ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

硝子の中へ(2)

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 さて、準備は整った。
 いよいよ、このガラス化したコンクリート・ブロックの横穴に突入するとしよう。

 俺の手に握られている2本のロープ。
 1本は俺の身体に結わえつけられた命綱で、1本は手繰り綱だ。
 セドナの岩壁に打ち込んだ2本のペグにそれぞれ括りつけた2本のロープを、俺たちが降りる白いガラスの崖の縁にある大きめの突起に引っ掛ける。
 これであとはこの位置からまっすぐ降りていけば、目指す窪みの真上に辿り着けるはずだ。
 ペグを打ち込んだセドナの崖伝いに降りていって、そこから窪みまで水平方向への移動を試みるよりは余程安全だろう。
 この方法だと、ロープの繊維が経由した突起部分で擦れるのが気になるが、そこについては革袋を当てて補ってある。
 映画でよくあるような、ロープが崖の縁で擦れてじりじりと千切れると言ったようなことはないだろう。
 ……たぶん。

「じゃ、さき行くぞ、モンターナ、カノン」
「気を付けてくれ」
「んっ。気を付けて、ね」
「おっけー。ああ、それと――」

 俺が先発を務めることは反対されなかったので、たぶんこれも任されていると見ていいだろう。
 責任重大だ。

「俺がうまいことあの窪みから中に入れたら、安全確認が済むまで、ちょっと時間をくれ。
 よさそうだったら、声を掛ける」
「安全、確認、って?」
「罠……はないだろうけど、なにかしらの即死系イベントが起こる可能性はあるだろ。
 突然床が抜けるとか。なにか大きなものが降ってくるとか。
 足を踏み入れた途端に、なにか――だれかに突き飛ばされるとか」
「――え?」
「この中が安全とは限らん。それを確認するまで、ちょっと待っててくれ」
「いや、それはさすがに……大丈夫、じゃないか?」
「大丈夫かどうかを確認するまで、ちょっと待っててくれ」
「……」
「こういうのは最初に踏み込んだ人の宿命であり特権、だろ、モンターナ?」
「……すまない」
「安心しろ、なにがあっても死なんから」

 まさか、そんなことが起こるとは。
 そんなことはありえるはずがない。
 そんな慢心さえしていなければ、大抵の死は避けられる。
 ようは、気を抜いた瞬間世界に殺されると常に思っておけばいいのだ。

「……なんというか、さっきから、ちょっと顔つきが変わったな、フーガ」
「うん?」
本気ガチっぽくなった」
「俺はいつも本気だぞ」

 非常時と平時では、その性質はちがうけど。
 そしてここからは非常時、テレポバグ先のようなものと考えよう。

「ワンダラー・モードというやつか?」
「当アバターにそのような形態は搭載されておりません」

 ここからは、死を覚悟する必要がある。
 ワンダラーとして、テレポバグ先でそうしていたように。
 ワンダラーとして、あの死の森でそうしたように。
 なにがあっても、生き延びてみせるぞ。


 *────


 俺を見遣るモンターナとカノンに合図として首肯を送り、この身を崖の外へと躍らせる。
 崖の角度は75度から80度ほど。
 崖の登攀としてみれば楽勝の部類だが、残念ながらこの崖には手を掛けられる凹凸などほとんどない。
 摩擦をほとんど得られない、ガラス化したコンクリートブロック。
 今回俺が降りるのは、それだ。

  ォォォォオオオオ――

 遥か下方で、風の音が響く。
 この崖の下には、足場などない。
 この身を繋ぎとめる2本のロープが切れれば、俺は遥か下方へと墜ちる。
 1,000mのフリーフォール。
 待ち受けるのは、死だ。
 俺は、死ぬ。

(……いいねぇ)

 ロープを手繰り、身体を下方へ。
 重力にその身を自由に任せず、一つの力の流れとして利用して、姿勢を制御する。
 レザーブーツの底に塗布された滑り止めは、ガラス質の岩壁もがっちりと掴んでくれる。
 レザーブーツの手のひらにも同様の滑り止めが施してある。
 俺が握りを緩めない限り、掴んだロープを滑らせることはない。

 この身を繋ぎとめる道具がある。
 この身を護る装備がある。
 テレポバグによるフリーハンドの逃避行に比べれば、なんと恵まれた環境だろう。
 だが――

  ――ヒュォッ

(……けっこう、風があるな)

 それでも、一手誤れば死ぬ。
 足を踏み外し、ロープに強い張力が伝わり、岩壁に打ち付けられたペグが引き抜けたなら。
 あるいはペグを打ち付けた岩壁の亀裂が、俺の荷重により割れ砕けたなら。
 俺は、死ぬだろう。
 俺は、墜ちていくだろう。
 俺の身の下にある、なにもない、宙の果てへ。

 ぞくり、と、背筋に、冷たいものが走る。
 久しぶりに、脳がちりちりと焼けつくのを感じる。
 本能の警鐘、迫りくる死の気配。
 それを感じたのは、およそ1週間ぶりのこと。
 はじめてのテレポバグ先で、あのうごめきから逃げ続けた30分。
 わけもわからず、無我夢中で、全力で足掻き続けたあの時間。

 あれこそが――俺の至福の時間だ。

(……。)

 意識を切り替える。
 いまは、余計な雑念は排除する。
 この崖を降りるために、姿勢を制御すること。
 ふいの異常を感知するために、神経を尖らせること。
 いまの俺に必要なのは、それだけだ。
 それ以外の思考は、必要ない。

  ――トッ トスッ

 白いガラスの壁を打つ、ブーツの足音。

  ――ズっ ズザっ

 革グローブの内側から聞こえる、ロープの擦過音。

  ――トッ トタッ

 白いガラスの壁を打つ、ブーツの足音。

  ――ザっ ザっ

 革グローブの内側から聞こえる、ロープの擦過音。


 そして――

(……このあたり、だよな。)

 ロープを掴んだまま、真下を覗き込む。
 そこには、俺を呑み込もうと口を開ける、まっくらな穴。
 この白い岩壁に空いた、長方形の穴。
 このガラス化した建造物の――入り口。

(……。)

 耳を澄ませても、異音は聞こえてこない。
 ここから見える限りでは、なにかが蠢く気配もない。
 俺がこの入り口に入り込んだ瞬間、なにかが襲い掛かってくるとしても、一瞬の猶予はある。
 猶予があれば、対処できる。
 なにが、あっても。

(……行くか。)

 手に握るロープを緩め、体重を預ける。
 この瞬間だけは、それぞれのロープにすべての体重が掛かる。
 それぞれに掛かる荷重は、たかが30kgだ、耐えてくれよ?
 そうして縦2mほど、横1.5mほどの大きさの開口部に、身を投げ落とす。


  ――スタッ


 足裏に伝わる、硬い地面の感触。

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
 この中には、いったい、なにが――


 *────



 そこにあったのは、灰色に濁った硝子の伽藍。

 どこかから入り込んだ陽光が、その内部を薄く照らし。

 仄暗く照らされた内部は、遥か頭上まで吹き抜ける。

 その両側には、ガラス化した階層部分が、時を止めたかのように凍り付いている。

 その色は、灰。

 色の抜け落ちた、空虚の色。

 それ以外の色は、なにもない。

 硝子のように煌めく、巨大な伽藍の堂。

 それはまるで、打ち捨てられた廃教会のよう。

 ……。

 正面。

 そこには、頭上の吹き抜けから崩落したのか、なにか巨大な建材の残骸が、堆く積もっている。

 その残骸もまた、地面と一体化するように硝子化している。

 かつてこの建物は、なんらかの要因により内部崩落した。

 崩落し、打ち捨てられたときのまま、時を止められてしまった。

 『ガラス化砦』という、奇妙な現象によって。


 *────


(……っは!?)

 あまりに神秘的で、退廃的な美に見蕩れていた意識を、なんとか引き戻す。
 危ない危ない、いまなにかに襲われたら不意打ちを喰らっていたところだ。

 聴覚、異常なし。
 視覚、異常なし。
 鼻をひくつかせる。異臭なし。
 身を屈めて、地面を見る。
 グローブ越しに触れてみる。
 トントン、と軽く叩いてみる。
 この地面のすぐ真下が、なにもない空中というわけではない。
 この下にも5mぶんほど、この建物の基部があるのだ。
 となれば、仮に俺が足をつけている地面が割れ砕けても、即落下というわけではない。

 正面を見る。
 なにか建材のようなものが大小に散乱する、エントランスホールのような空間。
 その右側を見る。
 その部分は、崖に埋まっている部分だ。
 そちら側にも、十分な空間的広がりがある。
 窓がないあたり、この建物のなかは真っ暗なのではないかと思っていたが――どうやらそうでもないらしい。
 外壁が陽光に晒されている左手側の壁面から、うっすらと光が漏れてきている。
 ……建物全体に微小無数の亀裂が走っていて、それで光が漏れ込んで来ているのだろうか?
 ガラス化する前に、あるいはガラス化した後に、この建物には小さな無数のひびが入った。
 ゆえに、こうして外からの光が漏れ込んで来ているのかもしれない。
 建物全体がガラス質なのだ。光はよく反射するだろう。

(……。)

 開口部の縁にあった、一つまみほどの小石片を拾い、前方に投げる。

  カツ――――ン

 ガラス化した建材にぶつかり、この伽藍の堂に、小さな軽い音を響かせる。

 1秒、2秒……5秒。

 異音、なし。うごくもの、なし。
 今のところ、特に異常は見当たらない。
 さしあたり、身に迫る危険は感知できていない。
 ……これ以上は俺にできることはなさそうだ。
 ここからは彼らにも同様に危険を負担してもらって、彼らと一緒に調査を進めるとしよう。

 俺は、彼らの保護者ではない。
 彼らの命の責任まで持つ気はない。
 ……だが、俺が安全確認を怠ったことで、彼らの身に危機が迫ったとなれば話は別だ。
 その時は、俺は俺の迂闊を呪うことになるだろう。


 *────


「いいぞーっ!」
「――ぅんっ!」
「――了解だっ!」

 安全確認を終え、身体に括りつけた命綱を外し、上で待っている2人に声を掛ける。
 2本のロープがシュルシュルと上に引き上げられていく。
 あとは俺と同じように、彼らがここに来るのを待てばいい。

(……次は、カノンか。)

 いまさらだが、大丈夫かな。
 カノンはロープアクションとかあんまり経験なさそうだが。
 でも、カノンのアバターは軽いからな。
 万一足を滑らせて、身を宙に投げ出されても、たぶん命綱で引き留められるのではなかろうか。
 そのときは、モンターナ謹製の棕櫚もどきのロープくん。
 小柄な少女1人分の荷重くらい耐えて見せろよ?

(……。)

 ――とはいうものの、やはり心配なわけで。
 ちょっとだけ、カノンが降りてくる様子を覗いてみる。

 開口部の縁を掴み、顔を出して上を見上げる。
 すると――

(うぉっとぉぉぉ――!?)

 まるで滑るようにこちらに降りてくる、カノンの身体。
 カノンの着地の邪魔にならないように、急いで縁の内側に身を寄せる。
 どうやらカノンは、二本のロープに掴まって滑り降りるという方法を選んだらしい。
 ……なんというか、公園の遊具に似たような奴があったような。
 まっすぐに立ってる棒を滑り降りるやつ。名前は知らん。

「んっ、しょ――」

 ぽてっ、と、カノンが窪みの中に落ちてくる。
 斜面が傾いているおかげで、崖伝いに滑ってくれば、けっこう簡単に引っかかることができる。
 だが、それができるというのと、実際にやるというのでは話が別だ。

「カノン、おつかれ。ナイス着地」
「あっ、フーガくんっ。……うまくできて、よかった」
「簡単そうに見えたが」
「公園の、すべりぼう、みたいだった」
「こんな遊具があったら子どもが泣くわ」

 そっか、あれ滑り棒っていう名前だっけ。
 だが、たしかに。
 ロープにつかまって、つるつるの滑り台を10mほど滑り降りるだけのアスレチック。
 そこまで割り切って、地面があるかないかということもパフォーマンスに影響しないというのなら、なるほどカノンにとっては、これはただのアスレチックみたいなもんだろう。

「……こっち来い。もやい結び、解いてやるから」
「んっ」

 カノンをこちらに寄せて、身体を括るロープをほどく。

「……カノン、見てみろ。すごいきれいな場所だぞ」
「えっ。――わぁ……っ!!」

 カノンは、こういうの好きそうだしな。
 廃墟の美というか、退廃の美というか。
 カノンの感性に照らして言えば、ここはきっと場所だろう。

「……うん、すっごく、きれい」
「モンターナにも見せてやらないとな。
 ――モンターナっ、いいぞっ!!」

 モンターナに声を掛けて、合図を送る。
 あとは彼が無事に降りて来られれば冒険のイントロシーンは成功だ。
 ……いやぁ、冒頭からハラハラする。

「……。」
「……カノン?」

 ごそごそと革袋の中を漁っていたカノンが取り出したのは、黒いケープ。

「……フーガくん。もうケープ、つけていいかな」

 彼女がこだわりを見せるそのケープ。
 それをつけていたがる理由は、俺にはなんとなくしかわからないけれど。

「ほれ、貸してみ」
「えっ」

 彼女はきっと、生きようとしてくれている。
 そのことが、なんだか無性に嬉しくて。

「鏡がないし、れたらいかんからな。……つけてやろう」
「……っ、うんっ」

 グローブを外し、彼女の細い首に、黒いケープを纏わせる。
 ついでに、彼女の黒い髪を撫でる。

「……っ」
「待ってたぞ?」
「……うんっ!」


 さ、モンターナが来たら、いよいよ冒険をはじめよう。

 いったい、ここにはなにがある?
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