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24 滅茶苦茶
まんまと拘束から脱した孫を追って、元義父母は駆け出そうとした。
その進路に、アーセンが立ちはだかった。
「消えろ。子供は母親を選んだ。貴様らは人攫いに決定した」
「う、うちは名門なんですよ! 貴方はあの女が前科者だと知らないから庇っていられるんですよ!」
「このままいけば前科者になるのは貴様らの方だ。ここは私の土地であり私こそが法そのものなのだ。貴様らなんぞどうとでもしてやれる」
「は? 法治国家でそんな滅茶苦茶が罷り通るとでも――」
元義父母は、不意に周囲を見回した。
家令にしろメイドにしろ誰にしろ、白い目で自分達を見ている。主人らしい物騒な男が一言命じればどんな汚い仕事でも実行するに違いない――という想像をして彼らは蒼褪めている。
実際、そんな雰囲気があるとヴィオレットも思った。
彼らはとても静かだ。アーセンが、常に静かであるように。
味方のない状況下で、元義父母は無理をしなかった。
「きょ、今日のところは引き揚げますよ」
互いに縋り付いて動き出した元義父母を、アーセンが鼻で笑った。
「貴様らは二度とこの地を踏めんぞ。今日限りで立ち入りを禁止するからな」
「は? な、何を言って――」
「領主権限で出禁命令を下す。無効にしたくば王家に泣き付け。尤も連中はこの私の親戚だがな」
「――、――」
元義父母の顔色は青いまま戻らなかった。
ヴィオレットは、どんな滅茶苦茶でも通ってしまうから強過ぎる権力とは恐ろしいのだ、と改めて学んだ。
出禁を言い渡されて、マリオンの元義父母は撤退した。
どうやら跡取り問題に困った挙句、マリオンの一人息子に目を付けたらしい。アンリには普通とは違う変わった子供、という評判の他に頭脳明晰という噂もあったから使えると思ったようだ。
去り際、マリオンは「こんな弊害が出るとは」と悔やんでいた。
「宦官にするんじゃ甘かったかな……」
他の耳を気にして、ヴィオレットは「シ!」と彼女の口を両手で塞いだ。
既にアーセンは邸内に入っていたけれど、マリオンの傍にはアンリがいた。
きょとんとしている顔に笑いかけて、ヴィオレットはマリオンに額を寄せた。
「頼みますよ、ホント」
「然るべき時に私から教えるからご心配なく」
「今は然るべき時じゃないでしょ」
眼前で声を押し殺して叱ったヴィオレットに、マリオンは「そだねー」と乾いた笑みを返した。まるで反省していない。
「とりあえず今日は息子共々お世話になりました」
「それは全然良いんですけどね……」
「初めて会ったけどさ、公爵様って超イイ男ね」
「珍しく人様を褒めましたね、マリオンさん」
「いや感心したわ。結果的に助けてもらったし、恩はあるって言うか。ねえ?」
マリオンが目を向けた先で、アンリが「うん」と頷いた。
「カッコいいよ。僕も公爵様を目指すよ」
「やめとけー」
アンリの柔らかい金髪をうしゃうしゃとかき回して、マリオンは踵を返した。
「じゃあね、ヴィオレット様。公爵様によろしく伝えて。どうもでした、って」
「あ、はい……」
軽いな、と半ば呆れてヴィオレットは肩を落とした。どっと疲れた。
晩餐の席でアーセンと顔を合わせたヴィオレットは、改めて彼にお礼を言った。
「助かりました。私は、何も出来ませんでしたから」
またしても彼のフォローに救われた。
アーセンは「当然だ」とバッサリ言い捨てた。
「婚約者に過ぎん君には何の権限もない。あの場で出来る事などなかった」
「……仰る通りです」
ヴィオレットは項垂れながら頷いた。
思えばアーセンがあのタイミングで帰って来てくれたのは僥倖だった。あのままではヴィオレットは、理不尽過ぎるマリオンの元義父母への苛立ちも相俟って母子を庇いたいあまり、有りもしない職権乱用をしていたかもしれなかった。
――もう反省しかないわ。
感情は難しい。
しゅんとしてカトラリーを手に取ったヴィオレットに、アーセンの目が向いた。
「何もしなかった冷静さをむしろ褒めてやる」
「いえ、限界ギリギリでした……」
「それは仕方がない。昨日まで平和に暮らしていた小娘が、未曽有のクズに出くわしたのだからな」
ヴィオレットは迷った挙句に「……仰る通りです」と繰り返した。自分が小娘なのも元義父母がアレだったのも反論の余地はない。
アーセンは、す、とグラスに手を伸ばした。
「何か、私に言う事はないか」
「え?」
前にも似たような事を言われた覚えがあって、ヴィオレットは瞬く。
お礼と反省以外に何だろう。
手元に目線を落として「あ」と閃いた。碧い文字盤がキラリと光る。
「素敵な腕時計を有難うございました」
「…………」
アーセンは、ほとんどヴィオレットを睨み付けた。
その眼が「私が買ってやったのではない」と告げている。
そうなんだけど出資者だから、とヴィオレットも目で告げてみた。
彼はヴィオレットから視線を逸らし、不機嫌そうな顔で食事を続けた。
結局、彼に「言う事」が何なのかヴィオレットは分からずじまいだった。
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