分ほど歩いた場所。
セドナの南を、東西にゆるやかな円弧を描いて走る岩壁の一部。
そのあたりに、奇妙なものを発見した」
「奇妙な、もの?」
「ああ、カノン。それは、奇妙としか言いようのない――場所だ」
なにか、引っかかる物言いだな。
奇妙なものと言ったり、奇妙な場所と言ったり。
どうやらある程度の広がりを持つものであるらしい。
「実は私は、その場所に、ほんの一歩だけではあるが、踏み入っている。
正確には、その場所の外観だけは見られる場所まで踏み入った。
だが、その場所でなにかしらの神秘を目撃する前に、撤退した」
「撤退?」
あのモンターナが?
「ああ。それにはいくつか理由があるが――
そのもっとも大きな理由は、踏み入ったとき、次のように感じたことだ。
この場所は、私だけで冒険するべき場所ではない、と。
この場所のことは、私以外の誰かとともに、吟味されるべきである、と。
そう――感じた。
つまり私は、その場所のことを一人で評価したくなかったのだ。
そうして、独りよがりの結論を出したくなかった。
その場所について、意見を交わせる仲間が欲しかった。
その仲間と共に、その場所を吟味したかったのだ」
……。
「別の理由を言えば、わたしの単なるこだわりだ。
とくに、フーガ。君にはわかるんじゃないか。
神秘というのは、最初の一度がもっとも味わい深い。
たった一度の冒険をこそ、もっとも大切にするべきなんだ」
それはいつか、俺が思ったこと。
二度と来られるかわからない場所との、たった一度の出逢い。
それこそは、テレポバグの神髄。
それこそが、ワンダリング・トラベルの真骨頂。
「私は、冒険家でありたい。
私は、私が見つけたあの場所を冒険したいんだ。
できるならば、たったの一度で、そのすべてを見通してしまいたい。
少なくとも、その確信が得られるほどの深淵までは到達したい。
その場所に気軽に立ち入って、適当に調査して、適当なところで切り上げて。
何度も何度も繰り返し調査して、徐々に知識を溜めていく。
それは研究調査の基本であり、大事な手法ではあるが……心躍る冒険ではない。
わたしは、今回の一度の冒険に、全力を尽くしたいんだ。
「とはいえ……私一人では、それは難しいだろう。
私が一人で見られるものには限りがある。
私が一人でできることにも限りがある。
あの著名な冒険家といえども、いつでも一人ですべてを成してきたわけではない。
冒険を支えてくれる同行者がいた。
苦楽を共にしてくれる仲間がいた。
だから、私も、私と共に本気で冒険に臨んでくれる仲間が欲しい。
だから、君たちに声を掛けたんだ。
ワンダラーである君たちに。
私のよく知る君たちとともに、あの場所を冒険したい。
「冒険とは、危険を冒すこと。
未知に飛び込むということ。
行く手には危険が待ち受け、迫りくる死に抗わねばならないこともある。
そんなときに、君たちならば、抗ってくれる。
どうせここはゲームだからと、あきらめないでくれる。
最後まで私と、冒険してくれる。
私は君たちこそが、真の冒険家であると、そう思う。
ゆえに――これは、冒険家を自称するモンターナから。
私が認める冒険家であるフーガとカノンへのお誘いだ。
「一緒に、この星の神秘を、見に行こう。
私たちならば――それができる」
……。
…………ああ、もう。
「カノン?」
「うんっ」
互いの了承は、いらない。
「誘ってくれてありがとう、モンターナ。
行こうか。この星の神秘を、解き明かしに」
「んっ! よろしく、おねがいしますっ!」
そんな俺たちの返事を聞いた、自称冒険家は。
なにも言うことなく。いつかのように。
ただ、にやり、と強い笑みを浮かべた。
やはり……この男とのロールプレイは、愉しい。
ここは惑星カレドはセドナ、この地の時刻は午前10時前。
天気は、薄い雲が微かに棚引く快晴の青。
昨夜の雨の気配は、もうどこにもない。
絶好の探索日和だ。
南の樹林を抜けて、ほんのりと湿気を纏った涼し気な風が吹く。
いつか、これは南の山からの颪かと思ったけれど。
この風は、セドナの外側から吹く、この惑星の空を遥か渡ってきた風かもしれない。
その風を胸いっぱいに吸い込めば、ひんやりと気道を冷やす、森の匂い――腐葉土と、カオリマツの香り。
「準備完了、かな?」
「うんっ」
脱出ポッドの外で、カノンと最後の確認をする。
道具よし、装備よし、食料と水よし。
技能スロットよし、オプション設定よし。
忘れ物はないかな?
あっても別にどうにでもなるだろうけど、せっかく作ったものを忘れていくのはつまらない。
「よし、では出発っ!」
「おーっ!」
*────
仮想端末を展開、現在時刻を確認。
ただいまの時刻、19:41。
「ちょっと急いだほうが、いい?」
「あと20分はあるし、悠長に歩いても大丈夫……だと思う」
川まで東に15分、そこから南に1、2分だったからな。
特にトラブルがなければ急がなくても間に合うだろう。
「でも、フーガくん。いま、【旅歩き】ないけど、だいじょうぶかな」
「たしかにな。ちょっとだけ、早め意識で行こうか」
でも、旅歩きがなかった初日時点でも川からここまで10分くらいだったよな。
いまくらいの習熟度なら、【旅歩き】の有無で露骨に差が出ることはないのだろう。
めいびー。
拠点から川までの、すっかり歩きなれた樹林の小道を歩いていく。
特に目印などはつけていないが、そろそろ樹の個体識別ができそうだ。
あの微妙に腰をくねらせてるやつ、妙な愛嬌があるんだよな……。
「……食料、どうすっかなぁ」
「きょーじゅから、連絡ないもんね」
「あの人、今朝までの大雨のときもダイブインしてたのかな。
いったん調査に区切りをつけたのなら、そのタイミングで思い出してくれそうだけど」
「いまは疲れて寝てる、とか」
「ありえる……」
とりとめのない雑談に興じながら、東へ進む。
ときおり仮想端末で時刻を確認するが、徒歩のままで特に問題はなさそうだ。
「そういえば、うけ、だいじょうぶかな?」
「あー、残念だが流されてると思うぞ。
昨日の時点で川、かなり増水してたから」
「えっ……いい、の?」
「総天然素材だし、自然を汚すことはないだろう。
それに、すぐにまた作れるしな。おーけーおーけー」
「じゃあ、また、作る?」
「また作ろうか。あのウナギモドキ、美味かったよなぁ」
「んっ、また食べたい」
そろそろ、まともな料理にも手を出してもいいかもしれん。
竈とか作って、火を――起こすのってどうするんだろ。
サバイバル的な火おこしもできなくはないが、流石に毎回やるのは疲れる。
ライター、マッチ、火打石……たぶん、そのあたりからかな。
手動でカチカチやるんじゃなくて、なんか着火ツール的なものを作れないだろうか。
着火道具さえあれば、あとは樹脂と木材で焚き付けを作るなりなんなり、どうとでもなりそうだ。
「バーベキューとかやりたいな」
「ばーべきゅー」
「魚の塩焼きをメインディッシュにして、あとは適当に……。
野菜も欲しいなぁ、サラダ的な……」
「誰か、誘う?」
「うまいことバーベキューセットが揃ったら、いいかもしれんな。
でも、俺たちのフレンドに限定しなくてもいいんじゃないか。
『バーベキューやるから食材持ってきてくれ』とか広く言えば、けっこう人集まりそう」
「ちょっと、楽しそう」
そこで、食材を含めた情報の交換会でもやれば、一気に情報も集まるだろう。
プレイヤー同士の交友も密になるし、いいことづくめだ。
「カノンって、公式の情報掲示板とか、見てる?
各着陸地点ごとのコミュニティとかあるらしいけど」
「あるのは知ってる、けど。見てない」
「俺も見てないんだよなぁ。BBQやるときはそこに書き込むか」
現状、俺たちはかなりソロプレイ気味のスタイルだ。
膨大なプレイ時間で誤魔化してはきたが、情報の集まりは遅い。
なにせ、数万人というプレイヤーが総当たりで情報を集めているのだ。
俺たちが人の数倍プレイしたところで、追いつけるはずもない。
……まぁ、追いつこうとしていないだけなんだが。
別に誰かと競うゲームでもなし。ゆっくりやればいい。
とはいえ、美味しい情報をつまみ食いするのに悪いこともない。
ネットによる情報収集もそのうち解禁するつもりではある。
「……まだまだ、序盤も序盤だなぁ」
だが、序盤の楽しみは序盤にしか味わえない。
どうのつるぎを手にした時の喜びは、序盤にしか味わえないのだ。
いまこの時間の楽しみを、大切にしていこう。
「ふふっ、さきは長い、ね」
「ああ。……さきは、長い」
この時間の、楽しみを。
*────
サァァァァ――
少しのにごりを湛えて、それでも日の光を受けて輝きを返すセドナ川の水面。
川を渡る冷ややかな風。川の向こう側に見える、広葉樹の樹林。
……このあたりの景色も、すっかり見慣れたものだ。
テレポバグから死に戻りした俺が、最初に叩き落された場所。
カノンと再会した場所。
このあたりに特に何があるというわけでもないが、思い入れのある場所になりつつある。
川面を見れば、水位の上昇は……うん、前に見た時よりも進んでいるな。
「すごい、水、増えてるね」
「昨日の夜も見に来たんだが……そこから、50cmくらい上がったかな?」
増水前の水位から、1.5mほど増えているということだ。
それでも、まだ土手の高さには余裕がある。
ちょっと激しい雨くらいでは、この川は氾濫しないらしい。
ありがたいことだ。あの程度の雨量で毎回冠水されてはたまらない。
「モンターナさんの橋、だいじょうぶかな」
「たぶん大丈夫だぞ、土手の上に掛かってるわけだし」
ちらりと時刻を確認すれば、19:56の文字。
……うん、なんとか約束の時間までに着けそうだ。
「じゃ、モンターナに会いに行くとしますか」
「んっ」
前に会ったのは日曜日だったから……三日ぶりか。
元気してるかな?
平時よりも荒い音を立てる川に沿って、南へ。
すぐに、川を横断するようにして渡された、一本の丸太が見えてくる。
その対岸に立つ、一人の男の姿。
その男はこちらを見ていたようで、俺たちに向けて大きく手を振ってくれる。
どうやら元気そうだ。こちらも手を振り返して、叫ぶ。
「よっ、モンターナ!」
まだ遠くに見えるかれの表情は、よく見えない。
だが、なんとなく。
その顔には、あの意味深な笑みが浮かんでいるのだろう、と。
さぁ、冒険家に逢いに行こう。
*────
「よぅ、モンターナ! 3日ぶりだな」
「こんにちは、こんばんは? モンターナ、さん」
いつかのように丸太橋を渡り、対岸へ渡った俺たちを、モンターナが出迎えてくれる。
その出で立ちは……いろいろ変わってるな?
「こんにちは、フーガ。こんばんは、カノン。元気そうでなによりだ」
目深に被られた、革製のテンガロンハットは変わらず。
首元に巻かれた、深緑色のスカーフ。
薄灰色のカッターシャツの上に、若草色のジャケット。
草臥れた灰色のズボンに、渋い意匠の革のベルト。
ベルトに取り付けられたナイフのホルスターに、色褪せたロープ。
それに加えて、肩に斜めに掛けられた革のバッグ。
その出で立ちは、まさに――
「ちょっと見ない間に……ずいぶん冒険家してんなぁ」
「『いぬ』のときと、いっしょの服?」
「おっと、ありがとう、カノン。覚えていてくれたのは嬉しい。
わたしなりにこだわった、かなり思い入れのあるファッションだからね。
いまある素材で、頑張って再現してみたんだ。……張りぼてだけどね」
あの有名な冒険家が、映画からそのまま抜け出してきたかのような。
その装いは、人々が夢想する冒険家という存在を具象化したかのようだ。
いっしょに冒険するだけで、大冒険ができそうな。
……かたちから入るって、大事だよな。
前作でもお馴染みだったモンターナのこの格好は、冒険家と言えばあの人の服装と、モンターナの名前のあやかり元の服装を、彼なりに組み合わせて纏ったオリジナルファッションであるらしい。
名前のあやかり元の方は思い至らなかったのでかつて調べたことがあるのだが、どうもかなり昔のテレビアニメのキャラクターであるようだ。
まちがいなく名作なのに円盤が出ないんだ、とモンターナは嘆いていた。
……なんで出ないんだろう。
「3日ほど見なかったが……二人とも、壮健だったか?」
「いろいろあった、な……。なぁ、カノン」
「んっ。いっぱい、あったねっ」
「……おや、これは聞くのは野暮というやつかな」
「ちげーし。製造しまくったりしてただけだし」
りんねるの時のように突っ込まれてカノンに飛び火する前に、軽く否定しておこう。
いまのカノンは、なんかこう、ぬるっと口が滑りそうだし。
口が滑らずとも喜色満面で、なにかいいことがあったのだろうということがモロバレる。
「……そういや、モンターナ。りんねるのこと、ありがとな。無事に逢えたよ」
「自分が言うのもなんだが、あれだけの情報で、よくぞ逢えたな」
「はは、は……なかなか衝撃的な出逢いだった、かな……。
あのあたりでふらついてたら上流からりんねるが流れてきてなぁ」
「……待て。なにか状況がおかしくないか」
「おかしいんだよなぁ」
おかしいけど、りんねるだしなぁ。
あの人のやることにいちいちツッコミを入れていると身が持たない。
「ま、その辺は話のタネとして、おいおい話していけばいいだろ。
ゆっくり語らいたいところだけど、今回はそれが本題じゃないんだろ?」
じっくりと語らう機会も、いずれは設けたいところだが。
今回は、明確な目的があるようだからな。
既に時刻は夜8時、場合によってはあまり悠長にしていないほうが良いだろう。
……関係ないんだけどさ。
テーブルトークゲームって、大抵想定した時間通りに終わらないよな。
ボードゲーム全般にも言えることだけど、大抵の場合、想定時間の2倍は見ておいたほうが良い。
つまりモンターナが3時間くらいで終わるだろうと考えている場合は、6時間くらい掛かるものと思っておいたほうが良いのだ。
そっちの方が、想定時間を過ぎてしまった後でも、心に余裕が出る。
「おっと、そうだったな。
せっかく二人が、平日の夜に時間をつくって来てくれたんだ。
友誼の語らいはおいおいしていくとして、本題に入ろうか」
今日は仕事を休んでぐだぐだしていました、などと言えようはずもない。
無言の首肯を以て、モンターナに言葉を促す。
「……ここから南東方面に30分ほど歩いた場所。
セドナの南を、東西にゆるやかな円弧を描いて走る岩壁の一部。
そのあたりに、奇妙なものを発見した」
「奇妙な、もの?」
「ああ、カノン。それは、奇妙としか言いようのない――場所だ」
なにか、引っかかる物言いだな。
奇妙なものと言ったり、奇妙な場所と言ったり。
どうやらある程度の広がりを持つものであるらしい。
「実は私は、その場所に、ほんの一歩だけではあるが、踏み入っている。
正確には、その場所の外観だけは見られる場所まで踏み入った。
だが、その場所でなにかしらの神秘を目撃する前に、撤退した」
「撤退?」
あのモンターナが?
「ああ。それにはいくつか理由があるが――
そのもっとも大きな理由は、踏み入ったとき、次のように感じたことだ。
この場所は、私だけで冒険するべき場所ではない、と。
この場所のことは、私以外の誰かとともに、吟味されるべきである、と。
そう――感じた。
つまり私は、その場所のことを一人で評価したくなかったのだ。
そうして、独りよがりの結論を出したくなかった。
その場所について、意見を交わせる仲間が欲しかった。
その仲間と共に、その場所を吟味したかったのだ」
……。
「別の理由を言えば、わたしの単なるこだわりだ。
とくに、フーガ。君にはわかるんじゃないか。
神秘というのは、最初の一度がもっとも味わい深い。
たった一度の冒険をこそ、もっとも大切にするべきなんだ」
それはいつか、俺が思ったこと。
二度と来られるかわからない場所との、たった一度の出逢い。
それこそは、テレポバグの神髄。
それこそが、ワンダリング・トラベルの真骨頂。
「私は、冒険家でありたい。
私は、私が見つけたあの場所を冒険したいんだ。
できるならば、たったの一度で、そのすべてを見通してしまいたい。
少なくとも、その確信が得られるほどの深淵までは到達したい。
その場所に気軽に立ち入って、適当に調査して、適当なところで切り上げて。
何度も何度も繰り返し調査して、徐々に知識を溜めていく。
それは研究調査の基本であり、大事な手法ではあるが……心躍る冒険ではない。
わたしは、今回の一度の冒険に、全力を尽くしたいんだ。
「とはいえ……私一人では、それは難しいだろう。
私が一人で見られるものには限りがある。
私が一人でできることにも限りがある。
あの著名な冒険家といえども、いつでも一人ですべてを成してきたわけではない。
冒険を支えてくれる同行者がいた。
苦楽を共にしてくれる仲間がいた。
だから、私も、私と共に本気で冒険に臨んでくれる仲間が欲しい。
だから、君たちに声を掛けたんだ。
ワンダラーである君たちに。
私のよく知る君たちとともに、あの場所を冒険したい。
「冒険とは、危険を冒すこと。
未知に飛び込むということ。
行く手には危険が待ち受け、迫りくる死に抗わねばならないこともある。
そんなときに、君たちならば、抗ってくれる。
どうせここはゲームだからと、あきらめないでくれる。
最後まで私と、冒険してくれる。
私は君たちこそが、真の冒険家であると、そう思う。
ゆえに――これは、冒険家を自称するモンターナから。
私が認める冒険家であるフーガとカノンへのお誘いだ。
「一緒に、この星の神秘を、見に行こう。
私たちならば――それができる」
……。
…………ああ、もう。
「カノン?」
「うんっ」
互いの了承は、いらない。
「誘ってくれてありがとう、モンターナ。
行こうか。この星の神秘を、解き明かしに」
「んっ! よろしく、おねがいしますっ!」
そんな俺たちの返事を聞いた、自称冒険家は。
なにも言うことなく。いつかのように。
ただ、にやり、と強い笑みを浮かべた。
やはり……この男とのロールプレイは、愉しい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる