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31 圧
しおりを挟むカナリー氏は、伯爵家の屋根の上でうとうとしていた。
そこに、空から「派手なチビがいるー」と喚くハト二羽の襲来を受けた。
とりあえずボコす。
三秒後、ハトどもは「すんませんでした」と平謝りした。初犯を考慮し、カナリー氏は寛大な心でハトどもを許してやった。
「誰にでも間違いはあるよね。次は死ぬ覚悟でかかって来てよね」
「ホント、すんませんでした……」
そして新参のハトどもがカナリー氏の子分に加わった。
「何なりとご命令を」と乞われ、カナリー氏は一つ閃いた。
「なら空き家に潜んで偵察しててよね」
「空き家は得意であります」
「意地悪な人間が住んでるからね、こっちに来ないように見張っててよね」
「見張りは得意であります」
カナリー氏の脳裏には、アンリエットの姿が浮かんでいた。
煩い我が儘娘はいつだってクレールの迷惑でしかなかった。脅威にならない女の子だから見逃していたが、もし男だったら頭蓋骨を粉砕していた。
彼女は「前」の飼い主にそっくりだった。
南方大陸生まれのカナリー氏は軍艦に不時着する前、飼い鳥をしていた。
裕福な外国人宅から脱走した。アンリエットみたいな我が儘娘のもとから――。
素人の分際で「雛から育てる!」という無謀をやらかした。その方がカナリアは人に懐くからだ。反面、死亡率が跳ね上がる。無謀の結果、ビーストの素養を持つカナリー氏を除き、兄弟は全滅した。
生後半年でカナリー氏は鳥籠暮らしを棄てた。海辺に向かい、仲良くなったカモメに色々と教わって野鳥として気ままに生きていこうと決めた。
水平線の軍艦を見付けて「わあ、かっけえ」と見物に行って大失敗した。巨体が想像以上に速く、鋼鉄のマストにカーンと激突した。
コルネイユと出会い、ビースト化を成したのは僥倖だったが、本当の僥倖は次の、クレールとの出会いだった。
煩い我が儘娘その二に何をされても言われても、クレールは冷静で我慢強かった。でもカナリー氏といる時は優しくて明るくて、カナリー氏を大切にしてくれてカッコよく描いてくれた。
クレールの事が大好きになった。
地上の支配者然と振る舞う人間どもは、野生動物達からの評判が頗る悪い。それでもまだまだ捨てたもんじゃない、とカナリー氏は思うのだ。
ピピピ、ピピピピピピピ……。
開いたバルコニー窓から、そよ風と共に軽やかな美声が流れ込んできた。
クレールは目を閉じた。
「カナリー氏は男の子ですけど、世界一の歌姫です」
コーヒーテーブル越しのコルネイユが「そうですね」とクレールに笑む。
その静かな目はクレールの瞑目を見詰めた後、窓辺を一瞥した。
鐘が鳴り、ランチタイムになった。
エマと共にバゲットサンドを頬張っていたクレールのもとに、顔見知りの令嬢が重い足取りでやって来た。
よろしくない顔色で言う。
「ごきげんよう……」
「ごきげん、――いや大丈夫?」
返したエマがベンチを詰め、彼女に着席を促す。
ふらふらと座り込んだ彼女、伯爵家の長女サラは一昨年のクラスメイトだった。
項垂れたサラが、のそりとクレールを見やった。
「ちょっと、お話を聞いてくださる?」
「私で良ければ」
「……ごめんなさい。貴女に相談するのはお門違いなんだけど」
「どうしたの?」
こうだ。
サラの実家は、インポートのセレクトショップを経営している。仕入れ先は美食と芸術の発祥地にしてその分野では王国最大のライバル、南東隣の半島国だ。
インポートのショップに商品企画が持ち込まれた――青い鳥の店から。
サラは膝に額を付けて項垂れた。
「うちは輸入品の、それも紳士モノしか扱わない店なのに……」
可愛らしい青い鳥のキャラでシャツやハンカチーフを作らないかと提案され、両親も店員も困惑した。
「でも無下にも出来ないの。青い鳥の出資者が父の先輩という人で……」
同じ家格で波風を立てられない。
「この企画がいかに素晴らしいものか」について、店を訪れた若い男は延々と声高に語ったらしい。異論も反論も許さない勢いだったと言う。
エマは「そういうの、覚えがある」と顔を顰めた。
「東洋に住んでた時の事思い出す。あ、大陸ね。極東じゃないよ」
現地民から、自国文化の偉大さについて長々と語られた。
「マンゴープリンが流行っててさ。凄い勧められ、いや押し付けられたわ。確かに美味しかったよ? ただね、世界一のおやつかと言われたら違うわ。沢山ある美味しいものの中の一つに過ぎんわ」
あまりにも「我が国より優れた食文化はない!」と言い張る姿勢に、外国人達は辟易した。
食事であれ何であれ、好みは生まれ育った環境によって変わる。それを彼らは理解しようとしない。
「押し付ける圧がね、もうホントお国柄」
民族入り乱れの巨大国家故に束縛が強い。その束縛気質がつい最近も発揮された。
連載漫画、アンジェリックが怒涛の「乙女の革命」展開を迎えて久しい。掲載から暫く、巨大国家で漫画の輸入禁止措置が取られたと言う。
「革命」とか「自由」を求める内容は、中央政府的にNGなのだ。
「押し付ける圧、まさにそれよ……」とサラは唸った。
クレールは、出しゃばる気はなかった。けれどあまりにもサラが気の毒で、言わない訳にはいかなかった。
「私、伯母に少し話してみようか?」
「ホント? あの子と貴女って全然仲良くないのに、平気?」
「そうね。だから話を聞いてもらえないかも。あんまり期待はしないでね?」
「いいの。助かる。ホント有難う。ごめんね、こんな相談して……」
本来ビジネスの話に第三者が首を突っ込むべきではない。
でも今回ばかりはクレールは見過ごせないと思った。
「押し付ける圧があるなら、それは真っ当なビジネスじゃないわよね」
「その通り」とエマが大きく頷いた。
伯母と話すと言ったってクレールは独断も専行も出来ないし、しない。
帰ったらコルネイユに相談だ。
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