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一章
" vitrified forts "
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小さな台地の端から、空へ向かって頭を突き出したまま。
呆然とした頭で、モンターナの声を聴く。
「私は、この台地に見せたいものがあると言ったが。
それは、ちょっとだけ語弊があったな。正しくは、こうだ。
私は、この台地そのものを見せたかったんだ。
セドナの岩壁から突き出すようにして生えている。
――この白い岩山を」
俺が覗き込んだ、断崖絶壁。
その側面は、白い。
セドナに降り注ぐ陽光を照り返して、白い輝きを放っている。
まっ平らで、垂直に落ちる、つややかな白い岩壁。
(……。)
そして、その白い側面は15mほど下方まで続いており。
その下には、なにもない。
この台地の下には、なにもない。
この台地は、セドナの断崖絶壁から、突き出しているのだ。
「フーガくん。……危ない、よ」
頭を突き出したままの俺の脚に、カノンが触れる。
落ちないように、引き留めてくれる。
彼女の力で、滑落する俺を引き留められるかは怪しいところだが――
万が一にもそうならないように、この辺にしておこう。
ずりずりと這うようにして、崖の傍から後退する。
なにか、信じられないものを見た気分だ。
……これは、なんだ?
いや、そうか。
そういう、ことか。
おかしくは、ないのか。
(……。)
と、なると、確認したいことがある。
崖から離れ、今度はロープで降りてきた岩壁の方へ。
その岩壁と、この白い岩山の交わり方を見る。
(……。)
岩壁が台地に接する部分は、岩肌に走る亀裂が多くなっている。
つまり、脆くなっているということ。
そこだけ、力学的に歪な形成が成されたということ。
この白い岩山の台地は、玄武岩質の岩壁の内部にまで、深く食い込んでいる。
そして、その食い込んでいる部分も――つるつるしているように見える。
(……やっぱりか)
順番は、わかった。
しかし、原因がわからない。
なぜ、こうなった?
この白い岩山は――なんだ?
*────
「……フーガ、そろそろいいかな?」
モンターナに声を掛けられる。
……うん、もういいだろう。
現時点では、これ以上はただの妄想だ。
モンターナの知見とすり合わせたほうが、確度が高い。
「ん、お待たせ。……いや、灯台下暗しってやつだな。
まさかあの白い岩山が、こんな近くにもあるとは。
この断崖絶壁を降りるまでもなかったって訳だ」
「この台地って、崖の下に見える白い岩山と、いっしょ?」
「ああ、私もそう考えた。
つまり、この台地を調べればあの白い岩山の正体もわかるだろう、と」
「考えた、ね……」
まぁ、そうだろうな。
『モンターナも、あの白い岩山がなにかはわからないってことか』
先ほどの俺の問いかけに、モンターナはこう答えたのだ。
『いや――あの白い岩山に限定するならば、わかる』
つまり、モンターナは既にこの台地を調べ終えている。
そしてこの台地の正体、すなわちあの白い岩山の正体に、推測をつけているのだ。
「じゃあ、あらためて聞いてもいいかな。モンターナ。
俺たちの足元にある、そしてセドナの遥か下に見える、白い岩山の正体は、なんだ?」
そして、その答えは、先にはぐらかされたもう一つの問いにもつながるだろう。
「なぜ、この世界は、あの世界の後なんだ?」
あのときモンターナが、その問いに答えなかった理由。
それはたぶん、この白い岩山の正体こそが、その答えだからだ。
「……相変わらず、聡いな、フーガは。
それがつながっているということが、わかるのか?」
「正直、この白い岩山がなんなのかによる。
少なくとも俺の知識量ではわからん。……カノン、わかる?」
「……わかんない、けど。
このつるつる、ガラスっぽい、よね」
「ああ、俺もそう思う。あの湖に生えてた白い岩山も、ガラスっぽかった」
そう、ガラスっぽいのだ。なぜか。
その理由だけが、わからない。
なんで、そうなる?
俺の予想では、それはガラスではないだろう?
「……カノン、フーガ。あらかじめ了承しておいてもらいたい
これからする話は、実のところその大部分が、わたしの単なる勘なんだ。
わたしのつたない知識では、まちがっているところもあるだろう。
だから――」
「ん、ふふっ」
「……どうした、カノン?」
「モンターナさんも、フーガくんも、きょーじゅも。
みんな、同じだなって」
「あー、確度の低い情報を話すときに前置きする面子らしい。
話す前にいちいち予防線を張る連中、と言い換えてもいいぞ」
「うっ……いや、まぁ、その……」
モンターナも、自分のことばに責任を持ちたがるタイプだからな。
りんねるもそうだが、発言に影響力のある人間と言うのは大変なようだ。
俺はただ、予防線を張っているだけだが。
「お前の考えを聞かせてくれよ、モンターナ。
面白ければなんでもいいぞ」
「んっ。モンターナさんの、聞かせて?」
「……こほん。いいだろう。 ――では、今回は。
セドナの外側に見ることができる、摩訶不思議な白い岩山について、紹介させて頂こう」
「おっ、カレドリアン・シャーズ節、いいぞ」
「懐かしい、ねっ」
「こういうのはノリが大事ということで一つ」
盛り上がって参りました。
*────
「さて、では少々回り道から入ろう。フーガ、カノン。
現実の世界の中には、科学で解き明かされていないものが無数にある、ということは知っているかね」
「ぼちぼち。バクテリアとか古細菌とか」
「え、と。宇宙に、いっぱい?」
「うむ、その通りだ。
21世紀までに、科学は大きく発達して、ミクロの世界もマクロの世界も、その多くが解明された。
ゆえに、もはや地球の中には、もう謎めいたものなどなにもない。
――などというのは、現代人が陥りがちなおごりの一つだ。
宇宙はもちろん、地球の中にさえ、まだまだ無数の神秘がある。
解明されていない謎がある。」
前作で、『ブルー・ジャック・ケイブ』が謎多き場所だったのは、もちろん俺たちが積極的に研究調査を行おうとしなかったからというのもあるけれど。
たとえガチ勢が総出で研究調査を行っていても、その謎を解明しきれていたかどうかはわからなかっただろう。
なぜなら、発光バクテリア一つをとっても、現実世界で解明されていない謎を多く残しているからだ。
現実世界でもよくわかっていない理屈が、仮想世界に適用できるはずがない。
バクテリアや古細菌と言ったミクロの世界は、現実においてもまだまだ解明しきれていないのだ。
「さて、そんな科学で解明されていない現実の謎の一つに、こんな現象がある。
それは、フーガの言うようなミクロの世界の話でも、カノンの言うようなマクロの世界の話でもない。
ただ、その理由がわからない、その理屈がわかっていない。そんな現象だ。
それは、ヨーロッパの数十の遺跡で見られる、とある奇妙な現象。
紀元前8,500年ほどから1世紀ごろに作られたと思われる遺跡に、奇妙な変容が見られるのだ」
「へん、よう?」
「ああ。石材やレンガを用いて作られた、砦や要塞と思われる建造物が、ガラス化しているんだ」
「……ガラス化、というと?」
「建材が、超高温で、溶けた。
そして、融解した岩石成分のうち、ケイ酸塩化合物が表出した。
それが、建造物丸ごと起こった。
……そう考えられている」
「そんなこと、起こりうるのか?」
「1,000度以上の高温が、ある程度の時間続けば、起こりうる……と言われている」
なんだそれ。
なんか超高温の窯にでも突っ込んだのか。
「ときに二人は、ガラスになった町、なんて伝説を聞いたことがないか?
あるいは、古代核戦争説、なんていうオカルトは?」
「あー、古代核戦争説は、なんか聞いたことあるような」
なんだっけ。どっかの、世界遺産級に有名な遺跡が、その名残だとか?
モヘンジョダロだっけ。カッパドキアだっけ。
「これらの話には、いわゆるオカルトチックで眉唾物なものが多いが……それらがオカルトチックになってしまうのには、ちゃんと理由がある」
誰の目にも明らかなものには、オカルトの入り込む隙間はない。
逆に言えば、オカルトチックな話が付きまとうものとは。
「それは、わからないからだ。
ガラス化した遺跡は確かにあるのに、ガラス化した理由がわからない。
いや、部分的にわかってはいるんだ。
1,000度を超える高温が、一定時間以上続けば、という過程はわかっている。
ケイ素質の建材がガラス化している、という結果もわかっている。
ただ、原因がわからない。
いったいなにが起これば、そんな過程が生じる?」
……建物や町一つを、まるごとガラスに変えてしまうような、大きな熱源。
なんだろ、やっぱ火山活動とかだろうか。
マグマの温度って1,000度くらいじゃなかったっけ。
でもマグマに呑まれたって言うなら、そういう遺跡として残るよな。
イタリアのナポリ近郊のあの遺跡のように。
「その過程を生じさせた原因だけが、わかっていないんだ。
人間の想像力の及ぶ範囲でその原因を考えると、なにやらオカルトチックな話に転びたくなってしまう。
たとえば――古代に、核戦争が起こった、とか。
そのガラス化の原因は、核爆発によるものだ、とか。そんな荒唐無稽な話に」
「それは、どう、だろ……」
「まぁ、そう唱える人も現代にはいる、ということだ。
デヴィッド・ダヴェンポートの『人類は核戦争で一度滅んだ』なんて、読めばいかにもその気になってしまうよ。
タイトルが陰謀論めいているし、出版社がかの有名なオカルト雑誌を出しているところだから、偏見を持ってしまうかもしれないが……驚くほどまともな研究報告書だったよ、あれは」
モンターナは、実際に読んだことがあるのだろう。
たしかに、冒険家とオカルトは切り離せないものだ。
あの有名な冒険家も、オカルトを巡っていっぱい冒険している。
透明な頭蓋骨とか。
「一方でブライアン・ダンニングのように、古代核戦争説に反論し、こうしたガラス化現象はあくまで人間の手によって行われた可能性が高い、と指摘するものもいる。
なにせ、その時代には核兵器が手に入らないからね。
彼曰く、もっとも可能性が高いのは、人間の手による意図的なガラス化加工だ。
人間にそれができるというのなら、それがもっともらしい説だろう。
ただし、彼がその論文のなかで言っているように、あくまで一部の遺跡については、という注釈がつく。
適切な鉱物の混合物とシリカを含む岩石だけが、そうした『人間の手によるガラス化加工』ができると証明されている。
逆に言えば、それ以外の建材のガラス化については、いまだ謎のままだ。」
まぁ、その人の考え方の方が普通だろう。
建物一つを焼き上げる高温の窯を再現するために、核兵器を持ち込むのはかなり早急な説だ。
べつに、オカルトを持ち出さずともいいのだ。
過程と結果に合わせた原因さえ、用意することができれば。
「また別の説には、太陽フレアが関係しているのでは、という説もある。
太陽フレアにより地上に発生する、大規模なプラズマ現象。
その現象により大気中の気体がイオン化され、大きな電気が生じる。
そのせいで岩が溶けてガラス化されるのではないか、というものだ」
「おお、なんかあたまよさそう……」
「そろそろ、わかんない、かも……」
頭悪そうなことを言ってしまった。
俺もそろそろついていけんぞ。
「……大して重要でない部分で少々熱くなってしまった、すまない。
つまり、そのようなガラス化の原因については諸説ある、ということだ。
それらの真偽は、いまは明らかでない。
だが、そこから得られるものはある。
すなわち――過程と、結果だ。
1,000度を超える高温が、一定以上続く、という過程。
ケイ素質の建材がガラス化する、という結果。
その科学的にたしかな二つの要素から成る、現実でも解明されていない謎の一つ。
それこそが――『ガラス化砦/vitrified forts』だ。」
「びとりふぁいど、ふぉーつ……」
なんだろう、横文字にしただけで謎のカッコよさが。
「さて。少々遠回りしてしまったが、そろそろ結論と行こうか。
これらのガラス化砦は、いまはガラス質ではあるが、かつてはそうでなかった。
なにかしらの建材が、熱を加えられたことによりガラス化したものだ。
すべてのガラス化砦のガラスには、当然だが、元となった建材がある。
ガラス化した建材を分析することで、元となった建材も推定できる。
元はレンガであったとか、玄武岩質の石材であったとかね」
元素がどこかに行ってしまうわけではないのだから、わかるのだろうか。
そこらへんはちょっとわからないけれど。
「……さて、フーガ、カノン。
この世界には、すばらしい装置があると思わないか?」
「おん?」
「分析すればわかるなら、分析してみればいいと思わないか?」
「あっ……分析装置?」
「っておい、モンターナ。まさか、もう調べてあるのか?」
「ああ。この台地で拾った、白い岩石を、ね。
その結果、とても――とても、面白いことがわかったよ。
それこそが、セドナの仮称の謎に続いて、私たちが解き明かす、大いなる謎の2つ目だ」
先ほどモンターナは、これから語ることが、単なる勘だと言ったけれど。
俺たちを見遣るその表情は、確信に満ちていて。
きっとそれは、彼の中ではもう、極めて確からしいのだ。
「フーガ。先ほどの君の問いに答えよう。
この白い岩石は、なにか。
あの白い岩山は、なにか。
「この白い岩石の主成分は、未知のケイ酸塩化合物。
だから、フーガ、カノン。君たちの感じた通りだ。
つるつるしている。輝いている。
この白い岩石は、ガラスだ。
この台地や、セドナ高地の下方に見えるあの白い岩山の正体は、ガラスの塊なんだ。
しかも、ただのソーダ石灰ガラスや石英ガラスじゃない。
通常そうなることはあり得ないようなものが、通常あり得ないような環境下で、ガラス化したものだ。
だから、未知の化合物なんだ。
「そして、ガラス化する前の、その建材の正体は――
そして、冒険家は告げる。
これまでのすべての疑問に通じる、
一つの、こたえを。
「――コンクリート、みたいだよ?」
呆然とした頭で、モンターナの声を聴く。
「私は、この台地に見せたいものがあると言ったが。
それは、ちょっとだけ語弊があったな。正しくは、こうだ。
私は、この台地そのものを見せたかったんだ。
セドナの岩壁から突き出すようにして生えている。
――この白い岩山を」
俺が覗き込んだ、断崖絶壁。
その側面は、白い。
セドナに降り注ぐ陽光を照り返して、白い輝きを放っている。
まっ平らで、垂直に落ちる、つややかな白い岩壁。
(……。)
そして、その白い側面は15mほど下方まで続いており。
その下には、なにもない。
この台地の下には、なにもない。
この台地は、セドナの断崖絶壁から、突き出しているのだ。
「フーガくん。……危ない、よ」
頭を突き出したままの俺の脚に、カノンが触れる。
落ちないように、引き留めてくれる。
彼女の力で、滑落する俺を引き留められるかは怪しいところだが――
万が一にもそうならないように、この辺にしておこう。
ずりずりと這うようにして、崖の傍から後退する。
なにか、信じられないものを見た気分だ。
……これは、なんだ?
いや、そうか。
そういう、ことか。
おかしくは、ないのか。
(……。)
と、なると、確認したいことがある。
崖から離れ、今度はロープで降りてきた岩壁の方へ。
その岩壁と、この白い岩山の交わり方を見る。
(……。)
岩壁が台地に接する部分は、岩肌に走る亀裂が多くなっている。
つまり、脆くなっているということ。
そこだけ、力学的に歪な形成が成されたということ。
この白い岩山の台地は、玄武岩質の岩壁の内部にまで、深く食い込んでいる。
そして、その食い込んでいる部分も――つるつるしているように見える。
(……やっぱりか)
順番は、わかった。
しかし、原因がわからない。
なぜ、こうなった?
この白い岩山は――なんだ?
*────
「……フーガ、そろそろいいかな?」
モンターナに声を掛けられる。
……うん、もういいだろう。
現時点では、これ以上はただの妄想だ。
モンターナの知見とすり合わせたほうが、確度が高い。
「ん、お待たせ。……いや、灯台下暗しってやつだな。
まさかあの白い岩山が、こんな近くにもあるとは。
この断崖絶壁を降りるまでもなかったって訳だ」
「この台地って、崖の下に見える白い岩山と、いっしょ?」
「ああ、私もそう考えた。
つまり、この台地を調べればあの白い岩山の正体もわかるだろう、と」
「考えた、ね……」
まぁ、そうだろうな。
『モンターナも、あの白い岩山がなにかはわからないってことか』
先ほどの俺の問いかけに、モンターナはこう答えたのだ。
『いや――あの白い岩山に限定するならば、わかる』
つまり、モンターナは既にこの台地を調べ終えている。
そしてこの台地の正体、すなわちあの白い岩山の正体に、推測をつけているのだ。
「じゃあ、あらためて聞いてもいいかな。モンターナ。
俺たちの足元にある、そしてセドナの遥か下に見える、白い岩山の正体は、なんだ?」
そして、その答えは、先にはぐらかされたもう一つの問いにもつながるだろう。
「なぜ、この世界は、あの世界の後なんだ?」
あのときモンターナが、その問いに答えなかった理由。
それはたぶん、この白い岩山の正体こそが、その答えだからだ。
「……相変わらず、聡いな、フーガは。
それがつながっているということが、わかるのか?」
「正直、この白い岩山がなんなのかによる。
少なくとも俺の知識量ではわからん。……カノン、わかる?」
「……わかんない、けど。
このつるつる、ガラスっぽい、よね」
「ああ、俺もそう思う。あの湖に生えてた白い岩山も、ガラスっぽかった」
そう、ガラスっぽいのだ。なぜか。
その理由だけが、わからない。
なんで、そうなる?
俺の予想では、それはガラスではないだろう?
「……カノン、フーガ。あらかじめ了承しておいてもらいたい
これからする話は、実のところその大部分が、わたしの単なる勘なんだ。
わたしのつたない知識では、まちがっているところもあるだろう。
だから――」
「ん、ふふっ」
「……どうした、カノン?」
「モンターナさんも、フーガくんも、きょーじゅも。
みんな、同じだなって」
「あー、確度の低い情報を話すときに前置きする面子らしい。
話す前にいちいち予防線を張る連中、と言い換えてもいいぞ」
「うっ……いや、まぁ、その……」
モンターナも、自分のことばに責任を持ちたがるタイプだからな。
りんねるもそうだが、発言に影響力のある人間と言うのは大変なようだ。
俺はただ、予防線を張っているだけだが。
「お前の考えを聞かせてくれよ、モンターナ。
面白ければなんでもいいぞ」
「んっ。モンターナさんの、聞かせて?」
「……こほん。いいだろう。 ――では、今回は。
セドナの外側に見ることができる、摩訶不思議な白い岩山について、紹介させて頂こう」
「おっ、カレドリアン・シャーズ節、いいぞ」
「懐かしい、ねっ」
「こういうのはノリが大事ということで一つ」
盛り上がって参りました。
*────
「さて、では少々回り道から入ろう。フーガ、カノン。
現実の世界の中には、科学で解き明かされていないものが無数にある、ということは知っているかね」
「ぼちぼち。バクテリアとか古細菌とか」
「え、と。宇宙に、いっぱい?」
「うむ、その通りだ。
21世紀までに、科学は大きく発達して、ミクロの世界もマクロの世界も、その多くが解明された。
ゆえに、もはや地球の中には、もう謎めいたものなどなにもない。
――などというのは、現代人が陥りがちなおごりの一つだ。
宇宙はもちろん、地球の中にさえ、まだまだ無数の神秘がある。
解明されていない謎がある。」
前作で、『ブルー・ジャック・ケイブ』が謎多き場所だったのは、もちろん俺たちが積極的に研究調査を行おうとしなかったからというのもあるけれど。
たとえガチ勢が総出で研究調査を行っていても、その謎を解明しきれていたかどうかはわからなかっただろう。
なぜなら、発光バクテリア一つをとっても、現実世界で解明されていない謎を多く残しているからだ。
現実世界でもよくわかっていない理屈が、仮想世界に適用できるはずがない。
バクテリアや古細菌と言ったミクロの世界は、現実においてもまだまだ解明しきれていないのだ。
「さて、そんな科学で解明されていない現実の謎の一つに、こんな現象がある。
それは、フーガの言うようなミクロの世界の話でも、カノンの言うようなマクロの世界の話でもない。
ただ、その理由がわからない、その理屈がわかっていない。そんな現象だ。
それは、ヨーロッパの数十の遺跡で見られる、とある奇妙な現象。
紀元前8,500年ほどから1世紀ごろに作られたと思われる遺跡に、奇妙な変容が見られるのだ」
「へん、よう?」
「ああ。石材やレンガを用いて作られた、砦や要塞と思われる建造物が、ガラス化しているんだ」
「……ガラス化、というと?」
「建材が、超高温で、溶けた。
そして、融解した岩石成分のうち、ケイ酸塩化合物が表出した。
それが、建造物丸ごと起こった。
……そう考えられている」
「そんなこと、起こりうるのか?」
「1,000度以上の高温が、ある程度の時間続けば、起こりうる……と言われている」
なんだそれ。
なんか超高温の窯にでも突っ込んだのか。
「ときに二人は、ガラスになった町、なんて伝説を聞いたことがないか?
あるいは、古代核戦争説、なんていうオカルトは?」
「あー、古代核戦争説は、なんか聞いたことあるような」
なんだっけ。どっかの、世界遺産級に有名な遺跡が、その名残だとか?
モヘンジョダロだっけ。カッパドキアだっけ。
「これらの話には、いわゆるオカルトチックで眉唾物なものが多いが……それらがオカルトチックになってしまうのには、ちゃんと理由がある」
誰の目にも明らかなものには、オカルトの入り込む隙間はない。
逆に言えば、オカルトチックな話が付きまとうものとは。
「それは、わからないからだ。
ガラス化した遺跡は確かにあるのに、ガラス化した理由がわからない。
いや、部分的にわかってはいるんだ。
1,000度を超える高温が、一定時間以上続けば、という過程はわかっている。
ケイ素質の建材がガラス化している、という結果もわかっている。
ただ、原因がわからない。
いったいなにが起これば、そんな過程が生じる?」
……建物や町一つを、まるごとガラスに変えてしまうような、大きな熱源。
なんだろ、やっぱ火山活動とかだろうか。
マグマの温度って1,000度くらいじゃなかったっけ。
でもマグマに呑まれたって言うなら、そういう遺跡として残るよな。
イタリアのナポリ近郊のあの遺跡のように。
「その過程を生じさせた原因だけが、わかっていないんだ。
人間の想像力の及ぶ範囲でその原因を考えると、なにやらオカルトチックな話に転びたくなってしまう。
たとえば――古代に、核戦争が起こった、とか。
そのガラス化の原因は、核爆発によるものだ、とか。そんな荒唐無稽な話に」
「それは、どう、だろ……」
「まぁ、そう唱える人も現代にはいる、ということだ。
デヴィッド・ダヴェンポートの『人類は核戦争で一度滅んだ』なんて、読めばいかにもその気になってしまうよ。
タイトルが陰謀論めいているし、出版社がかの有名なオカルト雑誌を出しているところだから、偏見を持ってしまうかもしれないが……驚くほどまともな研究報告書だったよ、あれは」
モンターナは、実際に読んだことがあるのだろう。
たしかに、冒険家とオカルトは切り離せないものだ。
あの有名な冒険家も、オカルトを巡っていっぱい冒険している。
透明な頭蓋骨とか。
「一方でブライアン・ダンニングのように、古代核戦争説に反論し、こうしたガラス化現象はあくまで人間の手によって行われた可能性が高い、と指摘するものもいる。
なにせ、その時代には核兵器が手に入らないからね。
彼曰く、もっとも可能性が高いのは、人間の手による意図的なガラス化加工だ。
人間にそれができるというのなら、それがもっともらしい説だろう。
ただし、彼がその論文のなかで言っているように、あくまで一部の遺跡については、という注釈がつく。
適切な鉱物の混合物とシリカを含む岩石だけが、そうした『人間の手によるガラス化加工』ができると証明されている。
逆に言えば、それ以外の建材のガラス化については、いまだ謎のままだ。」
まぁ、その人の考え方の方が普通だろう。
建物一つを焼き上げる高温の窯を再現するために、核兵器を持ち込むのはかなり早急な説だ。
べつに、オカルトを持ち出さずともいいのだ。
過程と結果に合わせた原因さえ、用意することができれば。
「また別の説には、太陽フレアが関係しているのでは、という説もある。
太陽フレアにより地上に発生する、大規模なプラズマ現象。
その現象により大気中の気体がイオン化され、大きな電気が生じる。
そのせいで岩が溶けてガラス化されるのではないか、というものだ」
「おお、なんかあたまよさそう……」
「そろそろ、わかんない、かも……」
頭悪そうなことを言ってしまった。
俺もそろそろついていけんぞ。
「……大して重要でない部分で少々熱くなってしまった、すまない。
つまり、そのようなガラス化の原因については諸説ある、ということだ。
それらの真偽は、いまは明らかでない。
だが、そこから得られるものはある。
すなわち――過程と、結果だ。
1,000度を超える高温が、一定以上続く、という過程。
ケイ素質の建材がガラス化する、という結果。
その科学的にたしかな二つの要素から成る、現実でも解明されていない謎の一つ。
それこそが――『ガラス化砦/vitrified forts』だ。」
「びとりふぁいど、ふぉーつ……」
なんだろう、横文字にしただけで謎のカッコよさが。
「さて。少々遠回りしてしまったが、そろそろ結論と行こうか。
これらのガラス化砦は、いまはガラス質ではあるが、かつてはそうでなかった。
なにかしらの建材が、熱を加えられたことによりガラス化したものだ。
すべてのガラス化砦のガラスには、当然だが、元となった建材がある。
ガラス化した建材を分析することで、元となった建材も推定できる。
元はレンガであったとか、玄武岩質の石材であったとかね」
元素がどこかに行ってしまうわけではないのだから、わかるのだろうか。
そこらへんはちょっとわからないけれど。
「……さて、フーガ、カノン。
この世界には、すばらしい装置があると思わないか?」
「おん?」
「分析すればわかるなら、分析してみればいいと思わないか?」
「あっ……分析装置?」
「っておい、モンターナ。まさか、もう調べてあるのか?」
「ああ。この台地で拾った、白い岩石を、ね。
その結果、とても――とても、面白いことがわかったよ。
それこそが、セドナの仮称の謎に続いて、私たちが解き明かす、大いなる謎の2つ目だ」
先ほどモンターナは、これから語ることが、単なる勘だと言ったけれど。
俺たちを見遣るその表情は、確信に満ちていて。
きっとそれは、彼の中ではもう、極めて確からしいのだ。
「フーガ。先ほどの君の問いに答えよう。
この白い岩石は、なにか。
あの白い岩山は、なにか。
「この白い岩石の主成分は、未知のケイ酸塩化合物。
だから、フーガ、カノン。君たちの感じた通りだ。
つるつるしている。輝いている。
この白い岩石は、ガラスだ。
この台地や、セドナ高地の下方に見えるあの白い岩山の正体は、ガラスの塊なんだ。
しかも、ただのソーダ石灰ガラスや石英ガラスじゃない。
通常そうなることはあり得ないようなものが、通常あり得ないような環境下で、ガラス化したものだ。
だから、未知の化合物なんだ。
「そして、ガラス化する前の、その建材の正体は――
そして、冒険家は告げる。
これまでのすべての疑問に通じる、
一つの、こたえを。
「――コンクリート、みたいだよ?」
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