人違いで連行された件

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03 妙な感じ

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廊下に出たクライヴは、壁に背を凭れて両腕を組んだ。
耳を澄ますと水音が聞こえて来た。容疑者がシャワーを浴びている。

――じゃじゃ馬め。

さっきの言葉を脳内に繰り返し、軽く嘆息する。
敢えて彼女の気に障る言い方をして挑発した。誘いに乗るか否かも検証した。
エルサはクライヴを拒絶し、いかった。
拒絶を受け、クライヴは複雑な胸中に陥った。
まず安堵した。エルサにはまともな感覚が備わっている。と同時に、面白くないとも感じた。
好みではない、と彼女に突っぱねられたように思え、聊か消沈したのだ。
そんな自分に少し驚いた。消沈した。つまり彼女がクライヴの誘いに乗る事を期待していた。
仮に彼女が同意していたなら、どうしただろうか。

――恐らく、やる事はやっていた。

初見時からエルサの為人を観察し、クライヴはすぐに違和感を抱いた。
長らく戦場にいたからか、相手の挙動や表情から人間性が大体分かる。
エルサは至って健全で、人を傷付けるタイプではない。犯罪に手を染めた事などない、真っ当な人間の反応しか見られない。
無論、何にでも例外はある。それで「斜め上の正義」による犯行と考えた。正しいと思っているから悪気がない。クリーンな言動にも説明が付く。

彼女に対し、大きな嘘は吐いていない。高貴なクライヴの身内になれば無罪放免というのは事実だ。
美しいと言ったのも本心だ。金髪碧眼のエルサは美しい。
小さな嘘は吐いた。孤児の彼女を妻に出来ない――事はない。身分差などクライヴならどうとでも出来るし、身内どもも煩くない。
むしろ両親や兄弟達は、エルサのように行動力のある娘を気に入るだろう。

ん、とクライヴは首を捻った。
何故かエルサを娶る事が前提になっている。
クライヴが推測する犯行動機でないなら、エルサは例外中の例外「サイコパス」の分類という事になる。さすがにサイコな嫁はマズかろう。
ん、とクライヴは再度首を捻った。
それほどマズいという気がしない。自分なら管理出来る。

――いや、何がしたい。私はあの娘をどうしたい。

連行の道中にも拘わらず、我ながら妙な感じになっている。



翌朝。
起床時に顔を合わせてからというもの、エルサはクライヴを無視している。
まだ怒っているのか、とクライヴは嘆息した。
彼女はクライヴと目線を合わせず、何か訊いてもその返答を傍の兵士にする。
可笑しな二人に部下達が困惑している。
馬車に乗り込み、二人だけになった車中でクライヴは切り出した。

「昨日の事なら、謝る」
「遅いです」
「やっと口を利いたな。連行されている分際で強情な娘だ」
「それとこれとは話が違います。我々は文明人だと言ったのは貴方です」
「確かに言ったが、お前が敗戦国の容疑者である事に変わりは――いや、いい」

言えば言うほどエルサは心を閉ざしてしまう。
昨晩からずっとクライヴは妙な感じがしていた。
彼女をどうにかしたい。距離を詰めたい。

――ムキになっているのか。

フラれるという稀な経験をした、その反動かもしれない。
何よりエルサに興味がある。知りたい。

「昨日の話をしろ」
「何の事ですか?」
「極東の大発明がどうした」
「ああ、オトヒメ……――考えた人は天才です」

聞く限り、クライヴにはオトヒメがそれほどの大発明とは思えなかった。



正午過ぎ。
一行は町に立ち寄り、サンドイッチとコーヒーのランチを取った。
食後、エルサはホテルの化粧室を借りて軽く身支度を整え、馬車に引き返す。
どこか拍子抜けという雰囲気で、クライヴが待っていた。

「逃げなかったな」

逃走劇とか期待されていたのだろうか、とエルサは内心首を傾げた。
ずっと拘束ロープが無い。逃亡の意思を確認する為にワザと泳がせているのかもしれない。昨晩の侮辱するような誘惑も、多分試されての事だ。
エルサは現状に一つも納得していない。無抵抗は、エコの精神でしかない。

「全国指名手配の身で逃げ回るのは大変過ぎます」

駅や港、大型施設は全てマークされている。中央に向かう道中なので国境はどんどん遠ざかっている。徒歩は厳しい。
戦後、国は疲弊している。移動する人々に紛れ込む事は出来そうだけれど、若い娘が一人旅をするリスクは平時も戦時も高い。
医療ボランティアの旅は、田舎の養父が費用を出してくれたから出来た。金銭を惜しまなければ安全に移動出来るのだ。
連行中の今、財布は没収されていて口座も凍結されている。何も買えないし、どこにも行けない。
エルサに続いて馬車に乗り込みながら、クライヴが「ん」と何やら四角い物体を差し出した。
洒落たラッピングの箱かと思いきやハードカバーの本だ。若い士官の私物らしい。

「暇潰しだ」
「どうも」
「笑える推理小説だ」
「推理小説に笑える要素って斬新ですね」

小説タイトル「解決、魔獣探偵ミー!」。タイトルでもう笑える。
外国人作家が書いた本で、最初のページにはこんな謳い文句が記されていた。

『この物語はフィクションです。
転移や変身の類を含め、人は一切の魔法を使用出来ません。また、デビルやゴースト、妖精や精霊の類も存在しません。
ただし、魔獣の探偵は存在します』

エルサの住む世界とは最後の一文だけが違う。
この世に魔獣はいない。
でも魔物はいる。だから魔石資源があり、発達した魔術テクノロジーがある。天敵がいるから対抗もまた必要なのだ。

主人公の魔獣探偵は、見た目は黒猫なのに当然のように二足歩行をし、甲高い子供の声で喋る。人間の十歳男児くらいの背丈を持つ大きな家猫で、知能が高い。
その上、かなり独特なキャラクターをしている。

「魔獣探偵の名にかけて、このミーが、どんな事件も秒で解いてやりますミー」

舞台は冬の雪山。スキーリゾートに点在する山荘の一つだ。
華麗なスキーで雪の斜面を滑り下りてきた魔獣探偵が、山荘に登場したところから物語は始まる。





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