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01 仲良くしない
「第二皇子の全権限で以て、お前に帝都追放を命ずる」
という訳で、クレム・ギュ・ラ・ニュリスは帝都どころか帝国を去る決意をした。
けれど旅支度の最中、突如、婚約の申し入れがタウンハウスに届けられた。
封筒の口を塞ぐ青い蝋には、帝国南西部のリーダー的存在である侯爵家の紋章が押されていた。
大陸全土にその家門を知らしめているシンボル、竜の刻印が――。
何故、クレムを望むのか。
意味が分からない。侯爵と面識はない。縁も所縁もない。
意味が分からなくても格上からの打診を拒絶出来る筈も無く、クレムは南西部の侯爵領を目指す事になった。
手紙にこうあった。
「我が領に慣れて頂く為、ぜひお早めにお越しください」
幸いというか、荷造り中だったので出立はすぐだった。最低限の荷物だけを持ち出して逃げるように帝都を離れた。行き先が多少変わっただけだ。
侯爵領での心構えは一つ。
――あまり、仲良くしない事だわ。
未踏の地に向かう馬車の中で、クレムは何度も溜め息を零した。
カダリーニャ侯爵領、領都サンタ・ピア。
侯爵邸の正門に帝都からのゲストを乗せた馬車が入ってきた。
玄関前に整列する使用人達の心情は、様々だ。
男性陣は概ね、無表情の下でウキウキそわそわしている。
女性陣は概ね、無表情の下で無表情そのまま。
先週、二十六歳の若き侯爵が婚約者を取ると急に言い出した。
使用人達にしてみれば寝耳に水だった。
彼らは、てっきり侯爵は結婚に興味が無いものと思っていたのだ。
話し好きの使用人の一人が、帝都から仕入れてきた噂話を邸内に広めた。
「どうやら侯爵閣下は、若く美しいなら問題児であっても構わない、みたいな事を先方の子爵に申し入れたらしいぞ」
そして、侯爵からの急な願い出を皇城もすんなり認めた。
その際に第二皇子が吐き捨てたそうだ。
「欲しければ持っていけ、そんな女。遥か地方で腐ってしまえばいいのだ」
地方、という言い方には若干イラッとしつつも、使用人達は第二皇子の発言から悟った。
子爵家の娘は帝都で何かとんでもない事をやらかした挙句に、第二皇子の怒りを買ったのだろう。
執事がこっそりと調べたところ、本当にとんでもない事をやらかしていたと判明した。
「聖女様に嫌がらせをしていたってさ」
去年、聖女は第二皇子と婚約した。
十三歳の頃に神殿によって見出され、田舎から出て来た平民の少女。スーパーラッキーガールだ。
婚約者とやらは、聖女と同い年で身分差も小さいという理由から「お友達係」なるものに抜擢された。王侯貴族の学校で聖女が孤立しないようにという配慮と、教育を兼ねた人選だった。
しかし彼女の教育はかなり雑でダメダメだったらしく、度々第二皇子が苦情の声を上げていた。
「お前、ワザと適当な事を教えて聖女に恥を掻かせたな!」
これに彼女はいつも不貞腐れて押し黙り、純真無垢な聖女がそんなお友達係を庇う、という図式がすっかり出来上がっていたそうだ。
使用人達はこの婚約話に各々異なる感想を持った。
婚約者と入れ違いで不在になった侯爵の、精悍な顔を想念しつつ思う。
男性陣は概ね「やっぱ閣下も男だなあ」と共感した。美人が好き。至極真っ当な感覚であり理解出来る。
女性陣は概ね「なんかがっかり」した。美人が好き。肝心の性格がドブスでは手に負えまい。理解に苦しむ。
神妙な面持ちの下に相対する心情を隠し、双方は到着した馬車を出迎えた。
車外に降り立った子爵家の令嬢は、――辛気臭い顔をしていた。
男性陣は概ね「十七歳かあ。綺麗な娘さんだなあ」と思った。
女性陣は概ね「ようこそ地方へ。いつでも帝都に帰って良いよ」と思った。
それぞれの思惑など知った事では無い、ように見える令嬢は、出迎えの整列に一瞥だけくれて小さな声で告げた。
「……どうも。お世話になります」
二階にある部屋に通されて、クレムは敷居を前に軽くたたらを踏んだ。
日当たりの良い、広く高く文句の付けようがない室内が広がっていた。
ペールトーンで纏めた調度品に誠意を感じる。北部に位置する子爵領ではお馴染みの淡い色味で設えられている。研究してこうした、と分かるのは他の部屋とは全然趣が異なるからだ。それも素人仕事ではない。明らかにプロの監修が入っている。
侯爵の計らいだろうか。
入り口で立ち尽くすクレムの背後から、小柄のメイドが「どうされました?」と声を発した。
「お気に召しませんか?」
クレムは「まさかとんでもない」と言いかけて、止めた。
「……落ち着かないわ」
背後の気配がしゅんとしたのが分かった。
メイドは力なく言った。
「所詮は紛い物……ですもんね。申し訳ございません。父は帝都の芸術科学アカデミーで建築を学んだのですがまだまだ若手ですし、力が及ばず」
建築士の力は十二分に発揮されている。パーフェクトのお墨付きをあげたい。
クレムは迷った末に、メイドが一人である事を確認して彼女の手を掴んだ。
室内に引き入れて、素早く扉を閉める。
クレムよりも五つは年下に見えるメイドがぽかんとクレムを見上げる。
クレムは早口で告げた。
「お願いがあるの。どうか、――私に良くしないで」
意味が分かる筈も無い、幼いメイドは年相応の言動を晒した。
「な、なんで?」
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