159 / 180
第159話
しおりを挟む
カッポカッポカッポカッポ……
ゴトゴトゴトゴト……
街を進む箱馬車の中、隣りに座るフレデリカが俺の腕を胸に抱き込む。
「フフッ♪」
ギュッ
「おい……」
「いいでしょ?ちょっとぐらい」
「良くない。香水の匂いがついて、それに気づかれたら色々と疑われて面倒だ」
「同じ馬車に乗ってれば少しぐらい匂いが移ってもおかしくはないわよ」
「直接ついたら匂いの強さが違うだろ」
「その時は屋敷に入る身嗜みとして私の香水を掛けたって言っておけばいいのよ。というか実際に掛けておきましょ」
そう言うと彼女は小瓶を取り出し、ハンカチに含ませると首元に擦り付けてきた。
狭い車内では逃げ場がなく、下手に騒ぐとそれはそれで如何わしい事をしていたのではないかと御者から家の方に報告されかねない。
御者は護衛も兼ねていて武装しているのだが、乗車前にフレデリカが「到着まで邪魔をしないように」なんて言っていたから手遅れな気もするけどな。
なので俺は大人しく香水をつけられることになり、それが終わるとフレデリカは先程以上に身を寄せてくる。
「これでどれだけくっついても問題ないわね?」
「ないわけないだろう。着いてからのことを考えておかないと」
「もう、仕方がないわねぇ。じゃあ……これだけ、チュッ♡」
「んっ……ほら、話を進めないと」
「はいはい。続きはまた今度ね♪」
「ハァ……」
何故こんな事になっているのか、それはフレデリカの提案に乗ったからである。
ティーナ達の領主への用件を彼女達に知られず聞けるかと思ってのことだが、彼女達の旅程から俺の移動手段について言及されるかもしれないという不安もあったしな。
というわけで、解体場を早退したフレデリカと共に彼女の家であるヴァーミリオン家へ向かうことにしたわけだ。
で、その名目としては"宝石蛇"の件を利用することにした。
あの一件に俺はそれなりに深く関わっており、"モーズ"としてだが王家から報奨を貰える予定の立場であることは事実である。
王家にこの街を任されているヴァーミリオン家としてもあの件と無関係ではないし、"銀蘭"から俺のことを聞いたフレデリカが"モーズ"について聞き取り調査をするという体で連れ込まれるということになったのだ。
実際、"モーズ"の正体にはヴァーミリオン家でも注目されているらしいしな。
それでティーナ達の用件をどうやって知るかという話なのだが……
「私がそのティーナって人の謁見に立ち会うことが許されたら、その護衛に変装して連れ込めばいいわ」
「護衛に変装なんてできるのか?」
「予備の装備ぐらいあるわよ。まぁ、それを持ち出せば家の者にはバレるでしょうけど、アンタはこの街のために動いてたんだし事情を説明すれば大丈夫よ」
"コージ"としても"モーズ"との連絡役などで"銀蘭"に協力していたことにはなっているし、必要ならフェリスに証言も頼めるはずだ。
なので俺のことがバレたとしてもそれは街のことを案じてだと言えば、これまでの成果から理由として通るだろうとのことらしい。
「時間があれば"モーズ"の姿になったほうが良さそうだが……」
「それだと顔を見せるように言われるでしょうし、拒否すれば別人の変装を疑われて追い出されるか逮捕されるかもしれないわよ?」
「ああ……なら今回の場合は護衛の格好にしたほうが良いのか」
「そういうことね。時間もあまりないし、うちの護衛に扮していれば怪しまれにくいでしょうから。それで、謁見の場に立ち会えなかった場合なんだけど」
「ああ、その場合はどうするんだ?」
「話を聞いたお父様が私に話せるようだったら、普通に聞き出してアンタに聞かせればいいわ」
「そうでなかったら?」
「重要な話みたいだし、それを聞いたお父様が何の動きも見せないということはないでしょう。聞いた直後か、そうでなくても2,3日も様子を窺っていれば何らかの指示を出すはずだから、聞き出せなかったとしてもある程度の予想はつくんじゃない?」
「まぁ、そのへんが妥当か……ん?」
ここで俺は引っ掛かる。
「何よ?」
「いや、今の話だと俺はお前の家に泊まるってことになるのか?」
「別にいいじゃない。客としてもてなしてあげるわよ?」
「客扱いされなかった場合は?」
「だったら、"モーズ"のことを聞き出すために屋敷へ留めておくってことにすればいいんじゃない?」
「うーん……どちらにしろ自由に出歩けるわけでもないだろうし、俺が領主様の動きを察知するのは難しいんじゃないか?」
「今回の件でお父様が動いた場合、もしかするとその影響で私が出歩けなくなる可能性もあるわ。そうなったらアンタに事情を伝えるのが難しくなるんじゃないかしら?」
「人づてにってのは……」
「そうなるほど重要な内容なら外部へ伝えられる役目は限られた者だけになるでしょうし、私がアンタに情報を送ればそれがお父様に伝わると思ったほうがいいわよ?どんな関係だと思われるでしょうね?」
「まぁ……ただならぬ関係だとは思われそうだなぁ」
「でしょう?ま、実際にただならぬ関係ではあるけどね♪」
スリスリ
そう言いながらフレデリカは俺の股間を撫でてきた。
同時に目には妖しさを宿し、抱き込んでいた俺の腕を動かすとその先の手を下腹部に当てさせる。
「コラ、今はやめろ」
「はぁい♪」
彼女も次の機会を望んでか話が脱線しかけるも、それを何とか防いで話を進めた。
「で、事情を知りたいなら結局はフレデリカの家に泊まるべきだと?」
「そうね。そもそも、お父様に謁見した後だったら本人達から聞き出せるとは限らないし」
「そう言われるとそうなんだよなぁ……」
ティーナ達の話も気になるが、彼女達が万が一領主への加害を考えていれば連れてきた俺にそれを止める義務があると言えるからな。
どちらにしろ、できれば謁見の場に同席したいところである。
なので俺はフレデリカの案に乗り、
「じゃあ、もうちょっと……ね?♡チュウゥ……」
「むぐぐ……」
と、彼女の屋敷へ到着するまでキスを続けることになった。
コンコンコン
「お嬢様、お屋敷へ到着いたしました」
「わかったわ、開けなさい」
そう言って開けさせたドアから、俺に続いて車外へ出たフレデリカは若干顔が赤らんでいた。
それは……到着の直前まで俺の口内を楽しんでいたからである。
「「……」」
御者と出迎えたメイドさん達はその変化に気づいたようだが、特に言及されず話が進む。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
「お連れの方はどなた様でしょうか?」
「冒険者で"フータース"の会員でもあるコージよ。あの"モーズ"の縁者だから丁重にね」
「「っ!?」」
フレデリカの発言にメイドさん達は静かに驚く。
"モーズ"の名前に反応したようで、やはり"宝石蛇"の一件はそれだけ影響力があったのだろう。
そんな"モーズ"の縁者でありこの街では大手である"フータース"という商会に所属していることから、俺への対応はただの冒険者とは少々違ったものになるようだ。
「承知いたしました。では、ご案内はどちらの方へ?」
「私の部屋に連れて行くわ。あぁ、泊まらせるから部屋と担当者を用意しておいて」
「はい、ではそのように」
そんなやり取りがあって屋敷に入ると、そのままフレデリカの部屋へ案内される。
その道中、彼女はメイドさんにティーナ達のことを確認した。
「今日の午後に、"銀蘭"を通してお父様に謁見を申し込んできた客は?」
「少し前にお出でです。今は身体検査などをされているのではないかと」
え、もう来てたのか。
まぁ、凶器などの検査に時間がかかる可能性もあるし早めに来るのが普通なのかな。
フレデリカもそれが当然のことであると思っているようで、状況を聞いても驚きはしなかったが行き先を変えた。
「お父様はどちらに?」
「執務室かと」
「なら私はそちらへ向かうから、コージを案内しておいて」
「はい、承知いたしました」
そうしてフレデリカは領主の下へと向かい、俺はメイドさんに連れられて目的地へ到着する。
カチャッ、キィッ
「どうぞ」
開かれたドアの向こうは20畳ほどあり、ソファやテーブルなど派手すぎない程度ながらも高級そうなものが置かれていた。
中でも目立つのは天蓋付きのベッドで、そこだけは馴染のない俺にとってなかなか新鮮だ。
そんなことを考えていると……メイドさんが窺うように尋ねてくる。
「あの、お嬢様とあのベッドをご利用になるおつもりでしょうか?」
「えっ?」
どうやら、フレデリカのベッドを眺めていたことでその使い心地を期待していると思われたようだ。
泊まるだけでも色々と疑われそうなのに、フレデリカを狙っているとまで思われたら面倒なことになる。
まぁ、泊まることに関しては今日中に用事が済めばキャンセルしてもいいのだが……
それはさておき、メイドさんの誤解を解いておくことにするか。
「いえ、そのつもりはありませんよ。お立場のこともありますし」
「……」
あれ?
何故かメイドさんは眉間にシワを寄せ、疑わしそうな目で俺を見ている。
今のでは疑いを晴らせなかったか。
……あぁ、フレデリカの立場を気にしているから手を出す気がないというだけで、その立場さえなければ狙う可能性があるように受け取られたのかもしれない。
となると、立場など関係なく彼女に手を出す気はないと言うべきだったか。
この場合フレデリカが女性として好みではないと言うしかなく、それを強調するには彼女とは違うタイプの女性を例に上げたほうが良い。
そしてその例はイメージしやすいよう、メイドさんが知っている人物でなければならないよな。
こうなるとその相手は……
「いえその、実はフレデリカ様が懇意にされている孤児院のモノカさんが好みでして……」
そう。
俺が好みの例として挙げたのはモノカさんだった。
このメイドさんとしてはウェンディさんのほうが面識のある可能性は高かったが、あちらも大きい商会の会長の娘ということでその立場を考慮し選ばなかったのである。
この発言にメイドさんは……眉間にシワを寄せたままだった。
「あぁ……やはり胸ですか」
幸い彼女はモノカさんを知っていたようだが、その表情からは怒りと悲しみが現れている。
見れば彼女の胸はなだらかで、恐らくはそれを気にしてのこの反応だと思われた。
モノカさんはモノカさんで地雷だったか、これはフォローを入れておこう。
「いや、十分お綺麗ですし気にしなくてもいいのでは?」
これは事実であり、メイドさんは20代に見える秘書っぽい雰囲気の美女だった。
なので胸が小さくてもいいだろうと言ったのだが、メイドさんは暗い顔で聞いてくる。
「私、いくつに見えますか?」
「20代だと思いますが……」
「ええ、その通りです。そして普通なら縁談の1つや2つ、いえ3つや4つ同時に来ていてもおかしくはありません」
ああ、顔には自信があるんだな。
しかし……
「その言い方だと……来てないんですか?」
「ええ。私も貴族の端くれではありますので誰でも良いというわけでもなく、家としても問題ないだろうと判断された上で良きお相手へご連絡するのですが……」
ああ、つまりは彼女が選んだ相手はみんな趣味が合わなかったということか。
このメイドさんがモテないということではなく、だからこそ顔には自信があるというわけだな。
「まぁ、そのうち良いお相手が……」
「そう言われてもう5年になりますね」
「ぐ」
こういう時、どう返してあげるべきだろうか?
経験上、何を言っても悪い方へ受け取られる可能性が高い。
なので答え倦ねていると……そこへ救いの女神が訪れる。
ガチャッ
「お待たせ、ちょっと時間が……って、どうしたの?アンタ達」
ドアを開けて部屋の微妙な空気を感じ取ったフレデリカは、クリっと首を傾げてそう聞いてきたのだった。
ゴトゴトゴトゴト……
街を進む箱馬車の中、隣りに座るフレデリカが俺の腕を胸に抱き込む。
「フフッ♪」
ギュッ
「おい……」
「いいでしょ?ちょっとぐらい」
「良くない。香水の匂いがついて、それに気づかれたら色々と疑われて面倒だ」
「同じ馬車に乗ってれば少しぐらい匂いが移ってもおかしくはないわよ」
「直接ついたら匂いの強さが違うだろ」
「その時は屋敷に入る身嗜みとして私の香水を掛けたって言っておけばいいのよ。というか実際に掛けておきましょ」
そう言うと彼女は小瓶を取り出し、ハンカチに含ませると首元に擦り付けてきた。
狭い車内では逃げ場がなく、下手に騒ぐとそれはそれで如何わしい事をしていたのではないかと御者から家の方に報告されかねない。
御者は護衛も兼ねていて武装しているのだが、乗車前にフレデリカが「到着まで邪魔をしないように」なんて言っていたから手遅れな気もするけどな。
なので俺は大人しく香水をつけられることになり、それが終わるとフレデリカは先程以上に身を寄せてくる。
「これでどれだけくっついても問題ないわね?」
「ないわけないだろう。着いてからのことを考えておかないと」
「もう、仕方がないわねぇ。じゃあ……これだけ、チュッ♡」
「んっ……ほら、話を進めないと」
「はいはい。続きはまた今度ね♪」
「ハァ……」
何故こんな事になっているのか、それはフレデリカの提案に乗ったからである。
ティーナ達の領主への用件を彼女達に知られず聞けるかと思ってのことだが、彼女達の旅程から俺の移動手段について言及されるかもしれないという不安もあったしな。
というわけで、解体場を早退したフレデリカと共に彼女の家であるヴァーミリオン家へ向かうことにしたわけだ。
で、その名目としては"宝石蛇"の件を利用することにした。
あの一件に俺はそれなりに深く関わっており、"モーズ"としてだが王家から報奨を貰える予定の立場であることは事実である。
王家にこの街を任されているヴァーミリオン家としてもあの件と無関係ではないし、"銀蘭"から俺のことを聞いたフレデリカが"モーズ"について聞き取り調査をするという体で連れ込まれるということになったのだ。
実際、"モーズ"の正体にはヴァーミリオン家でも注目されているらしいしな。
それでティーナ達の用件をどうやって知るかという話なのだが……
「私がそのティーナって人の謁見に立ち会うことが許されたら、その護衛に変装して連れ込めばいいわ」
「護衛に変装なんてできるのか?」
「予備の装備ぐらいあるわよ。まぁ、それを持ち出せば家の者にはバレるでしょうけど、アンタはこの街のために動いてたんだし事情を説明すれば大丈夫よ」
"コージ"としても"モーズ"との連絡役などで"銀蘭"に協力していたことにはなっているし、必要ならフェリスに証言も頼めるはずだ。
なので俺のことがバレたとしてもそれは街のことを案じてだと言えば、これまでの成果から理由として通るだろうとのことらしい。
「時間があれば"モーズ"の姿になったほうが良さそうだが……」
「それだと顔を見せるように言われるでしょうし、拒否すれば別人の変装を疑われて追い出されるか逮捕されるかもしれないわよ?」
「ああ……なら今回の場合は護衛の格好にしたほうが良いのか」
「そういうことね。時間もあまりないし、うちの護衛に扮していれば怪しまれにくいでしょうから。それで、謁見の場に立ち会えなかった場合なんだけど」
「ああ、その場合はどうするんだ?」
「話を聞いたお父様が私に話せるようだったら、普通に聞き出してアンタに聞かせればいいわ」
「そうでなかったら?」
「重要な話みたいだし、それを聞いたお父様が何の動きも見せないということはないでしょう。聞いた直後か、そうでなくても2,3日も様子を窺っていれば何らかの指示を出すはずだから、聞き出せなかったとしてもある程度の予想はつくんじゃない?」
「まぁ、そのへんが妥当か……ん?」
ここで俺は引っ掛かる。
「何よ?」
「いや、今の話だと俺はお前の家に泊まるってことになるのか?」
「別にいいじゃない。客としてもてなしてあげるわよ?」
「客扱いされなかった場合は?」
「だったら、"モーズ"のことを聞き出すために屋敷へ留めておくってことにすればいいんじゃない?」
「うーん……どちらにしろ自由に出歩けるわけでもないだろうし、俺が領主様の動きを察知するのは難しいんじゃないか?」
「今回の件でお父様が動いた場合、もしかするとその影響で私が出歩けなくなる可能性もあるわ。そうなったらアンタに事情を伝えるのが難しくなるんじゃないかしら?」
「人づてにってのは……」
「そうなるほど重要な内容なら外部へ伝えられる役目は限られた者だけになるでしょうし、私がアンタに情報を送ればそれがお父様に伝わると思ったほうがいいわよ?どんな関係だと思われるでしょうね?」
「まぁ……ただならぬ関係だとは思われそうだなぁ」
「でしょう?ま、実際にただならぬ関係ではあるけどね♪」
スリスリ
そう言いながらフレデリカは俺の股間を撫でてきた。
同時に目には妖しさを宿し、抱き込んでいた俺の腕を動かすとその先の手を下腹部に当てさせる。
「コラ、今はやめろ」
「はぁい♪」
彼女も次の機会を望んでか話が脱線しかけるも、それを何とか防いで話を進めた。
「で、事情を知りたいなら結局はフレデリカの家に泊まるべきだと?」
「そうね。そもそも、お父様に謁見した後だったら本人達から聞き出せるとは限らないし」
「そう言われるとそうなんだよなぁ……」
ティーナ達の話も気になるが、彼女達が万が一領主への加害を考えていれば連れてきた俺にそれを止める義務があると言えるからな。
どちらにしろ、できれば謁見の場に同席したいところである。
なので俺はフレデリカの案に乗り、
「じゃあ、もうちょっと……ね?♡チュウゥ……」
「むぐぐ……」
と、彼女の屋敷へ到着するまでキスを続けることになった。
コンコンコン
「お嬢様、お屋敷へ到着いたしました」
「わかったわ、開けなさい」
そう言って開けさせたドアから、俺に続いて車外へ出たフレデリカは若干顔が赤らんでいた。
それは……到着の直前まで俺の口内を楽しんでいたからである。
「「……」」
御者と出迎えたメイドさん達はその変化に気づいたようだが、特に言及されず話が進む。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
「お連れの方はどなた様でしょうか?」
「冒険者で"フータース"の会員でもあるコージよ。あの"モーズ"の縁者だから丁重にね」
「「っ!?」」
フレデリカの発言にメイドさん達は静かに驚く。
"モーズ"の名前に反応したようで、やはり"宝石蛇"の一件はそれだけ影響力があったのだろう。
そんな"モーズ"の縁者でありこの街では大手である"フータース"という商会に所属していることから、俺への対応はただの冒険者とは少々違ったものになるようだ。
「承知いたしました。では、ご案内はどちらの方へ?」
「私の部屋に連れて行くわ。あぁ、泊まらせるから部屋と担当者を用意しておいて」
「はい、ではそのように」
そんなやり取りがあって屋敷に入ると、そのままフレデリカの部屋へ案内される。
その道中、彼女はメイドさんにティーナ達のことを確認した。
「今日の午後に、"銀蘭"を通してお父様に謁見を申し込んできた客は?」
「少し前にお出でです。今は身体検査などをされているのではないかと」
え、もう来てたのか。
まぁ、凶器などの検査に時間がかかる可能性もあるし早めに来るのが普通なのかな。
フレデリカもそれが当然のことであると思っているようで、状況を聞いても驚きはしなかったが行き先を変えた。
「お父様はどちらに?」
「執務室かと」
「なら私はそちらへ向かうから、コージを案内しておいて」
「はい、承知いたしました」
そうしてフレデリカは領主の下へと向かい、俺はメイドさんに連れられて目的地へ到着する。
カチャッ、キィッ
「どうぞ」
開かれたドアの向こうは20畳ほどあり、ソファやテーブルなど派手すぎない程度ながらも高級そうなものが置かれていた。
中でも目立つのは天蓋付きのベッドで、そこだけは馴染のない俺にとってなかなか新鮮だ。
そんなことを考えていると……メイドさんが窺うように尋ねてくる。
「あの、お嬢様とあのベッドをご利用になるおつもりでしょうか?」
「えっ?」
どうやら、フレデリカのベッドを眺めていたことでその使い心地を期待していると思われたようだ。
泊まるだけでも色々と疑われそうなのに、フレデリカを狙っているとまで思われたら面倒なことになる。
まぁ、泊まることに関しては今日中に用事が済めばキャンセルしてもいいのだが……
それはさておき、メイドさんの誤解を解いておくことにするか。
「いえ、そのつもりはありませんよ。お立場のこともありますし」
「……」
あれ?
何故かメイドさんは眉間にシワを寄せ、疑わしそうな目で俺を見ている。
今のでは疑いを晴らせなかったか。
……あぁ、フレデリカの立場を気にしているから手を出す気がないというだけで、その立場さえなければ狙う可能性があるように受け取られたのかもしれない。
となると、立場など関係なく彼女に手を出す気はないと言うべきだったか。
この場合フレデリカが女性として好みではないと言うしかなく、それを強調するには彼女とは違うタイプの女性を例に上げたほうが良い。
そしてその例はイメージしやすいよう、メイドさんが知っている人物でなければならないよな。
こうなるとその相手は……
「いえその、実はフレデリカ様が懇意にされている孤児院のモノカさんが好みでして……」
そう。
俺が好みの例として挙げたのはモノカさんだった。
このメイドさんとしてはウェンディさんのほうが面識のある可能性は高かったが、あちらも大きい商会の会長の娘ということでその立場を考慮し選ばなかったのである。
この発言にメイドさんは……眉間にシワを寄せたままだった。
「あぁ……やはり胸ですか」
幸い彼女はモノカさんを知っていたようだが、その表情からは怒りと悲しみが現れている。
見れば彼女の胸はなだらかで、恐らくはそれを気にしてのこの反応だと思われた。
モノカさんはモノカさんで地雷だったか、これはフォローを入れておこう。
「いや、十分お綺麗ですし気にしなくてもいいのでは?」
これは事実であり、メイドさんは20代に見える秘書っぽい雰囲気の美女だった。
なので胸が小さくてもいいだろうと言ったのだが、メイドさんは暗い顔で聞いてくる。
「私、いくつに見えますか?」
「20代だと思いますが……」
「ええ、その通りです。そして普通なら縁談の1つや2つ、いえ3つや4つ同時に来ていてもおかしくはありません」
ああ、顔には自信があるんだな。
しかし……
「その言い方だと……来てないんですか?」
「ええ。私も貴族の端くれではありますので誰でも良いというわけでもなく、家としても問題ないだろうと判断された上で良きお相手へご連絡するのですが……」
ああ、つまりは彼女が選んだ相手はみんな趣味が合わなかったということか。
このメイドさんがモテないということではなく、だからこそ顔には自信があるというわけだな。
「まぁ、そのうち良いお相手が……」
「そう言われてもう5年になりますね」
「ぐ」
こういう時、どう返してあげるべきだろうか?
経験上、何を言っても悪い方へ受け取られる可能性が高い。
なので答え倦ねていると……そこへ救いの女神が訪れる。
ガチャッ
「お待たせ、ちょっと時間が……って、どうしたの?アンタ達」
ドアを開けて部屋の微妙な空気を感じ取ったフレデリカは、クリっと首を傾げてそう聞いてきたのだった。
81
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
迷宮アドバイザーと歩む現代ダンジョン探索記~ブラック会社を辞めた俺だが可愛い後輩や美人元上司と共にハクスラに勤しんでます
秋月静流
ファンタジー
俺、臥龍臼汰(27歳・独身)はある日自宅の裏山に突如できた洞窟を見つける。
語り掛けてきたアドバイザーとやらが言うにはそこは何とダンジョン!?
で、探索の報酬としてどんな望みも叶えてくれるらしい。
ならば俺の願いは決まっている。
よくある強力無比なスキルや魔法? 使い切れぬ莫大な財産?
否! 俺が望んだのは「君の様なアドバイザーにず~~~~~っとサポートして欲しい!」という願望。
万全なサポートを受けながらダンジョン探索にのめり込む日々だったのだが…何故か元居た会社の後輩や上司が訪ねて来て…
チート風味の現代ダンジョン探索記。
転移したらダンジョンの下層だった
Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。
もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。
そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる