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36 九百年
埠頭へのテロ未遂は、逃亡の支援と判明した。
汚い積み荷を積んだ二隻の船の襲来により、帝都近海は大騒動となった。そのどさくさに紛れて一隻の大型船が海域を急速離脱していた。
サビーヌの実家、アンク伯爵家の船である。
航路から逸れていく不自然な一隻の船影を、埠頭に駆け付けたオオワシの目が見逃がさなかった。高高度の上空から船を追跡する内に、オオワシはアンク伯爵家の領地でもある半島方面を目前にした。
小さな無人島が浮かんでいた。島より岩に近く、地図に掲載が無い。
そこがゾンビファクトリーになっていた。新たなトライアングル・ポータルが生じていたのだ。
皇室は、数ヶ月前からこの可能性を疑っていた。監視下にあるポータルのガス噴出量の値が僅かながら全て下がったからだ。
新たな噴出口がどこかにある。しかもそれを隠している輩がいる、かもしれない。
そうだと仮定すると帝国の高位貴族が怪しくなる。
他国や弱小貴族の領地内で亀裂が生じたならば即通報されるだろう。知識や手立ての無い者では損得勘定より恐怖心が勝る。
隠している輩には知識も手立てもある。それは魔族から近い、高位貴族の筈だ。
案の定、アンク伯爵家は意図して発見を伏せ、島の存在を地図上から消していた。
思わぬテロ兵器の材料を得た事でゾンビパニック計画が始まった。
トライアングル・ポータルは、その名の通り三角形の細い亀裂である。
地域ごとに大きさは異なる。魔界に繋がる亀裂からは、絶えずガスが噴出されており、こちらから魔界に侵入するのは難しい。
苦労して侵入する意味がそもそも無い。人間にとって有害な空気で充満された「無人」の世界に一体何を求めるというのか。
「――だから、バイオテロの材料の調達だよ」
拿捕された船内で取り調べを受けるアンク伯爵家の長男は、悪びれず捜査官に答えた。男の表の顔は獣医で――裏はバイオエンジニアである。
「最恐の兵器が大量生産出来る。世界を牛耳る力だ」
他国の鉱夫やら脱走兵やら犯罪者やら、行方不明になっても誰も気にしない人材を勧誘しては「ゾンビ実験バイト」に従事させていたらしい。船の積み荷もそのバイトどもだった。
捜査官の背後で仁王立ちをしている第二皇子レイモンは、不敵に笑んだ。
「人間ごときが戯けた事を。過ぎた兵器で身を滅ぼすのがオチだ」
伯爵令息は皇子を睨んだ。
「魔界と人の世を繋げたのは魔王だ。魔王が来て毒ガスが世界に持ち込まれた。諸悪の根源だ。国の頂点に立つ資格など無い。貴族の監視? 偉そうに。なら魔王を監視してる奴がいるのか。魔王が魔獣どもを従えて世界を滅ぼさん保証はあるのか。どいつもこいつも呑気過ぎる。だから人間に危機感を思い出させてやったんだよ」
やはりレイモンは「偉そうに、という言葉を貴様にそっくり返そう」と笑んだ。
「貴様らのような馬鹿がおるから魔王も魔獣も寝ておれんのだ。それにな、大前提を忘れておるぞ貴様。魔界と繋がっておらねば世界に魔石の恩恵は無かったであろうが。今の高度な文明と文化を支えるエネルギー資源だ。なあおい、貴様が乗り回していた船はどうやって動いていた? 石炭ではないよな?」
「煩い。屁理屈を言うな」
「魔界を全否定しておきながらちゃっかり肖っておるのでは恰好がつかんわ。魔王を批判したいのならば中世時代よりも古い装備で臨め、半端者めが」
テロリストは「煩い、煩い」と繰り返した。
レイモンはお門違いのテロリストに白けつつ、初代魔王を想った。
ブラックミストは足元の亀裂から噴き出している。
魔界と言うが、宇宙のどこかの異世界ではない。足元に広がっている。同じ星の地下世界なのだ。そこに嘗て地上とは全く異なる環境と、種族による文明文化が存在していた。
魔界大戦で滅んだ。
初代魔王だけが幾つかの魔獣達と共に生き残り、地上に逃れてきた。
これは「魔王襲来」などではない。むしろ魔王は地上を守った。
魔界大戦の発端は、地上支配を巡るいざこざだった。意見が割れて戦いになった。
圧倒的魔法の戦力を誇る魔族の大軍団だ。数で勝るとはいえ、当時まだ中世初期の文明だった地上の人間達に勝ち目はない。一方的な破壊と蹂躙になる。それを良しとしなかった初代魔王は「品も無く、慈悲も無い」として強硬派と真っ向から対立した。戦闘の末どうにか勝利を収めたものの同胞を失い、資源の乏しい故郷たる魔界を飛び立つ決意に至った。
そして地上で人々と出会い、日の下で生きる道筋を得た。
「魔の者である」
「ははあー」
「……いや農夫よ。我はそなたらの王ではないので別に平伏せんでよい」
「命の恩人です。この半島は山賊と海賊の温床でして」
「国王とやらは何をしておる」
「何もしておりません。重税を課してスイーツを食べているだけです」
「……いる意味あるか、そやつ」
「いた方がいいと考える廷臣どもが多いのです。自分としては今の国王一家も取り巻きどもも、全然要らないです」
「……だろうな。だが早計はいかん。オオワシ、どんな奴らか見て来い」
こうして帝国の礎は築かれて行った。
魔王が魔獣達を引き連れて地上に出た際、最も巨大なトライアングル・ポータルを利用した。海底にある大きな亀裂で、魔王によって封印され現在は通行止めとなっている。その為、昔は魔王の事を「海底の人」とも呼んでいた。
海底と言うか地底の人だ。
魔界に充満するガスが増え、天井たる地上に亀裂が生じた。
この自然発生の亀裂を塞いだ後、北方大陸のあちこちに小さな亀裂が現れた。大きな亀裂を塞いだ反動らしい。ガス抜きを継続しなければ破裂し、もっと巨大な亀裂が地上のどこかに生じる可能性がある。それで、小さな亀裂を敢えて塞がない対応が取られるようになった。
魔界大戦がなくとも、いずれは魔界と地上とは繋がる運命にあったのだ。
凡そ九百年。
大陸も帝国も繁栄と発展の一途を辿っている。
問題も問題児も地上に溢れている。戦いに終わりはない。
「では本日の授業はこれまで」
講師がテキストを閉じ、カミーユは軽く息を吐く。
午後三時前。
妃教育の初日が終わった。ログハウスを退居して、既に二日が経過していた。
ブラックミストの散布された迷宮エリアの半分が魔王のブラックファイアによって焼却処分され、ログハウスも取り壊されてしまった。
テロ事件後、カミーユは皇城の東に位置するこの「ブラッククリスタル・パレス」に越して来た。
ここは魔王の私邸であり、皇弟エルネストの新たな住まいでもある。
辞去した講師と入れ替わりで、一体が妃の部屋にトコトコと入って来た。
「カミーユさん、お勉強終わりましたミー?」
カミーユは「ええ」と微笑んだ。
「おやつを食べたらお庭で遊びましょう、ミーノさん」
「ミー」
妃候補レース終了後も、猫型魔獣ミーノはカミーユにくっ付いている。
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