親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
29 / 73
ムー大陸編

16首都ヒラニプラでの演奏会1

しおりを挟む
 食事終わり、くつろいでいると、アルハザードが「この島に来てから、シャワーも浴びてないだろう。こいつが用意してくれるそうだよ」

 人目を気にしなくて良い室内では邪神は黒猫の姿を現して、部屋の隅で体を丸めていた。

「それはありがたいね、神様の御好意にあまえるとしようかな」

 邪神の横たわっている反対側の隅にシャワールームが現れた。扉を開けると、着替えるための部屋があり、黄色い着替えの服が用意されていた。
 シャワーを浴び、髪をタオルで拭きながらシャワールームを出ると、テーブルの上には氷の浮かんだ茶色い液体の入ったグラスが用意されていた。

「こいつがアイスコーヒーを用意してくれたよ。飲むといい」

 グラスにはたくさんの水滴がついている。かなり冷えているのだろう。熱めのシャワーを浴びた後の最高のサービスだ。

「君はシャワーを浴びないのかい」

 グラスの脇に置いてあったストローでアイスコーヒーを飲んだ。苦みの抑えられたアメリカン、これも神谷の好みだ。

「そうだな、僕も久しぶりにさっぱりとしようか、こいつが次に何時用意してくれるか分からないからね」

 アルハザードもシャワールームに消えて行った。

 アイスコーヒーを飲み干して、壁に立てかけてあったギターケースを床に置いた。

 先ほど邪神に聴かせた曲は近代スペインの作曲家ホアキン・マラッツの作品、スペイン風セレナーデだった。セレナーデとは、恋人の窓の下で弾く愛を語る曲という意味があるが、この曲はセレナーデという名前をつけられながらも終止軽快な、いかにも邪神が好む曲調だ。

 シャワールームまで用意してくれるとは、邪神はよほどこの曲が気に入ったようだ。

 アルハザードがシャワーを浴びている間にギターの弦を取り替えておくことにした。

 ギターの弦は通常、一週間程度で取り替えるものである。

 アルハザードの言うように、これからこの島での初めての演奏会が行われるのであれば、そろそろ弦の取り替えが必要だ。

 予備の弦は常に五セットは用意している。

 ケースから黄色く変色したギターを取り出した。ケースのポケットから弦を取り出すと、弦の色も黄色だった。

 部屋の隅に目をやると邪神が神谷を見つめて「フン」と鼻を鳴らした。

 アルハザードがシャワールームから出てきた。タオルを使った形跡もないのに、髪はすでに乾いている様子だった。

「取り敢えず、白色人の街まで行ってみよう」

 アルハザードが言った途端にドームが消え、二人は道端に腰を降ろしていた。邪神の姿も消えている。

「赤色人はこの街の端から中央部まで歩いて四時間と言っていたから、後三時間は歩くことになるね」

「彼女は確か泊まる所があると言っていたよね。でも、それらしき施設は見当たらないね」

 泊まる所どころか、普通の食料などを売っている店がないのも相変わらずだ。

「このあたりに店がないのは、白色人の街に行けば分かると言ってるよ」

 まずは白色人の街を目指すしかないということか。

 しばらく歩いていると、前方に金色のドームが見えてきた。

「あれが王宮かな」

「そうだ、あれが王宮だ」

「多分、まだそうとう距離があるよね。それなのにこんなに大きく見えるんだから、実物はかなりの大きさだね」

「そう、立派すぎるほどだね」

 言っている意味が良く分からない。


「今は分からなくても、そのうち分かるさ」

 アルハザードがいつものようにクスリと笑った。

 ようやく白いドームが並ぶ場所に到達した。この街はこれまで通過してきた街よりも遥かに人が多く出歩いていた。道ですれ違うこともあるため、邪魔にならないようにアルハザードの後ろについて歩くことにした。

 視界に入る白色人は身長が男性は神谷と同じ百八十センチくらい、女性がそれよりも二十センチほど低いという者がほとんどだ。

 人々の皆無表情だが、男女のカップルは仲良さそうに腕を組んで歩いている。

 個人差は多少あるものの、皆端正な顔立ちをしている。

「皆無表情だけど、幸せそうな感じはするね」
「それはそうだろう。ここに住んでいる白色人はヒエラルキーの上位に位置しているからね、言わば支配階級なのさ」

 後ろから小声で話しかけた神谷に対し、アルハザードは振り返りもせずに答えた。

「でも、青色人や赤色人だって不幸せな感じはしなかったよ。現に黄食人もどきの僕らもこうして自由に歩いている訳だし」

「幸せそうに見えるからといって幸せとは限らないよ」

 アルハザードが吐き捨てるように言った。

 またしばらく歩くと、道端に小さな公園のような場所があった。三人くらいは座れそうな、高さが八十センチ、奥行き五十センチほどの角の丸められた、白い色をした表面がつるつるとした長方形の石の固まりが五つ並んでいる。

「ここにしようか」

 アルハザードが振り返った。

「あの並んでいる石はベンチなのかなあ」

「そうらしいね、但し、色を見ても分かるだとうけど、あの石に座れるのは白色人だけだよ」

「じゃあ、僕たちは座れないね」

「そうだね、唯、この公園に入ることはできるようだから、こいつに椅子を出してもらって、演奏会をするのは可能だよ」

 アルハザードが肩に乗っている姿の見えない邪神を見やった。

 二人で公園に足を踏み入れた。と、その瞬間に何か空気の密度が濃くなったように、軽く押し戻されるような感覚があったが、特に気にすることもなく中に入った。

「あまり道に近いと観衆が集まりにくい、奥に入った所にしよう」
 アルハザードが言うと、白い石の並んでいる奥に新たに黄色い石が現れた。聴衆が白い石に座れるようにという邪神の配慮だろうか。

「この島の住人はゆっくりとした曲が好きなようだから、そういう曲を弾いてくれないか」

「大丈夫だよ、そういう曲のレパートリーもたくさんあるからね」

 黄色い石に腰を降ろした。石はどんな素材でできているのか、表面に弾力があって、座り心地が良かった。

 弦を張り替えたばかりなので、チューニングがかなり狂っていたが、チューナーを使って正確に合わせた。

 神谷が一曲目にスペインの作曲家フランシスコ・タレガ作曲のアルハンブラ宮殿の想い出を選んだ。

 この曲は、全体にトレモロと言う技法が用いられ、ゆったりとした曲調と後半の愁いを帯びた和声が哀愁を誘う。

 二曲目にドイツの作曲家ロベルト・シューマンの曲集、子供の情景からトロイメライの後半に差しかかる頃には、白い石に数人の白色人が座り、じっと神谷の演奏に聴き入っていた。

 立ち上がっておじぎをしたが、拍手をする習慣がないのだろう、白色人たちはじっと神谷を見つめて座っているばかりだ。

 三曲目以降もゆったりとした曲を選び、二十分ほど経つと、石が見えなくなるほど人でいっぱいとなった。殆どが白色人だが、数名黄色人も混じっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

書籍化の打診が来ています -出版までの遠い道のり-

ダイスケ
エッセイ・ノンフィクション
ある日、私は「書籍化の打診」というメールを運営から受け取りました。 しかしそれは、書籍化へと続く遠い道のりの一歩目に過ぎなかったのです・・・。 ※注:だいたいフィクションです、お察しください。 このエッセイは、拙作「異世界コンサル株式会社(7月12日に電子書籍も同時発売)」の書籍化の際に私が聞いた、経験した、知ったことの諸々を整理するために書き始めたものです。 最初は活動報告に書いていたのですが「エッセイに投稿したほうが良い」とのご意見をいただいて投稿することにしました。 上記のような経緯ですので文章は短いかもしれませんが、頻度高く更新していきますのでよろしくおねがいします。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

処理中です...