異世界ネイルサロン

海辺野海月

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異世界ネイルサロン

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「いらっしゃいませ。今日は長さの調節で宜しいですか?」

 サロンとして借りている部屋に入ってきたのは猫獣人のマーニャさん。茶トラの美猫さんなんだけど、冒険者で斥候職をしているらしく、すぐに爪が伸びて気になると定期的に来てくださるお得意様です。

「あぁ、いつも通りで頼むよ。」

 ゆらゆらと機嫌良く揺れる尻尾に惹かれるけど、顔に出さないようソファへご案内します。

 温めのお湯にはカモミールから作ったフラワーウォーターを数滴。ふんわりと甘く香るお湯で汚れと疲れを取っていただいたら先ずはハンドマッサージ。掌で温めたオイルで肘付近まで軽めに施術を施したら掌と指は痛くならない程度の力を込めてマッサージです。

 マーニャさんも心なしか目尻が下がっているので心地好く感じて下さっているのでしょうが、私は私で肉球が非常に気持ち良くてついつい揉みすぎてしまうのは内緒です。

 ホットタオルでマッサージオイルを拭ったら爪のお手入れ。エメリーボードで形を整えバッファーで艶を出したら、もう一度ホットタオルで汚れを落としてハンドクリームとネイルオイルを塗り込みます。

「お疲れさまでした。如何でしょうか?気になる所はございますか?」

「いや、問題ないよ。いつも助かる。自分で研ぐにもここまで均一に研げないし、何よりサナのマッサージが気持ち良くて自分でやる気にもならない。」

 使ったものを片付けながら伺えば、綺麗な猫目をふんわりと細めて誉めてくださるマーニャさん。美猫様の微笑みとか堪らないご褒美です。

 次のお客様は短耳族スクルトのルーミアさん。サロンとして借りている部屋があるレストランのウエイトレスさんです。明日のお休みに彼とデートなので爪先まで可愛らしくしたい!とのご要望。ネイリストの腕の見せ処ですね!

「彼氏さんは騎士様なんですね。それなら上品なフレンチネイルにワンポイントで花のアレンジフレンチなどは如何でしょうか?」

「素敵!これでお願い!」

 イメージを簡単にスケッチしてお見せしたら気に入って下さいました。ではでは、これで進めさせて頂きます。

 マッサージから形を整えるまでは同じ手順。此処にはジェルなんてないので天然顔料を使用してネイルアートを施します。胡粉と鉱石それから膠を薄めた手作りのマニキュアです。

 そう、ここは地球ではない異世界フェルミニア。

 勤めていたネイルサロンから自宅へ帰った筈なのに、アパートの扉を開けたら此処にいたのです。

 幸い小説に良くあるような森の中で魔物に襲われる等もなく街の中だったので緊急的な命の危機はなかったのですが、住む場所も仕事もお金もない身分不詳の怪しい女を助けてくれたのがこのレストランのオーナーの奥様であるデージアさん。
 呆然と立ち尽くす私を店前の掃除に出てきて気付き、不思議に思って声を掛けて下さったのが始まりでした。
 デージアさんは栗鼠獣人と短耳族のハーフで見た目はほとんど人なのですが、大きなふっさりとした縞栗鼠の尻尾をお持ちの可愛らしい方です。

 フェルミニアには極稀に渡り人と呼ばれる異世界人が現れるらしく、私の話を聞いたデージアさんはすぐに渡り人と判ったと色々と親身になって下さいました。

 身分証の発行の為に領主様にも会ったのですが、渡り人は色々な知識があるからと王都で王様と謁見出来ると言われました。私には学もないのでお役には立てないと思いますので丁重にお断り致しましたが、一応身元保証人は領主様という事になってます。何かする時は領主様に話してから、万が一此方で新技術だった時に王様に報告しないといけないからだそうです。

「これで完了ですが、如何でしょうか?気になる所はございますか?」

 此処フェルミニアに来てからの事を思い出しながらもきちんと施術はしておりましたよ。

 ルーミアさんはレストランのウエイトレスさんだけあって明るくて感じの良い方です。出るとこ出ててウエストもきゅっと括れた美人さんでもあるのでお店でもとっても人気があるのですが、最近付き合い始めたお相手が領軍のわりとお偉い方らしく身分違いで諦めていたところお相手から告白されてお付き合いを開始したところだそうです。
 子爵家の方だそうで、隣に立つのに少しでも見劣りしないようにとネイルをしに来て下さったそうです。

「想像してたのより素敵!これなら頂いたワンピースを着ても自信が持てそう!有難う、サナ!」

 笑顔のお客様をお見送り出来るのは本当に嬉しいですね。

 異世界フェルミニアに来て思うのですが、地球だろうと異世界だろうと、悩むことは何処に居てもほとんど変わらなくて、嬉しく感じることもまた変わらないのだな、と思うのです。

 女性は恋に悩んで、ダイエットに励んで、子育てや姑の愚痴を言うのも変わらない。

 男性だって、恋に仕事に同じように悩むんです。

 きっと世界が違っても年代が違っても生き物って変わらないんでしょうね。

 なんて、達観してますが、私にだって悩みはあるんです。

 倉田紗菜、26歳。異世界フェルミニアに来て一年と少し。私だって恋がしたい!

 イケメンでお金持ちとか贅沢は言いません。勿論、そんな素敵な方がお相手なら最高ですが。そこにもふもふな獣尻尾けもしっぽとかあると更にテンション上がりますけど!

「サナ、一段落したならご飯食べに降りておいで。」

 あ、デージアさんが呼んでます。今日のお昼は何でしょうか。楽しみです。

 軽く片付けて部屋の鍵を閉めたら階下のレストランへ。昼時を少し過ぎた所なのでお客さんは少ないですが、まだチラホラいらっしゃいます。
 今日は遅番だったらしいルーミアさんとデージアさんが端の方のテーブルで手招きしているのでそちらへ向かいます。
 テーブルには野菜たっぷりのポトフとパン、グラタンがセットされていて見ただけでお腹が鳴ってしまいそうです。

「サナ、お疲れ様。お昼食べて午後も頑張ろうね。」
「二人ともたんとお食べよ。今日の糧に感謝を。」
「「今日の糧に感謝を。」いただきます。」

 デージアさんの言葉にルーミアさんとハモりながら返事しちゃいます。
 オーナージルベルタさんお手製のソーセージが入ったポトフは野菜の甘味とソーセージの塩気が丁度良く、優しいお味。チーズたっぷりのグラタンは、薄切りのジャガイモがホワイトソースとトマトソースと一緒に層を作っていて、見た目にも美味しい。熱々のグラタンを頬張って、ソースにパンを浸けて食べるともう最高。溶けたチーズがソースとパンに絡まって頬っぺたまで蕩けそう。

 このご飯が食べれるのもデージアさんが拾って下さったお陰です。美味しいご飯は活力の源ですよね。
 悲嘆に暮れず生活しようと思えたのもこのレストランの皆様のお陰です。

 異世界なんて、と不安だらけではありましたが、人間成せば成るものです。

 倉田紗菜、26歳。地球に帰れる見込みはなさそうなので、なんとか頑張って生きていきたいと思います。

 獣人、人族、男性、女性は問いません。爪のお手入れをされたい方は是非当サロンへお出でください。
 終わった後に階下のレストランでお食事されるのもオススメです。
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