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4.僕の大号泣
しおりを挟む「ふん!」
ぽちゃりと小さな音を立ててすぐに見えなくなったペンダント。池は藻か何かで緑色のどろどろになっており、下が見えない状態になっている。
ローシュ様が僕を見て鼻を鳴らすが、僕は今起きたことがショックすぎて、跪いた状態で身体が固まってしまっていた。池の中から目を離すことができず、その様子にイライラしたのかローシュ様は再び僕の胸ぐらを掴み顔を自分の方へと向かせた。
「これで懲りたかよっ」
「ふっ」
眉がぎゅうっと下がっていくのを感じるし、顰める目に鼻付近の筋肉が引きつる。前置きである小さな息が唇を開かせた次の瞬間――
『ふぇええ~~~~~~~ん!!!!!』
僕の口から凄まじい泣き声が飛び出す。
歪む顔、滲む涙に我慢をしようと思ったのだが、身体は幼児。成人の身体で我慢できるものでも今の僕の身体ではそれができなかった。一端飛び出してしまった声は止まらず、次から次へと口からものすごいエネルギーが飛んでいく。涙も目からどんどんあふれ出してきてぼたぼたと頬をしたたり落ちていった。
「うぁあああ~~~~~~~~ん!!!ぼくのっ、ぼくのだがら゛ものな゛の゛に゛ぃ~~!!」
まさに大号泣だ。
対して胸ぐらを掴んでいたローシュ様は、僕のこの様子を見て唖然としていて口が開いたままになっており、胸ぐらを掴む手の力が緩んだのかするりと首元が楽になる。その拍子で尻餅をついたが、地面に尻を付けたまま僕はまだまだ泣き続ける。
「お、オイお前!オイって!!」
ローシュ様は我に返ると、僕の予想外の行動に慌ててなんとか泣き止ませようと声をかけてきたが、僕の涙と泣き声は止まることはなかった。
かなしい。かなしい。その気持ちで心がいっぱいになったのだ。大事なものがなくなってしまった寂しさで、胸と喉が焼けるように痛かった。
僕は声が枯れ、涙が枯れて泣き止むまで、ダムが決壊してしまったかのように泣き続けたのだった。
*****
「な、泣き止んだか・・・・・・?」
「ぐすっ、ぐすっ・・・・・・」
池の縁に座って未だぐずぐずと鼻を鳴らしている僕の隣で覗き込んでくるローシュ様。サラサラの銀髪にエメラルドブルーの透き通った瞳。写真でしか見たことがないが、セイラ様によく似ていると思う。初めて見る銀髪はとても綺麗で、太陽の日に当たって光る髪は思わずうっとりと見とれてしまうほどの美しさを持っている。エメラルドブルーの瞳も宝石のようにキラキラしていて、その目で見つめられたら気絶してしまいそうだ。
そんな国宝級の顔面が僕の顔の近くにある。
先ほどは泣いていてそれどころじゃなかったけれども、今はこの状況に緊張しすぎてまた泣きそう。
「そ、その・・・」
差し出された質の良いハンカチーフを手に持ち涙を拭っていると、隣で手や足をもじもじと動かしているローシュ様が気まずそうに声をかけてくる。
「わるかった、な・・・・・・」
非常に言いにくそうに時間をかけて言われたその言葉に顔を上げて彼の顔を見ると、眉を寄せて腑に落ちていない様子だった。眉根を寄せていてもイケメンはイケメン。その眉の曲線の美しさにふらりとしながらも『う、うん・・・・・・』と謝罪を受け入れた。
周りで何となく様子を見ていた召使いたちも寄ってきて、庭園の中にティータイムセットが設置されていく。椅子に促された僕はヒリヒリする目を潤ませながらも大人しくローシュ様の向かいの席に腰を下ろした。
斜め前からティーカップに透き通った綺麗な色の紅茶が注がれ、表面を覗くと自分の酷い顔が映っていた。前ではローシュ様が中身を見もせずカップを傾けている。それに倣い僕も一口含んでみると、程よい酸味が頬の内側を締めその後に慰めるような甘さが口内を満たした。鼻に抜けていく香りはフルーティーだがどのフルーツなのか特定はできない。なんだか癖になりそうな味だ。
「お前、何でこの池が濁っているかわかるか?」
紅茶の複雑な味と目の前に飾られた数々のスイーツを楽しんでいると、ローシャ様がぽつりと言った。僕のペンダントを飲み込んでしまった池はもはや沼といえるほど汚い。緑色をしているが、吐き気を催すような泥状態で、表面にはどこから流れてきているのか何のものなのかよくわからない油でギトギトとしているように見える。見ていると食欲が失せてきたので目を逸らそうと思ったが、向かいに座るローシュ様は池から視線を動かさなかった。
「わかりません」
僕は素直にそう言う。
「綺麗だと、見えるだろ。自分の汚い顔が」
瞬間、何を言っているのかわからなかった。自分の顔が汚い?この言葉にも心底驚いたが、自分でその様なことを口にするローシュ様にも驚いた。
「この家の者たちはみんな、“映るもの”が嫌いなんだ。だから屋敷の中には基本鏡はない。身支度をしっかりするときは仕方なく使うけどな。普段は目に入らないところに保管されている。池もそうだ。綺麗だと表面を覗いたときに自分の顔が映るだろ?だからわざと汚くしてるんだ。
だから、誰も表面を見ずにものを飲み干すんだよ」
ローシュ様は紅茶を少し覗いて苦々しく言い放った後、一気にカップを傾けて中身を飲み干した。僕のように瞳を輝かせて中身を覗けるのは顔の整った者だからできること、まるでそう言われているかのように感じ気まずくなってしまう。だがそれよりも、池の話を聞いて悲しく思えてしまった方が強かった。
「映るだけじゃないと思います・・・・・・」
「・・・は?」
しばらく流れていた沈黙の後、僕は池の見えない中を見つめながら自分でも知らないうちに喋り出していた。
「池が綺麗になったら、自分の姿が映るだけじゃないと思います。表面だけを見ればそうかもしれないけど、澄み渡った池は水底まで綺麗に見えます。底まで見える池なら水中に育つ花の美しさを知ることもできますし、中で泳ぐ魚たちの様子を見て楽しむこともできます。だから・・・・・・」
ローシュ様からの視線を受けて顔に熱さを感じつつも、僕は一生懸命話し続ける。
「だから・・・表面も大事かもしれないけど、その中身を覗いてみる。観察してその美しさを知るということもとっても大事なことだと思うし、それを人はするべきなんだと思います」
緊張して空気を多く吸い込み、途中止まりながらも頑張って言い切ってローシュ様の顔を見る。するとそこにはここ数日間で見たこともない驚いた様な、毒気が抜かれたような顔をしたローシュ様の顔があった。
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