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一章
閉じた扉の開き方
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ガラス化したコンクリートの廃墟の中、地下階へと続く階段。
それを降りた先で、俺たちの前に姿を現したもの。
それは、
「うわぁ……」
「これは……いかにも……」
「おもた、そう」
焼けつき、錆び付き、歪み果てた、鋼鉄の扉だった。
高さは2mほど、横幅は1.8mほど。
中央に切れ目のようなものが走っているその扉は、かつては両開きの二枚扉だったらしい。
だが、熱で溶接されたのか、その亀裂は完全にくっついてしまっている。
かつての形状をかろうじて留めているそれは、恐らくは鉄製。
扉の表面には、なにか塗料のようなものが流れ落ちた跡がある。
またその表面は、内部からの膨張を受けたかのようにぼこぼこと歪んでいる。
かつては綺麗な長方形を象っていたであろう周縁部も、熱で歪んだのか、わずかに波打ち、周囲のガラス化したコンクリートに食い込んでしまっている。
重々しい威圧感を放つそれは、まるで閉鎖された廃鉱山の坑道を塞いでる鉄扉のようだ。
「……なに、これ」
「なにって……鉄の扉、だよなぁ」
「……この建物は、いったいなんなのだろうね、本当に」
「ショッピングモール、ではないかもな」
「従業員用通路、とか、だめ?」
「ダメではないけど、いちいちこの扉を開けるのはけっこう面倒くさそうだな」
この鉄扉が、スタッフオンリーな通路につながっている可能性。
うーん、ないとは言えない、か。
「……だが、カノンの推測はいい線を行っているかもしれないよ?」
「え、ここってショッピングモールなの?」
「いや、そちらではなく、従業員用通路の方だ。
大型の店舗では、廃棄物を管理する裏口とかはこういう両開きの金属扉になっていることがあるだろう?」
「……でも、ここまでいかつい鉄扉にするか?」
「……程度による、ね。廃棄物とは言ったが、その性質による。
でも、ここまで厳重にするとなると……やっぱりその線は厳しいか」
さすがのモンターナも考えあぐねるらしい。
「あ」
「どしたの、カノン先生」
「また、同じようなの、ある」
「うん?」
カノンが、歪んだ鉄扉の脇を指さす。
……目を凝らせば、たしかにそこには何かの窪みのようなものがある。
よく見えないが……上の階の推定エレベーターの横で見たものよりは大きいな。
今回の窪みは縦15cm、横10cmくらいはある。
……今度こそ、鍵か?
いや、鍵というより――カード・キー、とか?
そのあたりの機構は全部まとめて溶け落ちてガラス化してぐちゃぐちゃになってしまっているだろうから、仮にそうであったとしても意味はないが……。
もしもそのような機構があったとしたら、やはりこの建物を建てた存在は、現実のそれに準ずる技術力を有していたと言わざるを得ない。
(……。)
……それは、やっぱり、ちょっと、おかしい、よな。
うん、それは……おかしい。
……これについては、もう少し物証が欲しい。
この建物の内部をひと通り見て回った後に、モンターナと意見を交わせばいいだろう。
それよりも今は、目の前のこの扉についてだ。
「……で、だ。モンターナ。どうする?」
「えっ」
「この扉、どうする?」
「ああ、そうか。まずは開くかどうか、試してみないとね」
そうしてモンターナが、鉄扉にチャレンジする。
軽く叩いてみる。カンカンと、なかなかに澄んだ音がしている。
その音を聞く限り、厚みは……そこそこありそうだな。3cmくらいだろうか。
この扉の向こうが縦穴になっているとか、そういうことはなさそうだ。
軽く押してみる。……ビクともしないようだ。
強く押してみる。……ビクともしないようだ。
耳を押し付けている。……反応はない。特に何も聞こえないようだ。
「……すまない、駄目そうだ」
「駄目そうか」
「ここも通れないとなると、ちょっと悔しいな」
「えっ?」
「明らかになにかありそうだし、行けるならこの先に行きたいんだけど……」
カノン、いま、「えっ」って言ったな。
うん、俺もたぶん同じことを考えてるよ。
……たぶん、小夜のせいだ。
だから、俺とカノンがそのように考えるのは、決して俺やカノンが野蛮だからではないのだ。
すべて小夜が悪い。そういうことにしておこう。
「ねぇ、モンターナ、さん」
「……うん、なんだい、カノン?」
「ここ、通れない?」
「完全にくっついちゃってるし、さすがに難しそうだけど……」
「ホントに、通れない、かな?」
「……?」
モンターナが困惑している。
そりゃ、カノンがそういう発想するとは普通思わんだろうからな……。
「……モンターナ。ちょっと聞いていい?」
「なんだなんだ、二人とも。なにかいいアイデアでもあるのか?」
「アイデアと言えば、アイデアかな……」
……アイデア(物理)だけど。
「なぁ、モンターナ。……お前ってさ、考古学者ではないよな?」
「うん? まぁ……冒険家を自称したいところだね」
よかった。
「模範的な考古学者ではないよな?」
「……うん? そうだけど、なにを――」
モンターナが冒険家で、本当によかった。
「遺跡の保全を第一に考える、模範的な考古学者というわけではないよな?」
「……。まさか」
「フーガくん、やっぱり?」
「おう、カノン。……俺たち、同じこと考えてるぞ、たぶん」
つまり、そういうことなのだ。
「なぁ、モンターナ。――この扉、壊しちゃだめ?」
――通れない?
――なら通れるようにすればいいでしょ。ほら。
頭の中で、そんな悪魔の囁きを聞いた。
……そういうことに、しておこう。
*────
考古学における遺跡調査において、遺跡の保全は極めて重要なことだ。
そこで見つかる遺物だけでなく、遺跡の構造自体が、一つの過去からの遺産だから。
その発掘作業は入念な調査と下準備を伴って、慎重かつ繊細に進められなければならない。
細部に至るまで記録を取り、フィルムに収め、そのすべてを保全しなくてはならない。
一度壊れてしまったものは、もう二度と、元には戻せないのだから。
そう考えるのが、模範的な考古学者だと俺は思う。
尊敬できる考古学者先生の講義で、そのような心構えを聞いた。
いわば人の受け売りだけども、その考え方には深く納得させられたものだ。
だから、こうした過去の遺構のようなものは、正直に言えばあまり壊したくはない。
ない、が――
俺の中におけるその心構えは、あくまで心がける程度のものでしかない。
俺の最優先順位はいつだって生き残ることであり、ひいては生き残るための情報を集めることだ。
生き延びるために必要ならば、俺は積極的に全人類の遺産である遺跡を進んで破壊することすら辞さないだろう。
俺は職業的にも信条的にも考古学者ではなく、アカデミックな信念も希薄だ。
それが必要とあらば、遺跡の一部を破壊することにそこまで躊躇いはない。
そして今回は、たぶんやったほうが良いと思う。
この先にある情報を、取り逃さないほうが良いと思う。
遺跡の保全とこの先にある情報の取得を天秤にかけたとき、その秤はすとんと後者に傾く。
だが――モンターナがそうであるとは限らない。
この世界の足跡を辿る貴重な資料であるこの遺跡を、できる限り傷つけないで欲しいというのならば、俺はそれをするつもりはない。
大切な友人の信念を踏みにじってまで、俺のエゴを通すつもりはない。
「……。」
「モンターナ、どうする?」
そう訊ねると、素の口調に戻ったモンターナが言う。
「僕の名前のあやかり元のキャラクターってさ」
「うん?」
「じつは、冒険家じゃないんだよね」
「え、マジで」
「航空貨物会社の社長なんだ。もっとも、従業員はその主人公一人だけだけど」
そうだったのか。
あれ、でも、そのアニメをちらっと見たとき、主人公の見た目もやってることも冒険家っぽかった気がするんだけど。
「……で、主人公の従兄弟が、考古学の研究者でね。
それに付き合う感じで、いろんな遺跡に行くことになることが多いんだ」
「ほうほう」
「でも実は、主人公こそが一番の冒険好きでさ。
軽快なアクションと小気味いいリアクションで冒険を楽しんで。
その結果として遺跡の謎を解いたり、遺跡の秘宝を狙う敵から秘宝を護ったりする」
「ほうほう、冒険家じゃないけど冒険は大好きと」
なるほど、ちょっとわかる気がするな。
俺もそんな感じだ。冒険は好きだけど冒険家ではない。
「……で、その過程で、遺跡や秘宝を壊しちゃったりすることもあるんだよね。
それも、時には自分から進んで、躊躇いもなく、修復不可能な形で」
「え」
壊すんかい。
ええんかい。
「当然、考古学者の従兄弟はそれを咎めるんだけど……でも、最後には仕方ないって流しちゃうんだ。
遺跡が壊れるのも、秘宝を失くしちゃうのも、精一杯やった結果で、冒険の結果だから。
今を生きる人の命を守るため、遺跡や秘宝よりも大切なものを護るためなら、遺跡や秘宝が壊れてしまうことも仕方ない、ってね」
「……。」
「僕は、そんな二人の考え方が好きでね。
僕の考える冒険家っていうのは、断じて考古学者ではない。
誰よりも過去に惹かれ、過去を求め、そして――最後には、過去ではなく、いまを生きることにこだわる。
それこそが、僕の求める理想の冒険家なんだ。」
帽子を目深に押さえる、モンターナを見る。
その仕草は、いつもの芝居ではなく、どこか照れ隠しのようにも見えた。
「――と、まぁ、そういうわけだ。
私は冒険家であり、考古学者ではない。
いまこの場にある謎を解くためならば、目の前にある遺跡の壁を崩してみることも辞さない。
生き延びるためならば、遺跡一つを崩落させることも厭わない。
ゆえに――先ほどの問いに対する答えは、イエスだ。
この扉、なんとか壊してやろうじゃないか」
……前から思ってたけど、モンターナのキャラってまったくぶれないな。
中の人の口調は時々でるんだけど、 " モンターナ " というキャラ自体は寸分も揺るがないような気がする。
彼が演じるべき、確固たる像があるのだ。
だから、揺るがない。揺るぎない。
だから――カッコいいんだろうな、彼は。
*────
「――で、どうやって壊すつもりだ?
ガラス化コンクリートよりは柔いだろうけど、それでも鉄扉だし、それなりに厚そうだぞ」
扉のスクリーンショットを撮りながら、モンターナが訝しげに問いかける。
まぁ、正直なところ良案があるわけではない。
「ぶっ壊せば通れるんじゃね?」という頭の悪い考えしかない。
「ちなみに、カノンはどうやって壊せばいいと思う?」
「……小夜ちゃんみたいに、ける?」
「……やっぱり?」
「けるって……蹴るってことか?」
ますます訝しげな表情になるモンターナ。
うん、お前がまともだよ。
でもさ、意外と人間の蹴りの威力って馬鹿にならないんだ。
300kgの車を凹ませて横向きに押し出すくらいはできるんだ。
で、真ん中で歪にくっついてるそこの両開きの鉄扉さん。
おまえは、何キロくらいある?
その真ん中あたり、脆いんじゃないの?
くっついてるように見える周縁部も、たぶんガタガタだよな?
「……とりあえず、2、3回蹴ってみるか。
それで駄目だったら、周縁部に楔を打ち込んで浮かせてみよう」
「あんまり、無茶はするなよ?」
「うい。ちょっと離れててくれ」
軽く身体を解す。
とりあえず、最初の1発は様子見だ。
体重を載せること、中央を狙うことだけ考えて、蹴り込んでみよう。
飛び蹴りはうまく力を載せるのが難しいし、今回は助走は無しだ。
姿勢のイメージは……やっぱ小夜だよなぁ。
伐採のときにカノンも真似していたけれど、小夜のアクションは本当に気持ちがいい。
身体を伝わる力の流れが見えるような、そんな淀みない動作で身体を振りぬく。
地面を打つ足から、腰を通じて、腕や脚に流れる力線。
全身を発条のように使って増幅した力を、まっすぐに対象に打ち付ける。
その先にあるのは破壊だ。ただただ破壊だ。
あれこそは、一種の災害だった。
小夜がなにかを打つときは、まず音からしてちがったものだ。
なんというか、こう――
――グワァラゴワガキィ――――ンッッ!!!
そうそう、こういう感じ、の――
「――ッおっふぇぇぇぇ!」
ひびっ、ひびく! 骨に響くよ!
うまいこと当たったから痛くはないけど、脚が痺れる!
「――っ、大丈夫か、フーガっ!なんっ――」
――ガラァァァン! ガンッ カランッ……
なにか重たいものが地面にぶつかる音。
脚を抑えてぷるぷるする俺。
絶句するモンターナ。
そして――
「……。」
黙ってこちらを見る、カノン。
誰もがしばらく、無言となり――
「フーガくん」
「はい」
「無茶、だめ」
「はい」
すいませんでした。
「フーガ」
「うん」
「無茶はするなよ、と」
「はい」
すいませんでした。
でも、頭のなかの小夜が行けると言ったんです。
このくらい1発で行けるでしょ、って言ったんです。
無茶の教唆で罪は折半だよ。おのれ小夜。
……こちらでも、早く会いたいものだ。
それを降りた先で、俺たちの前に姿を現したもの。
それは、
「うわぁ……」
「これは……いかにも……」
「おもた、そう」
焼けつき、錆び付き、歪み果てた、鋼鉄の扉だった。
高さは2mほど、横幅は1.8mほど。
中央に切れ目のようなものが走っているその扉は、かつては両開きの二枚扉だったらしい。
だが、熱で溶接されたのか、その亀裂は完全にくっついてしまっている。
かつての形状をかろうじて留めているそれは、恐らくは鉄製。
扉の表面には、なにか塗料のようなものが流れ落ちた跡がある。
またその表面は、内部からの膨張を受けたかのようにぼこぼこと歪んでいる。
かつては綺麗な長方形を象っていたであろう周縁部も、熱で歪んだのか、わずかに波打ち、周囲のガラス化したコンクリートに食い込んでしまっている。
重々しい威圧感を放つそれは、まるで閉鎖された廃鉱山の坑道を塞いでる鉄扉のようだ。
「……なに、これ」
「なにって……鉄の扉、だよなぁ」
「……この建物は、いったいなんなのだろうね、本当に」
「ショッピングモール、ではないかもな」
「従業員用通路、とか、だめ?」
「ダメではないけど、いちいちこの扉を開けるのはけっこう面倒くさそうだな」
この鉄扉が、スタッフオンリーな通路につながっている可能性。
うーん、ないとは言えない、か。
「……だが、カノンの推測はいい線を行っているかもしれないよ?」
「え、ここってショッピングモールなの?」
「いや、そちらではなく、従業員用通路の方だ。
大型の店舗では、廃棄物を管理する裏口とかはこういう両開きの金属扉になっていることがあるだろう?」
「……でも、ここまでいかつい鉄扉にするか?」
「……程度による、ね。廃棄物とは言ったが、その性質による。
でも、ここまで厳重にするとなると……やっぱりその線は厳しいか」
さすがのモンターナも考えあぐねるらしい。
「あ」
「どしたの、カノン先生」
「また、同じようなの、ある」
「うん?」
カノンが、歪んだ鉄扉の脇を指さす。
……目を凝らせば、たしかにそこには何かの窪みのようなものがある。
よく見えないが……上の階の推定エレベーターの横で見たものよりは大きいな。
今回の窪みは縦15cm、横10cmくらいはある。
……今度こそ、鍵か?
いや、鍵というより――カード・キー、とか?
そのあたりの機構は全部まとめて溶け落ちてガラス化してぐちゃぐちゃになってしまっているだろうから、仮にそうであったとしても意味はないが……。
もしもそのような機構があったとしたら、やはりこの建物を建てた存在は、現実のそれに準ずる技術力を有していたと言わざるを得ない。
(……。)
……それは、やっぱり、ちょっと、おかしい、よな。
うん、それは……おかしい。
……これについては、もう少し物証が欲しい。
この建物の内部をひと通り見て回った後に、モンターナと意見を交わせばいいだろう。
それよりも今は、目の前のこの扉についてだ。
「……で、だ。モンターナ。どうする?」
「えっ」
「この扉、どうする?」
「ああ、そうか。まずは開くかどうか、試してみないとね」
そうしてモンターナが、鉄扉にチャレンジする。
軽く叩いてみる。カンカンと、なかなかに澄んだ音がしている。
その音を聞く限り、厚みは……そこそこありそうだな。3cmくらいだろうか。
この扉の向こうが縦穴になっているとか、そういうことはなさそうだ。
軽く押してみる。……ビクともしないようだ。
強く押してみる。……ビクともしないようだ。
耳を押し付けている。……反応はない。特に何も聞こえないようだ。
「……すまない、駄目そうだ」
「駄目そうか」
「ここも通れないとなると、ちょっと悔しいな」
「えっ?」
「明らかになにかありそうだし、行けるならこの先に行きたいんだけど……」
カノン、いま、「えっ」って言ったな。
うん、俺もたぶん同じことを考えてるよ。
……たぶん、小夜のせいだ。
だから、俺とカノンがそのように考えるのは、決して俺やカノンが野蛮だからではないのだ。
すべて小夜が悪い。そういうことにしておこう。
「ねぇ、モンターナ、さん」
「……うん、なんだい、カノン?」
「ここ、通れない?」
「完全にくっついちゃってるし、さすがに難しそうだけど……」
「ホントに、通れない、かな?」
「……?」
モンターナが困惑している。
そりゃ、カノンがそういう発想するとは普通思わんだろうからな……。
「……モンターナ。ちょっと聞いていい?」
「なんだなんだ、二人とも。なにかいいアイデアでもあるのか?」
「アイデアと言えば、アイデアかな……」
……アイデア(物理)だけど。
「なぁ、モンターナ。……お前ってさ、考古学者ではないよな?」
「うん? まぁ……冒険家を自称したいところだね」
よかった。
「模範的な考古学者ではないよな?」
「……うん? そうだけど、なにを――」
モンターナが冒険家で、本当によかった。
「遺跡の保全を第一に考える、模範的な考古学者というわけではないよな?」
「……。まさか」
「フーガくん、やっぱり?」
「おう、カノン。……俺たち、同じこと考えてるぞ、たぶん」
つまり、そういうことなのだ。
「なぁ、モンターナ。――この扉、壊しちゃだめ?」
――通れない?
――なら通れるようにすればいいでしょ。ほら。
頭の中で、そんな悪魔の囁きを聞いた。
……そういうことに、しておこう。
*────
考古学における遺跡調査において、遺跡の保全は極めて重要なことだ。
そこで見つかる遺物だけでなく、遺跡の構造自体が、一つの過去からの遺産だから。
その発掘作業は入念な調査と下準備を伴って、慎重かつ繊細に進められなければならない。
細部に至るまで記録を取り、フィルムに収め、そのすべてを保全しなくてはならない。
一度壊れてしまったものは、もう二度と、元には戻せないのだから。
そう考えるのが、模範的な考古学者だと俺は思う。
尊敬できる考古学者先生の講義で、そのような心構えを聞いた。
いわば人の受け売りだけども、その考え方には深く納得させられたものだ。
だから、こうした過去の遺構のようなものは、正直に言えばあまり壊したくはない。
ない、が――
俺の中におけるその心構えは、あくまで心がける程度のものでしかない。
俺の最優先順位はいつだって生き残ることであり、ひいては生き残るための情報を集めることだ。
生き延びるために必要ならば、俺は積極的に全人類の遺産である遺跡を進んで破壊することすら辞さないだろう。
俺は職業的にも信条的にも考古学者ではなく、アカデミックな信念も希薄だ。
それが必要とあらば、遺跡の一部を破壊することにそこまで躊躇いはない。
そして今回は、たぶんやったほうが良いと思う。
この先にある情報を、取り逃さないほうが良いと思う。
遺跡の保全とこの先にある情報の取得を天秤にかけたとき、その秤はすとんと後者に傾く。
だが――モンターナがそうであるとは限らない。
この世界の足跡を辿る貴重な資料であるこの遺跡を、できる限り傷つけないで欲しいというのならば、俺はそれをするつもりはない。
大切な友人の信念を踏みにじってまで、俺のエゴを通すつもりはない。
「……。」
「モンターナ、どうする?」
そう訊ねると、素の口調に戻ったモンターナが言う。
「僕の名前のあやかり元のキャラクターってさ」
「うん?」
「じつは、冒険家じゃないんだよね」
「え、マジで」
「航空貨物会社の社長なんだ。もっとも、従業員はその主人公一人だけだけど」
そうだったのか。
あれ、でも、そのアニメをちらっと見たとき、主人公の見た目もやってることも冒険家っぽかった気がするんだけど。
「……で、主人公の従兄弟が、考古学の研究者でね。
それに付き合う感じで、いろんな遺跡に行くことになることが多いんだ」
「ほうほう」
「でも実は、主人公こそが一番の冒険好きでさ。
軽快なアクションと小気味いいリアクションで冒険を楽しんで。
その結果として遺跡の謎を解いたり、遺跡の秘宝を狙う敵から秘宝を護ったりする」
「ほうほう、冒険家じゃないけど冒険は大好きと」
なるほど、ちょっとわかる気がするな。
俺もそんな感じだ。冒険は好きだけど冒険家ではない。
「……で、その過程で、遺跡や秘宝を壊しちゃったりすることもあるんだよね。
それも、時には自分から進んで、躊躇いもなく、修復不可能な形で」
「え」
壊すんかい。
ええんかい。
「当然、考古学者の従兄弟はそれを咎めるんだけど……でも、最後には仕方ないって流しちゃうんだ。
遺跡が壊れるのも、秘宝を失くしちゃうのも、精一杯やった結果で、冒険の結果だから。
今を生きる人の命を守るため、遺跡や秘宝よりも大切なものを護るためなら、遺跡や秘宝が壊れてしまうことも仕方ない、ってね」
「……。」
「僕は、そんな二人の考え方が好きでね。
僕の考える冒険家っていうのは、断じて考古学者ではない。
誰よりも過去に惹かれ、過去を求め、そして――最後には、過去ではなく、いまを生きることにこだわる。
それこそが、僕の求める理想の冒険家なんだ。」
帽子を目深に押さえる、モンターナを見る。
その仕草は、いつもの芝居ではなく、どこか照れ隠しのようにも見えた。
「――と、まぁ、そういうわけだ。
私は冒険家であり、考古学者ではない。
いまこの場にある謎を解くためならば、目の前にある遺跡の壁を崩してみることも辞さない。
生き延びるためならば、遺跡一つを崩落させることも厭わない。
ゆえに――先ほどの問いに対する答えは、イエスだ。
この扉、なんとか壊してやろうじゃないか」
……前から思ってたけど、モンターナのキャラってまったくぶれないな。
中の人の口調は時々でるんだけど、 " モンターナ " というキャラ自体は寸分も揺るがないような気がする。
彼が演じるべき、確固たる像があるのだ。
だから、揺るがない。揺るぎない。
だから――カッコいいんだろうな、彼は。
*────
「――で、どうやって壊すつもりだ?
ガラス化コンクリートよりは柔いだろうけど、それでも鉄扉だし、それなりに厚そうだぞ」
扉のスクリーンショットを撮りながら、モンターナが訝しげに問いかける。
まぁ、正直なところ良案があるわけではない。
「ぶっ壊せば通れるんじゃね?」という頭の悪い考えしかない。
「ちなみに、カノンはどうやって壊せばいいと思う?」
「……小夜ちゃんみたいに、ける?」
「……やっぱり?」
「けるって……蹴るってことか?」
ますます訝しげな表情になるモンターナ。
うん、お前がまともだよ。
でもさ、意外と人間の蹴りの威力って馬鹿にならないんだ。
300kgの車を凹ませて横向きに押し出すくらいはできるんだ。
で、真ん中で歪にくっついてるそこの両開きの鉄扉さん。
おまえは、何キロくらいある?
その真ん中あたり、脆いんじゃないの?
くっついてるように見える周縁部も、たぶんガタガタだよな?
「……とりあえず、2、3回蹴ってみるか。
それで駄目だったら、周縁部に楔を打ち込んで浮かせてみよう」
「あんまり、無茶はするなよ?」
「うい。ちょっと離れててくれ」
軽く身体を解す。
とりあえず、最初の1発は様子見だ。
体重を載せること、中央を狙うことだけ考えて、蹴り込んでみよう。
飛び蹴りはうまく力を載せるのが難しいし、今回は助走は無しだ。
姿勢のイメージは……やっぱ小夜だよなぁ。
伐採のときにカノンも真似していたけれど、小夜のアクションは本当に気持ちがいい。
身体を伝わる力の流れが見えるような、そんな淀みない動作で身体を振りぬく。
地面を打つ足から、腰を通じて、腕や脚に流れる力線。
全身を発条のように使って増幅した力を、まっすぐに対象に打ち付ける。
その先にあるのは破壊だ。ただただ破壊だ。
あれこそは、一種の災害だった。
小夜がなにかを打つときは、まず音からしてちがったものだ。
なんというか、こう――
――グワァラゴワガキィ――――ンッッ!!!
そうそう、こういう感じ、の――
「――ッおっふぇぇぇぇ!」
ひびっ、ひびく! 骨に響くよ!
うまいこと当たったから痛くはないけど、脚が痺れる!
「――っ、大丈夫か、フーガっ!なんっ――」
――ガラァァァン! ガンッ カランッ……
なにか重たいものが地面にぶつかる音。
脚を抑えてぷるぷるする俺。
絶句するモンターナ。
そして――
「……。」
黙ってこちらを見る、カノン。
誰もがしばらく、無言となり――
「フーガくん」
「はい」
「無茶、だめ」
「はい」
すいませんでした。
「フーガ」
「うん」
「無茶はするなよ、と」
「はい」
すいませんでした。
でも、頭のなかの小夜が行けると言ったんです。
このくらい1発で行けるでしょ、って言ったんです。
無茶の教唆で罪は折半だよ。おのれ小夜。
……こちらでも、早く会いたいものだ。
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