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一章
小さな台地
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モンターナの導きに従い、俺たちはセドナの南を遮る岩壁の外側、セドナ台地の端っこまで辿り着いた。
俺は、セドナの外側には断崖絶壁しかないと思い込んでいたが――どうやらそうでもないらしい。
少なくとも、俺の目の前、20mほど下方には、一段低まった小さな台地がある。
見たところ、特に何か目に留まるものはない。
モンターナが言うような、俺たちに見せるべきというようなものは。
「ここだ」
崖沿いの道を歩いていたモンターナが、不意に立ち止まる。
崖沿いの道は、既にその小さな台地の上まで至っている。
ここから落ちても、20mほど下にある台地に落ちるだけだ。
……いや、それでも死ぬけど。
20mってあれぞ、マンションの6階とか7階だぞ。
俺の前作の死亡歴の中でも、その高さからの受け身が成功した試しはほとんどない。
……即死は少ないんだけどね。
どう頑張ってみても、身体が衝撃に耐えられないんだな、これが。
大抵なにかしらの部位がぶち壊れる。
それは受け身に成功したとは言わないだろう。
モンターナが示した場所には、岩の裂け目にがっちりと打ち込まれたペグと、そこから下の台地まで垂れ下がっているロープがある。
「この崖には、柱状節理よろしく段差状の足場がある。
足を引っかけられる場所も無数にあるし、簡単に崩れるほどやわではない。
前作でのフーガなら、ロープなしでも登れるんじゃないか」
「おっ、それはいまの俺に対する挑戦かな?」
過去の俺よりいまの俺が劣っているとでも?
フルダイブではなかった前作での経験はあまりあてにならないが、代わりに現実での経験が活かせるからな、そこまで無様な姿は見せんと思うぞ。
現実で出来てこの世界で出来ないということはないだろう。
あとは、決してゲームだからという油断だけはしないようにしよう。
もとよりするつもりもないが。
「カノンはどうだ?」
「んっ、これくらいの高さなら、たぶんだいじょうぶ」
「これくらい……?」
モンターナが崖の下を覗いているが、カノンもワンダラーだからな。
到底常識人ではない。いろいろと壊れている。
相変わらず俺のまわりには常識人がいない。
冒険家を自称するモンターナも、まぁ、常識的な感覚なわけがないし……。
「……では、私が先に行こう。
既に一度往復しているから大丈夫だとは思うが、ペグが外れないか、ロープが耐えられているか、見ておいてくれ」
「任せろ。死ぬなよ?」
「気を付けて、ね?」
「無論さ」
そうしてモンターナは、躊躇いのない、しかし繊細な身のこなしで身を翻し、崖を降りていく。
……いまのシーン、かっこいいなぁ。いかにも冒険家って感じで。
降りる前に、ちょっとだけ帽子を目深に押さえるところとか、
「帽子、風で飛ばされない、かな」
「……そういや、そうだな」
相変わらず容赦のないカノンのツッコミ。
でも、飛ばされたらそれはそれでいいんじゃない?
冒険の途中で帽子が飛ばされるって、王道じゃない?
……いや、それが許されるのは帰り道で、なにかしらの危機を間一髪で交わした時か。
「カノン。ケープは一旦しまっといた方がいいかもしれんぞ」
「んっ。そうするっ」
俺が見ている前で、モンターナの荷重を受けとめるペグはびくともしない。
ロープの方も、崖の端と擦れる部分には、なにか特別な補強がしてあるようで、そこが擦れて千切れるような気配はない。
……これならば、数度の使用に堪えられそうだ。
少なくとも、誰かがこうして見ていれば、ありがちな事故は防げそう。
「……ぉーぃ」
下方から、モンターナの声が聞こえる。
どうやら降り切ったようだ。
30秒もかかっていないだろう。素晴らしい早業だ。
「無事に降りられたみたいだな。じゃ、次はカノン行く?」
「んっ」
ケープを革袋にしまったカノンが、続いて降りていく。
「……行く、ね?」
「ん、行ってらっしゃい、カノン。さきに行って待っててくれ」
「んっ」
そう言って、
シュンっ、と、
俺の目の前から、カノンの姿が消えた。
……思い切りがいいなぁ……。
あれ、ほとんど自由落下の速度じゃなかったか。
腕とか脚とか、また痛めてないといいけど。
慎重に行け、と言っておくべきだったかもしれない。
「……ぃぃょー」
ほどなく、下方からカノンの声が聞こえる。
早い。さすがに自由落下したわけではないだろうが。
「んじゃ、行くか」
俺でない、誰かが設えてくれたペグとロープだ。
そこにあることに感謝して、丁寧に大切に使おう。
俺の後に使う人が、いるかもしれないから。
これも登山の心得の一つだよな。
*────
「ょ、っと」
「……。」
「フーガくん、身軽だよ、ね」
「カノンがそれを言うかよ」
降りるのにかなり時間をかけたから、そんなに身軽でもない。
ロープに負担を掛けないようにしたかったから、かなり慎重に降りたつもりだ。
ロープには、ほとんど荷重を掛けていないつもりだが、どうだろ。
「……なんで、前作と変わらないんだ?」
「うん?」
ふいにモンターナに、訝しげな声を掛けられる。
「フルダイブだろう、この世界は。
動作一つをとっても、前作と同じようには、いかないだろう?
カノンの思い切りが良いのは、まぁ、わからなくも、ないが……。
フーガの動きが、前作と変わらないのは、おかしくないか?」
「あー、俺は付け焼刃のリアル経験も混じってるから」
『犬』が終わった後、失われた刺激を求めて、いろいろやっていたのだ。
結局、『犬』での死に勝る愉悦は得られなかったけれど。
それでもいろいろやってきたおかげで、『犬』での身体の動かし方は多少なりとも再現できるようになっている。
かつて繰り返した数千のシミュレーションと、現実での実践。
それが、いまの俺に淀みない崖の降下を可能にさせている。
そして【登攀】も忘れずに。これのおかげで、身体の運びが円滑になる。
見えないガイドさんが、身体の力の流れを正してくれるのかようだ。
それに……カノンほどではないけれど、俺も大概恐怖感覚が壊れている。
俺もワンダラーの端くれ、この程度ならば、恐怖で身体が竦むことはない。
そして人間の身体は、余計な力さえ入れなければ、大抵の動作をスムーズに行えるものなのだ。
その理想的な形を知っているならば、なおのこと。
そのように身体を動かせばいいだけだ。
俺は、俺の思うように、理想的な動きをしてくれる。
まるで前作で染みつかせたそれを、なぞるように。
「……これは本当に、今作でもdieジェスト期待していい感じ?」
「殺すな殺すな」
「そんだけ動けるなら期待しちゃうわー」
まだ死んでない――いや、そういえば初手のテレポバグで死んでんじゃん。
本気を出したところで死ぬときは死ぬのだと、初手で分からされてしまった。
……やっぱり『犬』は最高だな!
「ところでカノン。かなり思い切りよく行ったが、腕や脚は大丈夫か?」
「ん。これくらいなら、こわれないから」
「ならいいか。でも、伐採のときみたいに痛めるのもよくないぞ?
しばらく動きが鈍くなるからな」
「んっ」
俺が口出しをするまでもないだろう。
いつも死の手前で立ち止まっていた俺以上に、彼女はその瀬戸際を知っているはずだから。
なにをすれば、自分の身体が壊れるのか。
どこまでなら、自分の身体が壊れないのか。
彼女はその、ぎりぎりの境界を知っている。
「……いや、前にプレイスタイルを確認したときも、感心したけどさ。
あらためて実際の二人を目の当たりにすると、戦慄するよね。
ワンダラーってのは、みんなそうなの?」
「どうだろうなぁ……」
たぶん、小夜あたりは、こっちでも変わらないと思うんだけど。
むしろ、この世界ではさらに悪化するだろう。はっちゃけるだろう。
彼女の衝動を充足させるのに、フルダイブゲームほど適した舞台もないように思える。
それはカノンも俺も、同様だけれど。
「あと、なんか人ごとのように言っているけれど……モンターナ、お前も大概だぞ」
「えっ」
「どうせお前も、触覚――痛覚を含めたぜんぶの感覚に対して、完全同調させてるクチだろ?」
「――っ」
モンターナがそのように匂わせたわけではないが、確信がある。
カノンは、もはや確認するまでもなく。
この男もまた、俺たちと同じように、そうしていると。
「だって、そうじゃないと、危険を冒せない。
そうじゃないと、冒険できない。
そうじゃないと、愉しめない。
崖を降りているときとか――ゾクゾクできないだろ?」
「うっ――」
「まるで映画の中のように、その身を危険に晒して。
冒険ができる。危険を冒すことができる。
それを、愉しむことができる。
おまえも、俺たちとなにも変わらないぞ。
それどころか、おまえこそ、この世界で化けるだろうさ、モンターナ。
俺の付け焼刃の身のこなしなんて、すぐに足元にも及ばなくなるだろう。
だって、お前は――根っからの、冒険家だからな」
俺は、特に目指すべきところはないけれど。
彼には冒険家という、理想の姿がある。
何気ない動作の一つ一つをとっても、それを徹底している。
ならば、それがいずれ本物になるのも、遠くはないだろう。
いや、端から見ている分には、彼はもう既に――
「崖から身を翻したときとか、かっこよかったよなぁ、カノン」
「うんっ。映画、見てるみたいだった」
「撮影しとけば映画1本取れそうだよな。『モンターナの冒険』シリーズとか言って」
「――フフッ、それは流石にダサくないか?」
あ、口調が元に戻った。
彼は、俺たちのことを人ごとのように言ったけれど。
彼もまた、自分が俺たちと同じ穴の貉だということに気づいてくれただろうか。
テレポバグに浸りきっていなかっただけで、彼もまたワンダラーなのだ。
俺たちのことを端から褒め……褒め?られる立場ではないぞ、おまえは。
「……そういえば、カノンのグローブ、性能がよさそうだったが……」
「……フーガくんが、滑り止めつけてくれた、から……」
モンターナとカノンの会話を横手に聞きながら、小さな台地を見回す。
さて……この台地には、いったいなにがある?
*────
セドナ台地から一段降りた場所にある、この小さな台地。
この台地の地面は、俺たちが降りてきた方から見て、右を下方に少し傾いている。
斜度は……10度から15度くらいだろうか。
この程度の傾斜なら、この台地の上を歩くのに不自由するほどではない。
地面の広さは、一戸建ての家が一軒立てられるかと言ったところ。
はっきり言って、狭い。
背の低い草木が繁茂するその地面はまっ平らで、端までなんのとっかかりもない。
油断するとそのまま落ちてしまいそうだ。
そして見たところ、特に珍しいものは――
(……ん?)
俺たちが降りてきた、崖を見る。
玄武岩質の、黒い岩肌。
そのまま視線を右手にずらしていけば、そこには40mほどの高さまで遥か聳える、黒い岩壁がある。
俺たちが降りてきた分と、セドナの南に聳える岩壁の分、合わせて40m。
それはもう、高層ビルも斯くやというべき断崖だ。
ところどころに植物が繁茂しているが、その岩肌は、一様に黒い。
すべてが玄武岩質なのだろう。
よくもまぁ、こうした一枚岩が形成されるものだ。
……だが。
(……あれ、なんでだ?)
足元を見る。
植物が繁茂する地面。
そのところどころには、なにか白いものが見えている。
グローブで、足元に堆積した土をかき分けてみる。
焦げ茶色の腐葉土。
破砕した玄武岩と、腐葉土の堆積物だろう。
その下に、あるもの。
――白い、岩肌。
(……?)
なんだ、この岩盤。
なんか、変だぞこれ。
グローブを外して、その岩肌に触れてみる。
つるつるする。
……つるつる?
「……なぁ、カノン。ちょっと見てくれ」
「んっ」
思わず、モンターナと会話していたカノンを呼ぶ。
「これ……ちょっと触ってみてくれ」
「え、と。白い……岩? あっ……なんか、つるつるしてる」
「だよな」
岩石の中には、その質感が滑らかなものはある。
長い間雨風に晒されることで、綺麗に削られるものもある。
だが、それにも限度があるだろう。
ここまでつるつるになるだろうか。
ましてやこの岩肌は、地面の下に、埋まっていたのに?
……いや、待てよ。そもそも、おかしいんだ。
俺たちの目の前にある、黒い玄武岩質の岩石層。
それと同じ高さにある、俺たちの地面の下にある白いつるつるした岩盤。
なんで、こんなにちがうんだ。
かつて、この白い岩石層の上には、玄武岩層が乗っかっていた?
長い歳月の中で、玄武岩層だけが剥離して崩落した?
でも、あれ、玄武岩層の下って花崗岩層じゃなかったか?
俺たちの拠点の南の岩場は、そのようになっていたはずだ。
このあたりは、地層の形成がちがったのか?
この白い岩肌って、いったいなんの岩石なんだ?
ゆっくりと、降りてきた崖の反対側、この台地の端まで歩いていく。
崖の傍に這いつくばり、なにもない空中へと頭を伸ばす。
ヒュォォォオオオ――
風の音を聞きながら、俺は覗き込んだ。
この台地の、外側を。
(――ッ!)
「――気づいたかい、フーガ。
この台地が、なんなのか」
モンターナの声が聞こえる。
「私は、この台地に見せたいものがあると言ったが。
それは、ちょっとだけ語弊があったな。正しくは、こうだ。」
呆然とした頭で、それを聞く。
「私は、この台地そのものを見せたかったんだ。
セドナの岩壁から突き出すようにして生えている。
――この白い岩山を」
俺が知りたかったもの。
俺がモンターナに、その正体を問いただしたもの。
俺は、既に、その上に、立っていたのだ。
俺は、セドナの外側には断崖絶壁しかないと思い込んでいたが――どうやらそうでもないらしい。
少なくとも、俺の目の前、20mほど下方には、一段低まった小さな台地がある。
見たところ、特に何か目に留まるものはない。
モンターナが言うような、俺たちに見せるべきというようなものは。
「ここだ」
崖沿いの道を歩いていたモンターナが、不意に立ち止まる。
崖沿いの道は、既にその小さな台地の上まで至っている。
ここから落ちても、20mほど下にある台地に落ちるだけだ。
……いや、それでも死ぬけど。
20mってあれぞ、マンションの6階とか7階だぞ。
俺の前作の死亡歴の中でも、その高さからの受け身が成功した試しはほとんどない。
……即死は少ないんだけどね。
どう頑張ってみても、身体が衝撃に耐えられないんだな、これが。
大抵なにかしらの部位がぶち壊れる。
それは受け身に成功したとは言わないだろう。
モンターナが示した場所には、岩の裂け目にがっちりと打ち込まれたペグと、そこから下の台地まで垂れ下がっているロープがある。
「この崖には、柱状節理よろしく段差状の足場がある。
足を引っかけられる場所も無数にあるし、簡単に崩れるほどやわではない。
前作でのフーガなら、ロープなしでも登れるんじゃないか」
「おっ、それはいまの俺に対する挑戦かな?」
過去の俺よりいまの俺が劣っているとでも?
フルダイブではなかった前作での経験はあまりあてにならないが、代わりに現実での経験が活かせるからな、そこまで無様な姿は見せんと思うぞ。
現実で出来てこの世界で出来ないということはないだろう。
あとは、決してゲームだからという油断だけはしないようにしよう。
もとよりするつもりもないが。
「カノンはどうだ?」
「んっ、これくらいの高さなら、たぶんだいじょうぶ」
「これくらい……?」
モンターナが崖の下を覗いているが、カノンもワンダラーだからな。
到底常識人ではない。いろいろと壊れている。
相変わらず俺のまわりには常識人がいない。
冒険家を自称するモンターナも、まぁ、常識的な感覚なわけがないし……。
「……では、私が先に行こう。
既に一度往復しているから大丈夫だとは思うが、ペグが外れないか、ロープが耐えられているか、見ておいてくれ」
「任せろ。死ぬなよ?」
「気を付けて、ね?」
「無論さ」
そうしてモンターナは、躊躇いのない、しかし繊細な身のこなしで身を翻し、崖を降りていく。
……いまのシーン、かっこいいなぁ。いかにも冒険家って感じで。
降りる前に、ちょっとだけ帽子を目深に押さえるところとか、
「帽子、風で飛ばされない、かな」
「……そういや、そうだな」
相変わらず容赦のないカノンのツッコミ。
でも、飛ばされたらそれはそれでいいんじゃない?
冒険の途中で帽子が飛ばされるって、王道じゃない?
……いや、それが許されるのは帰り道で、なにかしらの危機を間一髪で交わした時か。
「カノン。ケープは一旦しまっといた方がいいかもしれんぞ」
「んっ。そうするっ」
俺が見ている前で、モンターナの荷重を受けとめるペグはびくともしない。
ロープの方も、崖の端と擦れる部分には、なにか特別な補強がしてあるようで、そこが擦れて千切れるような気配はない。
……これならば、数度の使用に堪えられそうだ。
少なくとも、誰かがこうして見ていれば、ありがちな事故は防げそう。
「……ぉーぃ」
下方から、モンターナの声が聞こえる。
どうやら降り切ったようだ。
30秒もかかっていないだろう。素晴らしい早業だ。
「無事に降りられたみたいだな。じゃ、次はカノン行く?」
「んっ」
ケープを革袋にしまったカノンが、続いて降りていく。
「……行く、ね?」
「ん、行ってらっしゃい、カノン。さきに行って待っててくれ」
「んっ」
そう言って、
シュンっ、と、
俺の目の前から、カノンの姿が消えた。
……思い切りがいいなぁ……。
あれ、ほとんど自由落下の速度じゃなかったか。
腕とか脚とか、また痛めてないといいけど。
慎重に行け、と言っておくべきだったかもしれない。
「……ぃぃょー」
ほどなく、下方からカノンの声が聞こえる。
早い。さすがに自由落下したわけではないだろうが。
「んじゃ、行くか」
俺でない、誰かが設えてくれたペグとロープだ。
そこにあることに感謝して、丁寧に大切に使おう。
俺の後に使う人が、いるかもしれないから。
これも登山の心得の一つだよな。
*────
「ょ、っと」
「……。」
「フーガくん、身軽だよ、ね」
「カノンがそれを言うかよ」
降りるのにかなり時間をかけたから、そんなに身軽でもない。
ロープに負担を掛けないようにしたかったから、かなり慎重に降りたつもりだ。
ロープには、ほとんど荷重を掛けていないつもりだが、どうだろ。
「……なんで、前作と変わらないんだ?」
「うん?」
ふいにモンターナに、訝しげな声を掛けられる。
「フルダイブだろう、この世界は。
動作一つをとっても、前作と同じようには、いかないだろう?
カノンの思い切りが良いのは、まぁ、わからなくも、ないが……。
フーガの動きが、前作と変わらないのは、おかしくないか?」
「あー、俺は付け焼刃のリアル経験も混じってるから」
『犬』が終わった後、失われた刺激を求めて、いろいろやっていたのだ。
結局、『犬』での死に勝る愉悦は得られなかったけれど。
それでもいろいろやってきたおかげで、『犬』での身体の動かし方は多少なりとも再現できるようになっている。
かつて繰り返した数千のシミュレーションと、現実での実践。
それが、いまの俺に淀みない崖の降下を可能にさせている。
そして【登攀】も忘れずに。これのおかげで、身体の運びが円滑になる。
見えないガイドさんが、身体の力の流れを正してくれるのかようだ。
それに……カノンほどではないけれど、俺も大概恐怖感覚が壊れている。
俺もワンダラーの端くれ、この程度ならば、恐怖で身体が竦むことはない。
そして人間の身体は、余計な力さえ入れなければ、大抵の動作をスムーズに行えるものなのだ。
その理想的な形を知っているならば、なおのこと。
そのように身体を動かせばいいだけだ。
俺は、俺の思うように、理想的な動きをしてくれる。
まるで前作で染みつかせたそれを、なぞるように。
「……これは本当に、今作でもdieジェスト期待していい感じ?」
「殺すな殺すな」
「そんだけ動けるなら期待しちゃうわー」
まだ死んでない――いや、そういえば初手のテレポバグで死んでんじゃん。
本気を出したところで死ぬときは死ぬのだと、初手で分からされてしまった。
……やっぱり『犬』は最高だな!
「ところでカノン。かなり思い切りよく行ったが、腕や脚は大丈夫か?」
「ん。これくらいなら、こわれないから」
「ならいいか。でも、伐採のときみたいに痛めるのもよくないぞ?
しばらく動きが鈍くなるからな」
「んっ」
俺が口出しをするまでもないだろう。
いつも死の手前で立ち止まっていた俺以上に、彼女はその瀬戸際を知っているはずだから。
なにをすれば、自分の身体が壊れるのか。
どこまでなら、自分の身体が壊れないのか。
彼女はその、ぎりぎりの境界を知っている。
「……いや、前にプレイスタイルを確認したときも、感心したけどさ。
あらためて実際の二人を目の当たりにすると、戦慄するよね。
ワンダラーってのは、みんなそうなの?」
「どうだろうなぁ……」
たぶん、小夜あたりは、こっちでも変わらないと思うんだけど。
むしろ、この世界ではさらに悪化するだろう。はっちゃけるだろう。
彼女の衝動を充足させるのに、フルダイブゲームほど適した舞台もないように思える。
それはカノンも俺も、同様だけれど。
「あと、なんか人ごとのように言っているけれど……モンターナ、お前も大概だぞ」
「えっ」
「どうせお前も、触覚――痛覚を含めたぜんぶの感覚に対して、完全同調させてるクチだろ?」
「――っ」
モンターナがそのように匂わせたわけではないが、確信がある。
カノンは、もはや確認するまでもなく。
この男もまた、俺たちと同じように、そうしていると。
「だって、そうじゃないと、危険を冒せない。
そうじゃないと、冒険できない。
そうじゃないと、愉しめない。
崖を降りているときとか――ゾクゾクできないだろ?」
「うっ――」
「まるで映画の中のように、その身を危険に晒して。
冒険ができる。危険を冒すことができる。
それを、愉しむことができる。
おまえも、俺たちとなにも変わらないぞ。
それどころか、おまえこそ、この世界で化けるだろうさ、モンターナ。
俺の付け焼刃の身のこなしなんて、すぐに足元にも及ばなくなるだろう。
だって、お前は――根っからの、冒険家だからな」
俺は、特に目指すべきところはないけれど。
彼には冒険家という、理想の姿がある。
何気ない動作の一つ一つをとっても、それを徹底している。
ならば、それがいずれ本物になるのも、遠くはないだろう。
いや、端から見ている分には、彼はもう既に――
「崖から身を翻したときとか、かっこよかったよなぁ、カノン」
「うんっ。映画、見てるみたいだった」
「撮影しとけば映画1本取れそうだよな。『モンターナの冒険』シリーズとか言って」
「――フフッ、それは流石にダサくないか?」
あ、口調が元に戻った。
彼は、俺たちのことを人ごとのように言ったけれど。
彼もまた、自分が俺たちと同じ穴の貉だということに気づいてくれただろうか。
テレポバグに浸りきっていなかっただけで、彼もまたワンダラーなのだ。
俺たちのことを端から褒め……褒め?られる立場ではないぞ、おまえは。
「……そういえば、カノンのグローブ、性能がよさそうだったが……」
「……フーガくんが、滑り止めつけてくれた、から……」
モンターナとカノンの会話を横手に聞きながら、小さな台地を見回す。
さて……この台地には、いったいなにがある?
*────
セドナ台地から一段降りた場所にある、この小さな台地。
この台地の地面は、俺たちが降りてきた方から見て、右を下方に少し傾いている。
斜度は……10度から15度くらいだろうか。
この程度の傾斜なら、この台地の上を歩くのに不自由するほどではない。
地面の広さは、一戸建ての家が一軒立てられるかと言ったところ。
はっきり言って、狭い。
背の低い草木が繁茂するその地面はまっ平らで、端までなんのとっかかりもない。
油断するとそのまま落ちてしまいそうだ。
そして見たところ、特に珍しいものは――
(……ん?)
俺たちが降りてきた、崖を見る。
玄武岩質の、黒い岩肌。
そのまま視線を右手にずらしていけば、そこには40mほどの高さまで遥か聳える、黒い岩壁がある。
俺たちが降りてきた分と、セドナの南に聳える岩壁の分、合わせて40m。
それはもう、高層ビルも斯くやというべき断崖だ。
ところどころに植物が繁茂しているが、その岩肌は、一様に黒い。
すべてが玄武岩質なのだろう。
よくもまぁ、こうした一枚岩が形成されるものだ。
……だが。
(……あれ、なんでだ?)
足元を見る。
植物が繁茂する地面。
そのところどころには、なにか白いものが見えている。
グローブで、足元に堆積した土をかき分けてみる。
焦げ茶色の腐葉土。
破砕した玄武岩と、腐葉土の堆積物だろう。
その下に、あるもの。
――白い、岩肌。
(……?)
なんだ、この岩盤。
なんか、変だぞこれ。
グローブを外して、その岩肌に触れてみる。
つるつるする。
……つるつる?
「……なぁ、カノン。ちょっと見てくれ」
「んっ」
思わず、モンターナと会話していたカノンを呼ぶ。
「これ……ちょっと触ってみてくれ」
「え、と。白い……岩? あっ……なんか、つるつるしてる」
「だよな」
岩石の中には、その質感が滑らかなものはある。
長い間雨風に晒されることで、綺麗に削られるものもある。
だが、それにも限度があるだろう。
ここまでつるつるになるだろうか。
ましてやこの岩肌は、地面の下に、埋まっていたのに?
……いや、待てよ。そもそも、おかしいんだ。
俺たちの目の前にある、黒い玄武岩質の岩石層。
それと同じ高さにある、俺たちの地面の下にある白いつるつるした岩盤。
なんで、こんなにちがうんだ。
かつて、この白い岩石層の上には、玄武岩層が乗っかっていた?
長い歳月の中で、玄武岩層だけが剥離して崩落した?
でも、あれ、玄武岩層の下って花崗岩層じゃなかったか?
俺たちの拠点の南の岩場は、そのようになっていたはずだ。
このあたりは、地層の形成がちがったのか?
この白い岩肌って、いったいなんの岩石なんだ?
ゆっくりと、降りてきた崖の反対側、この台地の端まで歩いていく。
崖の傍に這いつくばり、なにもない空中へと頭を伸ばす。
ヒュォォォオオオ――
風の音を聞きながら、俺は覗き込んだ。
この台地の、外側を。
(――ッ!)
「――気づいたかい、フーガ。
この台地が、なんなのか」
モンターナの声が聞こえる。
「私は、この台地に見せたいものがあると言ったが。
それは、ちょっとだけ語弊があったな。正しくは、こうだ。」
呆然とした頭で、それを聞く。
「私は、この台地そのものを見せたかったんだ。
セドナの岩壁から突き出すようにして生えている。
――この白い岩山を」
俺が知りたかったもの。
俺がモンターナに、その正体を問いただしたもの。
俺は、既に、その上に、立っていたのだ。
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1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
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