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05.サイレント、加担する。
しおりを挟む「きゃっ!」
「あらぁ、御免あそばせ。あまりに影がお薄くて、気づきませんでしたわ」
「私も、今気づきましたわ。服装も質素ですから、色味が壁と同化していたのではなくて?」
「まっ!そんなことをおっしゃっては失礼よ」
「そうね、ふふふ」
ドォリィに通り過ぎさまにぶつかられ、壁に肩を打ったリドリータに向かって、ドォリィの取り巻きたちが一斉に嘲笑を浴びせる。
彼女らの見下し蔑む表情と言い、あっぱれといった感じだ。
生徒たちが通る廊下での酷い仕打ちに、リドリータは唇を噛んで涙を耐えていた。
授業が始まって程なくして、ドォリィによるリドリータへの嫌がらせが始まった。
「やめてください!それだけはっ、お許しくださいっ!クリスタ様は関係ありませんっ!」
「何が関係ないのよっ!!この靴は貴方がクリスタ様に強請ったんでしょ!?よくもまぁ図々しくできるものね。これで台無しにしてやるんだから」
「ドォリィ?何をしているの?」
昼休み、教師からの遣いを終えて空き教室の横を通る際に隙間の空いた扉から声が聞こえてくると思って開けたら、そこにはしゃがみ込んで靴を手で覆うリドリータと、それを見下ろし黒インクのビンを手に持ったドォリィがいた。
う~ん。この状況はマズいかな?
「ちっ、違うのサイ。アイネクラインさんが授業の時に使うインクを持ってないって言うから、私のを差し上げようとしただけよっ」
固まっていた二人だが、ドォリィは現状を把握するとあたふたとし始め持っていたインクのビンを後ろ手に隠した。
うん。かわいい。
「そっかぁ、ドォリィは優しいね」
明らかにおかしい言い訳であるにも関わらず、頬を緩ませドォリィの頭を撫でる。すると下から悲痛な声でリドリータが叫んだ。
「嘘よっ!サンドレア様は今、私の靴にインクを零そうとなさったの!!やめてくださいって言いましたのに・・・・・・」
「そうなの?」
『ドォリィ?』と小さく呼びかけると、言葉に詰まってしまい『ぁ、ぅ・・・』と口ごもってしまった。そして下では勝利を収めたかのようにドヤ顔をするヒロイン。
「ドォリィ、ダメじゃないか」
「っ!」
俺は後ろに回されたドォリィの手を前に持っていき、そっとその柔らかい手に自分のを添えた。
怒られると思ったのかぎゅっと目を瞑って、長い睫が滲んだ涙に濡れている。
「これはドォリィ専用に作ってもらったインクだろ?そんなの使ったらドォリィがやったってすぐバレちゃうよ。ほら、俺のを貸してあげる。これでやりなよ」
本当に、ドォリィは見ていて危なっかしい。
ドォリィだけが使う特別仕様のインクなんか使ったら、絶対にバレるに決まっている。
今言うが、実はドォリィはアホの子だ。普通立派な家の令嬢、しかも侯爵家などの出だったら、もっと巧妙な嫌がらせをするだろう。しかも、自分の手は汚さずに。しかし、ドォリィのする嫌がらせといったら、通り過ぎさまに態と肩にぶつかる、足を引っかける、座る際に椅子を引く、悪口を薄いオブラートに包んで言うなど、内容が非常に子どもっぽいのである。一周回って可愛らしくも見えてくる。
「・・・・・・え、サイレント、様・・・・・・?」
リドリータの、何が起きているのかわかっていないという声が静かな部屋に響いた。
悪いな、ヒロイン。俺はお前よりもドォリィに惚れているのだ!!
目指すのはアホ王子から婚約破棄を叩きつけられてからの国外追放。そしてドォリィに加担した俺もついでに国外追放、というハッピーエンド。
そのためには、自分の手を汚すこともかまわない。
全てはドォリィの幸せ、ひいては俺の幸せのために。
そう思いながら、ふいとリドリータの足に嵌まった靴に視線を向ける。
淡く上品な色の制服と喧嘩上等の、ド赤い一見下品な靴。その真ん中に、これでもかというほど存在を主張している薔薇の装飾もしつこく、まるでリドリータ本人を表しているかのような靴だ。
女性に靴を送る――、それは婚約者を持つ男性が婚約相手以外の女性に行ってはならない行為である。この国でも親しい者にブレスレットやネックレスなどの装飾品を贈る風習はあるし、アプローチの定番といえる。物を貢がれる女は、誰がどれほど高価なものをくれるかで、男を品定めしているのだ。
だが、靴は特別だ。
男性が女性に靴を贈るという行為の裏には、『彼女を、その人が立つ場所ごと自分のモノにする』という意味が隠されているからだ。
子息が令嬢に靴を贈る。すなわち、婚約を求め彼女をその家との繋がりごと手に入れるということである。
それともう一つ、これからは自分が彼女の立つ場所となることも表している。昔の逸話で、ある貴族の男が結婚する際に、結婚相手のためだけに作られた唯一の靴を贈ったとされるものがあった。それほど、靴と婚約との関係は強い。
婚約指輪と同等の扱いをされ、同じくらい財を尽くして作られる靴は、まさに身分証明の意味をももっていた。現世との使い方は異なるが、商人はまさに、人の『足下を見ている』のである。
クリスタは、ドォリィという婚約者がいながら目の前の下品な女に靴を贈った。
「彼女の靴、クリスタ様からの贈り物だって・・・・・・?
――『趣味悪いね』
ドォリィを蔑ろにしてこんなピンク頭の女に靴をプレゼントしたという事実に若干ぶち切れつつある俺は、現状を把握し切れていないドォリィの耳元でそう呟いた。
あっ、ドォリィはクリスタを慕っているのに彼の悪口を言っちゃった・・・と後で気づいたが、本当に趣味が悪いから言い訳もできない。
するとドォリィがクスッと笑い声を上げ、俺を見上げてにやっと笑った。
「ええ・・・、そうね。・・・・・・なんか冷めちゃった。もういいわ。貴方の靴は、その趣味の悪さに免じて許してあげる」
「もうすぐ昼休みも終わるから、教室に帰ろう?ドォリィ」
「ええ、そうしましょ」
ぽかんと間抜け面を晒しているリドリータを一人残し、俺たちはその部屋を後にした。
「・・・サイレント様のインク、浴びたかった・・・・・・」
――05.サイレント、加担する。
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