ハードモードからのカントリーライフ

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辺境編

45 「やはり」




王国北東部、モントロン辺境伯領――。

若き領主オーギュストは、氷点を下回る空気の中、馬を進めていた。
降雪はそれほどなく、道の端の雪だまりも消えつつある。冬のピークが過ぎ、徐々に春の気配が近付いている。
北方へ伸びる道を進む内に、森林を臨むドームが見えてきた。
白く輝いて見えるのは、陽光を照り返しているからだ。少し前までは違っていた。
開閉式の重い天井が、屋根を兼ねていた。
今は万華鏡のようなガラス素材に覆われている。その内部もやはり以前とは違う。
空虚を抱えていた巨大な廃墟は、今春ショッピングモールとして生まれ変わる。

巨大施設の前に到着し、オーギュストは馬から飛び降りた。
内装工事中につき業者の出入りで忙しない。
大部分が保護シートに覆われたエントランスを抜けると、円を描く吹き抜けが出迎えた。一階の中央に立てば二階部分が見渡せるように設計されている。
その二階の廊下に、担当者と何やら話し込んでいる華奢な背中を見付けた。
螺旋階段を軽く駆け上がり、オーギュストは彼女に歩み寄った。
担当者が「あ」と発した事で、彼女もオーギュストの接近に気付いた。

「辺境伯閣下」

笑みで振り返った彼女に、オーギュストは苦笑した。

「まだ名前で呼んでくれんのか、ヴィオレット」
「失礼致しました、オーギュスト様」

ヴィオレットも苦笑して、担当者から受け取った紙を手に告げた。

「テナントさんに変更が生じたので対応しておりました」
「急だな? オープンは来月末だと言うのに」
「テナントさん同士の店舗シャッフルなんですよ。こちらを貰う代わりに別店舗の場所を譲ってあげる、という事で話が決着したそうです」
「当人達で解決したか」
「ええ。カテゴリーが同じ雑貨店なのでこちらは全く構いません、とお伝えしておきました」
「時にそういう事も起こるのだな」
「今回の場合は平和でウィンウィンの紳士協定でした……」

並んで歩きながらオーギュストは、生き生きと輝いているヴィオレットの横顔を眺める。無残に放置されたドームの再利用は、彼女のアイディアだ。
「お店さんを集めるのに、ちょっと慣れているんですよ」と言った彼女は、ショッピングモールの構想を提案した。

「開閉式の屋根が凄く勿体ないですね。ほとんど閉じていたようですし、開けて屋外にするメリットも感じません。それならいっそ常に自然光を取り込む天井に変えるべきです。曇りの日でもお昼の陽光は、人工照明よりも遥かに明るいんですよ」

彼女の話に、オーギュストも辺境の重鎮らも興味を持った。そして無用の長物だったドームが、人々が気軽に集まり利用出来る施設へと変貌を遂げる事となった。
領都郊外という立地につき交通に不便で開発が遅れていたのだが、返ってその事が幸いした。何もないからこそ、何でも出来るスペースがあった。それでドームのリフォーム工事と並行し、鉄道が延長された。
元より辺境伯領は資源豊富で、しかも大規模工事を得意としている。その強みも後押しし、ドームを中心とした都市計画は冬季であってもスムーズに進んだ。
先に完成した「モール前駅」は、今は工事関係者の通勤手段でしかない。
今後は従業員と客達の足になる。道路の整備はこれからだが、オープンまでには余裕で間に合う。最も面倒なレールの敷設が完了していれば後は早いのだ。

一階の店舗に下りたヴィオレットに、オーギュストは申し出た。

「そろそろ昼だ。食事に出掛けよう」
「お気遣い有難うございます。実はさっきからお腹が鳴りっぱなしです」
「ははは」

オーギュストが笑い出すと、ヴィオレットも笑った。
表に出て、互いに馬に跨る。彼女は中々乗馬スキルが高い。
ここに来て以来、ほとんどの外出時に乗馬服を着用していて、あまりスカート姿を見かけない。
馬車を出させないよう、気を遣っている。

――もっと甘えて欲しいのだがな。

それを言っても仕方があるまい。オーギュスト側にしてみれば、彼女はあくまでも「カプレ公爵領からの客人」なのだ。
滞在は、辺境伯邸の敷地外にある領都の別邸を提供している。彼女は初め、領内のホテルか家を借りるつもりでいて、使用人も雇う気がなかった。
オーギュストは彼女にそんな事をさせられなかった。快適に過ごして欲しかった。

彼女が辺境に向けて出発する前の晩、王城からのテレグラフを着信した。
その後、国王夫妻からの手紙も受け取り、こちらに向かっているヴィオレットの身柄を託された。
そして知った。練習艦の見学イベントでオーギュストが出会ったのは、ヴィオレットだった。
経緯の綴られた手紙を読み、驚きより「やはり」と納得した。
去年、王城の夜会でヴィオレットに会った際、彼女に既視感を覚えた。シャンデリアを受けた彼女の瞳の色や形が「あの子に似ている」と思ったのだ。
けれど彼女の肩は傷一つなく美しい素肌に覆われていた。
見学イベントでは大勢の子供が乗船してきたし、自分の記憶違いだろうとオーギュストは結論付けた。
記憶違いではなかった。ヴィオレットがあの利発な子で間違いなかった。
色々な勘違いが起こっていた。アーセンも「王女じゃないのか」と――。

――思うに、奴は意図して私に誤認させたのだろう。

強かなアーセンならやる。アーセンもまたヴィオレットと出会い、好意を抱いていたとすれば有り得る事だ。
追及するつもりはない。しかしアーセンは現状ヴィオレットから手を放している。

ヴィオレットが辺境に来た理由はオーギュストと真実「再会」する為――もあるがメインは別にある。
とはいえ、今現在最も彼女の近くにいる男はオーギュストだ。
彼女には予てより好感を抱いていた。無茶をする気はないが、延々と手を拱いている気もない。

――カプレの奴が新たな婚約を結んだら。

本格的にプッシュしようと思う。
アーセンには、とっとと別の女性を見付けてもらいたい。





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