ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

" 番外個体 "

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 陽光の射しこむ、広葉樹の樹林帯。
 まるで傘のように頭上を覆うその梢の間から、木漏れ日が落ちる。
 鳥の鳴き声も、風に揺れる枝葉のざわめきもない。
 静かな林の中、さくさくと、3人分の足音だけが響く。
 その足音のリズムが……少しだけ、変わる。

「……なぁ、気づいていたか? フーガ。カノン
 " セドナ " という仮称はね。……なのだよ」

 前方を歩くモンターナが突然、そんなことを言い出す。
 ……番外個体?

「なに、それ?」
「ほかのものは番号通りで、セドナだけは番号通りじゃないってことか?」
「まさしくその理解で合っている。
 ……ところで、この辺りの話はちょっとリドルめいていると思うのだが。
 恐らくはその答えとなるものを、私が語ってしまって大丈夫かね?」

 そう言って、モンターナが気を利かせてくれるが……

「いいぞ。ワトソンにはなれんが、努力はしよう」
「んっ。おねがい、します」

たぶん、彼が語ってくれないと、俺には一生気づけないだろう。

「それに、このタイミングでそれを言うってことは、今回の探索にも関係があるんだろ?
 ……教えてくれ、モンターナ。あんたの言う、番外個体ということばの意味を」
「……話が早いねぇ、助かる。
 と言っても、私は冒険家であり、探偵ではない。
 間違ったことも言うし、外部の意見も欲しい。
 なにか気づいたことがあれば、忌憚なく差し込んでくれ」

 ちょっとだけ素を見せたモンターナが、そのように続ける。
 これもカレドリアン・シャーズの先読みみたいなもんだよなぁ。
 俺たちだけさきに読ませてもらっていいのだろうか。やったぜ。


「……では、話を続けよう。
 セドナという仮称は番外個体だ。
 となれば当然、セドナを番外に位置づける、正規の数列が存在する」
「そうだろうな。……でも、別に仮称に番号なんて割り振られていなかっただろ?」

 キャラメイク時の、着陸地点決定シーケンスを思い返す。
 あのとき、着陸地点の衛星写真に割り振られていたのは、仮称と――24桁の謎の文字列。

「……あっ、あのいっぱいあった、よくわからない、文字列のこと?」
「残念だが、あちらについてはいまいち法則が解明できていない。
 恐らくはこの惑星カレドの座標系だとは思うのだが……」

 あれ、ちがうのか。
 カノンが指摘してくれた文字列が、なんらかの意味がある数列なのかと思っていたけど。

「そちらではなくてね、数列を持っているのは、まさしく仮称の方なのだ」
「えっ……?」

 仮称が、数列を持つ?
 それってどういうことだ。
 セドナ……あのときの表記に正しく準じれば " sedna " 。
 アルファベットにしたところで、流石に数列には変換できない。
 そもそも、ほかのすべての仮称も、ちゃんと意味のある文字列だったのだ。
 そのすべてが同じ仕方でなんらかの規則正しい数列に変換できるとは思えない。
 それらの仮称は、1つ1つはよく覚えてないが、どれもどこかで見覚えのある、ような――

「――あ、れ」
「おっと、フーガ、なにかに気づいたかな?」
「……なぁ、カノン、セドナって、だっけ」
「えっ、なんだっけ、って?」

 セドナについて。
 あのとき、俺はなにを思った?

『それはたしか、どこかの神話の女神の名前だとか。』

 " ceres "  " pallas "  " juno "  " vesta "  " astraea "
 " hebe "  " iris "  " flora "  " metis "  " hygiea "

 あのとき、仮称として表示された、これらの文字列は。
 たしかに、いつかどこかで聞いたことがあるような名前だった。

 セレス。パラス。ジュノー。ヴェスタ。アストライア。
 へーべ。イリス。フローラ。メティス。ヒギエイア。

「……神話の、女神の、名?」
「ああ。その通りだよ、フーガ。
 それぞれの着陸地点に与えられた仮称は、すべてちゃんとした意味のある文字列だ。
 すなわち――それは、名前だ」

 モンターナが肯定してくれる。
 だが、それでも腑に落ちないことがある。

「でも、女神の名っていっても、順番に並べることなんて――」
「……フーガ。発想が逆なんだ。
 もしも、そうした既存の名前を、順番に並べたものがあるとしたら。
 それらの名前は、ある一定の順番に基づいて、並ぶことになるだろう?
 たとえば、それらの名前にあやかって、順番に名付けられたものがあるとしたら?」
「――っ!」

 そうか。

 俺は、最初から、それに気づいていた。

 『それはたしか、実際にあるどこかの小惑星の名前でもあるとか。』

 あの時点で、この答えに辿り着くことはできたんだ。
 あの仮称の持つ、意味。それは、

「――まさか、" 小惑星 " かっ!?」
「……。……僕、思うんだけどさ。フーガの頭の中って割とえぐくない?
 そこがシームレスにつながるのって、けっこうヤバいと思うんだけど」
「……フーガくん、どういうこと?」
「……すまんモンターナ。悪いがこれは完全に、たまたま知ってるだけだ。
 セドナが、小惑星の名前だってのを前作で小耳に挟んだことがあってな。
 で、セドナは女神の名前でもある、と。
 んで、そういえば小惑星の名前って、『神様シリーズ』とか『偉人シリーズ』だったなって」

 たぶん、名前のネタに困ったんだろう。
 なにせ小惑星の数は、数万とかあるから。
 1つ1つに意味のある名前を与えようと思ったら、もうなにかにあやかるしかなかったのだろう。
 神様とか、偉人とか、発見者の名前とか。

「で、カノン。小惑星ってのは、発見された順番に名前が付けられるんだ。
 名前とは別に、発見された順番が名前の頭につく。
 さすがに対応関係は知らんけど、すべての小惑星は発見された順に並べられるはずだ。
 ……それが、それぞれの仮称の持つ " 数列 " だな、モンターナ?」
「……なんというか、私は要らないような気がしてきたのだが。
 やはり自分で推理してもらったほうがよかったのでは?」
「馬鹿言うな。そもそもそんな発想がなかったわ」

 目からうろこ過ぎる。
 そこに気づけるモンターナの方がどう考えてもおかしいだろう。
 やっぱりこの人、自称冒険家で、本職は推理小説作家とかじゃないのか。

「でも……セドナが
 セドナも、小惑星の名で、女神の名でもあるんだろう?」

 なにが番外なんだ?

「……よかった。そこまで気づかれていたら、リアルで調べてきた私の立つ瀬がなかった」
「教えてくれ、モンターナ。セドナの、なにが番外なんだ?」
「そうだな……」

 そこでモンターナは、一つ矯めるように、手を顎に添える。
 ……妙に様になる仕草だ。ちょっと探偵っぽい。

「……フーガは、それぞれの地点に与えられていた仮称の並びを覚えているか?」
「並びって?」
「どういう順番で、その仮称が並んでいたのか、だ。
 一度に10個の候補が、順番に並んでいただろう?
 たとえば、その10個を順番に見ていったときに、どういう法則で並んでいるか、ということだ」
「そこまでは、さすがに覚えてないなぁ……」
「わたしも、セドナしか、見てなかった、かも……」

 それができるやつは、たぶんサヴァン症候群かなにかだろう。
 俺やカノンには青さが足りない。

「いや、すまない。ちょっと無理難題を言ってしまった。
 では……実際に並べてみようか。
 " ケレス "  " パラス "  " ジュノー "  " ベスタ "  " アストラエア "
 " ヘーベ "  " イリス "  " フローラ "  " メティス "  " ヒギエア "。
 ……これが、まぁ、Aグループとでも呼ぼうか。
 わたしが最初に表示されたのは、このグループだった」
「覚えてんのかよ、こっわ」

 ……でも、そのAグループもたしかに見たな。
 女神の名前だと思ったのは、このグループを見たときだった気がする。

「この仮称の並びを、先ほど言った小惑星の発見順の数列に置き換えるとこうだ。
 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」
「おっ、第一発見順から並んでんの?」
「ああ。わかりやすいだろう?
 ちなみに、次の候補を表示すると、次は11、12、13……と続いていく。
 つまりそれぞれの着陸地点の地形座標には、小惑星の名前を冠した仮称が、その発見順に綺麗に並んで与えられていた、ということだな」
「ほぉ……」

 なにそれ面白い。
 思わず感嘆の溜息が出る。
 世界の見え方が1つ変わった気分だ。
 無秩序だと思っていたものに、秩序があったということ。
 こういうとこに気づける人が、俗に探偵とか言われるのかもしれない。
 ……このネタ、テーブルトークゲームのシナリオのネタに使えそうだ。

「……あの」
「どした、カノン」
「それで……どうして、セドナが、番外個体、なの?」
「あっ、そっか。その話してたんだよな」

 へぇボタン連打してたらすっかり忘れてたぜ。

「……フーガ、そしてカノン。
 君たちは、このセドナを、選んできた。そうだな?」
「んっ、そう、だね」
「ランダム決定で偶然来たわけではない、そうだな?」
「そりゃ、1/672だもんなぁ」

 ……ん?
 ……672?

「では、フーガ、カノン。君たちは当然、目にしているはずだ。
 セドナを挟んで、にあった、仮称の名前も」

 672、って。
 小惑星の数にしては、明らかに、、よな?
 
「 " サスキア "  " セドナ "  " エリフィラ " と。
 そう、並んでいた。
 すべてのプレイヤーに、そう表示されていたはずだ。
 そして、この並び順は、今後も変わることはない。
 なぜなら、着陸地点の候補が増えても、新たな小惑星の名を後ろに継ぎ足していけばいいのだから。
 だから、この並び順のは、これまでも、これからも覆ることはない」

 小惑星の名前を冠した仮称が、その発見順に綺麗に与えられている。
 ……本当に?

「おかしいだろう?
 セドナの上にある仮称、サスキアの発見順は461番目だ。
 それなのに。
 セドナの下にある仮称、エリフィラの発見順は462番目だ」

 それは、おかしい。
 それは、綺麗じゃない。

 ならば、セドナは。
 いったい、なんだ?

「それこそが、セドナが番外個体である所以。
 それこそが、その仮称だけが持つ特異性。
 なぁ、フーガ、カノン。知っているか。
 小惑星セドナ、その発見順は――」

 そうしてモンターナは、紐解く。
 この世界に秘され封じられし、一つの謎、その端緒を。

「――90377番目、だ」

 セドナ。

 おまえは、いったいなんなんだ?

 おまえが、なぜそこにいる?


 *────


「現在4桁にも及ぶ仮称の中で、わたしが調査した限り、
 そのような番外個体は他には存在しない。
 セドナが、セドナだけが異常だ。
 90377番目。
 それはきっと、サービス終了まで正しく用いられることのない番号だろう。
 なにせ、これだけこのゲームが人気を博しても、まだ1,000番台だからな。
 5桁、それも9万番台など、地球の全人口がこのゲームを始めるくらいでないと辿り着けないだろう」

 セドナの、特異性は、わかった。
 偶然では、ないだろう。
 672もの文字列が、規則正しく並ぶ中で。
 たった一つだけが、特異だというのなら。
 そこには、なにかの意味がある。
 そこには、なにかの意図が込められている。

「なぜ、敢えてセドナなのか、というのは、正直推測の域を出ない。
 ……だが、推測の域を出ないがゆえに、私は一つの、途方もない仮説を立てた」

 モンターナは、そういうけれど。
 だが、得てしてそういう推測は当たっているものだ。
 なぜなら推測というのは、何かしらの根拠に基づいているものだから。
 現時点でもっとも蓋然性の高いもの。それが、仮説。
 
「すべての着陸地点の地形座標に与えられた仮称。
 それは、一緒にプレイするほかのプレイヤーと同じ地点に着陸できるよう、簡単に相談できるようにと、プレイヤーの利便性のために設定されていた。
 すなわち、仮称というのは、本来なんでもよかったのだ。
 いっそそのまま、連番を振っておけばよかった。1番、2番とね」

 たしかに、その通りだ。
 ケレスだの、パラスだの。
 プレイヤーの利便性を考慮して用意された仮称を、そういった小惑星の名前にあやかる必要は、どこにもない。
 現に俺だって、発音がよくわからんだの、覚えにくいだの、あのとき思っていたじゃないか。

「つまり、なんでもよかったのだ。
 ただ、一定の規則性を持つ数列で、のちの地点増加に合わせて増やせる余地を持つ、1,000以上まで続く数列ならば、なんでも。
 で、あれば。そこには、遊びの余地が生まれる。
 意味を込める隙間が生まれる」

 数列自体はなんでもよかった。
 だが事実として仮称は、とある意味を持つ数列から取られた。
 そこに、なにかしらの意味が込められている可能性はある。
 そして、恐らくはなにかしらの意味が、そこには込められているのだ。
 なぜなら――セドナという、番外個体を潜り込ませてあるから。

 あるいは、その逆もありうる。
 セドナという番外個体を、潜り込ませるために――

「私の仮説を言おう。
 もしも、着陸地点の地形座標に与えられる任意の数列として、
 とある一つの名前を含む集合が、恣意的に選ばれたのだとしたら?」

 規則正しい小惑星の名前の順序を仮称に採用し、そこにセドナを潜り込ませたのではなく。
 はじめから、を、仮称に採用したのだとしたら。

「もしも、その着陸地点には、仮称を与える必要がなかったとしたら?」

 この着陸地点の地形座標に、セドナという仮称が与えられたのではなく。
 はじめから、セドナという名前を、この着陸地点の地形座標が持っていたとしたら。


 いつしか――
 俺たちは、樹林を抜け、岩壁の前まで辿り着いていた。
 それは、この地の南を東西に遮断する、岩の壁。

「なぁ、フーガ。カノン」

 そこに――亀裂が空いている。
 空まで伸び、岩壁を左右に切り裂く、巨大な亀裂が。
 それはまるで、谷間の峡谷のようで。
 その向こう側には、なにもない、宙が見える。

「ここは――なんだ?」

 モンターナが振り返る。
 強い笑みと、その瞳の中に――なにか、畏怖のようなものを宿して。

「ここは――どこだ?」

 モンターナの肩が、わなわなと震えている。
 それをもたらすのは畏敬か、それとも高揚か。

「ここは――いつだ?」

 この世界を巡る、大いなる謎。
 その一部に、俺たちはいま、きっと辿り着いた。

 だから、俺は答える。
 自信と、確信を以て。


「―― " セドナ " だろ。モンターナ」


 俺たちは、のではない。

 俺たちは、のだ。
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