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一章
セドナ南東部を目指して
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「……とは言ったけど、あんまり無理はしなくていいからね?
今日は平日だし、あれだ、日が変わるくらいになったら一旦中断しよう」
ふいに口調を崩したモンターナが、そんなことを言う。
……便利だな、その口調切り替え。
モンターナの台詞ではないという扱いだから、さっきのかっこいい口上がぶち壊しにはならないのだろう。
処世術としても使えそうな切り替えだ。洒落た芸風だな。
「俺は、ちょっと仮眠してきたから、今日は夜更かし上等だぞ」
「わたしも、だいじょうぶ、だよ」
「うっ……もしかして、気を利かせてもらっちゃった?」
「こっちが勝手に楽しみにしてただけだから、いいぞ。
そもそも、俺たちの返事が遅れたから今日はお流れになるかとも思ってたしな」
「明後日の土曜日でも、よかった?」
「それを言われるとその通りなんだけど。
……ほら、ゲーム発売直後だし、誰よりも早く触れたいじゃん?」
「その顔で言うなよ」
「んっ、ふふっ」
渋いダンディズムを漂わせるモンターナに、そんなあどけないことを言われると、そのギャップがすごくて笑ってしまう。
俺より年上だと思うんだが、いまいち中の人の年齢が探り切れない。
モンターナとしての彼と相対しているときは気にならないんだけど、中の人の素を出されるとちょっと気になる。
「……ま、そんなわけで、時間についてはあんまり心配しないでくれ」
「わたしたち、遅くなってもだいじょうぶ、だよね?」
「うむ。うしろの心配はせずに、気兼ねなく、心行くまで冒険しようぞ」
時間に追われながら探索するってのも気が削がれる。
冒険とは、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ。
「……ありがとう、二人とも。
とはいえ、さすがに睡眠時間は確保するようにしようか。
もし二人が明日以降も付き合ってくれるようなら、現地でダイブアウトする感じで」
「了解」
「だいじょうぶ」
「いやぁ、平日にそこまで時間作ってくれるのはありがたいなぁ……」
俺、カノン、りんねると、平日に時間作る勢ばかりだったから、そのありがたみはやや薄い……。
*────
「では、行こうか、二人とも。
目指すは南東、この樹林を抜けた先、セドナの南を遮る岩壁だ」
「おう。よろしく、モンターナ」
「んっ、よろしく、おねがいします」
「頼んだのはこちらなのだがな。こちらこそよろしく、二人とも」
口調を戻したモンターナの先導で、川の東に広がっている、広葉樹の樹林に立ち入る。
川向こうに眺めてはいたが、この樹についてはあまり詳しくはない。
カオリマツについて詳しくなりすぎただけかもしれんが。
さて、ここからは樹林のなかを30分ほど歩くらしい。
互いの近況や装備について、軽い情報交換の時間と行こう。
モンターナの横後ろについて歩きながら、話を振る。
「モンターナのそのロープ、なんかいい感じだな。素材は?」
「ほう、流石に目の付け所が良いな。
このロープは、ここから北東方面一帯に生えている、とある樹の繊維で作っている。
棕櫚に似た繊維でな。水にも強いし耐久性も高い、ロープにはうってつけだった」
「えっ、棕櫚マジで? 火口にもなりそうだし、それはいいな」
「ほくち?」
「燃えやすいもの、ようは着火材だな。火起こしで作った火種を、最初に移すやつ」
しかし、棕櫚と来たか。ロープの素材としては最上級だろう。
この探索が終わったら、俺たちも採取しに行ってもいいかもしれない。
繊維として使える樹はめっちゃ欲しい。
「……そういうフーガは、ズボンになにやら仕込みがあるようだが」
「投擲針、ならぬ投擲杭だ。たぶん痛いぞ」
「痛いでは済まないと思うのだが……」
まぁ、投げるというのは非常時の話だ。普段は楔として使う。
モンターナに向けて投げることはまずないので安心して欲しい。
仮に投げても見えない空気の壁に弾かれるだろう。
……あれ、じゃあ投げ渡すときってどうやればいいんだろう。
ハラスメントブロックと同じ理屈で、受け取り手が望めば干渉されないのかな。
投げ渡すのをミスると身体に刺さるのだろうか。なにそれこっわ。
「カノンのその革袋の中には、なにが?」
「んっ。フーガくんに作って貰った……ボウイナイフ」
「堅実かつ王道なチョイスだな。まさにサバイバルには相応しい」
「モンターナのそれは?」
「マチェット……を作りたかったのだが、十分な金属が手に入らなくてね。
あれは薄さが肝要だから、石材ではどうにも難しい。
いまはアメリカ・ボウイスタイルを模した石製のシースナイフを使っている。
たぶん、カノンのものと同じようなものかな」
「そりゃ、素材と用途の関係上、似通ってくるよなぁ」
「フーガくん、シースナイフ、って?」
「刃部分とハンドル部分が一体になってるやつだ。
俺たちのもシースナイフだぞ」
「いくら製造装置が加工してくれるとは言え、折りたたみは強度的に不安があるな」
考えることはみな同じ、というやつだ。
だが、まったく同じというわけではない。
たとえばモンターナのナイフのハンドル部分には、木製のグリップが設えられている。
俺たちのものは石に革を巻き付けただけだから、あちらの方が本格的だ。
さすがは本職……本職?といったところだろう。
*────
「そういやモンターナ、あれから食料問題は解決したか?」
「……あまり、はかばかしくはない。
自分で食う分には、野草を食んだりすればいいのだが……。
映画の中のように鳥を射って獣を仕留めて、とはいかないな」
映画の中の冒険家なら、手際よく現地調達するのだろうが、概ね現実準拠なフルダイブゲームでそれをやろうと思うとなかなかうまくは行かないようだ。
理想と現実のギャップは致し方ない。
「川でうなぎみたいな魚が取れたぞ」
「なにっ、本当か?」
「んっ、おいしかった」
「……言い値で買おう」
「まだ貨幣経済が成立してないが。……見返りは出世払いでもいいぞ?
昨日までの雨で仕掛けが流されちまったから確約はできないけど、次に取れたら一緒に食おうぜ。」
「ならばこちらからは、棕櫚もどきの木材を融通しようか。
いろいろ使えると思って、かなりの量を採取してある」
「おっと、そりゃ嬉しい。楽しみにしておくよ」
こういうのが楽しいよな。マルチプレイって。
自分の素材と相手の素材を、互いの理になるように交換していく。
そんで幸福度を稼いで人口を増やしていこう。なんの話だ。
「そういや雨やら製造やらで引き籠ってたのもあって、モンターナのあと、俺たちはりんねるくらいにしか出逢ってないんだけど……モンターナは誰かほかのプレイヤーに出逢った?」
「ああ。川の東で数人と、西で一人見かけた。それなりに名の通った人物にも逢ったぞ」
「まじで。前作プレイヤーってことだよな。俺の知ってる人かな」
「『梅干し丸』という名前だったが、フーガも知っているか?」
「Oh……。一応、知ってる……」
うえぇ、あの人もセドナに来てるのか……。
これは、セドナの平穏は長くは持たないかもしれないな……。
セドナの平穏というか、このゲームの平穏というか……。
「フーガくん、『梅干し丸』さんって、あの……」
「みなまで言うな、カノン。バグがうつるぞ」
「フッ、ひどい言い草だな。
まぁ、私も彼とはちょっとプレイスタイルが合わないが……」
モンターナと性が合わないのは宜なるかな。
世界を愛するモンターナは、目の前で世界が壊れるのを見たくはないだろう。
梅干し丸は悪くないんだけどね。
彼は彼で、『犬』をこよなく愛していたプレイヤーの一人だった。
その愛し方が、ちょっと……その……ねじ曲がっていただけで。
彼は、一言で言えば……デバッガーだ。
この世の災厄と言ってもいいかもしれない。
あの人、もう地面にめり込んだり空を飛んだりしてんのかなぁ。
このゲームでその手のバグはあんまり見たくはないけど、たぶんあるんだろうなぁ。
フルダイブゲームでそれやって感覚大丈夫なのかなぁ。
バグの歴史はゲームの歴史、流石に1週間ではまだまだ手探りだろうけど。
でも、俺が初手でテレポバグをしたように、梅干し丸もバグの1つや2つや3つや4つ、既に発見している頃合いだろう。
なにかが高速で空を飛んで行ったら、それは梅干し丸かもしれない。
「フーガとカノンが来ていることは彼には言わなかったが、それでよかったかな?」
「ん、なんでだ?」
梅干し丸とは、検証スレを通じて幾許かの親交がある。
別に言ってくれてもよかったのだが。
「見たところ君たちは、ほかのプレイヤーと積極的に接触しようとはしていないようだからな。
ほかのプレイヤーから頻繁に接触されるようになるのは煩わしいだろう?」
「ん、まぁ……たしかに?」
でも、別に俺たちの存在を喧伝したところで、そう頻繁に接触されるわけでもないだろう。
モンターナやりんねるならともかく、俺たちはただの一般プレイヤーだ。
接触したところで、大した利があるわけでもなし。
強いて言うなら、かつての旧友との再会を喜んでくれる人もいる程度だろう。
……そう考えると、たしかに接触される頻度は増える可能性はあるか。
俺がほかのプレイヤーとの接触に積極的ではなかった理由の一つに、カノンの存在がある。
彼女がそれを望まないなら、俺もそれを望まなかっただろう。
いまはいろいろ吹っ切れたようなので、たぶんそこまで気にする必要はないだろうけれど。
「それに、いまはお邪魔になるかな、と」
「……気遣いどうも」
「……んっ」
「いいことだと思うよ。一緒にプレイできる友人がいるというのは」
……そうだな。
俺は、カノンに誘われて、幸せ者だ。
「そういえば、西で見かけたプレイヤーは今作からの新規プレイヤーらしく見えたな。
樹を剣で切ろうとしていたが、果たしてどうなったのかな、あれは……」
「Oh……」
その切れなかった樹、心当たりあるなぁ……。
剣で木を両断するのは難しいのだと、誰かが教えてあげてくれ。
俺が出逢ったときは、できる限り協力するとしよう。
*────
「そんなわけで、前作プレイヤーがこの地にけっこう来ているようだよ。
望む望まざるにかかわらず、今後、二人も出逢うことがあるだろう」
「そろそろほかのプレイヤーとも交流していきたいと思っていたところだし、いいぞ。
カノンも、いいか?」
「んっ。久しぶりに会う人、いるかも」
旧友との再会というのは不安もあるけど、それ以上に楽しみだ。
なにせ、この世界に来ている以上、彼らの『犬』への愛は失われていないということだから。
相手の根底が変わっていないのを確信できる分、再会の不安も和らぐ。
かつての同じゲームを楽しんだ友人と、その続編のゲームを楽しめる。
こんなにうれしいことはない。
「……やっぱり、名前が、セドナだったから。
みんな、ここに、来てるのかな?」
カノンが、そう言ったとき。
モンターナの肩が、ピクリと動くのを、俺は見た。
そんな反応を、俺はかつて、ちがう誰かにも、見た。
……ここら辺が、切り出しどころかな。
ここまで、もう15分以上は歩いている。
モンターナの目指す場所に辿り着く前に、切り出しておくべきだろう。
「ああ、カノン。俺やカノンが導かれたように。
モンターナやりんねるがそうだったように。
俺たちは、この着陸地点の地形座標に与えられた、
その仮称に惹かれて、ここに来たんだ」
……モンターナ。
反応するのを隠しているようだけど、それではバレバレだぞ。
反応を見せないというのは、それ自体が既に顕著な反応なのだ。
「なぁ、モンターナ。1つ……いや、2つ聞いてもいいかな」
「……なにかな?」
俺は、彼に問いかける。
「モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
前にモンターナが俺たちに見せてくれた、
南の岩壁の向こう側にあったものと、関係があるか?」
「……ある、ね」
俺は、彼に問いかける。
「もう1つ。
モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
……この着陸地点の地形座標に与えられた、一つの仮称に関係があるか?」
「……。」
「フーガ、くん? えっと……?」
カノンが混乱するのも無理はない。
この問いかけには、飛躍があるのだ。
というより、ここまでのモンターナの話の中に、その根拠がまったくない。
彼は、彼がこれから俺たちに見せようとしてくれているものについて、その言及を執拗に避けてきた。
その所以は、かつて俺たちに南の岩壁の果てを見せてくれた時のように、敢えてなにも伝えないことで、俺たちの感動を引き立たせるため、という可能性もあるけれど。
――そうではない、可能性もある。
その可能性を確かめるために、俺はもう一押しの言葉を紡ぐ。
「なぁ、モンターナ。
モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
この地が“セドナ”の仮称を冠していることに、関係があるか?」
「……まいった。降参だ。
やっぱり、君たちに声を掛けてよかったよ」
やれやれと、もろ手を挙げて、こちらを振り向くモンターナ。
その眼に浮かぶ感情は、決して降参の諦めではない。
彼は、悦んでいる。
「……今回、君たちに声を掛けた理由は、さきに言ったことだけではない。
ほかの誰かの視点が欲しかったから、信頼できる同行者が欲しかったから。
それだけでは――ない。
フーガ、カノン。君たちでなくてはならない。
あるいは少なくとも、君たちであれば大丈夫だと、私がそう確信したからだ」
振り返った彼の顔に浮かぶ、強い笑み。
「君たちは、南の崖の向こうにある光景を見た。
そして、この地がどういう場所であるのかを、正しく理解した。
『恐竜に出逢えるのが今から楽しみだ』と、フーガはそう言っただろう?
君たちはもう、この地がどういう場所なのか、既に察しているんだろう?」
その一言の感想に、俺は多くのメッセージを込めた。
モンターナならば、そういえば分かってくれるだろうと思ったから。
「……なぁ、気づいていたかい? フーガ。カノン」
そうして、モンターナは紐解き始める。
この世界に秘され封じられた、大いなる謎の端緒を。
「『セドナ』という仮称はね。……番外個体なのだよ」
今日は平日だし、あれだ、日が変わるくらいになったら一旦中断しよう」
ふいに口調を崩したモンターナが、そんなことを言う。
……便利だな、その口調切り替え。
モンターナの台詞ではないという扱いだから、さっきのかっこいい口上がぶち壊しにはならないのだろう。
処世術としても使えそうな切り替えだ。洒落た芸風だな。
「俺は、ちょっと仮眠してきたから、今日は夜更かし上等だぞ」
「わたしも、だいじょうぶ、だよ」
「うっ……もしかして、気を利かせてもらっちゃった?」
「こっちが勝手に楽しみにしてただけだから、いいぞ。
そもそも、俺たちの返事が遅れたから今日はお流れになるかとも思ってたしな」
「明後日の土曜日でも、よかった?」
「それを言われるとその通りなんだけど。
……ほら、ゲーム発売直後だし、誰よりも早く触れたいじゃん?」
「その顔で言うなよ」
「んっ、ふふっ」
渋いダンディズムを漂わせるモンターナに、そんなあどけないことを言われると、そのギャップがすごくて笑ってしまう。
俺より年上だと思うんだが、いまいち中の人の年齢が探り切れない。
モンターナとしての彼と相対しているときは気にならないんだけど、中の人の素を出されるとちょっと気になる。
「……ま、そんなわけで、時間についてはあんまり心配しないでくれ」
「わたしたち、遅くなってもだいじょうぶ、だよね?」
「うむ。うしろの心配はせずに、気兼ねなく、心行くまで冒険しようぞ」
時間に追われながら探索するってのも気が削がれる。
冒険とは、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ。
「……ありがとう、二人とも。
とはいえ、さすがに睡眠時間は確保するようにしようか。
もし二人が明日以降も付き合ってくれるようなら、現地でダイブアウトする感じで」
「了解」
「だいじょうぶ」
「いやぁ、平日にそこまで時間作ってくれるのはありがたいなぁ……」
俺、カノン、りんねると、平日に時間作る勢ばかりだったから、そのありがたみはやや薄い……。
*────
「では、行こうか、二人とも。
目指すは南東、この樹林を抜けた先、セドナの南を遮る岩壁だ」
「おう。よろしく、モンターナ」
「んっ、よろしく、おねがいします」
「頼んだのはこちらなのだがな。こちらこそよろしく、二人とも」
口調を戻したモンターナの先導で、川の東に広がっている、広葉樹の樹林に立ち入る。
川向こうに眺めてはいたが、この樹についてはあまり詳しくはない。
カオリマツについて詳しくなりすぎただけかもしれんが。
さて、ここからは樹林のなかを30分ほど歩くらしい。
互いの近況や装備について、軽い情報交換の時間と行こう。
モンターナの横後ろについて歩きながら、話を振る。
「モンターナのそのロープ、なんかいい感じだな。素材は?」
「ほう、流石に目の付け所が良いな。
このロープは、ここから北東方面一帯に生えている、とある樹の繊維で作っている。
棕櫚に似た繊維でな。水にも強いし耐久性も高い、ロープにはうってつけだった」
「えっ、棕櫚マジで? 火口にもなりそうだし、それはいいな」
「ほくち?」
「燃えやすいもの、ようは着火材だな。火起こしで作った火種を、最初に移すやつ」
しかし、棕櫚と来たか。ロープの素材としては最上級だろう。
この探索が終わったら、俺たちも採取しに行ってもいいかもしれない。
繊維として使える樹はめっちゃ欲しい。
「……そういうフーガは、ズボンになにやら仕込みがあるようだが」
「投擲針、ならぬ投擲杭だ。たぶん痛いぞ」
「痛いでは済まないと思うのだが……」
まぁ、投げるというのは非常時の話だ。普段は楔として使う。
モンターナに向けて投げることはまずないので安心して欲しい。
仮に投げても見えない空気の壁に弾かれるだろう。
……あれ、じゃあ投げ渡すときってどうやればいいんだろう。
ハラスメントブロックと同じ理屈で、受け取り手が望めば干渉されないのかな。
投げ渡すのをミスると身体に刺さるのだろうか。なにそれこっわ。
「カノンのその革袋の中には、なにが?」
「んっ。フーガくんに作って貰った……ボウイナイフ」
「堅実かつ王道なチョイスだな。まさにサバイバルには相応しい」
「モンターナのそれは?」
「マチェット……を作りたかったのだが、十分な金属が手に入らなくてね。
あれは薄さが肝要だから、石材ではどうにも難しい。
いまはアメリカ・ボウイスタイルを模した石製のシースナイフを使っている。
たぶん、カノンのものと同じようなものかな」
「そりゃ、素材と用途の関係上、似通ってくるよなぁ」
「フーガくん、シースナイフ、って?」
「刃部分とハンドル部分が一体になってるやつだ。
俺たちのもシースナイフだぞ」
「いくら製造装置が加工してくれるとは言え、折りたたみは強度的に不安があるな」
考えることはみな同じ、というやつだ。
だが、まったく同じというわけではない。
たとえばモンターナのナイフのハンドル部分には、木製のグリップが設えられている。
俺たちのものは石に革を巻き付けただけだから、あちらの方が本格的だ。
さすがは本職……本職?といったところだろう。
*────
「そういやモンターナ、あれから食料問題は解決したか?」
「……あまり、はかばかしくはない。
自分で食う分には、野草を食んだりすればいいのだが……。
映画の中のように鳥を射って獣を仕留めて、とはいかないな」
映画の中の冒険家なら、手際よく現地調達するのだろうが、概ね現実準拠なフルダイブゲームでそれをやろうと思うとなかなかうまくは行かないようだ。
理想と現実のギャップは致し方ない。
「川でうなぎみたいな魚が取れたぞ」
「なにっ、本当か?」
「んっ、おいしかった」
「……言い値で買おう」
「まだ貨幣経済が成立してないが。……見返りは出世払いでもいいぞ?
昨日までの雨で仕掛けが流されちまったから確約はできないけど、次に取れたら一緒に食おうぜ。」
「ならばこちらからは、棕櫚もどきの木材を融通しようか。
いろいろ使えると思って、かなりの量を採取してある」
「おっと、そりゃ嬉しい。楽しみにしておくよ」
こういうのが楽しいよな。マルチプレイって。
自分の素材と相手の素材を、互いの理になるように交換していく。
そんで幸福度を稼いで人口を増やしていこう。なんの話だ。
「そういや雨やら製造やらで引き籠ってたのもあって、モンターナのあと、俺たちはりんねるくらいにしか出逢ってないんだけど……モンターナは誰かほかのプレイヤーに出逢った?」
「ああ。川の東で数人と、西で一人見かけた。それなりに名の通った人物にも逢ったぞ」
「まじで。前作プレイヤーってことだよな。俺の知ってる人かな」
「『梅干し丸』という名前だったが、フーガも知っているか?」
「Oh……。一応、知ってる……」
うえぇ、あの人もセドナに来てるのか……。
これは、セドナの平穏は長くは持たないかもしれないな……。
セドナの平穏というか、このゲームの平穏というか……。
「フーガくん、『梅干し丸』さんって、あの……」
「みなまで言うな、カノン。バグがうつるぞ」
「フッ、ひどい言い草だな。
まぁ、私も彼とはちょっとプレイスタイルが合わないが……」
モンターナと性が合わないのは宜なるかな。
世界を愛するモンターナは、目の前で世界が壊れるのを見たくはないだろう。
梅干し丸は悪くないんだけどね。
彼は彼で、『犬』をこよなく愛していたプレイヤーの一人だった。
その愛し方が、ちょっと……その……ねじ曲がっていただけで。
彼は、一言で言えば……デバッガーだ。
この世の災厄と言ってもいいかもしれない。
あの人、もう地面にめり込んだり空を飛んだりしてんのかなぁ。
このゲームでその手のバグはあんまり見たくはないけど、たぶんあるんだろうなぁ。
フルダイブゲームでそれやって感覚大丈夫なのかなぁ。
バグの歴史はゲームの歴史、流石に1週間ではまだまだ手探りだろうけど。
でも、俺が初手でテレポバグをしたように、梅干し丸もバグの1つや2つや3つや4つ、既に発見している頃合いだろう。
なにかが高速で空を飛んで行ったら、それは梅干し丸かもしれない。
「フーガとカノンが来ていることは彼には言わなかったが、それでよかったかな?」
「ん、なんでだ?」
梅干し丸とは、検証スレを通じて幾許かの親交がある。
別に言ってくれてもよかったのだが。
「見たところ君たちは、ほかのプレイヤーと積極的に接触しようとはしていないようだからな。
ほかのプレイヤーから頻繁に接触されるようになるのは煩わしいだろう?」
「ん、まぁ……たしかに?」
でも、別に俺たちの存在を喧伝したところで、そう頻繁に接触されるわけでもないだろう。
モンターナやりんねるならともかく、俺たちはただの一般プレイヤーだ。
接触したところで、大した利があるわけでもなし。
強いて言うなら、かつての旧友との再会を喜んでくれる人もいる程度だろう。
……そう考えると、たしかに接触される頻度は増える可能性はあるか。
俺がほかのプレイヤーとの接触に積極的ではなかった理由の一つに、カノンの存在がある。
彼女がそれを望まないなら、俺もそれを望まなかっただろう。
いまはいろいろ吹っ切れたようなので、たぶんそこまで気にする必要はないだろうけれど。
「それに、いまはお邪魔になるかな、と」
「……気遣いどうも」
「……んっ」
「いいことだと思うよ。一緒にプレイできる友人がいるというのは」
……そうだな。
俺は、カノンに誘われて、幸せ者だ。
「そういえば、西で見かけたプレイヤーは今作からの新規プレイヤーらしく見えたな。
樹を剣で切ろうとしていたが、果たしてどうなったのかな、あれは……」
「Oh……」
その切れなかった樹、心当たりあるなぁ……。
剣で木を両断するのは難しいのだと、誰かが教えてあげてくれ。
俺が出逢ったときは、できる限り協力するとしよう。
*────
「そんなわけで、前作プレイヤーがこの地にけっこう来ているようだよ。
望む望まざるにかかわらず、今後、二人も出逢うことがあるだろう」
「そろそろほかのプレイヤーとも交流していきたいと思っていたところだし、いいぞ。
カノンも、いいか?」
「んっ。久しぶりに会う人、いるかも」
旧友との再会というのは不安もあるけど、それ以上に楽しみだ。
なにせ、この世界に来ている以上、彼らの『犬』への愛は失われていないということだから。
相手の根底が変わっていないのを確信できる分、再会の不安も和らぐ。
かつての同じゲームを楽しんだ友人と、その続編のゲームを楽しめる。
こんなにうれしいことはない。
「……やっぱり、名前が、セドナだったから。
みんな、ここに、来てるのかな?」
カノンが、そう言ったとき。
モンターナの肩が、ピクリと動くのを、俺は見た。
そんな反応を、俺はかつて、ちがう誰かにも、見た。
……ここら辺が、切り出しどころかな。
ここまで、もう15分以上は歩いている。
モンターナの目指す場所に辿り着く前に、切り出しておくべきだろう。
「ああ、カノン。俺やカノンが導かれたように。
モンターナやりんねるがそうだったように。
俺たちは、この着陸地点の地形座標に与えられた、
その仮称に惹かれて、ここに来たんだ」
……モンターナ。
反応するのを隠しているようだけど、それではバレバレだぞ。
反応を見せないというのは、それ自体が既に顕著な反応なのだ。
「なぁ、モンターナ。1つ……いや、2つ聞いてもいいかな」
「……なにかな?」
俺は、彼に問いかける。
「モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
前にモンターナが俺たちに見せてくれた、
南の岩壁の向こう側にあったものと、関係があるか?」
「……ある、ね」
俺は、彼に問いかける。
「もう1つ。
モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
……この着陸地点の地形座標に与えられた、一つの仮称に関係があるか?」
「……。」
「フーガ、くん? えっと……?」
カノンが混乱するのも無理はない。
この問いかけには、飛躍があるのだ。
というより、ここまでのモンターナの話の中に、その根拠がまったくない。
彼は、彼がこれから俺たちに見せようとしてくれているものについて、その言及を執拗に避けてきた。
その所以は、かつて俺たちに南の岩壁の果てを見せてくれた時のように、敢えてなにも伝えないことで、俺たちの感動を引き立たせるため、という可能性もあるけれど。
――そうではない、可能性もある。
その可能性を確かめるために、俺はもう一押しの言葉を紡ぐ。
「なぁ、モンターナ。
モンターナが俺たちにこれから見せようとしているものは。
この地が“セドナ”の仮称を冠していることに、関係があるか?」
「……まいった。降参だ。
やっぱり、君たちに声を掛けてよかったよ」
やれやれと、もろ手を挙げて、こちらを振り向くモンターナ。
その眼に浮かぶ感情は、決して降参の諦めではない。
彼は、悦んでいる。
「……今回、君たちに声を掛けた理由は、さきに言ったことだけではない。
ほかの誰かの視点が欲しかったから、信頼できる同行者が欲しかったから。
それだけでは――ない。
フーガ、カノン。君たちでなくてはならない。
あるいは少なくとも、君たちであれば大丈夫だと、私がそう確信したからだ」
振り返った彼の顔に浮かぶ、強い笑み。
「君たちは、南の崖の向こうにある光景を見た。
そして、この地がどういう場所であるのかを、正しく理解した。
『恐竜に出逢えるのが今から楽しみだ』と、フーガはそう言っただろう?
君たちはもう、この地がどういう場所なのか、既に察しているんだろう?」
その一言の感想に、俺は多くのメッセージを込めた。
モンターナならば、そういえば分かってくれるだろうと思ったから。
「……なぁ、気づいていたかい? フーガ。カノン」
そうして、モンターナは紐解き始める。
この世界に秘され封じられた、大いなる謎の端緒を。
「『セドナ』という仮称はね。……番外個体なのだよ」
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※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
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だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
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隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
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「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
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