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一章
" セドナ "
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モンターナの先導で、セドナ南東部の樹林を抜けた俺たちの前に、岩壁が現れる。
それは、この地の南を東西に遮断する、岩の壁。
その壁には、大きな亀裂が走っている。
その遥か先には、空が見える。
なにもない、宙が。
「なぁ、フーガ。カノン。
ここは――なんだ。
ここは――どこだ。
ここは――いつだ。」
モンターナは、俺たちに問う。
でも、それはきっと、問いではなく、確認。
彼の考えていることと俺の考えていることが、一致しているのか。
彼はそれを、確認しようとしているだけだ。
だから、俺は自信をもって答える。
「―― " セドナ " だろ。モンターナ」
その答えは、既にずっと前から、心のうちにあったから。
「……だよな? カノン」
「ふえっ!?」
……流石に無茶ぶりだったか。
カノンは俺と同じものを見ているから、既に薄々察してはいるんだろうけれど。
だが――まだ、思考の整理が追い付いていないのかもしれない。
いい機会だ。ここらで情報を整理してしまおうか。
モンターナの方からも追加の情報が得られれば、より蓋然性を高められるだろう。
……セドナの名に反応していたりんねるも、薄々察してたっぽいし、ここに居ないのが残念だ。
*────
「モンターナ、探索を始める前に、情報交換と行かないか」
「む?」
「ここまで俺たちは、それぞれちがうものを見て、ちがうものを感じてきたはずだ。
だけどこうして、同じ結論に辿り着いた。
俺がその結論に至ったのは、なにもあの岩壁の眼下に見た光景から妄想したからじゃないんだ。
いろいろと思うところがあった。
モンターナも、そうなんじゃないか?」
「……そうだな。その通りだ」
「じゃあ、ここで互いしか知らない情報を擦り合わせておこうぜ。
俺たちは、別に腹を探り合う関係じゃないんだ。
情報の齟齬は失くしておいたほうが良い」
テーブルトークゲームの鉄則だ。
仲間内で情報を最後まで出し渋っていると、詰むことがある。
組み合わせれば答えになるはずだった手掛かりを、各々が秘匿することで、答えに辿り着けなくなる、間違った推理に陥ってしまう。
情報なんて言うのは、少なくとも仲間内では、最後まで出し渋ってはいけないのだ。
時には敵に対してでも、あけすけにぶつけていかないといけないときがあるというのに。
まぁ、別に自滅したいなら秘匿してもいいんだけどね。
すべてのプレイヤーにはその権利がある。
だが、お互いが助かりたいと思っているのに、情報を出すタイミングを失ったことで結果的に詰んでしまうのは、見ていてやきもきする。
「気になったことは必ず一度は確認しておけ」と同じくらい、「仲間内で情報を出し渋るな」「渋るにしても決戦前夜までには吐け」は俺のなかで鉄則なのだ。
「……そうだな。そうしよう」
「カノンも、一緒に考えようぜ。この世界について」
「うんっ。わたしも、気になってること、ある」
「おっ、いいねぇ。そういうのは大事だぞ」
プレイヤー同士が望んだ結末を迎えるための、良い雰囲気ができつつある。
あとはダイスロールさえ失敗しなければおっけーだな!!
*────
「じゃ、言い出しっぺだし、俺から行こうか。
……このセドナでは、岩塩が採れる。モンターナは知ってた?」
「なにっ!? 本当かっ!?」
知らなかったようだ。
これがストラテジーゲームならこの手の資源情報の秘匿には意味があるが……モンターナは協力者だし、知り合いだし、大切な友人だからな。
秘匿する意味があんまりない。
重要情報もどんどん垂れ流していこう。
「で、ここからは俺の推理。
岩塩が採れるということは、ここがかつて、海だったということだ。
更に言えば、岩塩は玄武岩の中に混じってたから、このセドナが隆起したとき、セドナはまだ海に面していた可能性が高い。
つまり、本来は海抜0m付近であったセドナが、火山活動でここまで押し上げられたってことになる」
この辺の推理が合ってるかどうかは知らんが、少なくともセドナには岩塩が存在するのはたしかだ。
それさえ伝えておけば、あとはモンターナの方でも推理を広げられるだろう。
「……とか、そういう情報を言い合おう、ってことなんだけど。
いいかな、モンターナ?」
「……ああ。フーガの言いたいことは、よくわかった。
――ああ、くそっ。これは、ここまでちょっと失敗していたかな。
どうにも私は、情報を出し渋る悪癖がある。
そちらの方が、読者の好奇心を煽れるからだが――いまは、毒でしかなかったか。
ここまで申し訳なかったな、二人とも」
ここまで、というのは、セドナの謎についての話のことだろうか。
それなら、別に謝罪をされることもないだろう。
「そんなことはないぞ、モンターナ。
たとえば、さっきの話でもそうだ。
いきなりセドナが90377番目の小惑星です、なんて言われても意味不明だし。
情報を出し渋るってのは、情報を小出しにして、聞き手の許容量を超えないようにして、筋道立ててわかりやすく説明するってことでもあるだろ。
情報を出し渋るのは悪くない。
最後まで出し渋るのが危ないだけだ。
ようは最後まで説明しきればそれでいい。
モンターナは、そのままでいいんだよ」
「……カノン」
「んっ、なに?」
「……普段から、こんなん?」
「んっ!」
なんかこんなやりとり、りんねるのときもやってたな……。
*────
「じゃあ、次、わたし。
でも、フーガくんも知ってること、言うね?」
「岩塩もそうだったし、それでいいんじゃないか」
「んっ。モンターナさん、ここ、 " セドナ・ブルー " があった、よ」
「――っ!!」
おっと、カノンさんによるいきなりのフィニッシュムーブです。
モンターナ君、耐えられ――ああっ、吹っ飛ばされたーっ!
目をぱちくりさせている。あれは「マジかよ」の表情と見た。
……このあと、りんねるがなにかに勘付いてたらしい話とか、セドナ中央部の土壌の話とかしようと思っていたんだけど……これはもう必要ないかもしれない。
「……まぁ、うん。俺も、そこで確信したわけだが」
「――本当、なの、か?」
「ああ、海色に光ってたしな。
色味的に『ブルー・ジャック・ケイブ』の発光現象と同じ理屈だと思う。
つまり――発光バクテリアだ。本来は海にしかいないはずの、な。
……あ、ここでは一応バクテリアって言っとくな。
前作では結局最後まで、古細菌と区別つかなくて未分類扱いだったけど。
そこはいまは重要なとこじゃないし」
『ブルー・ジャック・ケイブ』に関しては、いろいろ謎が多かったのだ。
まともな調査が行えないほどひどい環境だったのもあるが、俺とカノンがその場所を一部プレイヤー以外には秘匿していたせいでもある。
なぜ秘匿していたかと言えば――まぁ、いまはその話はいいか。
「ね、フーガくん」
「どした、カノン?」
「どうして、フーガくんは、あの場所の苔が光ってたのが、発光バクテリアのおかげだって、思ったの?」
「あー、あのときはぼかしてすまんな。
一つは、あの色の輝きが、けっこう珍しいものだからだ」
「そう、なの?」
「光の色っていうのは、波長の長さによるだろ?
ほとんど同じ色っていうのは、ほとんど同じ光源物質ってことなんだよ。
いろんな光の色があるなかで、あの海色としか言いようのない輝きは、俺は『ブルー・ジャック・ケイブ』でしか見たことがなかった。
だから、あの場所にある苔は、『ブルー・ジャック・ケイブ』の発光バクテリアと同じ種類だと思った。
だから、あの場所にある苔には発光バクテリアが棲んでいると思ったんだよ。
言ってみれば、結論が先に出ていたから過程も逆算で定まったって感じ」
「なる、ほど?」
「更に言えば、俺はあの時点で、その奥にセドナ・ブルーがあるのを知っていた。
この地が、恐らくは " セドナ " であることを確信していた。
この地が、かつて海の傍にあったことを確信していた。
だから、海にしかいないはずの発光バクテリアが、あの場所に生息していることに違和感がなかったんだ」
あの時のカノンに、その辺を筋道立てて説明するつもりがなかったから、ぼかしたのだ。
セドナ・ブルーを説得の小道具として使うために、直前まで悟られたくなかったのもある。
「ところで……モンターナ、大丈夫か?」
なんかorzみたいなことになっているが。
「ふふ、ふ――なんというか、仮称の謎を読み解いた程度でこのセドナの秘密を解き明かしていた気になっていた自分が、身につまされるな……」
「いや、セドナの番外個体の話はどう考えても気づける方がヤバいから誇っていいと思うぞ」
「うん、あれ、すごい……よね」
外堀と内堀から、このセドナの異常性が埋められていく。
実に小気味いい。推理小説の解答編のようで。
*────
「ねぇ、フーガくん。わたし、もう1つ、気になっていること、あるんだけど」
「順番通りに行けば、次はモンターナが吐く番だけど――まぁ別にいいか。なんだ?」
モンターナはまだセドナ・ブルーの衝撃から立ち直ってないみたいなので、ちょうどいいだろう。
「フーガくん、セドナ・ブルーを見せてくれたとき、言ってくれたよね。
『6年経っても、世界が変わっても。
……数万年か、数億年経っても、姿を変えていないんだ。
生き抜くために、姿を、変えられなかったんだ。
変わるってのは、それだけ難しいことなんだよ』
……って」
「やめて! モンターナの前で復唱しないで!」
カノンの前では相当恥ずかしいこと言ってるからな、俺!
その自覚くらいあるよ! それを白日の下に晒さないでくれ、頼むから!
セドナブルーを見せたあとにポエムってるあたりが痛すぎる!
そもそも後半は言う必要なかっただろ!
というか、もしかしてカノン、俺が言ったことぜんぶ覚えてんの?
サヴァン症候群かな?
青さが足りていないのは俺だけだったようだ。
周りの人間のスペックが高すぎる。
「……6年経っても、世界が変わっても。
それは、わかるの。こっちの世界にも、セドナ・ブルーがあったから。
でも、『数万年か、数億年経っても』っていうのは、どういうこと?」
「カノンは本当に耳聡いな……」
俺がこれまでに口走ってしまったすべてのことについて、言質を取られているとみていいだろう。
大丈夫かな、俺。なにかとんでもないことを約束したりしてないよな?
「……カノン。この世界のセドナは、高地だよな?」
「えっ、うん」
「この高地は、昔は海だったよな?」
「……うん。塩が、あるからだよね」
「じゃあ、ここでいったん思考を切り替えて。
前作『犬』で、セドナは海沿いにあったよな」
「うん」
「セドナ・ブルーは、何万年も姿を変えない不死の花だって話だったよな」
「うん。……そうしないと、生きられない、から」
「じゃあさ、カノン。いま言ったすべてのことを、一本の線に載せてみようぜ」
「えっ……」
「まだ、仮定の話だよ。カノン。
仮に、もしも仮にだ。
この世界が、あの世界の続きだったとしたら、どうなる?」
「――え」
「この世界とあの世界が、時間的に地続きだったとしたら、どうなる?」
「……。」
「さっき言ったすべてのことは、驚くほどうまく、1本の上の線に載せることができるんだ。
線自体は見えないけれど、その上に載る点は、1つの線を描き出す。
その線は仮定にすぎないけれど、上に載る点が多くなればなるほど、蓋然性を増すんだ」
いろんなものを見て、感じるたびに。
より、確からしくなる、一つの仮説。
「あの世界にあったのものが、この世界にも残っている。
その極めつけが、セドナ・ブルーという奇跡の花だ。
あれはなにも、胆礬の洞窟ならどこでもできるわけじゃないんだ。
いくつもの奇跡が重ならないとできない、神秘の結晶なんだ。
地球上では当然、見つかっていない。できるはずがない。
あの世界にしか見つからなかった、あの場所でしか出逢えないはずの神秘なんだ。
それが、この世界にも存在すること。
こちらでも同じような奇跡が重なってできたのかもしれない。
幾つもの奇跡が重なって生じた奇跡が、偶然まったく一致するなんて、トンネル効果も真っ青な確率だと思うけれど。
ありえない話ではないかもしれない。
――だけど、奇跡じゃないかもしれない。必然かもしれない」
モンターナが、ゆっくりと立ち上がる。
そこにはもう、打ちのめされたような気配はない。
もともと、打ちのめされる理由はなかったと思うのだが……。
「……なぁ、モンターナ。それは、あるのか?
俺の仮定が、いまは単なる妄想にすぎないものが、
もしかすると事実かもしれないと、そう裏付けるような。
そんな誰の目にも明らかな物証は、果たしてあるのか?」
俺の予想が正しければ、ある。
モンターナは、それを知っている。
ここに来る前から感じていたそれは、先ほど確信に変わった。
なぜなら、先ほど彼は問うたのだ。
『ここは――いつだ?』と。
その答えを予期していなければ、その問いは生まれない。
かれは、既になにかを見つけているのだ。
ここは――なにか。
ここは――どこか。
ここは――いつか。
そのすべてに通じるような、なにか決定的な、物的証拠を。
そして、恐らくは。
それこそが、彼が俺たちに見せようとしているものでもある。
この岩壁に挟まれた峡谷の先に、あるものでもある。
「――ある。」
果たして。
モンターナは、俺の問いに肯定した。
俺の途方もない仮説を、裏付けるようなものがあると、そう言った。
「フーガ、カノン。ここからは、この先で語ろう。
私の知っている、いま考えている、すべてを話したい」
探偵は、そうして語り出す。
……いよいよ、クライマックスかな?
それは、この地の南を東西に遮断する、岩の壁。
その壁には、大きな亀裂が走っている。
その遥か先には、空が見える。
なにもない、宙が。
「なぁ、フーガ。カノン。
ここは――なんだ。
ここは――どこだ。
ここは――いつだ。」
モンターナは、俺たちに問う。
でも、それはきっと、問いではなく、確認。
彼の考えていることと俺の考えていることが、一致しているのか。
彼はそれを、確認しようとしているだけだ。
だから、俺は自信をもって答える。
「―― " セドナ " だろ。モンターナ」
その答えは、既にずっと前から、心のうちにあったから。
「……だよな? カノン」
「ふえっ!?」
……流石に無茶ぶりだったか。
カノンは俺と同じものを見ているから、既に薄々察してはいるんだろうけれど。
だが――まだ、思考の整理が追い付いていないのかもしれない。
いい機会だ。ここらで情報を整理してしまおうか。
モンターナの方からも追加の情報が得られれば、より蓋然性を高められるだろう。
……セドナの名に反応していたりんねるも、薄々察してたっぽいし、ここに居ないのが残念だ。
*────
「モンターナ、探索を始める前に、情報交換と行かないか」
「む?」
「ここまで俺たちは、それぞれちがうものを見て、ちがうものを感じてきたはずだ。
だけどこうして、同じ結論に辿り着いた。
俺がその結論に至ったのは、なにもあの岩壁の眼下に見た光景から妄想したからじゃないんだ。
いろいろと思うところがあった。
モンターナも、そうなんじゃないか?」
「……そうだな。その通りだ」
「じゃあ、ここで互いしか知らない情報を擦り合わせておこうぜ。
俺たちは、別に腹を探り合う関係じゃないんだ。
情報の齟齬は失くしておいたほうが良い」
テーブルトークゲームの鉄則だ。
仲間内で情報を最後まで出し渋っていると、詰むことがある。
組み合わせれば答えになるはずだった手掛かりを、各々が秘匿することで、答えに辿り着けなくなる、間違った推理に陥ってしまう。
情報なんて言うのは、少なくとも仲間内では、最後まで出し渋ってはいけないのだ。
時には敵に対してでも、あけすけにぶつけていかないといけないときがあるというのに。
まぁ、別に自滅したいなら秘匿してもいいんだけどね。
すべてのプレイヤーにはその権利がある。
だが、お互いが助かりたいと思っているのに、情報を出すタイミングを失ったことで結果的に詰んでしまうのは、見ていてやきもきする。
「気になったことは必ず一度は確認しておけ」と同じくらい、「仲間内で情報を出し渋るな」「渋るにしても決戦前夜までには吐け」は俺のなかで鉄則なのだ。
「……そうだな。そうしよう」
「カノンも、一緒に考えようぜ。この世界について」
「うんっ。わたしも、気になってること、ある」
「おっ、いいねぇ。そういうのは大事だぞ」
プレイヤー同士が望んだ結末を迎えるための、良い雰囲気ができつつある。
あとはダイスロールさえ失敗しなければおっけーだな!!
*────
「じゃ、言い出しっぺだし、俺から行こうか。
……このセドナでは、岩塩が採れる。モンターナは知ってた?」
「なにっ!? 本当かっ!?」
知らなかったようだ。
これがストラテジーゲームならこの手の資源情報の秘匿には意味があるが……モンターナは協力者だし、知り合いだし、大切な友人だからな。
秘匿する意味があんまりない。
重要情報もどんどん垂れ流していこう。
「で、ここからは俺の推理。
岩塩が採れるということは、ここがかつて、海だったということだ。
更に言えば、岩塩は玄武岩の中に混じってたから、このセドナが隆起したとき、セドナはまだ海に面していた可能性が高い。
つまり、本来は海抜0m付近であったセドナが、火山活動でここまで押し上げられたってことになる」
この辺の推理が合ってるかどうかは知らんが、少なくともセドナには岩塩が存在するのはたしかだ。
それさえ伝えておけば、あとはモンターナの方でも推理を広げられるだろう。
「……とか、そういう情報を言い合おう、ってことなんだけど。
いいかな、モンターナ?」
「……ああ。フーガの言いたいことは、よくわかった。
――ああ、くそっ。これは、ここまでちょっと失敗していたかな。
どうにも私は、情報を出し渋る悪癖がある。
そちらの方が、読者の好奇心を煽れるからだが――いまは、毒でしかなかったか。
ここまで申し訳なかったな、二人とも」
ここまで、というのは、セドナの謎についての話のことだろうか。
それなら、別に謝罪をされることもないだろう。
「そんなことはないぞ、モンターナ。
たとえば、さっきの話でもそうだ。
いきなりセドナが90377番目の小惑星です、なんて言われても意味不明だし。
情報を出し渋るってのは、情報を小出しにして、聞き手の許容量を超えないようにして、筋道立ててわかりやすく説明するってことでもあるだろ。
情報を出し渋るのは悪くない。
最後まで出し渋るのが危ないだけだ。
ようは最後まで説明しきればそれでいい。
モンターナは、そのままでいいんだよ」
「……カノン」
「んっ、なに?」
「……普段から、こんなん?」
「んっ!」
なんかこんなやりとり、りんねるのときもやってたな……。
*────
「じゃあ、次、わたし。
でも、フーガくんも知ってること、言うね?」
「岩塩もそうだったし、それでいいんじゃないか」
「んっ。モンターナさん、ここ、 " セドナ・ブルー " があった、よ」
「――っ!!」
おっと、カノンさんによるいきなりのフィニッシュムーブです。
モンターナ君、耐えられ――ああっ、吹っ飛ばされたーっ!
目をぱちくりさせている。あれは「マジかよ」の表情と見た。
……このあと、りんねるがなにかに勘付いてたらしい話とか、セドナ中央部の土壌の話とかしようと思っていたんだけど……これはもう必要ないかもしれない。
「……まぁ、うん。俺も、そこで確信したわけだが」
「――本当、なの、か?」
「ああ、海色に光ってたしな。
色味的に『ブルー・ジャック・ケイブ』の発光現象と同じ理屈だと思う。
つまり――発光バクテリアだ。本来は海にしかいないはずの、な。
……あ、ここでは一応バクテリアって言っとくな。
前作では結局最後まで、古細菌と区別つかなくて未分類扱いだったけど。
そこはいまは重要なとこじゃないし」
『ブルー・ジャック・ケイブ』に関しては、いろいろ謎が多かったのだ。
まともな調査が行えないほどひどい環境だったのもあるが、俺とカノンがその場所を一部プレイヤー以外には秘匿していたせいでもある。
なぜ秘匿していたかと言えば――まぁ、いまはその話はいいか。
「ね、フーガくん」
「どした、カノン?」
「どうして、フーガくんは、あの場所の苔が光ってたのが、発光バクテリアのおかげだって、思ったの?」
「あー、あのときはぼかしてすまんな。
一つは、あの色の輝きが、けっこう珍しいものだからだ」
「そう、なの?」
「光の色っていうのは、波長の長さによるだろ?
ほとんど同じ色っていうのは、ほとんど同じ光源物質ってことなんだよ。
いろんな光の色があるなかで、あの海色としか言いようのない輝きは、俺は『ブルー・ジャック・ケイブ』でしか見たことがなかった。
だから、あの場所にある苔は、『ブルー・ジャック・ケイブ』の発光バクテリアと同じ種類だと思った。
だから、あの場所にある苔には発光バクテリアが棲んでいると思ったんだよ。
言ってみれば、結論が先に出ていたから過程も逆算で定まったって感じ」
「なる、ほど?」
「更に言えば、俺はあの時点で、その奥にセドナ・ブルーがあるのを知っていた。
この地が、恐らくは " セドナ " であることを確信していた。
この地が、かつて海の傍にあったことを確信していた。
だから、海にしかいないはずの発光バクテリアが、あの場所に生息していることに違和感がなかったんだ」
あの時のカノンに、その辺を筋道立てて説明するつもりがなかったから、ぼかしたのだ。
セドナ・ブルーを説得の小道具として使うために、直前まで悟られたくなかったのもある。
「ところで……モンターナ、大丈夫か?」
なんかorzみたいなことになっているが。
「ふふ、ふ――なんというか、仮称の謎を読み解いた程度でこのセドナの秘密を解き明かしていた気になっていた自分が、身につまされるな……」
「いや、セドナの番外個体の話はどう考えても気づける方がヤバいから誇っていいと思うぞ」
「うん、あれ、すごい……よね」
外堀と内堀から、このセドナの異常性が埋められていく。
実に小気味いい。推理小説の解答編のようで。
*────
「ねぇ、フーガくん。わたし、もう1つ、気になっていること、あるんだけど」
「順番通りに行けば、次はモンターナが吐く番だけど――まぁ別にいいか。なんだ?」
モンターナはまだセドナ・ブルーの衝撃から立ち直ってないみたいなので、ちょうどいいだろう。
「フーガくん、セドナ・ブルーを見せてくれたとき、言ってくれたよね。
『6年経っても、世界が変わっても。
……数万年か、数億年経っても、姿を変えていないんだ。
生き抜くために、姿を、変えられなかったんだ。
変わるってのは、それだけ難しいことなんだよ』
……って」
「やめて! モンターナの前で復唱しないで!」
カノンの前では相当恥ずかしいこと言ってるからな、俺!
その自覚くらいあるよ! それを白日の下に晒さないでくれ、頼むから!
セドナブルーを見せたあとにポエムってるあたりが痛すぎる!
そもそも後半は言う必要なかっただろ!
というか、もしかしてカノン、俺が言ったことぜんぶ覚えてんの?
サヴァン症候群かな?
青さが足りていないのは俺だけだったようだ。
周りの人間のスペックが高すぎる。
「……6年経っても、世界が変わっても。
それは、わかるの。こっちの世界にも、セドナ・ブルーがあったから。
でも、『数万年か、数億年経っても』っていうのは、どういうこと?」
「カノンは本当に耳聡いな……」
俺がこれまでに口走ってしまったすべてのことについて、言質を取られているとみていいだろう。
大丈夫かな、俺。なにかとんでもないことを約束したりしてないよな?
「……カノン。この世界のセドナは、高地だよな?」
「えっ、うん」
「この高地は、昔は海だったよな?」
「……うん。塩が、あるからだよね」
「じゃあ、ここでいったん思考を切り替えて。
前作『犬』で、セドナは海沿いにあったよな」
「うん」
「セドナ・ブルーは、何万年も姿を変えない不死の花だって話だったよな」
「うん。……そうしないと、生きられない、から」
「じゃあさ、カノン。いま言ったすべてのことを、一本の線に載せてみようぜ」
「えっ……」
「まだ、仮定の話だよ。カノン。
仮に、もしも仮にだ。
この世界が、あの世界の続きだったとしたら、どうなる?」
「――え」
「この世界とあの世界が、時間的に地続きだったとしたら、どうなる?」
「……。」
「さっき言ったすべてのことは、驚くほどうまく、1本の上の線に載せることができるんだ。
線自体は見えないけれど、その上に載る点は、1つの線を描き出す。
その線は仮定にすぎないけれど、上に載る点が多くなればなるほど、蓋然性を増すんだ」
いろんなものを見て、感じるたびに。
より、確からしくなる、一つの仮説。
「あの世界にあったのものが、この世界にも残っている。
その極めつけが、セドナ・ブルーという奇跡の花だ。
あれはなにも、胆礬の洞窟ならどこでもできるわけじゃないんだ。
いくつもの奇跡が重ならないとできない、神秘の結晶なんだ。
地球上では当然、見つかっていない。できるはずがない。
あの世界にしか見つからなかった、あの場所でしか出逢えないはずの神秘なんだ。
それが、この世界にも存在すること。
こちらでも同じような奇跡が重なってできたのかもしれない。
幾つもの奇跡が重なって生じた奇跡が、偶然まったく一致するなんて、トンネル効果も真っ青な確率だと思うけれど。
ありえない話ではないかもしれない。
――だけど、奇跡じゃないかもしれない。必然かもしれない」
モンターナが、ゆっくりと立ち上がる。
そこにはもう、打ちのめされたような気配はない。
もともと、打ちのめされる理由はなかったと思うのだが……。
「……なぁ、モンターナ。それは、あるのか?
俺の仮定が、いまは単なる妄想にすぎないものが、
もしかすると事実かもしれないと、そう裏付けるような。
そんな誰の目にも明らかな物証は、果たしてあるのか?」
俺の予想が正しければ、ある。
モンターナは、それを知っている。
ここに来る前から感じていたそれは、先ほど確信に変わった。
なぜなら、先ほど彼は問うたのだ。
『ここは――いつだ?』と。
その答えを予期していなければ、その問いは生まれない。
かれは、既になにかを見つけているのだ。
ここは――なにか。
ここは――どこか。
ここは――いつか。
そのすべてに通じるような、なにか決定的な、物的証拠を。
そして、恐らくは。
それこそが、彼が俺たちに見せようとしているものでもある。
この岩壁に挟まれた峡谷の先に、あるものでもある。
「――ある。」
果たして。
モンターナは、俺の問いに肯定した。
俺の途方もない仮説を、裏付けるようなものがあると、そう言った。
「フーガ、カノン。ここからは、この先で語ろう。
私の知っている、いま考えている、すべてを話したい」
探偵は、そうして語り出す。
……いよいよ、クライマックスかな?
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