人違いで連行された件

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09 最後だから

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魔獣探偵ミーは、南国のビーチでバカンスをしていた。
休暇でスキー旅行に行った筈が、結局事件に巻き込まれた。
それを国の貴人達が「気の毒になあ」と猫の額をなでなでしながら憐れみ、旅費を沢山くれたのだ。

潮風の中、木陰のビーチチェアの上でゴロゴロとしていると、若いボウイが歩み寄ってきた。片膝を突き、オレンジ色のカクテルグラスが載ったトレイを差し出す。

「マンゴーのフローズンダイキリです」

魔獣探偵はぴょいと跳ね起きて、シャーベット状の酒に猫の手を伸ばした。

「これは有難いですミー。どなた様の奢りですミー?」
「プールサイドのご婦人方が、以前事件でお世話になったと」
「後でお礼を言いに行きますミー」

目深にキャップを被ったボウイが一礼し、立ち上がる。
ボウイが去る前に、魔獣探偵は言った。

「マイケル君ですミー?」
「はい?」
「違いましたかミー。ならミカエル君ですミー?」
「…………」
「これも違いましたかミー。でもミシェルちゃんじゃないのは確かですよねミー。スマートなハンサムさんですしねミー」
「…………」

スマートなハンサムのボウイは固まっている。
魔獣探偵は、数日前まで「ブロンド娘」を演じていた相手を仰いだ。
同じ名前でも国によって発音が変わる。少しスペルを弄れば性別まで変わる。
身分証の印字は小さい。チェックインの記帳時、スペルミスを気にするフロント係はそうそういない。性別の記載のない身分証は案外多い。本人確認さえ出来れば良いフロント係は気にしない。
それらを利用すればマイケル君とかミカエル君とかが、別の国でブロンドのミシェルちゃんになりすませる。
この彼も、そうやって大陸の捜査網を突破して南国ビーチに辿り着いた。

「ミーは、貴方を捕まえに来たんじゃありませんよミー。恐らく事件は迷宮入りしますミー。散り散りになった国際指名手配犯の捜索は難しいですミー」
「……なら何しにここへ」
「元気かどうか見に来ただけですミー。ついでにバカンスの仕切り直しですミー」
「……そうですか」

ボウイは観念したように、ビーチチェアの傍らの砂浜に座り込んだ。

「色々お見通しなんでしょうね」
「ミーは最初、ブロンド娘さんをシロ判定してましたミー」

林の中には争った形跡があった。犯人が女子とは思えなかった。
それで証言の裏を取る事にした。みんなが見物した「たいまつ滑走」だ。

「本当に被害者本人だったのか否か、確認しましたミー」

再聞き取りの結果、本人と断定出来る証言は得られなかった。見物客は遠目だったし、一緒に滑走したメンバーも半数以上が被害者とは初対面だった。
滑走順も予め決まっていた。スキーウェアは体形の違いが判別しにくく、ゴーグルやニットアイテムは顔を隠す。
警戒すべきは列の前後の人物達だ。近くで見れば本人でないと分かる。

「でも前後が協力者なら問題なしですミー」

主犯を含め、少なくとも三人は共犯関係にあった。
なりすましの可能性に至り、魔獣探偵は各宿泊施設の宿帳に目を向けた。
そして被害者の前二人後ろ二人、計四人が既にチェックアウトしている事を知った。例のブロンド娘も消えていた。ややこしい事にそれぞれ国籍が違う。
証言が取れない。ここで魔獣探偵は、彼らの狙いとアリバイトリックに気付いた。
ブロンド娘は実は男子で、小柄な被害者になりすまして滑走した。格闘の末に被害者を殺したのも恐らく彼だ。

「朝の遺体発見に拘ったのは、ドタバタに乗じて逃げる為ですねミー」

急いでチェックアウトしても違和感が無い。それに「大砲」が鳴る。
砲撃音を利用した銃殺と思い込ませられる。砲撃を利用して行われたのは殺しではなく「林の中から遺体が出て来る」トリックだろう。発見時まで白いシーツを被せて管理人夫妻の目を欺いた。シーツは樹上に包まっていたから、巻き取る仕掛けが発動したようだ。
被害者は昨晩の内に死んでいた。花火大会の最中に違いない。

「ミーが温泉にいる間にたいまつ滑走が行われたのは偶然ですミー?」

ボウイは苦笑して首を左右に振った。

「名探偵のあなたが来ると、偶々前日に管理人さんの世間話で共犯者が知って。だから指示したんです。一旦温泉予約を埋めて直前にキャンセルしてくれとね」
「夜八時から九時の混雑タイムに空きがあるなんて変だと思いましたミー」
「実はたいまつ滑走も七時開始予定でした。主催も共犯なので変更出来ました」
「邪魔な魔獣探偵が来た所為で予定が狂ったんですねミー」
「捕まる覚悟で決行しました。どうしても姉の命日を外せなかったので」
「ミーのチェックアウトを待てない事情があると思ってましたミー」

いつも思うけれど、完全犯罪を狙う犯人は忙しい。

ボウイが仕事に戻った後、魔獣探偵はダイキリを堪能した。
疑問は解消され、事件は解決した。
若い憲兵はまだ幻のブロンド娘を追いかけている。
三秒ほど彼の苦労に思いを馳せた魔獣探偵は、空けたグラスを砂地に置いた。
ゴロンと寝転がって、居眠りを始める。
さざ波と潮風の音が猫の耳に心地良かった。



朝。
エルサを乗せた帰郷の馬車は、目的地を目前にしていた。
田園風景を眺めるエルサの横顔に、クライヴが徐に発した。

「エルサ、私の国に来い」

え、とエルサはクライヴを振り返った。

「閣下? 私、ちゃんと無実なんですよね?」
「無実だ。無罪判決云々は関係ない。ただ来て欲しいから誘っている」
「来て欲しいって」

クライヴはエルサに詰め寄った。

「私はお前とこれきりになりたくない。お前を連れ帰る。そして妻にする」
「……妻? 貴族が孤児を妻に?」
「どうとでもなるしどうでもいい。私はお前に惚れている。だから放さない」

エルサは妙に冷静に考えた。彼に惚れられるような事をした覚えがない。
尚もクライヴは言った。というか餌で釣ってきた。

「我が国の医学は進んでいる。こちらの医大に通え」
「……いえあの、まず受験しないと」
「大丈夫だ。必ず通る」
「……いえあの、必ず通るよう計らうとかは止めてください」

なんだか卑怯だな、とエルサは思った。
ギリギリになって色々と打ち明けないで欲しい。
ドタバタに乗じて逃げる、犯行グループの朝のチェックアウトのようだ。止める間もない。考える時間が足りない。
車窓の景色に目をやる。木々の合間にちょっと懐かしい町が見えていた。
もう間もなく到着する。養父宅まで十五分かそこら。

「――ご存知の通り、私は医師を目指します。数年は妻業務が出来ません」
「全て承知の上だ。離れ離れが気に食わんから来いと言っている」
「駄々っ子みたいな事を仰りますね。私の意思は無視ですか。正直、私はあまり閣下を男性として意識してこなかったので何とも……」

連行されていたのに無理な事だ。むしろ彼が職務中に恋愛をする余裕があった事にびっくりする。
繰り返しになるけれど、彼に惚れられるような事をした覚えがない。
クライヴは怯まなかった。最後だからだろう。

「ではこれから意識してくれ。我が国の医大に通いながら私に惚れていけばいい」

エルサは呆けた。
普通の男子では絶対言えない台詞をクライヴはさらりと言った。
自信家というより天然という気がした。これまでの言動からエルサなりにクライヴを分析出来る。
彼は自分を「イケている」とは思っていない。だからこその卑怯だ。ギリギリの告白をした。
イケていないのは自分もだ、とエルサは彼に妙な同調をした。

「私、閣下に自分の事を全然見せておりません。絵が下手とか音痴とか以外にもダメな部分が沢山あります。だから全部見た上で妻云々の判断をしてください」

クライヴは、生真面目な顔の中で少し頬を緩めた。

「望むところだ。私もダメな部分が多い。しかと見て判断してくれ」
「例えば?」
「お前と同じだ。絵心が無い。別に音痴ではないが、歌劇が苦手だ。いつも途中で寝てしまう」
「チケットが勿体ないですね」
「ならばついて来てくれ。お前が一緒なら居眠りはしない」
「なんだか言い包められてます……」

遠くで汽笛の音がする。
エルサは不意に思い出した。コーヒーが美味しかった朝も汽笛を聞いた。
鉄道は回復していた。それで良い物資が届いた。
なのにクライヴは馬車移動を続けた。敢えて連行に時間をかけた。
どういう意図だったのだろう。冤罪の証拠が出る事を期待したとか。結果的にそうなったけれど。多分、理由は別にある。

「閣下、どうして――」

馬車は既に町中を進んでいる。
エルサの小さな疑問に、クライヴは少し言い難そうに白状した。

「お前との旅が楽しいので、長引かせたかった」

養父達が待つ家が見えてきた。
エルサは自分もクライヴとまだ旅を続けたいと思った。

なので、彼の誘いに応じる事にした。






FIN





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感想 5

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みんなの感想(5件)

かかし
2025.06.23 かかし

またまた面白かったですー!

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ああああああ

一つのお話にもう一つのお話が加わる!
なんと!お得🉐
それも 我らが推しの ミーノ氏!

いやぁ~ 出演ありがとう。

あと、
押しの強いヒーローも推しだったわ!

解除
あかいうさぎ

双子トリックとは…!
内容は程よくみっちり軽やかに読めて、相変わらず魔獣探偵が愛らしく有能で、今作も非常に楽しませていただきました!

解除

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