ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

硝子の地下(1)

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 ガラス化したコンクリートの廃墟の中、地下階へと続く階段を降りた先で、俺たちの前に姿を現した鉄の扉。
 どうやら両開きの扉が中央で溶接されているようだったので、ワンチャン正面から蹴破れるんじゃないかと思って蹴り込んだのだが――予想に反して、まるごと後ろに倒れてくれた。
 ガラス化してしまっている通路の壁面とはちがって、扉の方は鉄製、それも全体的に熱変形でガタガタに歪んでしまっている。
 蹴り倒した扉の縁を見れば、壁のなかに埋まっていたと思われる蝶番も、歪な金属塊になってしまっている。
 恐らくこの鉄扉はもう、ただこの通路に嵌め殺しの窓のように嵌まっていただけだったのだ。
 ゆえに俺が蹴った程度でも倒れてくれたんだろう……うん。

「……いやぁ、意外と脆くて助かったな!」
「……扉の耐久力の問題じゃないと思うんだが。なんか、すごい音がしたぞ」
「今回はそれっぽい技能はつけてきてないから、モンターナにもできたはずだぞ」
「嘘だろ……」

 モンターナは天を仰いで呻くように言うが、本当だ。
 前にも言ったが、このゲームにはステータスが存在しない。
 すべてのアバターの身体能力は、概ね現実準拠の枠内に収まる。
 また、各プレイヤーごとのアバター間での身体能力の優劣もない。
 身長や体重に応じて多少の差異こそ生じるが、それでも全員が一般人だ。
 それを人並み以上に強化しようと思うなら、各種の対応技能を習熟する必要がある。
 【聴力強化】や【腕力強化】などで身体能力そのものを底上げしてもいい。
 あるいは【跳躍】や【登攀】などで技術を補うのもいいだろう。
 そうすれば、技能スロットにセットできる5つまでの分野においては、人並み以上と言ってもよいアクションを実現できる。

 こうした技能まわりの仕様を逆に言えば、人並み程度の身体能力でできることなら、別に技能がなくてもできるということだ。
 今回俺は脚力強化やらマーシャルアーツやらの技能を付けてきているわけではない。
 つまり、今の俺にできたということは、モンターナも含め、このゲームのプレイヤーならば能力的には誰でもできたということになる。
 能力が同じなら、あとは身体の使い方や思い切りの問題だ。
 そっちに関しては、昔取った杵柄がある。

「カノンは……体重が軽いから、同じようにやるのはちょっと難しそうだけど」

 その辺の物理的な問題は仕方ない。
 その分身軽に動けるし、不足については道具や装備で補うこともできる。

「んっ。斧とか、あれば、行けそう?」
「伐採のときの勢いでハンマーを叩きつけたら絶対いけただろうな……」

 今回のように扉が枠から外れて倒れる程度では済みそうにない。
 たぶん真ん中から凹むんじゃないかな……。

「ま、とにかく通れるようになったわけで。先に行こう」
「……なんというか、物理、って感じだね」
「物理が通じるものなら、まぁ……」

 閉じられた扉を開ける方法は、なにも鍵を探してくるだけではないということだ。
 もしも強引に通って欲しくないなら、なにかしらの対策を用意しておこう。GMとの約束だ。


 *────


 鉄の扉で封鎖されていた、暗い通路の向こう側。
 その先の通路の壁面もまた――ガラス化してしまっている。
 どうやらこの鉄の扉程度では、熱を遮断することはできなかったようだ。

「この分だと、地下部分もガラス化しちゃってるみたいだな」
「ああ。だが……この扉で一つ、分かったことがある」
「ん、なにがだ、モンターナ」

 倒れた扉を検めていたモンターナが、なにかに納得するように頷く。

「このコンクリート・ブロックがガラス化したときの、だいたいの温度だ。
 コンクリートをガラス化させる程の温度ではあるが、鉄の扉をどろどろに溶解させるほどではない。
 つまり――1,000度から、1,500度の間くらい、ということだ」
「それ、絞り込めてるのか?」

 今日の日中気温は18度から518度です、熱中症に注意しましょう。
 そんなことを言われても、なんの気休めにもならない。

「温度の上限がわかっただけでも大きな発見だろう。
 ある程度の大きさの融点の高い金属ならば、この廃墟の内部に形を留めたまま遺されている可能性もある。
 たとえば――金属機械類とか」
「ほう」

 たしかに、それは面白い。
 1階部分にはそうした金属機械類の残骸は見当たらなかったから、そうした金属類が日用雑貨として溢れていた、ということはなさそうだ。

「その辺の考察はいったん後回しにして、まずは行けるところまで通路を進んでみようか」
「そうだな」

 扉の向こう側に続いている暗い通路には、見たところ崩落などは見られない。
 方角としては……階段から降りてきた方向に続いている。
 つまり目の前の通路は、建物の開口部から見て右方向に伸びている。
 通路は暗く、その先はよく見通せないが……。

「途中で、右に折れ曲がっているようだね」
「となると……1階ホールの真下に続いてるのか」
「まぁ、なにかしらの部屋があるというならそちらの方向だろう」

 先頭に夜目を持つモンターナ、その後ろにカノン、殿に俺という順で、暗い通路を慎重に進んでいく。
 鉄扉で封鎖されていた地下通路。
 この階層もガラス化の影響を受けているとはいえ、いったいなにが待ち受けているかわかったものではない。
 神経を尖らせて、周囲に気を配って進む。

「……。」

 誰からともなく足音を殺し、声を押し殺し、じりじりと暗い通路を進む。
 そうしてモンターナは、右側に折れ曲がっている通路の角から、その先を覗き込む。

「……。……?」
「どうだ、モンターナ」
「……なにやら、広い空間があるようだな。
 それに、仄かに明るい。
 右手側が崖から突き出している部分だから、外からの光も漏れ込んでいるようだ。
 だが――……」

 目を凝らすように細めて、なにかを推し量るように言葉を噤む。

「とりあえず、通路が塞がってたりはしないんだよな? 行こうぜ見ようぜ」
「ああ、すまない。……行こうか」

 折れ曲がった通路の先へと進むモンターナに続き、俺も右折する。
 そして、通路の先にあるものを見る。
 そこに広がっていたのは、

「……広間?」

 折れ曲がった先の通路は数mほどで終わっており、その先には、なにか広い空間がある。
 その空間の高さは……うす暗くてよく見えない。
 この通路の高さよりも一段高くなっている。
 その広間の床には、なにかが、散乱している。
 建材のような、箱のような。
 陰影しか見えないなにかが、床面に散乱している。

(……?)

 そして、仄暗いその空間の最奥に――なにかが、ある。

「……。」

 モンターナも、カノンも、俺も。
 なにも喋らない。なにも聞かない。
 ただ、目の前にあるものを理解しようして、通路を進む。

 そして、遂に。
 俺たちは、その空間に足を踏み入れた。


 *────


「――ッ!」

 誰かが、息を呑む声が聞こえた。
 あるいはそれは、俺のものだったかもしれない。

 仄暗い空間の奥側の壁が、ぼんやりと、外界からの光を漏出し、この直方体の空間に暗い光を満たす。
 奥行きは……1階ホールと同じほどの大きさがある。
 左右に10m以上、奥行きも15mほどはあるだろう。
 かつて地下階であったと思わしきこの空間には、窓はなく、完全に密閉されている。
 仄暗い天井までの高さは3mほどはある。
 地下階の天井にしては、やけに高い。
 その天井からは、かつてなにかを吊り下げていたと思われる棒のようなものが突き出し、吊り下げるものを失ったまま、ガラス化してしまっている。
 床面に散乱する、なにか瓦礫のようなものが降り積もった起伏。
 それらもまたガラス化して地面と一体化し、もはや元がなんであったのかもわからない。

 そしてこの空間の――奥。
 ここから、15mほど先の地点。

 そこには、壁がある。
 その壁には、床からの高さ1mほどのところに、大きな穴が開いている。
 綺麗な長方形をしているその穴は、縦幅1.5m、横幅6mほど。
 その穴の向こうには、この空間から区切られた小部屋のような空間がある。

 そこにあるもの。
 かつて、その穴の向こう側にあったもの。
 この空間から、その穴越しに見えていたもの。
 それは――

「……え?」

 カノンの呟きが、小さく響く。


 *────


「……あれは、なんだ? なにかの……機械、か……?」

 モンターナが、暗い空間をふらふらと歩いていく。
 それを追いながら、聴覚と視覚を研ぎ澄ます。

「……カノン、なにか気づいたら教えてくれ。
 俺は【異常感知】がないからな」
「うっ、うん」

 なんだろう。
 なにか――ヤバい気がする。
 この空間は、なにかが、ヤバい。
 でも、なんでだろう。
 なにがここまで俺に警戒させているのか、よくわからない。

 たぶん、この部屋の作りのせいだ。
 地下にしては、縦にも横にも広い空間。
 その空間を区切る、穴のある壁。
 その向こうにある、なにか。
 それらすべてが、なにかあやしい気配を纏っている。

 ……なんだ?
 この空間は、かつて、いったいなんだったんだ?
 ここで、いったいなにが、行われていた?

 空間の奥に見えていた壁までの距離は、たかが15m程度。
 思考している間に、辿り着いてしまう。
 そして、壁に空けられた穴の向こうにあるものを見る。

「――っ!!」
「ぁ――」

 その小さな部屋の、中央にあるもの。
 それは幾何学的な形をしたいくつもの部分からなる、なにかの残骸。
 地面から積み重ねられている、直径1.5mから2mほどまでのいくつもの円盤。
 それぞれの厚みはばらばらだが、もっとも大きなものから順番に、高さ30cmほどまで積み重ねられたそれらは、まるでなにかの台座のように見える。
 積み重ねられた円盤の一番上にある、もっとも小さな円盤の上には、なにか薄い破片のようなものがぎざぎざと円状に並んでいる。
 その円盤を囲むように、割れ砕けた半透明の覆いのようなものが立っている。
 半円の形をしたそれは、積み重ねられた円盤の下の方にある、大きな円盤から生えており、2m半ほどの高さまでに達している。
 その台座の背後には、巨大な金属の箱のようなものが、左右にいくつも並んでいる。
 それらの箱からは、なにか金属の導線のようなものが、台座の方に接続されている。
 その台座からそれほど離れていないところに、その台座をひっくり返したような形の、厚い円盤の形をした残骸が転がっている。
 最初からそこに設えられていたというよりは、どこかから転がり落ちたように見える。

「……。」

 目の前にあるそれらの残骸は、ガラス化していない。
 当然だ。それらは、金属でできていたのだろうから。
 奥の壁から漏れ込む仄かな光に照らされるそれは、灰色で。
 まるで朽ちた骸のように、暗がりに沈み込んでいる。

「……。」

 目の前の残骸は、なんの反応も見せない。
 当然だ。それは恐らく、精密な機械であったはずだから。
 かつての形を残すそれは――しかし、形だけを残す。
 この……白い墓標のように。

「……。……ねぇ、フーガくん」
「……なんだ、カノン?」

 カノンの声に、疑念の色はない。
 疑念など、浮かびようもないだろう。
 なぜなら、俺も、カノンも。
 モンターナも、そして多くのプレイヤーも。
 この機械を、かつて見たことがあるはずだから。

 たくさん、使った。
 たくさん、お世話になった。
 その形状もまた、忘れるはずもない。
 だから、カノンにはわかったのだろう。
 これが、なにか。
 この機械が、なんの機械なのか。
 この機械が、かつて、なにをするものであったのか。

「これって――」

 だからカノンの言葉は、問いではなく、確認で。
 そこには、たった一つの名称だけが含まれる。
 俺たちには、それで十分なのだ。
 俺たち、前作プレイヤーには。

 そうして、カノンは言う。
 この、もの言わぬ骸の正体を。

「――、だよね?」


 ……ああ。

 おまえも、この世界に残っていたんだな。
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