ビリから始まる妃候補レース

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エピローグ章

38 大した以上




改めて、新魔王の就任祝いパーティーが皇城で開かれた翌日。
城下では号外が舞っていた。

「新魔王様の、お妃様が内定!」

アーバン女子達は悲鳴を上げ、アーバン男子達は「ふうん?」と本来なら関心度の低いビッグカップル誕生の報に興味を示した。
正午。
ランチ時の軍事博物館のレストランでも、若い士官達が次期魔王妃の話題で盛り上がっていた。

「平民の女の子か。生活が激変するから色々と大変そうだ」
「その為の妃教育だろ」
「帝都の令嬢達を負かして一位になった子なら余裕だよ、多分ね」
「てか一位って、普通に凄いな」
「むしろ皇室と親戚付き合いしなきゃいけない親御さん達が大変では?」

彼らの背後の席から「そうでもないぞ」と声が上がった。
え、と振り返った若者達に、アンリ・ルガ大尉の眼鏡が向いた。

「カミーユ嬢の家は、元を辿れば貴族だ」
「そうなんですか? しかし大尉殿、彼女のご出身は海外領土ですよね?」
「彼女の先祖は三百年前に南方に渡った総督で、支配国はまだ帝国ではなかった。当時の総督は敗戦の責任を負い、現在の島に流されたようだ。それから何十年か後に島も本土の国も帝国の統治下になったのだ」
「へええ。まあ敗戦責任なら島流しもやむなしですね」
「ああ。だがその敗戦責任、帝国ならば総督に責任追及などせんかったぞ」
「どういう?」
「敵が卑怯過ぎた。民間人に白旗を持たせて降伏したと見せかけ、騙し討ちだ」
「確かにそれは、今では考えられない大問題の違反行為、いや下種ですね。子孫達は帝国統治下になった後にでも潔白を訴えれば良かったのに」
「責任は責任、と考えたのだ」
「なんと潔い……。末裔の大逆転勝利も当然って感じです」

そうだな、と頷いてアンリはランチプレートの並ぶテーブルに向き戻った。
うふふ、と向かい側に座る令嬢が肩を揺らした。

「相変わらず仕事熱心な推薦人さんですこと」
「カミーユ君には頂点まで駆け上がってもらわねば。私の出世の為に。そして君との幸せの為にもだ。実は既に昇進が内定している」
「それはおめでとうございます、アンリ様」
「まだまだ上を目指すぞ。その為にもカミーユ君には頂点まで」
「はいはい分かりましたわ、野心家さん。私は、カミーユ様がお健やかに暮らせるのであれば、島でも城でもどちらでも良いと思いますわ」

朗らかに笑ったマレーヌに、アンリは軽く息を吐いた。

「君は優しいな」
「カミーユ様のパクりで物事を考えるようにしてますの」
「学校でも元公爵令嬢カトリーヌが誹りを受けんよう、気を付けてやっているそうじゃないか」
「同じレースを競い合った仲間ですし、先輩には違いありませんもの」
「しかし彼女は、君の恩に報いてないぞ。未だ未練たらしく要塞都市に手紙を送り続けているという話だ。一通はラブレターで、もう一通は不幸の手紙とやらだと聞く。東洋の島で流行った呪いらしい」
「それ最悪です……」

マレーヌが項垂れた。敬愛するイヴェットへの攻撃とあっては失望は大きかろう。
アンリは「これをやるから元気を出せ」と言って彼女の好物であるサーモンのグリルを彼女のランチプレートに移動させた。
どうにか気分をあげてマレーヌはサーモンを頬張り始める。
人が好いと苦労するな、とアンリは呆れと感心の息を吐いた。
テラス窓の外に目をやる。嘗て同じようにランチを奢った娘を想念する。

「――あわよくば皇子妃を狙っていた筈が気付けば魔王妃に王手とは。世の中は何が起こるか分からんものだ」

カミーユは億に一つを成し遂げた。
大した以上に、大した娘だ。



エルネストがブラッククリスタル・パレスに帰宅した時、カミーユは庭で魔獣連中と共にビーチバレーに興じていた。
「はいっ」と彼女が上げたボールに、猫がビシッとジャンプアタックを見舞う。
カラフルなボールはネットを超え、敵陣地内にバスッと落ちた。
カミーユと猫はハイタッチを決め、対抗のキツネとテンは「やるねえ」と拍手を送った。

庭先に足を止めたまま、エルネストはカミーユの雄姿を眺める時間を過ごした。
彼女はとにかくアシストが上手い。トスは簡単ではない。テニスみたくバウンドが許されない球技では特に、ボールを渡すタイミングが重要になる。
そして猫は、相変わらずカミーユにべったり。
急に試合を中断させてカミーユの腰にしがみ付き、甘え出す。

「ミーミー」
「あら。喉が渇きましたか、ミーノさん?」
「小腹が空きましたミー」
「休憩してバニラアイスですね。皆さんも――」

猫の甘ったれは日に日に悪化している。あれはもう仔猫退行だ。
エルネストの背後で、ボソッと声が発した。

「殿下、どうか魔王として寛大なお心で猫をお許しください」
「……いたのか、侍従」
「恐らく猫は、寂しいのです」
「……四六時中カミーユに付き纏い、魔獣どもに囲まれていながら寂しい筈がなかろう」
「猫はこれまでずっと一人と一体暮らしを満喫して来ました。その生活は今や一変し、新たな環境が自分を取り巻いているのです。何と言っても大好きなカミーユ様は魔王妃寸前。もしかしたら猫は、他の魔獣や貴方様にカミーユ様を取られると感じているかもしれません。――うちの長男も次男が生まれた時は大変でした」
「……人間の兄弟と同じように考えろと」
「慈悲をお示しください、エルネスト殿下。それがカミーユ様のお心を掴む事にもなるのです」
「…………」

そう言われては、エルネストは寛大な心で猫を許すしかなかった。
週末、侍従の言う通りになる。



流星群の夜。
城のあちこちでは小グループが形成され、天体観測会が行われた。
例に漏れず、エルネストもパレスから近い運河沿いの芝生にテントで陣取り、夜空に向けた天体望遠鏡を前に座って、カミーユとレンズを共有していた。

「一つ、流れたな」
「ええ、観えました」
「あの薄い雲が無ければ途切れんのにな」
「自然は儘ならない、諦めも肝心、と学校で学びました」
「良い教えだ」

二人の距離は近い。肩とか腕とか普通に触れているし、頬もぶつかりそう。
エルネストは、気色悪く緩みそうになる口元を引き締めるのに必死だった。
背後に置かれたビーチチェアでは、猫がぐうすか寝ている。とことん待つのがダメな奴だが今日は褒めたい。
数分前、流星を待ちくたびれて居眠りを始めた猫をエルネストが運んでやった。
カミーユは「まあ」と微笑んでいた。大した事でもないのに感心してもらえて、エルネストは儲けた気がした。
本人より猫を気遣う方が、カミーユ的にはポイントが高いらしい。
エルネストは肩越しに猫を振り返り、座面から落ちていないかを見た。

「猫の寝相は?」
「良い時も悪い時もあるので何とも」

カミーユの笑みと、前に向き戻る途中のエルネストの顔が鼻先で目線を交えた。
エルネストは、彼女の吸い込まれそうなほど碧く美しい瞳についつい見惚れた。
凝視に耐え兼ねたように、カミーユがそろりと視線を下げた。健康的な肌色の頬は仄かに紅い。
焦ったエルネストは「すまん」と言って顔を正面に戻し、知らぬ間に接触していた肩を離す。気色悪いと思われたかもしれない。
すると、その肩にカミーユの金髪がこんと軽く寄りかかった。
びくりと肩を振り返ったエルネストは、じいっと見上げる彼女の碧眼と出会う。また吸い込まれそうな感覚に陥った。
彼女は甘えたような仕草で、エルネストの肩に頬を摺り寄せる。
エルネストは堪らなくなって、彼女の細い肩に腕を回して引き寄せた。言わずにはいられなかった。

「愛している」

そしてせずにはいられず、彼女の可憐な唇を塞いだ。
ん、と一瞬だけ肩を強張らせた彼女はエルネストの胸元に縋った。
軽く唇を浮かせたエルネストは、カミーユの潤んだ瞳を覗き込んだ。瞳の中に星を見る。拒絶が無い事を確かめ、角度を変えて再度彼女に口付けた。カミーユはエルネストを受け入れ、身を委ねてくれた。
歓喜のあまりエルネストはしつこく彼女の唇を貪った。彼女の吐息や香りに脳が痺れ、すっかり彼女に夢中になっていた。
お陰で星の通過を大分見逃がした。それでも素晴らしい天体観測会だった。





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