ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

一方その頃

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 第2次シンキングタイムを終え、フーガとカノンの二人とはいったん別行動を取ることにする。
 フーガとカノンは引き続き地下階層の調査。
 こちらは1階で見つけたプレートまわりの再調査だ。

(……頭が、チカチカ、するな……)

 思考渦巻く脳が火を噴いている。
 どきどきという動悸が収まらない。
 気を抜くとよろよろと壁に倒れ込みそうになる。
 さいわい、一人で考察する時間もフーガにつくって貰った。
 それに今回は、目の眩むような真実を一人で呑み込む必要もない。
 ゆっくりじっくり、考えていこう。


 *────


 1階へと続く通路を歩きながら、この1週間に思いを馳せる。

 『ワンダリング・ワンダラーズ!!』が発売してから1週間。
 このゲームに対する世間の評価はまだ、発売直後の手探り期間という認識のままだ。
 評価者の平均として「圧倒的好評すごい」という評価は獲得しているけど。
 箱庭系フルダイブゲームの滑り出しとしては、稀にみるメガヒットと言っていい。

 前作プレイヤーは、このゲームの面白さを再認識したり、フルダイブ化に感動したり。
 新規プレイヤーは、この世界のままならなさに舌打ちをしたり、それを先達に窘められたり。
 食糧確保の困難さに文句を言ったり、それができたときの喜びを勇んで報告したり。
 感覚同調スライダーを弄って騒いだり、その刺激に打ち震えたり。
 ほかのフルダイブゲームとはまるで格のちがう、この世界のリアルさに驚いたり。

 『犬2』で新規に建てられていた検証スレッドも、この世界の物理演算や、『犬』との相違点や類似点探し、この世界での技能の仕様、この世界で新しくできるようになったことを検証したりと大いに賑わっていた。
 フーガはいまのところネットでの情報収集を断っているらしいけど――彼がこの世界に来ているということが知られれば、検証スレもまた一段と賑わうだろう。
 直接の名前こそ出されないものの、明らかに彼を指すであろう懐かしい二つ名をちらほらと目にした。
 筆頭人柱、五桁死んだ男ミスター・テンサウザンド動く死体リビングデッド……。
 ロクな二つ名がない気もするが、それは彼に対する畏怖、敬意の表れだろう。うん。
 自分はああはなれない、あそこまでは至れない、という。

 カノンも――彼とは違う意味で有名だ。
 でも、彼女がこうまで変わったと知れば、彼女の評価もまた変わるかもしれない。
 よく笑うようになった。口調が明るくなった。まとう空気が軽くなった。
 かつてのように遠巻きに怖れられるようなことは、今作ではきっとないだろう。
 まぁ、爆発しろ、とは言われるかもしれない。というか言われるだろう。
 モンターナのキャラじゃないから言わないけど、僕も言いたい。
 この4年間で、いったいなにがあったのやら……。

 いずれにせよ、いずれなりの仕方で。
 前作プレイヤーも、新規プレイヤーも。
 最前線を謳う攻略サイトの編集者も、検証スレのみんなも。
 いまは、至極まっとうに、この世界を楽しんでいる。

 ――みながみな、この『犬2』の世界を、『犬』のリメイク・ワールドだと思ったまま。

(……。)

 だが、そうじゃない。そうじゃなかった。
 この世界は、このゲームのために新たにつくられたんじゃない。
 僕らは、あの世界に帰ってきた。
 しかもあの世界は、僕らがいない間に幾千の刻を進んでいた。
 その事実に辿り着いているプレイヤーは、恐らくほとんどいない。
 いれば、検証スレか掲示板にそのようなスレッドが立つはずだ。
 いれば、僕の張っている情報網に引っかかるはずだ。
 ゆえに、僕らがその事実を世間に発表すれば、全プレイヤーに激震が走るだろう。
 このゲームに対する印象が、このゲームの意味が、まるっと変わってしまうだろう。
 僕らはいま、きっと全世界の誰よりも、このゲームに隠されている真実に肉薄している。
 僕らはいま、いわばこのゲームの最前線に立っているんだ。


 それだけでも、驚きなのに。
 それがわかっただけでも、腰が抜けるほど驚いたのに。

『なぁ、モンターナ。ちょっと聞きたいんだけど――俺たちって、誰だ?』

 その驚きには、続きがあった。
 解き明かしたと思った謎の先には、新たな謎が用意されていた。
 地に足がついたと思ったのに、その地の下には底の見えない深淵が広がっていた。

『俺たちは、なにもしていない。
 俺たちは、この星で栄え続けることも、子孫を残すこともしていない。
 俺たちは、ただ――ある日忽然と、消失しただけだ。』

 言われてみれば、そうだ。
 言われてみるまで、気づかなかった。
 自分の考えの甘さに。
 知らぬ間に落ちていた陥穽に。
 陥穽に落ちていたことすら、気づけなかった。

『わたしたちのあと、この星を継いだのは――だれ?』

 いったい――
 いったい誰が、その問いに到達できるだろう。
 このゲームを現在プレイしている、数十万のプレイヤーたちの中で。
 いったい誰が、その問いを口にできるというんだ。
 この世界があの世界の続きだという驚くべき事実に目が眩んでいる中で。
 いったい誰が、そこに気づける?

 少なくとも、僕にはできなかった。
 それが口惜しくも、清々しくもある。
 だって、それを口にしたのは彼らだったから。
 僕が認め、いっしょに冒険することを望んだ彼らだから。
 知らない誰かに先を越されたのではなく。
 同じものを見て、同じ危険に身を晒した、冒険の仲間だから。

 だから――

(彼らに負けてはいられない、な)

 せっかくフーガにこうして名誉回復の機会を貰ったんだ。
 冒険家として、モンターナとして。
 そしてなにより、

(……『犬』ガチ勢の名に懸けて……ッ!!)

 こちとら初代からのファンなんだ。
 だから、見てろよ。フーガ、カノン。
 とびっきりの厄ネタ、持ち帰ってやるからな……ッ!


 *────


 思考中止まっていた足を再び動かし、階段を登り、1階層部分に戻ってくる。
 プレートが落ちていたあたりに向かいながら……まずは周囲の確認をする。
 頭上の吹き抜け。自分たちが入ってきた開口部。
 そこに、先ほど見たときから変化がないことを確認する。

(……人に言われて警戒するとか、危機感鈍ってるよなぁ……)

 4年のブランクは、確実にこの脳を蝕んでいる。
 以前の自分なら、この場所の危険性を失念することなんてなかったはずだ。
 それはつまり、モンターナのロールプレイが下手になっているということである。
 気の置けない彼らの前だとメタな話をすることもあるから、キャラを維持するのがたいへんなんだけど……ここまで変なボロを出してないかな。
 口調とか、仕草とか、ちゃんと " モンターナ " できているかな。
 仮にぼろを出しても、あの二人ならサラっと流してくれそうだけど。
 でも……それは甘えだ。モンターナでありたいのは僕自身なんだから。

(……でも、もうロープは使っちゃったんだよなぁ)

  " モンターナ " を演じる上で、ロープがないってどうなの。
 そんなんであのアニメのようなスタイリッシュ・アクションができると思っているのか。
 1本しか持って来なかったのはどう考えても手抜かりだった。
 2本でも足りなかっただろう。
 彼らがロープを持ってきてくれなかったら、この建物に入るときに2本とも使ってしまっていただろうから。
 その辺もすっかり気が緩んでいる。
 この冒険が終わったら、ちゃんと作り足しておこう。
 いまは、一振りのシースナイフといくつかの小道具、そしてこの身体だけが頼りだ。
 それもある意味、冒険家らしいっちゃらしいかもれしれない。


 そうして、目的の場所に辿り着き、その足元を見る。
 1階部分、この建物の開口部から見て右隅に落ちている、1枚のプレート。
 大きさは縦幅1mほど、横幅1.5mほどと、かなり巨大だ。
 ガラス化した地面にくっついてしまっているそれは、しかしただの建材のようには見えない。
 厚さ2cmほどの濁った透明のプレートの中には、たしかになにか、無数の紋様のようなものが見える。
 それらは、それぞれ一つ一つが左右上下の紋様と離れているように見える。
 それらは、それぞれの行の高さが揃っているように見える。
 それらは、左右の端を除いて、うまく縦に区切れそうな列を持たない。
 つまり、このプレートは、なにか横書きの文字が記されていた可能性が高い。

 だが……恐らく文字であると思われるそれらの紋様は、ガラス化した際に滲み潰れてしまったのか、それとも元からそうだったのか、その形がいまいち判然としない。
 それこそ、ミミズがのたくったような紋様、としかいいようのないものだ。
 自分の知っている言語の中に、そのような言語はない。
 これでも言語学会で認知されている言語については、一通り目を通しているつもりだ。
 未解読言語も、未解読の暗号も、一通りの知識を備えてある。
 解読できる言語は限られるにしても、同定ならばできると自負している。
 たとえこのプレートが、公式の遊び心かなにかで、ヴォイニッチ手稿の文字や、中つ国のシンダール語を用いて書かれていたとしても、判別できる自信はある。
 だが――どうにもそれらの中には目の前の紋様に当てはまるものがない。
 潰れてしまっているように見えるその紋様は、少なくともそのままでは、現実における既知の言語ではないように見える。

 となれば、可能性は3つある。

 1つ目。なにか判読可能な現実の言語を用いて書かれていたが、熱で溶けて読めなくなってしまっている可能性。
 現状ではこれがもっともらしい。

 2つ目。既存の言語に対応しない、この世界でしか見られないまったく新しい言語である可能性。
 これもありうる。特にフーガの“消失説”を取るなら、僕たちの言語体系とはちがう新しい言語を持つかもしれない、この建物を建てたなにものかによって遺されたと考えるのが

 3つ目。意味を成さないでたらめ。あるいはただの紋様。
 すなわちこれを意味ある文章として解読しようとすること自体がまちがっている可能性。
 ファンタジー世界のゲームには、これが往々にありうるのだ。
 だが……ここまでつぶさに作り込まれたゲームで、その可能性があるかと言われれば、微妙なところだ。

 いまは1つ目か2つ目だと仮定しよう。
 つまり、このプレートの紋様は、解読可能な言語である、と。
 となれば、暗号解読のイロハから行こうか。
 未知の言語なんてほとんど暗号みたいなものだ。解読手順はある。

「……っと。その前に、周辺の調査、か」

 このようなプレートが他にも落ちていれば、あるいはもっと鮮明なプレートが落ちていれば、解読の難易度は大きく下がる。
 というか、できればなにかしら落ちていて欲しい。

 なぜなら――

(さすがに30分で一からの解読は無理ゲーだ……!)

 あの二人に新たな成果を持ち帰るためには、悠長に解読している余裕はない。
 焦っても仕方ないんだけど、なにかしら目に見える成果が欲しいところだ。


 *────


 しかし現実は非情だった。
 この周囲には、このプレートのようななにかしらの紋様が刻まれたものはなかった。
 周囲の壁についても観察したけど……このプレートが嵌まっていたらしき浅い窪みを発見しただけだった。

 その浅い窪みは、この1階ホールの真正面。
 そこに嵌まっていたと思われるこのプレートは、僕の目線より少し高いあたりに掲げられていたようだ。
 かつてはかなり目につきやすい位置にあったと思われる。

(……手で触れるもの、ではないな)

 その位置にあったなら、恐らく用途は見られること、あるいは読まれることだ。
 触られることではない。踏まれることではない。
 となれば、やはり文字か紋様か、あるいはシンボルであったと見るべきだろう。
 やはり本腰を入れて解読に取り掛かるしかなさそうだ。

 そうして再び、プレートの場所に戻ってくる。
 あらためて周囲を警戒し、異常がないのを確認して、プレートの傍らにしゃがみ込む。
 さいわいにも夜目のおかげで明るさは十分だ。
 照明器具を使わなくても、細部まで見るのに支障はない。
 仮想端末を立ち上げ、仮想インベントリから白紙の本を選択。
 書き込みモードで展開。横手に仮想キーボードを展開する。
 ほんとは白い紙と鉛筆が欲しいところだけど、こっちのやり方にも慣れている。

 ……よし、やるか。
 せめて分かりやすい言語体系であって欲しい。
 トンパ文字とかのレベルのが来たらさすがに泣くよ、僕は。
 そうして、プレートに目を落とし――

(……あれ?そういえば――)

 ふと、気づく。

(――このプレート、どっちが上なんだ?)

 行の高さが揃っているから、どっちが上ってことも、ありうるのか。
 今まで僕は、最初にこのプレートを見て、それを文字ではないかと認識したその瞬間の方向から、このプレートを解読しようとしていたけど。

 上下逆、ってことも、あるんじゃないか?
 どうせ高さの揃った、みみずがのたくったような文字なんだ。
 どっちが上だっておかしくないだろう。

 試しに、今まで見ていたのとは逆の方向に回り込んでみる。
 そうして、プレートに目を落とし――

(……ま、そりゃ変わらないよね)

 ――たところで結局、みみずがのたくったような字が、ひっくり返ったみみずがのたくったような字になるだけだった。

(……でも、上下逆のまま解読しようとしてました、ってのはまぬけだな)

 せめてなにか、上下がわかるものはないだろうか。
 たとえば句読点とかピリオドとか。
 コンクリートの建物を建てるくらい、文明化した種族の言語なんだ。
 それなら、その手の、可読性のための、シンボルとか――

 プレートに顔を寄せて、みみずがのたくったような字に目を這わせる。
 埃っぽい地面に顔を寄せて、眉間に皺を寄せて。
 意味のわからないものの中に、なにか、意味あるものを見つけようとして。

(……あ、……れ……?)

 なんだろう。
 僕、こんな作業、前にもやったことなかったっけ。

 でも、どこだ?
 暗号はいっぱい解いてきた。未解読言語にも手を出してきた。
 でも、それはあくまで、机の上で、だろう。
 CIA本部前のクリプトスの解読だって、それを立体転写した紙でやっていたんだ。
 現実での僕は、冒険家じゃないし、考古学者でもない。
 こんな、地べたに這いつくばるような――

(……、……?)

 あれ、なんだろう。
 なんだろう、この感覚は。

 おかしい。
 おかしいぞ。

(僕、は――?)


 このプレートの紋様を、見たことがあるような気がする。

 このプレートに描かれている文字を、知っているような気がする。


 ……なんでだ?
 僕の知っている文字の中には、まちがいなく、こんなものは、ない――

(――、――……プレート?)

 このプレートって、もともとは、壁に掛かっていたんだよな。
 たぶん、それが、剥離して、落ちてきたんだよな。
 ぱたんと、倒れるようにして。

『厚さ2cmほどの濁った透明のプレートの中には、たしかになにか、無数の紋様のようなものが見える。』

 僕はたしかに、そう認識した。
 つまり、これらの紋様は、このプレートの中に彫刻されている。
 彫りこまれた文字を内側に保存するようなかたちで、透明なガラスを重ねられている。
 だから、こうして紋様が見えるんだ。

 たとえ、このプレートが――表であっても、裏であっても。


「――、――……あああッ!!!」

 喉の奥から、悲鳴のような声が漏れ出る。

 わかった。
 わかってしまった。
 僕は、まちがえていた。

 最初は、このプレートの上下を間違えていた。
 だから、気づけるはずがなかった。

 そして、このプレートの左右もまた、間違えていた。
 このプレートが、裏側であることに気づかなった。
 この紋様が、鏡写しのように反転していることに気づかなかった。

 ――だから、気づけなかったんだ。
 このプレートに書かれている文字が、既知の言語であることに。
 その言語を、自分が知っているということに。
 その言語を、かつて自分が解読したことがあるということに。

 各地で同様に見つかるその文字には、きっと意味があるはずだと確信して、世界中を巡って。
 ときに煤けた壁に身体を這わせるようにして、ときに地面に這いつくばるようにして。
 その未解読の言語を解読しようと躍起になった。
 そうして僕は、ついに解読したんだ。
 かつて意味のない羅列に過ぎないと思われていた、その文字を。
 作者の道楽で作られた、意味のない記号の羅列だと思われていたその文字を。

 その文字は。
 いまから40年ほど前に作られた、
 で用いられていた、
 その文字の名は――



  ――ピコンッ



「――ッ!!?」


 白紙の本を開いたまま浮かべていた、仮想端末。

 無機質な電子音と共に、ポップアップが浮かぶ。

  『メッセージを受信しました』

 誰からだ。

 いや、ちがう。

 僕らはまだ、拠点の外部で、メッセージのやり取りをする技術を取得していない。
 拠点の外で、メッセージなんて、受け取るはずがない。

 ならば、なんだ。

 これは、なんだ。

 いったい、なにが、起こっている。

 震える指で、仮想端末のポップアップを、押――


「――来るなァァァァッ!! モンターナァァァァッ!!!」


 階下から、絶叫が響く。

 なにかを考える前に、走り出す。

 身体についてくる仮想端末に表示される、不明瞭な記号の羅列。

 読むことができるその文字を、読むこともなく。



『From:■■■■■■■■(■■■■■■)
 件名:■■■■■■■■■■■■
 内容:■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■.
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■“■■■■■”
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■.
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■.
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■■■■■
    …………
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