マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第159話

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カッポカッポカッポカッポ……
ゴトゴトゴトゴト……


街を進む箱馬車の中、隣りに座るフレデリカが俺の腕を胸に抱き込む。


「フフッ♪」

ギュッ

「おい……」

「いいでしょ?ちょっとぐらい」

「良くない。香水の匂いがついて、それに気づかれたら色々と疑われて面倒だ」

「同じ馬車に乗ってれば少しぐらい匂いが移ってもおかしくはないわよ」

「直接ついたら匂いの強さが違うだろ」

「その時は屋敷に入る身嗜みとして私の香水を掛けたって言っておけばいいのよ。というか実際に掛けておきましょ」


そう言うと彼女は小瓶を取り出し、ハンカチに含ませると首元に擦り付けてきた。

狭い車内では逃げ場がなく、下手に騒ぐとそれはそれで如何わしい事をしていたのではないかと御者から家の方に報告されかねない。

御者は護衛も兼ねていて武装しているのだが、乗車前にフレデリカが「到着まで邪魔をしないように」なんて言っていたから手遅れな気もするけどな。

なので俺は大人しく香水をつけられることになり、それが終わるとフレデリカは先程以上に身を寄せてくる。


「これでどれだけくっついても問題ないわね?」

「ないわけないだろう。着いてからのことを考えておかないと」

「もう、仕方がないわねぇ。じゃあ……これだけ、チュッ♡」

「んっ……ほら、話を進めないと」

「はいはい。続きはまた今度ね♪」

「ハァ……」


何故こんな事になっているのか、それはフレデリカの提案に乗ったからである。

ティーナ達の領主への用件を彼女達に知られず聞けるかと思ってのことだが、彼女達の旅程から俺の移動手段について言及されるかもしれないという不安もあったしな。

というわけで、解体場を早退したフレデリカと共に彼女の家であるヴァーミリオン家へ向かうことにしたわけだ。

で、その名目としては"宝石蛇"の件を利用することにした。

あの一件に俺はそれなりに深く関わっており、"モーズ"としてだが王家から報奨を貰える予定の立場であることは事実である。

王家にこの街を任されているヴァーミリオン家としてもあの件と無関係ではないし、"銀蘭"から俺のことを聞いたフレデリカが"モーズ"について聞き取り調査をするという体で連れ込まれるということになったのだ。

実際、"モーズ"の正体にはヴァーミリオン家でも注目されているらしいしな。

それでティーナ達の用件をどうやって知るかという話なのだが……


「私がそのティーナって人の謁見に立ち会うことが許されたら、その護衛に変装して連れ込めばいいわ」

「護衛に変装なんてできるのか?」

「予備の装備ぐらいあるわよ。まぁ、それを持ち出せば家の者にはバレるでしょうけど、アンタはこの街のために動いてたんだし事情を説明すれば大丈夫よ」


"コージ"としても"モーズ"との連絡役などで"銀蘭"に協力していたことにはなっているし、必要ならフェリスに証言も頼めるはずだ。

なので俺のことがバレたとしてもそれは街のことを案じてだと言えば、これまでの成果から理由として通るだろうとのことらしい。


「時間があれば"モーズ"の姿になったほうが良さそうだが……」

「それだと顔を見せるように言われるでしょうし、拒否すれば別人の変装を疑われて追い出されるか逮捕されるかもしれないわよ?」

「ああ……なら今回の場合は護衛の格好にしたほうが良いのか」

「そういうことね。時間もあまりないし、うちの護衛に扮していれば怪しまれにくいでしょうから。それで、謁見の場に立ち会えなかった場合なんだけど」

「ああ、その場合はどうするんだ?」

「話を聞いたお父様が私に話せるようだったら、普通に聞き出してアンタに聞かせればいいわ」

「そうでなかったら?」

「重要な話みたいだし、それを聞いたお父様が何の動きも見せないということはないでしょう。聞いた直後か、そうでなくても2,3日も様子を窺っていれば何らかの指示を出すはずだから、聞き出せなかったとしてもある程度の予想はつくんじゃない?」

「まぁ、そのへんが妥当か……ん?」


ここで俺は引っ掛かる。


「何よ?」

「いや、今の話だと俺はお前の家に泊まるってことになるのか?」

「別にいいじゃない。客としてもてなしてあげるわよ?」

「客扱いされなかった場合は?」

「だったら、"モーズ"のことを聞き出すために屋敷へ留めておくってことにすればいいんじゃない?」

「うーん……どちらにしろ自由に出歩けるわけでもないだろうし、俺が領主様の動きを察知するのは難しいんじゃないか?」

「今回の件でお父様が動いた場合、もしかするとその影響で私が出歩けなくなる可能性もあるわ。そうなったらアンタに事情を伝えるのが難しくなるんじゃないかしら?」

「人づてにってのは……」

「そうなるほど重要な内容なら外部へ伝えられる役目は限られた者だけになるでしょうし、私がアンタに情報を送ればそれがお父様に伝わると思ったほうがいいわよ?どんな関係だと思われるでしょうね?」

「まぁ……ただならぬ関係だとは思われそうだなぁ」

「でしょう?ま、実際にただならぬ関係ではあるけどね♪」

スリスリ


そう言いながらフレデリカは俺の股間を撫でてきた。

同時に目には妖しさを宿し、抱き込んでいた俺の腕を動かすとその先の手を下腹部に当てさせる。


「コラ、今はやめろ」

「はぁい♪」


彼女も次の機会を望んでか話が脱線しかけるも、それを何とか防いで話を進めた。


「で、事情を知りたいなら結局はフレデリカの家に泊まるべきだと?」

「そうね。そもそも、お父様に謁見した後だったら本人達から聞き出せるとは限らないし」

「そう言われるとそうなんだよなぁ……」


ティーナ達の話も気になるが、彼女達が万が一領主への加害を考えていれば連れてきた俺にそれを止める義務があると言えるからな。

どちらにしろ、できれば謁見の場に同席したいところである。

なので俺はフレデリカの案に乗り、


「じゃあ、もうちょっと……ね?♡チュウゥ……」

「むぐぐ……」


と、彼女の屋敷へ到着するまでキスを続けることになった。





コンコンコン

「お嬢様、お屋敷へ到着いたしました」

「わかったわ、開けなさい」


そう言って開けさせたドアから、俺に続いて車外へ出たフレデリカは若干顔が赤らんでいた。

それは……到着の直前まで俺の口内を楽しんでいたからである。


「「……」」


御者と出迎えたメイドさん達はその変化に気づいたようだが、特に言及されず話が進む。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま」

「お連れの方はどなた様でしょうか?」

「冒険者で"フータース"の会員でもあるコージよ。"モーズ"の縁者だから丁重にね」

「「っ!?」」


フレデリカの発言にメイドさん達は静かに驚く。

"モーズ"の名前に反応したようで、やはり"宝石蛇"の一件はそれだけ影響力があったのだろう。

そんな"モーズ"の縁者でありこの街では大手である"フータース"という商会に所属していることから、俺への対応はただの冒険者とは少々違ったものになるようだ。


「承知いたしました。では、ご案内はどちらの方へ?」

「私の部屋に連れて行くわ。あぁ、泊まらせるから部屋と担当者を用意しておいて」

「はい、ではそのように」


そんなやり取りがあって屋敷に入ると、そのままフレデリカの部屋へ案内される。

その道中、彼女はメイドさんにティーナ達のことを確認した。


「今日の午後に、"銀蘭"を通してお父様に謁見を申し込んできた客は?」

「少し前にお出でです。今は身体検査などをされているのではないかと」


え、もう来てたのか。

まぁ、凶器などの検査に時間がかかる可能性もあるし早めに来るのが普通なのかな。

フレデリカもそれが当然のことであると思っているようで、状況を聞いても驚きはしなかったが行き先を変えた。


「お父様はどちらに?」

「執務室かと」

「なら私はそちらへ向かうから、コージを案内しておいて」

「はい、承知いたしました」


そうしてフレデリカは領主の下へと向かい、俺はメイドさんに連れられて目的地へ到着する。


カチャッ、キィッ

「どうぞ」


開かれたドアの向こうは20畳ほどあり、ソファやテーブルなど派手すぎない程度ながらも高級そうなものが置かれていた。

中でも目立つのは天蓋付きのベッドで、そこだけは馴染のない俺にとってなかなか新鮮だ。

そんなことを考えていると……メイドさんが窺うように尋ねてくる。


「あの、お嬢様とあのベッドをご利用になるおつもりでしょうか?」

「えっ?」


どうやら、フレデリカのベッドを眺めていたことでその使い心地を期待していると思われたようだ。

泊まるだけでも色々と疑われそうなのに、フレデリカを狙っているとまで思われたら面倒なことになる。

まぁ、泊まることに関しては今日中に用事が済めばキャンセルしてもいいのだが……

それはさておき、メイドさんの誤解を解いておくことにするか。


「いえ、そのつもりはありませんよ。お立場のこともありますし」

「……」


あれ?

何故かメイドさんは眉間にシワを寄せ、疑わしそうな目で俺を見ている。

今のでは疑いを晴らせなかったか。

……あぁ、フレデリカの立場を気にしているから手を出す気がないというだけで、その立場さえなければ狙う可能性があるように受け取られたのかもしれない。

となると、立場など関係なく彼女に手を出す気はないと言うべきだったか。

この場合フレデリカが女性として好みではないと言うしかなく、それを強調するには彼女とは違うタイプの女性を例に上げたほうが良い。

そしてその例はイメージしやすいよう、メイドさんが知っている人物でなければならないよな。

こうなるとその相手は……


「いえその、実はフレデリカ様が懇意にされている孤児院のモノカさんが好みでして……」


そう。

俺が好みの例として挙げたのはモノカさんだった。

このメイドさんとしてはウェンディさんのほうが面識のある可能性は高かったが、あちらも大きい商会の会長の娘ということでその立場を考慮し選ばなかったのである。

この発言にメイドさんは……眉間にシワを寄せたままだった。


「あぁ……やはり胸ですか」


幸い彼女はモノカさんを知っていたようだが、その表情からは怒りと悲しみが現れている。

見れば彼女の胸はなだらかで、恐らくはそれを気にしてのこの反応だと思われた。

モノカさんはモノカさんで地雷だったか、これはフォローを入れておこう。


「いや、十分お綺麗ですし気にしなくてもいいのでは?」


これは事実であり、メイドさんは20代に見える秘書っぽい雰囲気の美女だった。

なので胸が小さくてもいいだろうと言ったのだが、メイドさんは暗い顔で聞いてくる。


「私、いくつに見えますか?」

「20代だと思いますが……」

「ええ、その通りです。そして普通なら縁談の1つや2つ、いえ3つや4つ同時に来ていてもおかしくはありません」


ああ、顔には自信があるんだな。

しかし……


「その言い方だと……来てないんですか?」

「ええ。私も貴族の端くれではありますので誰でも良いというわけでもなく、家としても問題ないだろうと判断された上で良きお相手へご連絡するのですが……」


ああ、つまりは彼女が選んだ相手はみんなが合わなかったということか。

このメイドさんがモテないということではなく、だからこそ顔には自信があるというわけだな。


「まぁ、そのうち良いお相手が……」

「そう言われてもう5年になりますね」

「ぐ」


こういう時、どう返してあげるべきだろうか?

経験上、何を言っても悪い方へ受け取られる可能性が高い。

なので答えあぐねていると……そこへ救いの女神が訪れる。


ガチャッ

「お待たせ、ちょっと時間が……って、どうしたの?アンタ達」


ドアを開けて部屋の微妙な空気を感じ取ったフレデリカは、クリっと首を傾げてそう聞いてきたのだった。
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