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17 ご挨拶
しおりを挟む八月半ば。
長い夏季休暇も残り半分を切った。
今日のクレールの予定は、午前中は絵画教室となっていた。
習い事に同行したコルネイユは、教室の後ろに置いた椅子に座り、ポストカード制作に取り組む彼女をただ眺める時間を過ごしていた。
――いい。
斜め後ろアングルから見るクレールもいい。瞬きの度に長い睫毛がパタパタと上下して愛らしい。
真剣な眼差しは画面に注がれている。彼女の少々過剰なカナリア愛に思うところはあるものの許容範囲だ。
紙に添えられた白い左手には、先日ジュエラーで買い求めた婚約指輪が輝く。コルネイユの左手にも全く同じ輝き。学校が始まれば外す事になる。実に惜しい。
――いや、いい。すぐに別の指輪に変わるのだから。
結婚指輪が待ち遠しい。
暇そうにしか見えないであろうコルネイユの横顔に「どうも」と声が発した。
講師のラファエルが隣に椅子を引き寄せ、座った。
「コーヒーはいかがですか? インスタントですがイケますよ」
「どうも」
紙製のカップを手渡され、コルネイユは一口呷った。
初め、優男のラファエルを警戒した。クレールの背後から絵を指導する男の接近姿勢が馴れ馴れしく、いかがわしいものと映ったのだ。
睨むコルネイユに気付き、ラファエルは苦笑した。コルネイユを廊下に連れ出した彼は、声を潜めた。
「どうかご心配なく。恋人ならおります」
「……そうですか」
コルネイユは内心「気休めにもならん」と突っぱねた。
声が聞こえたかのように、ラファエルは続けた。
「相手は男性です」
「……そ、うですか」
思わずコルネイユは咬んだ。単に不意を突かれ驚いただけだ。偏見は無い。
ラファエルは笑って付け足した。
「バイでもないのでご安心を」
「……そうですか」
コルネイユは低く頷いた。
別に、誰が誰を好きでも構わない。
矢印がクレールを向かない限りは全てスルーする。
習い事の後は小さな書店へと向かった。
今度はクレールの納品に付き添ったコルネイユは、誇らしい気持ちで老いた店主と親し気にやり取りをする彼女を眺めた。
――いい。
教室と同じ感想が脳内を占めた。
納品を終えた後、二人は伯爵家のタウンハウスに戻った。
今現在、王都の邸宅には誰もいない。だからクレールと気兼ねなく暮らせる。カナリアも家の中を縦横無尽に飛び回っている。彼女達には新学期から卒業までタウンハウスで過ごしてもらう。
コルネイユはいずれ自分の家を持つつもりだが、来年の基地勤務が始まれば官舎に入る事になる。不動産の買い時を見極めるのは難しい。仕事が一段落してからになりそうだ。
タウンハウスに越した日、クレールにはコルネイユの事情を説明した。
栄転にあたり軍部から家族への説明許可が下りた。家族には婚約者も含まれた。
「私は十三歳の頃からワーロックです」
これに、クレールは驚かなかった。
「そうではないかと。だってカナリー氏がいますもの」
ビースト化のトリガーがコルネイユである可能性に、彼女は薄々気付いていたとの事だった。
彼女の卒業を待って結婚する予定に変更はなくとも、官舎暮らしとなれば王都暮らしの彼女と少しばかり距離が出来る。
それについて彼女は「嬉しい」と笑った。
「これからは海よりずっと近くの、同じ陸地にいてくださるんですね」
コルネイユは、感激のあまり彼女を抱き締めそうになった。まだ早い。まだダンスを踊っただけの仲に過ぎない。
両親と祖父は領地で、兄達は任地、姉は婚家だ。姉は来週、夫の転勤に伴い東洋に出立する。
先日、伯爵家の領地へ赴いた。
その際クレールは両親と祖父、そして姉と顔を合わせた。
「不束者ですが」
「不束者は弟の方よ。どうぞ末永くよろしくね」
「え、あ、はい」
「ところで肩のカナリアちゃん可愛いわね。服の飾り――あ、生きてた」
飾りな筈がないだろうとコルネイユは呆れ、家の者は姉の勘違いを笑った。
とはいえ全く逃げないカナリアに、誰もが興味津々になっていた。
カナリアの足を指先で撫でながら姉は「この子って――、いやいいわ」と言葉を濁した。周囲も気付きつつ知らんぷりをした。
コルネイユが言い出さない限り、知る必要はなかろうと判じたらしい。
伯爵家の始祖がワーロックの海軍将官で、三代前の当主もそうだったと聞く。
ワーロックの素養は遺伝する。だが次世代が「化ける」保証はない。素養だけでは結局足りない。
いつか、忘れた頃に出現するのがワーロックだ。コルネイユが正にそれにあたる。
先が読めない能力と言える。王侯貴族が「結婚!」とさして躍起にならずに済んでいるのは、確率にムラがあるからだろう。
午後三時になり、テラス席でティータイムを楽しむ。
庭に下りたクレールは相変わらずカナリアに夢中で、小枝に留まった姿をスケッチしている。
麦わら帽子の彼女を眺めるコルネイユのもとに、執事が歩み寄った。
「少将閣下――」
潜めた声の耳打ちにコルネイユは軽く顎で頷いた。
「やっと戻りましたか」
女子爵の一家が、王都の家に帰って来た。
コルネイユは笑みを浮かべた。
「ご挨拶しなくてはいけませんね」
クレールへの仕打ちは許し難いが、何かとんでもない虐待をしていた訳ではない。
忌々しい連中だが、相手にしない事こそがクレールの平穏に繋がる。
しかし今後もあるので忠告と、釘を刺すくらいの事はしておいた方が良い。
コルネイユの「怒り」を知らしめておかねば――気が済まない。
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