イエローバードと恋心

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32 黄色い鳥

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帰宅したアンリエットを、継母と実父と、フィリップが待ち構えていた。

「えー? 何々みんな揃って」

呑気なアンリエットに、フィリップの溜息が落とされた。

「……アンリエット、君の同級生の家が経営するセレクトショップだけど、もう手を引くように営業の奴に指示したから」
「えー? 折角話が進んでたのに。なんでなんで?」
「……僕の父からの指示だ」
「お父様? って領地でしょ。意味分かんないんだけど」
「……さる名門伯爵家から抗議が入った。強引な企画の売り込みをされ、友人が困っているから直ちに止めろと」
「友人? てか同じ家格なのに対抗出来ないの?」
「……出来ない。少なくとも父に、相手と戦う気はない。出資者の父が引けと言うなら僕らは従うしかないよ」
「何それ、横暴よ。営業妨害に屈するなんて、フィリップ様は悔しくないの?」

フィリップが口を開く前に、継母が言った。

「とにかく相手にしちゃダメよ、可愛いアンリエット」
「なんでよ。ママまでそんな弱気で――」

言いかけて、アンリエットは察した。

「まさかその名門伯爵家って、クレールの婚約者の実家じゃないでしょうね」
「…………」
「そうなのね! あいつ何なのよ。人様のビジネスに横槍なんて許せないわ」

フィリップが怒るアンリエットの肩を掴んだ。

「今は堪えるんだ、アンリエット」
「だって邪魔されて腹立つじゃない」
「だから、今は堪えるんだ。大丈夫。君の企画書なら既に別の場所に持ち込んであるから」
「え、ホント?」
「ああ。あんなせこいセレクトショップなんかじゃない。国外のメーカーだよ。それも僕の嘗ての留学先だ」

ええっ、とアンリエットは目を輝かせた。

「産業革命の? 海軍が強い?」
「そう。現地でアパレルの会社やってる友人がいるんだけど、かなり乗り気だ。今商品をコラボする方向で話を纏めてる」
「すごーい! 私の青い鳥が海を超えちゃったのね!」

飛び上がって喜ぶアンリエットに、継母と実父は「やれやれ、機嫌が直ったか」と疲れた肩を落としている。
フィリップは、笑みを浮かべていた。
彼は横槍くらい悔しくない、平気なのだ、とアンリエットは感心した。
それは余裕の表れと思えた。
そしてクレールに対して「ざまあみろ」と思った。

――あんたごときの抗議なんか、こっちは痛くも痒くもないのよ。



学校を終えて帰宅したクレールは、無事に同級生サラの実家が解放されたと知って安堵した。

「有難うございます、コルネイユ様」

「いいえ」とコルネイユは微笑んだ。

「私は特別何もしておりません」
「シュヴルール伯爵家に口添えして頂きました」
「私の父が、ですね。強引な売り込みを止めろと注意しただけですよ。思い当たる節があるからこそ彼らも手を引いたのでしょう。疚しいところがなければ抗議に抗議した筈です」
「そうですね。友人の話を聞く限り、強引だったのは間違いありません」

クレールは軽く嘆息した。
相手に「検討します」と言わせない営業トークはプレゼンでも何でもない。悪質な押し売り業者と何ら変わらない。
実際「断る事を許さない」雰囲気だったとサラは話していた。
「ともあれ」とコルネイユは言った。

「正式に契約を結ぶ前で何よりでした」
「本当に」

頷いたクレールは、コルネイユを仰いだ。

「伯爵様にお礼のお手紙を出します」
「テレグラフで充分ですよ」
「カナリー氏を描きます」
「父は喜ぶでしょうけど、困った事になりそうです」
「困った事?」
「母が羨みます」
「カナリー氏は悉く女性陣のハートを掴んでますものね。二枚描きます」
「律儀ですね」

ふ、と笑ったコルネイユはクレールの項に片手を伸ばした。
ヘアクリップで纏めた髪のおくれ毛を優しく梳き、告げる。

「――貴女は私のハートを掴んで放さない女性です」

クレールは頬に熱が溜まるのを感じた。
ぽけえと彼を仰いだまま、ぽけえと告げる。

「コルネイユ様こそ――」

コルネイユの笑みが深まった。
クレールに額を寄せた彼は、顔を傾けて赤くなった頬の上に唇を寄せた。
掠めるようなキスが齎されて、クレールは両の肩を跳ね上げる。
「すみません」と耳元で彼が囁いた。

「貴女が愛らしいので、我慢出来ませんでした」

クレールはぽけえを続けた。
二人の背後にあるバルコニー窓から黄色くて小さい顔がひょいと室内を覗いた後、すうっと引っ込む。
世界に一つだけの、空気が読めるカナリアだ。



翌日のランチタイム。
食後のタブレットを片手に、エマが「乙女の革命」について熱く語る中、話の途切れ目を見計らってサラがベンチにやって来た。

「この前も思ったけど、エマってずっと何の話してるの?」
「アンジェリック」
「ごめん、何?」
「サラは漫画読まない子なんだね」
「新聞漫画だけ。何か面白い本があるなら教えて」
「ウィッチに免疫ある?」
「児童書でなら読んだ事あるわ。錬金術師のお爺さんのお話とか」
「予備知識あるならイケるかもねー……」

二人の話に耳を傾けながら、クレールはフレーバーティーを飲む。
エマお勧めのコミックのレンタルが約束されたところで、サラがクレールを見た。

「ところでクレールのラッピング・クロス、凄くお洒落ね」
「これ、うちのカナリアちゃん」

ん、とサラの両眼が見開かれた。

「まさか、オリジナルのデザイン?」
「そう。非売品というものね。世界に一つだけの」
「嘘。売り物じゃないの? それ売らないの? 売りなさいよ」

前のめりになったサラに押されたのは真ん中に陣取るエマで「え、ちょ、こわ」と笑いながら圧し掛かる体を両手で支えた。

「分かるけど、落ち着きなよサラ」
「落ち着けないわよ。勿体ない」
「てかさ、青い鳥に難色示してたしキャラもの嫌いだと思ってたんだけど?」
「好きじゃないわよ」
「今めっちゃ食い付いてるやん」
「キャラものじゃないからよ。――あなた時々変な言葉で喋るわね。いいけど」

エマと同じく、クレールも意外な思いでサラを見た。

「青い鳥はダメなのに黄色い鳥は良いの?」

サラは瞬き、何故か笑んだ。

「そっか。そこから説明しないと分かんないか」

「……どこからよ」と突っ込んだエマの声とクレールの胸中の声が重なった。





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