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34 逆恨み
西の迷宮でゾンビパニックが発生したと言う。
先帝は、皇城の北東に位置する私邸内で鳥の報告を受け「ふうん」と気のない声を出した。
どうせ出番は来ない。昼寝でもしようと思っていたら庭の騒動が耳に入ってきた。
既に魔王としての称号もハイパワーも宝剣と共にエルネストに渡った。だからって研ぎ澄まされた感覚まで失っていない。
分厚いガラスと壁越しに騒ぎを窺っていると発砲音が響いた。すぐに静かになり先帝は「やれやれ」と息を吐いた。
「失敗に終わったか」
反乱分子の特攻が制圧された。連中の弾丸は先帝に届かなかった。
魔王に恨みを持つ誰か。
誘き出す為に、ご大層な魔王交代の式典を行った。
いかにもそれっぽい満月の日を選んだ。魔力と月齢に因果関係は無い。
皇城は昔からフェイク情報を利用している。最近では、満月の日にブラックミストの毒が強まる、というデタラメを上流階級に流した。
式典が済めば魔王の力は著しく衰える。これは本当。暗殺するなら今が好機、と恨みを持つ者は考える筈だ。
案の定暗殺者が来た。で、返り討ちに遭った。
自分の間引きが誤りだった事は一度も無いと先帝は信じている。
確信無しに行わない。チャンスは与えている。その上で間引いている。
次に間引く枝も概ね決まった。エルネストが実行する。
恨まれる。だから魔王には圧倒的なパワーが要る。
貴族の恨みごとき、恐ろしくもない。
凡そ九百年、帝国は大繁栄を続けて来た訳だが、些細ないざこざはあれど大規模な革命だの内紛だのには発展しなかった。
民衆の力が加わらないからだ。国にとって最大の脅威である彼らが束になって城に向かってこない。
彼らは現帝政に文句が無い。ある訳無い。魔王が取り締まるのは貴族どもであって民間人ではない。なんなら「どうぞやっちゃって」とか思われている。
時折、大陸のどこかで「帝国にパワーが集中し過ぎている」と懸念する声があがる。覇権主義への批判らしい。
そういう連中には、
「ではおたくは、さぞや平和で豊かで差別も格差も無い素晴らしいお国なのでしょうなあ。ぜひ参考にさせてください。王政ですか? おや共和制ですか」
こう詰め寄れば黙る。
批判する国ほど、自国の内政も経済も上手く回っていない。
軍拡の際には、結構大陸に気を使って来た。
何を隠そう、魔獣復活のテクノロジーは百年前には完成していた。
敢えてしなかった。魔王のハイパワーに魔族どころか魔獣まで加わったらみんな恐いだろう。自国民ですら震え上がる。恐怖政治は魔王の望むところではなかった。
今の世で復活させたのは文明が進んだからだ。近代兵器を集結させれば、人間は所謂魔王軍に対抗出来る。
しかし一番は、大陸中央に馬鹿が増えて来た事による。周辺の弱小国を脅かしているテロ支援国家、いや山賊の国だ。
数十年前、帝国からの支援と引き換えに停戦するよう山賊どもに提案した。合意した連中は、なんと支援を受け取るやシレッと戦闘を再開させた。この停戦合意違反を、当時の帝国は半年も見逃がした。
「あ、これ監視するシステムが要るわ」と魔王は思った。それで鳥型魔獣の復活から着手した。馬鹿が居る以上、戦力は要るのだ。
さっき制圧されたのがどこの誰かは知らない。
山賊と大差ない輩だろう。
先帝の私邸前で処刑されたのは、妃候補の家がゲストと称して送り込んだ暗殺者どもだった。
サビーヌの実家、アンク伯爵家はゾンビパニックの黒幕でもあった。
嘗て公爵家だった伯爵家は、二代目魔王の統治時代、領地と爵位を剥奪された。
自業自得だ。密かに人身売買をしていた。当主の逮捕により家は解散した。
その後末裔らは三百年をかけて平民からのし上がった。戦功で一発逆転した。沿岸沿いの領地で暮らして来た彼らには高い造船技術があった。兵力の輸送で大きく国に貢献し、とうとう伯爵位に手が届いた。
しかし末代まで逆恨みは消えなかったようで末裔達は世代交代して尚、魔王を恨み続けた。恨み教育が凄い。
「――私は、家の恨みとかどうでも良かったんだけど」
城下で身柄を拘束されたサビーヌは、軍の取り調べに淡々と答えた。
「ただ姉が、婚約者を皇弟に殺されたって泣き喚いて煩いから。城に一撃入れられれば気も晴れるかなって。あんなのでも一応、姉だし」
いつかの脱走兵と恋仲だった姉は精神病院に入っている。婚約と言っても秘密の口約束らしい。親から許されない仲だった。
「でも死んだ脱走兵、クズだったんだよ。調子のいい事ばっかり言う男爵家の三男坊でさ、結婚の約束してた女が姉以外にもいたの。巨乳の田舎娘。それが葬式で分かって、もうあっちもこっちも地獄絵図よ」
婚約者の死後に判明した裏切りが、姉を一層病ませた。
それを親達は「皇弟の所為」と逆恨みした。単に皇室への恨みを上乗せしただけだ。
サビーヌは「皇弟のお陰で娘がクズと結婚せずに済んだ、とは思わないワケ。ウケるでしょ」と皮肉気に笑った。
彼女の供述はスムーズだった。
「式典から戻ってブラックミストを迷宮に仕掛けた。他に誰かいたとかは確認してない。さっさと済ませないと私まで死ぬより悪いゾンビになっちゃうから急いでたの。いやとっくにゾンビだったか。姉も私も家も」
友人のサロメがゾンビ化した挙句焼かれた顛末を聞くと、サビーヌはとりあえずといった様子で「それは悪い事をしたわ」と告げた。
「別に友人じゃなかったし。利用してただけ、お互いにね。一番利用価値があったのは成金カトリーヌ様だったけど」
彼女が合宿先に持ち込んだ金の花瓶や彫刻やチェストや額縁といった調度品の数々は、テロ兵器の容器として利用されていた。
家具の加工は、サビーヌの実家の領地で行われた。船だけでなくモノ作りが得意なのだ。
ブラックミストから抽出した毒の成分と泥の混ぜ物、通称「毒粘土」の内容物が金製の部位に仕込まれていた。それらを毎日少しずつ盗み出し、別の容器に移し替えていた。
豪華な金の器に入れて鳥のセキュリティを突破したのだ。因みに、サロメが子供達に配る筈だった記念金貨入りの大きな宝箱も、二重底になっていた。
金銀財宝の中に兵器が隠されているとは、誰も疑わなかった。
カトリーヌもサロメも知らぬ間にテロに加担させられていた。
特にカトリーヌの方は悲惨で、利用していたのはサロメも同じく。記念金貨はカトリーヌの支援で大量に製造された。大盤振る舞いのからくりは他人の金、だ。
「でもさあ、第二皇子も似たような事してたよね」
応える気のないカトリーヌに大量の金を貢がせていた。レイモンは頼んでいない。受け取り拒否をしなかっただけ。
それは皇城の狙い通りの展開でもあった。初期の段階では最有力のテロリスト候補はカトリーヌの家だった。泳がせて金と人の流れを観察した。
「五週目以降、カトリーヌ様の皇子への貢物が尋常じゃなくなったじゃない」
先帝は、妃候補レースでカトリーヌを残し続けた。それも順位を下げながら。
彼女は焦る。第二皇子へのアピールは加速する。
「私達まで残したのは、まあ実家の動きを探ってたからなんでしょうけど、あとはカトリーヌ様を孤立させないのと金使いを荒くさせる為、かな?」
下位の身分の令嬢が残留し、しかも自分より上位にランキングされている可能性がある。カトリーヌは益々焦っただろう。
湯水のように金を使って着飾り、存在をアピールする。
「で、足掻いた結果レース打ち切りって笑えたわ。彼女、無意味なレースにどんだけつぎ込んだのかしら」
没落の促進剤になる程度には、つぎ込んだ。
「公爵家、脱落レース」の事も皇城は見据えていた。
カトリーヌの実家ドートリッシュ公爵家は現在トップの下げ幅で、他の追随を許さない。つい先日、投資詐欺紛いの憂き目に遭い金鉱山を手放す事態になった。
他の公爵家が結託して転ばせたようだ。とばっちりの恨みだ。
皮肉にも、この失墜を見て皇城は彼らのマークを外した。テロを企てるにはお粗末過ぎる。
「足の引っ張り合いって、こわ」と一役買っている癖にサビーヌは独り言ち「ところで」と捜査官に目を向けた。
「どうしてこんなに早く私を捜せたの? 城外の、ノーマークの東エリアをピンポイントでさ」
悪びれない様子に、捜査官は嘆息した。家族も自分も処刑される運命にあるというのに呑気だ。バイオテロなんて命知らずしか手を出さない。
随分前から彼女の感覚はマヒしていたのだろう。
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