潮騒の前奏曲(プレリュード)

岡本海堡

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19.奏でる音楽は

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第十九番 変ホ長調 Vivace活発に

 いよいよ録音の日となった。スマートフォンのアラームが鳴る。僕は防音室の中でピアノに寄りかかりながら眠ってしまっていた。足元を見渡すと楽譜が散乱している。でももう拾い上げる必要はない。譜読みは終えたから。
 翔子からLINEがはいっていた。
『いいこと。プレゼント忘れないこと。演奏会って時は大事なものなのよ』
 とても今からプレゼントを用意できる余裕はなかった。
 困ったなと頭をぽりぽりと掻いていると、僕は庭に咲いている白い花が目についた。

 特急電車に乗ると、足が震え始めた。やることはやったが取り組む時間が充分だったとは言えない。なんせ美海との音合わせは一度もできなかったのだから。リハーサルは1回出来ればましなところだろう。
 震えがとまらない僕はたまらず横須賀中央駅で普通列車は待たずに改札口を出て横須賀芸術劇場まで歩いていくことにした。とにかく歩いて少しでも気持ちを落ち着かせたかったからだ。
 改札口を出ると高架橋のYデッキ中央にはサックスを持った、でっぷりとした腹を突き出した銅像のおっさんが僕に向かって出航の合図を吹いてくれている気がした。
 するとどこからか熱い視線を感じるので振り返ると、スカレーと目があった。
 (なんだお前か)
 つぶらな瞳のスカレーと目が合うと「金曜日はカレーの日でスカレー」と頭のなかに語りかけてくるようだ。
 金曜日にカレーを食べる。
 それは海上で生活する海上自衛隊が曜日感覚を忘れないように海軍時代に習って行っていることだ。ずっと防音室にこもりきっていた僕も曜日感覚がなくなっていたところだったしカレーのことを考えていたらお腹が空いてきてしまった。思えば防音室から慌てて飛び出してきたから何も口にしていない。
 スカレーが持つカレー皿が目について離れなくなってしまった。
 僕はスマートフォンを取り出して海軍カレーのお店を検索してみると、Yデッキ近くのとんかつ屋さんがヒットした。
 海軍カレーというのは街起こしで始めたもので特別カレー店舗だけでやっているというわけではない。僕は地下入口にあるとんかつ屋さんに足を運ぶことにした。
 
 お腹を満たした僕は、横須賀商店街通りを歩いていくと、今度はベンチに腰掛けてトランペットを膝においた銅像のおっさんに会う。
 なぁトランペットのおっさんよ。おっさんは今曲を弾きえたところなのかい?
 それとも弾こうとしてるのかい?
 どんな曲弾いたんだ?楽しい曲かい?寂しい曲かい?
 僕はふいにトランペットのおじさんに心の中でそう語りかけた。
 僕の頭の中でたくさんの音楽が生まれてくるようだ。
 先程まで震えていた足取りが軽やかになっていく。
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