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06 対面
しおりを挟むコルネイユとの初対面は、クレールの五歳の誕生会だった。
クレールは初め、プレゼントボックスを抱えて現れた彼とまともに対面出来ず、父の片足の後ろに体を半分隠してぽやぽやと彼を覗き見ていた。
――かっこいい男の子。
赤茶色の短髪に碧い瞳を持つ彼は知的で、素敵だった。
彼の方も、どこか気恥ずかしそうにクレールから少し視線を外していた。
小さい二人は、互いの親から「将来の結婚相手だよ」と紹介されたところだった。
それでも三つ年上の彼は、コミュニケーションをリードしようと努めてくれた。
「じぶ、――私はコルネイユと言います。以後お見知りおきを、クレール嬢」
「……じぶ?」
「――普段は自分を自分と言うので、つい」
「……自分?」
「船に、――あ、船はお好きですか?」
「……知らない、です」
実物を知らないから分からない、という意味でクレールは言った。
今思えば、他に言い方があった。突き放すようで感じが悪い。温和なコルネイユでなければ睨まれていても可笑しくなかった。
もじもじするばかりのクレールに、八歳ながらコルネイユは根気よく付き合ってくれたと思う。
「また、会いにきます」
「……また」
「結こ、――あ、まずはペンパルになりましょうか。いや、でも返事が遅い奴なんて嫌ですよね。困ったな……民間のテレグラフでは文字数が……」
彼が困っていると知り、クレールは告げた。
「……文通、しません」
「――、了解しました。どの道、海しか知らない私に面白い話題など提供出来ませんし……」
彼の負担にならない。なら自分の言葉は彼の為になったのだ、とクレールは胸を撫で下ろした。若干しゅんとしている彼に気付く観察力はなかった。
それでも彼の去り際に「グリーティングカードを送ります」と告げる事は出来た。
彼は笑み「私も」と頷いてくれた。
こうして二人のカードのやり取りが始まった。
二度目の対面は父の葬儀から翌々月の曇の日だった。
もうじき十歳を迎えるクレールは、庭先でぽけえと分厚い雲を眺めていた。
そこに、白い花の束を抱えたコルネイユが訪ねて来た。
「遅くなり、申し訳ありません」
彼曰く彼は「下っ端の軍艦乗り」だから忙しく休みが取れない。
デッキ掃除とか給食の当番とかで大変なんだろうな、とクレールは想像しつつ首を左右に振った。
「有難うございます。コルネイユ様がいらしてくださって父も喜んでいると思います。葬儀では前伯爵様がわざわざお越しになって、感激致しました」
「祖父は貴女のお父様と懇意にしていましたから、突然の訃報に相当肩を落としていたそうです」
花束を受け取ったクレールは、ベンチの隣を彼に勧めた。
静かに腰を下ろした彼の装いは、黒いネクタイのブラックフォーマルだった。
「制服じゃないんですか?」と問うたクレールに、コルネイユは苦笑した。
「衆目を避けました」
確かに街中でセーラー服は目立ちそう、とクレールは納得した。
少しだけ言葉を交わした後、コルネイユはベンチから腰を浮かせた。
「元気なお姿を見られて良かったです」
「優しい伯母や使用人達のお陰です。それにいつまでも泣いていたら父を悲しませてしまいます」
「何よりです。――貴女には私も付いています。何かあればお知らせください。私宛の手紙は各寄港地に必ず配達されますから」
「お心遣いに感謝致します」
言いながらもクレールは、彼に助けを求める事はないだろうと思っていた。
引っ越し間もない伯母一家は、若干我が儘が酷いアンリエットを除けば至って普通の人達に見えていたので、心配事はなかった。
この時既に彼から「子爵家への入り婿不可」の急報を受けていたクレールは、彼の、結婚への揺るがぬ意思を知って家を出る決断を下していた。
彼もそれを承知していた。二人共、その話題には触れなかった。
コルネイユは、単に身内を失ったクレールへの気遣いだっただろう。
クレールの方は、二人きりの状況で口にする勇気がなかっただけだ。
だってまさか「――ところで入り婿は無理なのに何が何でも私と結婚したいのはどうしてなんですか?」なんて訊けない。
そんなの、十歳目前の少女にはハードルが高過ぎた。
再会から暫くして、クレールは十歳になった。
誕生日の翌日、コルネイユとの正式な婚約が結ばれた。封書でのやり取りのみで証人は王族が務めた。クレールの誕生日を待っていたようなタイミングだった。
正真正銘コルネイユの婚約者になれて、クレールはとにかく嬉しかった。
玄関扉にある三つの鍵を開けて、クレールは帰宅した。
「ただいま、カナリー氏」
テーブル上のグラスの縁から、カナリー氏がクレールに首で振り返った。
「ピ!」と鳴いて、シャッと開いた片翼を上げて見せる。
確実に「おかえり!」と言っている。そうとしか思えない。
手荷物をテーブルに置いて、クレールは椅子に座った。
近ごろのカナリー氏は驚異的な人間っぽさを披露している。クレールを真似て日々学習している。――来た当初から単語を理解していたし今更なのだけれども。
クレールはグラスに捉まる小鳥の足をちょいと突いた。いつだかエマが、小鳥でも嘴や爪はちょっと恐い、と言っていた。
カナリー氏はお利口なので人を襲う事はない。害さない限りは。
ビーストは魔法プラズマを放つ。よくフィクションのドラゴンが口から噴く火炎放射っぽいものでなく、火球を出す。
カナリー氏は、マッチ棒の先に灯る様な可愛い火を「ピ」と噴き出す。一度それで香を焚いてもらった。
ワーロックの魔法プラズマは手から繰り出されると言う。複雑で巨大で高速らしい。動物ごとに各々器用な部位を使っているようだ。
軍機の魔法を民間人が目にする機会はゼロに近い。カナリー氏と同居中のクレールはラッキーだ。
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