「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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01 やったもん勝ち

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朝、カロル・ヴォワネは出掛けるところだった。
家の表通りに出ると突然、長身男性のシルエットが行く手を阻んだ。

「待て――待って、欲しい」

高い位置にある逆光の顔を仰ぎ、カロルは瞬く。
目を凝らした後「ああ」と思い出した。

「貴方は以前、二度と顔を見せるな! と私に仰られた方ですね?」

相手は、う、と息を呑み、岩石みたく固まった。



昨日、帝都の夕べは一際輝いていたようにカロルには見えた。
十六歳を目前に「お嬢様」がめでたくデビューを果たした。
貴族令嬢の通過儀礼、社交界デビューではない。世にも珍しいランウェイデビューだ。
忘れもしない、二年前――。

「わたくし、スーパーモデルになりたいですわ!」

お嬢様こと伯爵令嬢シモーヌ・ド・ボンプランは、出会って三ヶ月程度のカロルにこんな注文をした。
カロルは瞬き、シモーヌに答えた。

「到底無理です、シモーヌお嬢様」
「ぐっ、ふ!」

言葉のボディブローを受けてシモーヌは撃沈した。
この時の彼女は、まだまだ「美味しそうな」体型をしていた。

当初カロルは、シモーヌの父親の依頼で「コンパニオン寄りの家庭教師」としてボンプラン伯爵のタウンハウスに招かれただけだった。
近年、帝都では中流階級の令嬢による家庭教師業は下火気味で、なり手が減少していた。不人気の理由は「割に合わないから」だ。文明文化の発展に伴い、高水準の教育が求められるようになり、勉強量と責任が増した。
今や家庭教師業は令嬢より苦学生のバイト先へと変遷しつつある。
そんな割に合わない業界に、カロルは「再び」足を踏み入れる事になった。

二年前、十六歳だったカロルは令嬢でも苦学生でもなかった。
亡国の元騎士爵の娘で、帝国に星の数ほど存在する移民の一人に過ぎなかった。
移民より難民が正しい。

複雑な事情を抱えて帝都で学ぶ日々を送っていたカロルは、帝都大学の図書館でボンプラン伯爵と出会い「うちの娘の理解者になって欲しい」と頼まれた。丁度職を探していたので軽い気持ちで引き受けた。
しかしシモーヌと初対面して軽い気持ちでは務まらないと判明した。
十四歳のシモーヌは横柄で、とにかく問題児だった。

「勉強なんて嫌い。学校なんて行きませんの」

彼女は、籍を置く帝都学園に登校もせずタウンハウスで好き勝手に過ごしていた。お嬢様らしく庭で花を育てるとか刺繍をするとか読書をするとかもなし。

「日に当たったらこの白いお肌が焼けますでしょ」

お家が大好きなのは全く問題ない、とカロルは考えている。
でもどんな出無精でも庭くらいには出るべき。日に当たらないと病人みたいな容姿になる。人体にも太陽光は要る。光合成だけの必需品では無い。

カロルは、シモーヌを知る事から始めた。まず何故学校を忌避しているのか。
簡単だった。学校で浮いてしまい同級生に遠巻きにされ、嫌になった。
浮いた原因はシモーヌ自身にあった。空気を読まず、我が儘を発揮した。
同級生には婚約者の伯爵令息がいたらしい。既に関係は解消されている。
その令息というのがまたシモーヌとの相性最悪で、未熟な彼女をフォロー出来ないばかりか彼女のストレス要因になっていた。

「シモーヌ、君さ、同じクラスのあの子を少しは見習ったら? 優しくてスリムで成績も良くて……君と全然違う。全部違う」

何であれ、指摘の際に一番やってはいけないのは他者との比較だろう。
令息の度重なる言葉にシモーヌは余計苛立ち、態度は悪化した。
しかもハンサムな令息は、なんと優しくてスリムで成績も良い彼女とイイ感じになり始めた。周囲はそれを「まあ当然だよね」という目で傍観した。
味方不在の学校を、シモーヌが拒否するのは当然の流れだった。

「傷付いたんですね、お嬢様」

理解を示すカロルに、初めこそ反発していたシモーヌだったがやがて心を開いてくれた。

「……わたくしが、心身共に我が儘だから友達が出来ないのは分かってますの。彼だって離れて行っちゃったし」
「友達と彼は――、一旦置いておきましょう」
「へ?」
「それより楽しい事を考えましょう。学校が全てじゃないですよ。私もあまり通ってませんでしたけど特に困ってないです」
「……貴女のお国は、先進国じゃなかったでしょ。帝国とは違うわ」
「いっそ外国暮らしを検討されては? お金持ちでお優しいお父様をお持ちのお嬢様ならばいとも容易く叶えられますよ」
「めちゃくちゃですわ……」
「世界は帝国より遥かに広いんですよ、お嬢様。いつでもどこにでも行けばよろしいのです」
「……う、ん、いいかもって思えてきましたわ」
「では旅支度と参りましょう。まずはお庭に出て日光浴をして、お散歩とヨガで持て余すボディを絞りますよ。荷物の軽量化です」
「へ?」

なんやかんや言ってはカロルはシモーヌを外に連れ出し、運動と学びを与えた。シモーヌは頭の回転が鈍い訳ではなかったけれど、基礎学力がやや低かった。
各分野の専門家も頼り、乱れた生活を整えた。
肥満は、最も簡単に改善された。それに悪い事ばかりでもなかった。幼少期から栄養状態が良かったお陰でシモーヌは平均より上背があった。
元々太りやすい体質とかでもない。ストレス解消の暴飲暴食だったのだ。
ストレス要因から気を逸らせば、過剰な食欲も自然と落ち付いて行った。
余計な肉が剥がれ、本来の美少女の顔が出てきた。
皮膚科医の指導のもと荒れていた肌がすっかり瑞々しくなった頃、シモーヌは姿見の前で言い出した。

「わたくし、スーパーモデルになりたいですわ!」

で、カロルは「到底無理」と答えた。
この程度の頑張りでは全く足りない。普通に痩せているだけではなれない。
手っ取り早く分からせる為に、カロルは本職のスーパーモデルとシモーヌを引き合わせた。

「こちらの方、大陸最古のバレエ学校を出られてます」
「――――」
「こちらの方は隣国の王立劇団にいらっしゃったとか。どちら様も上背があり過ぎて相手役に困り、帝都に来てモデルに転身されたそうです」

圧倒的な美貌を目の当たりにし、シモーヌは「――到底無理」と呟いた。
けれどカロルには勝算があった。彼女達と違ってシモーヌは伯爵令嬢。家名が既にブランドというアドヴァンテージがある。

「時にランウェイでは、他にはないバックグラウンドを持つモデルが求められる場合があります」

ファッションショーでデザイナーが放つのは最先端モードに留まらない。メッセージ、ストーリー、そしてエンターテインメントだ。百貨店みたく綺麗な服を綺麗に展示するだけの場ではないのだ。
チャンスは必ず来るとカロルは見据え、シモーヌに準備をさせた。二年の歳月をかけてシモーヌは美しい令嬢として仕上がった。
準備してきた者に、天はチャンスを与えた。
「マドモアゼル」の愛称で知られる老舗ブランドが今季デザイナーを交代した。
新任のアーティスティック・ディレクターは、オーディションに現われたシモーヌに目を留め、新たな風として彼女の起用を決めた。
貴族令嬢のスーパーモデルは前例が無く、ショーの前から早くもラグジュアリー業界の話題を呼んだ。
カロルは笑んだ。

「何事も、やったもん勝ちですよ」

ショーの後、シモーヌの名は広まった。
特に帝都学園は大いに沸いた。





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