ビリから始まる妃候補レース

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エピローグ章

37 異動




「ブラッククリスタル・パレス」の使用人は、その半数が魔獣で占められている。
引っ越しの初日、カミーユは感嘆ばかり吐いていた。

「さすが魔王の私邸、ですね」

玄関の掃き掃除をするキツネや、床の拭き掃除をするタヌキが普通にいる。
ふかふかで呑気な見た目についほのぼのしてしまう。けれど、丸腰でも人間の兵士を超える戦闘力を持つ魔獣達は護衛の役割も兼ねている。魔王と妃を守る。可愛いだけではない、歴とした戦力なのだ。

朝。
起床したカミーユは部屋での支度を終えると、会う人、会う魔獣達と挨拶を交わしながら朝食の席に向かった。
淡い陽光が差し込む一階のダイニングテーブルには、エルネストの姿があった。
上座で新聞紙を広げているだけでも絵になる彼に、カミーユは密かに見惚れた。

「おはようございます」

エルネストは紙面から目線を上げてカミーユを見た。

「ああ。――君は、今日も」
「はい?」

聞き返したカミーユの腰に「ミー」と後ろから猫の両前足が飛び付いた。
猫は甘えた仕草でカミーユに訴えた。

「お腹空きましたミー」
「そうですね。あ、ショコラーデのデニッシュがありますよミーノさん」
「朝は北部産の甘いパンに限りますミー」

カミーユは猫と共に食卓に向かい、隣り合って座る。
猫以外の魔獣達とも食事を楽しみたいところなのだが、それをやってしまうと今度は人の使用人達も一緒に、という話にまで発展すると侍従に釘を刺された。

「定期的に食事会を開いてやれば充分ですよ」

侍従のアドバイスはいつも的確で助かっている。
一度彼に、外商に向いていらっしゃる、と言ったら首を横に振られた。

「民間は苦手です。ルールが緩いので」

城という特殊な空間では規則や制約が厳しい方が上手くいく。杓子定規な性質との兼ね合いもあるから、気の利く才覚であっても彼の場合は商人ではなく、侍従という職業が向いているのだろう。

一切れが置かれた白い皿を前にしたカミーユは、担当官から「お部屋係」になった猫と揃ってデニッシュを口に入れる。
プロが手掛けたパンなので、当然ながら自作より遥かに美味しい。

「食感が全然違います」
「ミーはカミーユさんのデニッシュ好きですミー」
「有難うございます。私もミーノさんのパンケーキが好きです」

一人と一体をチラチラと見ていたエルネストが、思い切ったように口を開いた。

「私も君の作ったものを食べてみたい」
「宮廷料理人の方々とは到底比べられませんよ?」
「そんな事は関係ない。ただ、私が――」
「今日もバニラアイスの気分ですミー」
「そうですね。まだまだ帝都は暑い日が続いています」
「…………」

外は晴天で、バニラアイス日和だった。



皇城の執務室から、エルネストは窓の景色を見詰めていた。
この窓からは北東側の景色が一望出来る。緑の森の中にはブラッククリスタル・パレスの優雅な佇まいがある。
妃の私室では魔王妃教育が行われている最中だろう。カミーユは今、初代魔王の五百年の歩みを辿っている。
エルネストは眉根を寄せた。

――猫の甘ったれ具合が、酷い。

邪魔されている気すらする。
彼女の離れ難い心情を汲み、また猫の功績も鑑み部屋係にしてやった。その礼が邪魔とは。猫は性悪なのかと疑ってしまう。
ここに来て以来、猫はカミーユにべったりで彼女から片時も離れようとしない。
常に彼女の腰にしがみ付いて「ミーミー」と仔猫みたく甘えている。
慈悲深いカミーユは甘ったれの猫を拒まない。「あららどうされました」と笑って猫の「構って」攻撃にまんまと引っ掛かる。
そしてエルネストは疎外感を味わう。

――異動させるか?

カミーユは寂しがるだろう。
猫も良いが、彼女にはぜひ夫となる男の相手もして欲しい。
想念し、エルネストは項垂れた。
猫への対抗心とはみっともない。アラサー男のかまってちゃん気質。気色悪い。

執務机に戻り、机上の書類に目と意識を戻す。
三つの貴族家への処分と、異動の決定について記述されている。全て承認した。
アンク伯爵家が消滅した。そしてサロメの実家である伯爵家が男爵家に、ドートリッシュ公爵家が子爵家となった。どちらも元々ホールドしていた小さな称号と狭い領地が手元に残った。
サロメの家は、サビーヌの家の最も近しい隣人としてテロに気付く機会が幾らでもあった。利用されていた点と言い家も娘も注意を怠り過ぎた。お陰で皇城は迷惑を被った。平民ならば城を守る義務など無いが高位貴族である以上、彼らには責任を取ってもらう。

事実上の降格人事の通知から間もなく、ヒステリックな元公爵家の連中が皇城に乗り込んできた。
対応した皇太子ヴィクトールは、笑みと共に連中にこう告げた。

「そなたらでないなら、どの家を落とすべきだと?」
「そりゃビーニュ公爵家でしょう! 長女が中退して軍人ですよ。こんなみっともない公爵家有り得ません」
「彼女の入隊は国への貢献以外の何でもないのだが、まあそなたらの価値観などどうでもよい。いずれにせよビーニュ公爵家の降格こそ、最早有り得んのだ」
「何故ですか!」
「長女イヴェットと第二皇子レイモンが婚約したのでな」
「――、は?」

惚けた後、クレーマーどもは阿鼻叫喚となった。
雄叫びの連中に、ヴィクトールは「でな」と続けた。

「そなたらにした質問と同じ事を他の公爵家にもした。全会一致でドートリッシュ公爵家であると答えた」
「はあああ?」
「まだ分からんのか。余計な提案をしたそなたらは皆から恨まれておるのだぞ。そなたらを差し出すに決まっておろう」
「――――」

阿鼻叫喚は鎮まり、葬儀の雰囲気に変わった。

貴族家の後片付けは概ね済んだ。
異動の方も、今週中に実行される。
エルネストの後任として、第二皇子レイモンを新たな要塞長官とする。婚約者であるイヴェットはレイモンに伴い、赴任地にとんぼ返りする事になる。
異動を命じる際、エルネストは少し彼女と話した。
「よく心を決めたな」と切り出したエルネストに、イヴェットは苦笑した。

「テロ事件の際、埠頭に向かうレイモン殿下から、共に来いと命じられたのですよ。それで、行くしかないなと腹を括ったのです」

エルネストは納得した。
レイモンはずっとイヴェットを戦場から遠ざけたいと願っていた。イヴェットもレイモンの心情を察していたが不幸にも、それは彼女にとって有難迷惑だった。
しかし大事件を前にレイモンはアプローチの間違いに気付き「共に来い」と彼女に告げた。望む言葉を得たイヴェットはレイモンについて行く事を決断した。

優秀な甥と元部下に任せておけば北部は問題ない。
エルネストはイヴェットに言った。

「レイモンを頼む、ビーニュ陸軍少佐」

イヴェットは堂に入った所作で軍靴を鳴らし「は」と敬礼した。

レイモンには更に犬型魔獣とオコジョ型魔獣が付けられる。
軍備強化により、要塞都市の防御は一層盤石となるだろう。





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