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ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している
しおりを挟む「レオン様、如何でしょうか。こ、この奴隷は」
肥え太った男の、太い指のついた血の気の悪い手に勢いよく突き飛ばされ、青年が広間に膝を突いた。その目には反抗的な光が宿っている。
「なっ何だその目は。このっっ~~」
男は商品、しかも男にとって最低級のモノでしかない青年の生意気な目に我慢できず、米神がピクピクと痙攣するのを感じた。いつもだったら容赦なく殴りつけるものを、今は客が目の前にいるためできない。力の入った拳は、震えるだけに止まった。
「美しい・・・・・・名はなんと言う」
それは世にも美しい低音だった。奴隷商の男は今自分が商売の途中であることも忘れかけてしまった。それほどまでに目の前にいる麗人から発せられた声は美しかったのだ。
「そ、その商品に名はまだございません。是非とも、旦那様に付けていただきたく」
金糸のような髪、透き通るような白い肌、海を思わせるような深い青の瞳。そして瑞々しい果実のような淡いピンク色の唇。小ぶりな鼻も可愛らしい。摘まんで悪戯をしたい衝動に駆られる。レオンは唇に笑みを作りながら、その小さな顎に添えた手を持ち上げた。どの角度から見ても完璧な美しさだ。よし、この奴隷を買おう。
「ミアだ」
レオンは顎に添えていた手を下ろし、青年に手を差し出した。
「お前はもう、俺のモノだ」
それを聞いた青年――ミアはにやりと笑みを作るとレオンの手を取り立ち上がった。
立ち上がったミアはそれまで自分を取り扱ってた男を、まるでゴミを見るような目で見下ろした。
「なっなんだ貴様その目は!?クソっ、奴隷の分際でっっ」
唾を飛ばしながら顔を真っ赤にさせて男が喚く。
「オイ、貴様こそ口を慎め。ミアは俺の大事な子だぞ」
レオンに肩を抱かれ立っているミアは我慢できずに吹き出した。
「っふ、ふふふ、あははははは!」
肩を震わせ、止まらない笑い声は段々と大きくなる。
「汚いブタが煩いんだけど。目障り。ボクの視界から消えろよ」
「なっっ」
それは奴隷商人と奴隷の立場が逆転した瞬間だった。
ふっ、とレオンが鼻をならす。
「ミア、その辺にしておけ。さぁ湯浴みでもして来い。今夜は俺達の初夜なんだからな」
レオンのその言葉に顔を蕩けさせたミアは、頬を染めて両腕をレオンの首に回す。
「はい、レオン様♡」
既に男の存在など忘れたかのように、ミアは使用人たちについて扉の方へ歩いて行った。
「また良い商品を期待しているぞ」
未だ怒りに血が上る中、男は去って行くレオンに頭を下げ続ける。奴隷に侮辱された怒りから、その拳からは血が滲んでいた。
男は玄関口で執事の男から金貨の入った袋を受け取り、馬車に乗り込んだ。
「くそっ、全くイカレてやがる。どいつもこいつも不細工ばかり揃えやがって」
馬車に乗り込んだ男はドアを閉めた直後怒りにまかせて座席を殴った。
先ほど売った奴隷の見てくれは、最低のものだった。とある貴族に生まれたバケモノ。身の毛もよだつほどの醜さに、万人が嫌悪するだろう。容姿はもはや身分よりも重要なステータスであるこの世において、彼は底辺の存在でありながらプライドだけは貴族譲りの至極生意気なガキだった。
それを男の良客――レオンに売却できたのは幸いだったが、まさかこんな屈辱を受けるなどとは思いもしなかった。レオン・ヴァレンツィア、通称悪食伯爵。社交界では彼がゲテモノ好きの変わり者だと噂されており、そしてそれは事実であった。
艶のある見事な漆黒の髪に小さな目、鼻、口。皆が憧れるまさに絶世の美男。彼は言わば、伯爵家に生まれた怪物であった。彼であれば社交界でいくらでも上り詰められたであろう。王の愛人にだってなれたはずである。今でも勧誘があると噂では聞くが・・・。
だが彼は今、辺境で大きな屋敷に暮らしている。美的感覚では悪食と呼ばれている彼であるが、その実美食家でもある。彼の考案したレシピは今や王宮の料理人が高値で買い取るほどの人気ぶりだ。だが、彼の作るレシピは確かに美味である。
この様に爵位に頼らず実力のみで生活を立てて暮らしている彼であるが、その大きな屋敷には使用人、愛人たちが彼と共に暮らしている。その誰もが世間で言うところの不細工なのであるのだから仰天モノだ。普段労働力としか見られていなかったそういった見た目の奴隷がダイヤに早変わりするのは男にとって美味しい話ではあるのだが。
正直あの屋敷に足を踏み入れるだけで生気が吸い取られるような気がする。現に今、男は馬車の中でぐったりとしていた。
それに自分の感覚がおかしくなっていくのも感じる。街では人に怯え、どうやって人の目から自分を隠すかしか考えていない不細工共が、レオンの屋敷では皆生き生きとしているのだ。その堂々とした姿に、当初はまごついたものだ。
まさに、ヴィレンツィア家では美形と不細工の価値が、形勢が逆転しているのである。
それにしてもあのガキ、腸が煮えくりかえったな・・・・・・。
男は先ほどレオンに売り飛ばした奴隷の、自分を見下した目を思いだし、蘇ってきた怒りに馬車の扉を強く殴りつけた。
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